俺の憧れ

温故知新

俺の憧れ

「本当、さっきはありがとうございました!!」



取引先から会社に戻る途中で、『小休憩』と称して公園に入って缶コーヒーを奢ってくれた先輩に深く頭を下げると、目の前の先輩がケタケタと笑った。



「良いって。たかが缶コーヒー奢ったぐらいで、そんなに頭を下げんなって」

「いや、それもそうなんですけど……」

「ん? どうした?」



近くのベンチに横並びで座ると、俯き加減で顔を伏せている俺の言葉を、先輩は缶コーヒーを開けて飲みながらも急かすわけでもなく待ってくれていた。


あぁ。この先輩、本当に優しいなぁ。



「さっき」

「ん?」

「取引先で俺、プレゼンでとちったじゃないですか」

「とちった? お前が?」



本気で分かっていないような先輩に何故が腹が立った俺は、勢い良く顔を上げると潤んだ視界のまま睨みつけた。



「とちりましたよ! あの時、先輩がいなかったら俺、先輩から折角任された大きなプレゼンを台無しにするところでした……」

「とっちた?……あぁ、あれか! お前、あれのことを気にしてたのか!」

「あれって……」



後輩のミスを『あれ呼ばわり』して納得している先輩に唖然としていると、頭に大きな温もりが乗った。



「あんなの、単に先方が的外れなことを言ってきたからだろ?」

「でも! あの時俺がちゃんと対処出来れば、先輩が先方に頭を下げることも無く、無事にプレゼンを成功していたはずなのに……」

「そうだったんだな。でもな……」



再び俯くこうとした頭を強引に上げられると、ニンマリ顔の先輩と目が合った。



「俺には、お前が立派にプレゼンをしていたと思うぞ。それこそ、俺の出る幕が無いと思えるくらいには」

「本当、ですか?」

「あぁ、本当さ。初めての大きなにしては、かなり上出来だった! だから、お前がとちったって言ってくよくよするな。あぁ言うのは、こちらがいくら事前に想定してても起こり得ることだし、的外れの質問や予想外の質問にどう対応するかは、場数を踏めば自然と対処出来るはずだ」

「そう、なんですか?」

「そうだ。だから、今日はプレゼンを成功させた自分を褒めてやれ!」



太陽な笑顔を向けながらクチャクチャと後輩の頭を掻き回す先輩に、自然と口角が上がる。


この先輩には、入社当初からお世話になっている。

田舎から都会に出てきて右も左も分からずダメダメな俺を、同期や先輩や上司に少しだけ距離を置かれる中、俺の指導係に抜擢された先輩は、嫌な顔を1つせず他の社員と同じように明るく接してくれた。


今では、先輩のバティとして一緒に働いているが、『会社のエース』と呼ばれる先輩に追いつくにはまだまだだ。

だから……



「はい!!」

「よし、いつものお前に戻ったな! じゃあ、会社に戻って仕事するぞ!」



先にベンチから立ち上がって、飲み終えた缶コーヒーをゴミ箱に捨てる先輩の背中を追うように立ち上がった。


今日、仕事が終わったら、俺の憧れである先輩にいつものセリフを言おう。


『先輩、相談があります!!』って。

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