1.

 一階の本屋でおれは一昨日発売のノベルスを読んでいた。

 ノベルスっつーのはどうも定義が難しいみたいでよ。

 イラストレーションがあったり、内容がエンターテイメントチックだったり、で、ライトノベルでもいいのでは、っつう声もあるみたいだ。早速馬鹿だよな。小説なんて読めりゃそれでいいだろうが。

 いちいち曖昧な分類をいつまでも繰り返して、これはライトノベルだからつまらないだとか、これはミステリだから高尚だとか、正直見ていて吐き気しかしないからな。

 大抵小説関連で馬鹿なのは読者か作者と相場が決まっている。

 ただ、今回の場合は作者もまた酷くてよ。

 昔は、今の環境を担う小説家陣を輩出していたっていうのに、所詮は過去の栄光ということらしいぜ。

 どこかで見たことあるような設定で、どこかで見たようなキャラクター達が、ぐだぐだで壊れた日常を生きてやがる。

 流行の小説に寄せる必要ってのはどれだけあるんだろうな。

 書きたいものをかけず、尚且つ評判も下がるって、ある意味作家として地獄じゃね? まーーたペンネームも中途半端な言葉遊びでよ。

 しかも、同じような音の言葉をわざわざ改行しながら並べてそれを格好いいと思ってやがる。

 どうして編集者側はあんな原稿を賞に選考したんだろうな。

 審査員の目を疑うぜ。

 大きめの動画サイトで座談会なんかやっちゃって、あるいは本場の小説家と一緒に選考しちゃって、結局全部無駄骨だったってわけだ。

 インターネット上でもなかなか評価が分かれていてよ、賛否両論だったぜ。実際審査員から絶賛だったとしても、読んでみてつまんねーっていう小説もごまんとあるしな。嫌いな小説を読んでやってるっつうのにつまんねーとかほんとぶっ殺したくなっちまう。

 で、その賞の小説だけど。あんた、読んだことねーのか?

 今度読んでみたらどうだ?

 中々ひどいぜ。

 背筋がぞくぞくするほどにな。

 それこそ、痙攣するほどに。

 ん? 

 小説が嫌いなのではなかったかって質問したそうな顔してんな。

 嫌いなことを好き好んでするのに理由はいらねーだろう。

 ま、さすがに好きじゃないだけ流し読みみたいになったけどな。おれの趣味なんてどうでもいいだろ。趣味というよりは悪趣味か。

 はは。どうだ今の上手いだろ……はいはい悪かったよ。

 おれが悪かった。

 次からしょーもないギャグは禁止するから許してくれよ。

 で、話を続けるが、おれはノベルスコーナーを後にした。

 そのまま雑誌コーナーに移行しようとしたんだが、ほら、地元だし、立ち読みされてるところを見られると嫌だろ?  

 あんたでもわかるだろ?

 別におれのことじゃねーが自分が趣味に没頭している姿を片恋相手に見られたいとは思わねーだろ? 

 それと一緒だよ。

 つまりは若気の至りってやつだな。うん。

 おれはそんな思春期特有の症候群に基づいて雑誌コーナーを離れて、そして二階に行ったんだ。

 二階。そう2Fだ。

 あんたも知っての通り二階にはCD、DVD、漫画のレンタルコーナーと、ディスク売ってたり、あとは最近はカードゲームも売り始めたっぽいじゃねえか。久々に行ったんでおれは面食らっちまったよ。

 どうしてこの時、おれが二階に訪れたのかは正直覚えてねえ。

 ただまあ、気まぐれだったように思う。

 おれは基本小説を読むからな。

 ああ?

