モテ女の憂鬱

野森ちえこ

私だけのポンコツヒーロー

「頼む、教えてくれ! おれはどうすればモテるんだ!」

「知らんわ。てか何回おなじこといわせんのよ。きのうどころか今朝、高校がっこう行くときにもおなじ話したよね。毎日毎日何回も何回も。認知症なの? うちのおじいちゃんよりヤバいよ」

「ちげーよ! そんな年じゃねえし!」

「若年性ってのもあるじゃん」

「あるけど違う! ちゃんとおぼえてっから!」

「いや、そっちのほうがタチ悪いんだけど」


 放課後。部屋に押しかけてきたアホな幼なじみは、私の冷ややかな視線と声音にグッと声をつまらせた。それでもめげずにパンッと手をあわせて拝んでくる。


「なんでそんなにモテたいのよ」

「そりゃあ、かわいい女の子にチヤホヤされたいからにきまってんだろ」


 きまっているのか。そうなのか。ならば断言しよう。女の子にチヤホヤされようなんて思っているうちは一生モテない。

 やさしさだったりカッコよさだったり思いやりだったり、モテ男の多くは与える側にいる。その結果としてチヤホヤされて見えるだけだ。

 意地悪な私はそんなこと教えてなんてやらないけれど。


「ふーん。チヤホヤされてどうすんの」

「どうする……え? どうする?」

「まかり間違ってモッテモテになったとして、女の子たちにわーきゃーいわれてチヤホヤされて、それでどうすんの」

「いやどうするって、べつにどうも……」

「同性からは妬まれるし、恋人でもできようものなら相手は総攻撃されかねないし、勝手な理想像つくられて勝手に失望されるし、アイドルとかならともかく、一般人がたくさんの人にモテるメリットってほとんどないと思うんだけど」

「くっ、それは、それは、おまえがモテるからいえるんだ!」

「そうだね」

「そこは否定しろよ!」

「事実だし」

「そうだけど! クソッ。おれだって、おれだってな! モテてもいいことなんてなんもねーよ、フッ……とかいってみたいんだよ!」


 やっぱりこいつはアホだ。真性のアホだ。


 確かに私はモテる。なぜモテるのかはよくわからないがモテる。

 自分の身は自分で守るタイプだし(親の方針で護身術も幼いころから習っていた)、誰かにお願いするより自分で動いてしまうほうだし、特に純粋というわけでもなく、超美人てわけでもない(たぶん中の上くらい)。べつにお金持ちのお嬢さまなんてこともないし、ほんとうに、どこにでもいるふつうのJKである。いったい私のどこにモテ要素があるのかまったくもって謎なのだが、なぜか子どものころからモテた。おかげで同性からはなにかと妬まれた。

 だがしかし。

 私はまごうことなき女である。

 そしてこのアホな幼なじみは仮にも男である。

 アドバイスを求める相手を間違えているとしか思えない。


「ひとついいこと教えてあげようか」

「なんだ? 究極のモテテクか?」

「……女の子はね、モテモテの男より自分だけのヒーローを求めるものよ。いくらモテたって、いざ好きな人ができたとき相手にされなかったらむなしいでしょ」


 まさか自分のことをヒーローだと思っている女が目のまえにいるなんて、こいつは考えたこともあるまい。

 クラスの女子からハブられていたときも、勝手に私をとりあっていた男子たちがゴチャゴチャやっていたときも、いつでも、どんなときでも変わらずそばにいたこいつは、私だけのヒーローだった。だいぶポンコツだけど。

 ポンコツだからこそ、今日まで一緒にいられたような気もする。なにぶんアホすぎて、いちばん私の近くにいるこいつのことを、たぶん誰も恋敵ライバルだとは思っていない。


「いいんだ。ヒーローは孤独なものなんだ。孤独な背中がさらに女の子をときめかせるんだ! こないだ読んだ少女マンガでもいってたし!」


 いったいなにを読んでいるんだこいつは。


「だから、な! 教えてくれ! おれがモテる方法! で、まずはおまえがチヤホヤしろ!」

「なにが『だから』なのか意味わかんないんだけど。てか、なんで私があんたをチヤホヤしなきゃならないのよ」

「おまえがモテるからだよ!」

「は?」

「だからおれも、誰も文句いえないくらいモテるようになりたいの! そしたらずっとおまえのそばにいられるだろ!」


 ……やっぱりこいつはアホだ。どうしようもなくアホだ。


 しかたないから、ほんのすこしだけ教えてやろうか。

 あんたはとっくに、私だけのヒーローなんだぞって。


     (おしまい)

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モテ女の憂鬱 野森ちえこ @nono_chie

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