第2話 保育園の年度最終日と,次年度最初の日
2 保育園の年度最終日と,次年度最初の日
花恋は,小学校に勤務している父親に育てられた。母親は物心ついた時からいなかったが,外国でも通用する名前ということで,二人で決めたそうだ。専門学校に行って父親と離れてしまったが,花恋の心の中には,いつでも「お父ちゃん」がいた。
今日は,社会人として30分前に園に行き,花園園長から,まず,浅井先生主任の0歳児のクラスで実習をするよう話が合った。
花恋は保育補助として,0歳児のクラスに入ると,ベテランの先生方がまるで母親のように声をかけながら接していた。
花恋先生は,初めての園児からの洗礼を受けた。それは,おむつ交換をしようとした時,男の子の顔を笑顔で安心させようと近づけた時だ。
「はい,きれいにしようね,いい子だね~,ぅああっ???」
ぷっしゅ~~~~~~~
おむつに顔を近づけ,おむつをつける位置を正確に微調整していたら,突然,顔に勢い良く飛んできた。それは生暖かく,でも,おしっこのにおいはしっかりする。
「ぃあッ・・・・・・・・・・・ッッ」
「どうしたの花恋さん,顔を,はい,これで拭いて,あはははは~~~~~~,経験する人は多いのよ,花恋先生におむつ交換してもらってね,きっと喜んでいるのよ,ここは掃除しとくから,さあ,顔を洗ってきていいよ」
花恋先生は,顔を洗ってエプロンを見たら,少しだけで大丈夫だった。おしっこは鼻を中心に顔全体にかかったけど,エプロンは無事だったのだ。
「かわいい男の子だから憎めないな~~」
(お父ちゃん,私,今日,2度目の洗顔です)
花恋先生が戻ると,おしっこをかけた男の子は花恋先生を見て,キャッキャと声を出して喜んでいる。まるで,花恋先生にまた会えてうれしがっているようだ。花恋先生は,微笑みながら,その男の子の頭を,よしよしをしてあげてなでてあげた。何か心が通じ合えたようなうれしい気持ちにに花恋先生はなった。
午後には,午睡をする。クラスによっては合体して複数のクラスを複数の先生方で見るようにする。子どもたちは自分の家から持ってきたお布団で寝るのである。保育補助の花恋先生は主任の百花先生から布団敷きを頼まれた。引き戸を開けてお布団を出し,順番に並べ終わると,先輩の蜂上先生から,注意を受けた。
「花恋先生,違うでしょ,掛け布団と引き布団の名前が違うし,隣同士になったらふざけて寝ない子もいるから敷く時は考えて,気を付けてよ!」
「すみません,お布団を敷くように聞いたけど,そういうのはわかりません」
「あのねぇ,教わらなくても,掛け布団と敷き布団の名前確認,これ,常識!あと,隣に布団を敷いたらいけないのは・・・・,わからなかったら聞く! ねぇ,わかった!」
「でも,最初から教えていただければ・・・・・・・」
「屁理屈いいから,さっさとやりなおして,時間がないんだから,はい,これが近づいてはいけない子達の名簿,速くやり直して!」
「だれのお布団なのかわかりません,教えてください」
「布団と毛布の,ここ! 名前が書いてあるから,自分で確認して,みんな,忙しいのよ!」
厳しい言葉を残して行ってしまった。
(お父ちゃん,更年期でしょうか,あの先生は・・・)
花恋は,ちょっと涙ぐんできたけど,子どもの成長を育みたいから保育士になるんだから,こんなことにくじけてはいけないと自分を勇気づけて布団と毛布の名前を確認して,もらった隣にしてはいけない幼児の名簿を見ながらお布団を敷き終わった。お布団を敷くように頼んだ先生の所に終わったことを伝えると,また,涙ぐむこととなった。
主任の百花先生に布団敷きの報告をした時だ。
「ねえぇ,いつまで時間かけてるの,言われたことはゆっくりやらないで!さっさとやってね!」
「すみませんでした」
(お父ちゃん,理由を言うと,また,屁理屈と言われそうなので遅れた理由は言いません,でも,悲しいです)
落ち込んでいる花恋先生を見かけた園長先生が心配して声をかけてくれた。
「花恋先生,どうしたの?何かあったら話してちょうだい」
「いえ,何でもありません,大丈夫です」
(お父ちゃん,園長先生は何でも話してって言うけど,話したら蜂上先生と主任の百花先生に会うのが怖いです)
こんな体験をしていく中で,3月31日となった。
3月31日に花恋先生が保育園へ行くと保護者も先輩保育士も涙を流しながら話している。なぜだろう・・・・・・・。いったい,何が。???
小中学校などでは「春休み」がある。正確には子ども達は休みで先生方は1年のまとめとして指導要録を書いたり,新年度の新しいクラス等の準備をするのだ。また,年休をとって休むことができる。
保育園も4月1日から次の年の3月31日までが年度として設定されているけど,小中学校と違って働いている保護者のために3月31日までクラスの仕事をするのである。そして,次の4月1日には新しいクラスの園児と生活をする。花恋先生の保育園では,5歳児のクラスは卒園しても3月31日まで在籍しているので,その日が本当の別れの日なのである。保護者にとっては子どもを0歳児から入園している子もいるので,5年間ということになる。
花恋先生が職員室に行くと,先輩の先生方の机の上に花束が置かれている。良く見ると花恋先生の机の上にも1本置かれていた。
「あの~,私,1年間教えていないのにいただいてもいいの・・・・・・・・・・」
メガネをかけた園長先生が説明をしてくれた。保育園全員の先生方へ1本ずつ渡してほしいっていう保護者がいたとのこと。
「これは,これからはじまる花恋先生へのエールよ,もらっておきなさい」
(お父ちゃん,うれしいです,1輪の花)
卒園の5歳児だけでなく,他の保育園に行く園児や先生方でも退職する先輩先生方がいて,3月31日は回りを見ると悲しみいっぱいの日であった。花恋先生は,ここ数日間,子どもの顔が同じに見えたり,先輩の先生から声をかけてもらわないと話しずらかったりで,同じような悲しみを共有することができなかった。花恋先生は,それがつらい1日となった。
4月1日,保育園へ行くと先生方が笑顔でいっぱいだった。えっ,昨日はあんなに悲しんでいたのに・・・・・・・・・。その理由は職員朝会の花園園長先生の言葉で分かった。
「みなさん,今日から新しい年度です。子ども達は先生方の笑顔が一番好きです。今日は,にこにこですよ,どんなことがあってもにこにこを忘れずに」
さすがプロの先生方,花恋先生は感心した。昨日,3月31日と対照的に子ども達だけでなく保護者や同僚にもにこにこである。
「今日から,正式に花恋先生が入りました」
職員室で拍手をされて,軽く挨拶をした。
今日の予定や今後の予定を担当者が話した後,いよいよ3歳児のクラスに向かう。これから自分にどんなドラマが始まるのか,いや作っていくのか,緊張で胸がドキドキする高揚感で教室に向かった。
(お父ちゃん応援して,始まる,保育士だよ,この私が)
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