 なんで嫌いなものを率先して読んでるかってこと、まだ気になるのかよ。あーあ、分かったよ。嫌いなものほど分析したくなるっていうだろ。

 嫌いな話を聞かないように、先におれが網羅しておこうって腹積もりさ。それで読んでいる。

 納得したか。

 してねーって顔だな。

 まあなんつーんだ、どんなものが流行しているのかってえのを把握しておきたかったってのはあるだろうな。

 おれの家は家庭内暴力が少しあって虐待されてやがったから、少々世間に疎くてな。おいおい、そこで引くなよ。

 虐待、暴力、そしてそんなことをする親そんなもの日常の――キャラクターとしての個性でしかねえだろ。

 おれもそんな親を親とも思っていねえし、向こうもおれのことを子どもだと思って容赦することはねえから、どっこいなんだよ。

 あー、くそ、話忘れちまった。なんだったっけか。

 ああ、そうそう、本屋でレンタルコーナーを訪れた話だ。しかも丁度客が少ない時間でよ、なかなか殺風景だったんだよな。

 そこで店員が生真面目に立って会釈とかしてくれちゃってよ。

 この人らも大変だなーとか思うぜ、切実に。

 そうしてカウンターの前を通り過ぎて、日本の連続ドラマのDVDレンタル棚の前までいったんだ。

 高根川ってかなり田舎のくせに、あの書店だけは大きいからさ、最近なんども来ているんだが、お目当てのDVDを見つけることができねーんだよ。

 一、二、三.ときて連続ドラマの第四巻。

 起承転結の転の部分がな。その頃は無駄に意地とか張っちゃってたから、店員には聞かなかったし…とにかく自力で見つけようとしたんだが…ないんだよな。

 その日も四巻探しのためにおれはそのコーナーへと直撃しようとしてたってわけ。

 勿論これからの展開に、おれが十八歳以上立ち入り禁止のコーナーに入るなんてことは無いぜ? 

 何度も言うがおれは一応健全な男子中学生なんだからよ。変な誤解されても困るんだよ。そういう描写はライトノベルとか軽い本でやってくれ。

 で、だ。

 そこコーナーに入った瞬間おれは何かの違和感を覚えた。

 格好よく言うなら日常から逸脱している、ってことになるのかな。

 おれにはそんな格好よさは皆無だから、普通に言わせてもらうが、なんというかその空間だけ、ずれてたんだよな。

 ちょっと変わった奴とかってあんたの近くにいるか? はは。その顔。かなりあんたも迷惑してるみたいだな、そいつに。そういう奴って大体、しゃべる前から分かっていたりするもんなんだよな。


「あ、こいつやばい」


 って分かるときあるだろ?

 つまり、その棚に囲まれたスペースだけ、変だったんだ、って。

 結局しょぼい言い方になっちまったな。

 勘弁してくれ。

 しょぼい言い方になって、それ以外に形容できないほど、その状況は気持ち悪かったってこと。

 奇妙機械に極まりなく、そしてその中心地点に、両側に棚があるからまるで千手観音か何かみたいに見えちまったんだが、はいた。



「あら、こんにちは」

 一見するとただの女子高校生、まあ結局何度みたところでただの女子高生だったぜ。

 そこそこ髪の毛が長くて、それを別に結うわけでもなく伸ばしていて。

 かわいいとか美しいとかいうよりむしろ妖艶だったって感じだな。

「あら、」

 なんていう時代錯誤な言葉遣いでもおかしくはないくらいに。

 そいつが、髪を気取ったのか神を気取ったのか分からねーが、おれのいる位置からそういう風に見えるような場所にいやがった。

 確かに髪の毛は綺麗だったぜ。

 お嬢様という印象があった。

 どこにでもいる普通の奴、というわけではなさそうだった。

 芸術的な美しさを感じたぜ。

 おれでさえも。

 多感な時期であるとはいえ、人から挨拶して返さないほどおれは不愛想な人間じゃない。だからおれは普通に挨拶を返した。

 一応おれの記憶では、この女子高校生と会ったことは一度もない…ということになっている。おれをだれかと勘違いしたのか、とも思ったが、

「見知らぬ人に挨拶を返すなんて、貴方随分と律儀なのね、えーっと…制服からしてこの辺の中学校の子じゃないわね?」

 そいつはいつの間にかおれのことを観察していた。そしておれの学生鞄の校章を見て、

「ああ、私立養鳴ようめい中学校ね」

 と言った。

 おれの中学校は、そいつの言う通り養鳴中学校っつって、そこそこ高根川からは離れているはずなんだが、なんで分かったんだ?

 悔しいからおれも、そいつの持ってたエナメルバッグを凝視したんだ。学校名が記載されてるかもしれねーがな。

 ここまでの挙動でも分かる通り、恥ずかしながらおれ、かなりの負けず嫌いなんだよな。売られたわけじゃないが、でもなんだかふつふつと屈辱的になっちまってよ。

 するとそいつはおれの考えを先読みして、

「私は私立卯堤うづつみ高等学校に通っている、鵜野うの宇乃美うのみ。高校三年生。鳥の鵜に野原の野、宇都宮の宇に、乃木坂の乃、そして美しいで美。鵜野宇乃美。よろしくね」

 と言った。

 何がよろしくねだ。おれは見知らぬ人に突如よろしくされる道理がわからねえ。普通ならそれでだんまりなんだが、おれはここで、反射的におれは自分の名前を普通に名乗っちまった。杉原すぎはら弓継ゆみつぐですよろしく、みたいなことをな。

 年上のジョセイなわけだし、敬語は崩すことはなかったぜ。そこから全力疾走してりゃよかったのかもな。さっきも言ったようにおれに畳みかけてくる状況が、あたかも小説っぽくておれはその時は苛立っていた。

 そんな状況下で偶然言葉遊びみたいな名前の女子高生が登場したのが我慢できなかったんだよ。

 嫌だろ?なんだか自分がどこかの誰かの作者の都合で動いている、だなんてよ。しかも宇乃美なんて珍しい名前と来ている。

 随分と酔狂な親を持ったんだな、大変だなーとかっていう同情に似た何かと、イライラがごっちゃまぜになって、しばらくおれと宇乃美の間に沈黙が居座ったんだよな。

「私、沈黙って嫌いなのよね」

 だんまりを決め込んでいたおれの心中を察するかのように、宇乃美はそう告白した。おれは少々驚いたが、そうなんですか、と納得の意を示したんだ。アドリブな対応ってやつ。おれも結構大変で、今考えてみると

「だから何ですか」

 くらい言っておけばよかったと真摯に思うぜ。

 ただ、この時のおれは、一切話すことができなかった。

 知らないジョセイに話されることに若干の緊張もあったし、何よりも初対面なはずのおれに対して、至極当然のように話してくるこいつに恐怖を覚えていたというのもあったと思うぜ。

 恐れのままに、話を聞いている――はは、あんたらみてえだな。反抗もせず、反発もせず、ただただ世界に流されるように生きていく。

 まあ、ここまで見ていたら知っての通り、おれはそういう流されるだけの奴ってのも嫌いでね。嫌いって言うと語弊があるな、なんだか同情的になっちまうんだよな。そうなると楽なのだけれど――それでも自分という存在は消滅していくわけだ。自分を殺すか、他人を殺すか。あんたならどっちを選ぶ? 

 ああ、失敬、話がまた逸れちまった。

「だから何か話しなさいよ、弓継」

 宇乃美は命令口調でおれに言った。

 命令口調なのに不思議と女王らしさがなく、なのに強制力がある。宇乃美ってそんな喋り方するんだよな。

 しかし、いきなり名前って…って思うだろ、あんたでも。

 ……おれとしても、年上とはいえ女子に呼び捨てで呼ばれるときは、なんだか緊張しちまうんだよな。

 故にいくらかどぎまぎしながらも、おれは何度探しても4巻が無い話とか、学校であった話とか、そんな脈絡のない話をを色々した。

 元からあんまり喋る方じゃねーんだが、なんでだろうな、その時はすらすらと話せた。

 おいこら、何笑ってんだあんた。

 今喋ってるのは宇乃美と会った際の副産物みたいなもんだよ。

 ん? ああ、小説みたいな展開を許容してしまっていいのかって?

 この場合は、確かにおれの中にふつふつと苛立ちが煮えたぎっていたんだが、なんつうか詰まされたっていうかよ。もう絶対不可避の領域まで達して通過して、そいつがそこにいた時点で、おれも吹っ切れちまったんだと思う。

 だからおれは別にそういう態度を示さなかったぜ。

 世の中小説じゃねーし、いちいち『○○が嫌い』っていう設定をいつまでも背負い込む必要はねーんだからな。

「はい、おしゃべりタイムおしまい」

 おれが丁々発止喋っていた最中に、宇乃美はそう言って突然おれの顎辺りを抑えて、唇にキスしやがった。

 恋愛方面は滅法弱いおれだ。

 しかも年上のジョセイからそんなことされたら、おれは黙るしかなくなる。

 いや、いや、いやいやいやいやいや待て。

 疚しいことを考えていない、と言ったら嘘になるぜ。男なんてどうせそんなもんさ。愛情なんて求めてねーんだ。

 全ては欲望を満たすため、なんだろ。その辺は大人のあんたの方が詳しいと思うぜ。その行為は数秒で終わって、宇乃美はおれから唇を離すと、平然とした態度でこう言いやがった。

 少しは緊張でもしていてくれたらおれも心がほぐれたというのに、宇乃美はおれに対して、一切合財の恥じらいという感情を有していなかったらしい。そして、まるでおれの全てを把握したかのように、こう言った。

「ふうん。弓継って面白い人生を送っているのね。特に四巻が無いところとか」

 おれには宇乃美の話の意図が掴みかねた。

 んなもんのどこが面白いんだよ、

 おれが困るところかあんた性格悪いなあとか、悪態をつきそうになった。

 でもこれ以上話したところでこいつに何か言ってもややこしくなるだけだろうな。流石におれはそう悟って無返答だったんだ。

 宇乃美ってすげー綺麗な声なんだよな。まるでそんな声で話しかけられたら思わず何か返答しなければならないと思わせるような、そんな声なんだ。だから黙りこくるのは相当の精神力を要した。

 人と会話するのに精神力がいるなんて馬鹿げてるけどな。

 ここでおれは、どうしてこいつがおれの現状、第四巻が見つからずに右往左往しているってのを知っているのか、についてはツッコミを入れなかった。どうしておれの情報を把握しているのか。

 しかしその疑問は、宇乃美の接吻によって、吹っ飛んでしまった。

 おれも男の子なので、流石にそういうことをされると動揺するもんでな。

 まあ、唾液中の遺伝子情報から、おれの今の悩みを分析した、とか、そういう理解で良いだろう。

 ああ、いいんだよ。変に理解する必要なんてねーんだ。

 何となく納得できれば、それでいい。

「私は、ちょっと変わっているとよく言われるわ」

 何も言っていないのに勝手に話し始めやがった。

 だから変わっているんですよとおれは言ったが、宇乃美は聞く耳を持たなかった。あるいは、初めから持っていないのか。

「なんでこんなことをするのか、ともよく言われるのよね。まったく、ありもしない理由とか求めちゃって、ばっかみたい」

 その言葉には嘲笑の意味は一切込められてねーんだ。なんだか悲しそうに、そういう風に理由を求めることを羨ましがっているような雰囲気で、宇乃美は淡々と口を動かす。

 その様子を観察されているのを察したのか、宇乃美は悲しそうな表情のままおれの方を見据えた。

 本当に悲しそうに。苛められて限界まで達した奴みてーにな。周囲に鈍感と罵られるおれが言うんだ。少しは説得力あるだろ。

「分かっていることを指摘されるのが、一番辛いものよね」

 宇乃美は語る。

 誰に対して語っている、という口調ではねーんだが、多分矛先はおれに向いているだろう。この空間にはおれと宇乃美しかいない。おれはとりあえずもう反論とかが意味をなさないだろうから、とりあえず宇乃美の言うことを聞くことにしたんだ。了見は広めにってな。

「そちらがたが、私のことを変だ変だというから、こうやって私の周囲までおかしくすることで、壁を作ってきたのよ。この行為もその一環というわけ」

 おれは黙った。


(続)

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