痙攣的な美

小狸

まえおき

 おれは小説が嫌いであり、それに類似した喋り方をする奴も嫌いだ。なぜ小説に似た喋り方をする奴が嫌いかと言われれば、それは小説が嫌いだから。なぜ小説が嫌いかと言われれば、ただ端的に嫌いだから。なんとなく、別に理由もなく嫌いだ。行ってしまうなら素人の書く小説が大嫌いだ。自分の力量が足りていない癖に、それを自覚もせずにいろいろな賞に賞金目当てで応募する。お前の人生は一体何なんだよと言いたい。小説家になるくらいなら死んだ方がましか、寧ろ進んで死ぬべきだ。とりあえず死ね。いや、割と本気で。どいつもこいつも小説家を夢みやがって、お前ら本当に文化人かよ。小説家? 残飯のかきあつめに用なんかねえんだよ。さっさとくたばって死にやがれ。それでも生きようというものなら、いつまでも素人小説なんて書いてないで、ちゃんと読める小説を書きやがれってんだ。どっかで読んだ職業指南書で、「小説家という職業は、誰にでもなれる」「だからこそ、目指すべきではない」なんて紹介されていやがった。馬鹿な話だよな。そりゃ誰にでもなれるのが小説家のいいところなんだろうが、それでもなろうと思わずになれる職業なんて、この世にないんだよ。意志に反してさせられて、それでも良い小説を書けてしまう人間。そういう奴こそ、おれは化け物だと思うぜ。まあ、何が良い小説か? なんて論じ始めたらそれこそ日が暮れちまう。もう暮れてるってか。はは、揚げ足取んなよ。まあ、おれなりの小説理論を展開してみた訳だが、こんなものは所詮おれ個人の考えであり、人に押し付けるようなものではないわけ。だからおれは、この事柄を他人に話したことはない。当たり前だ。地の文ですら『おれ』とか言っちゃうおれだが、しかしある程度の一般常識、身の引きどころは心得ている、はずだ。それでも反抗的なおれのことだから、おそらくおれ主人公の小説なんてものがあったとしたら(ねぇことを祈る)、おれは地の文を口語調で書くことになるんだろうぜ。くくく、審査委員の目には毒だよな。評価はされねえだろう。ただまあ、小説ってのは誰かから評価されるためにあるものじゃあ、そもそもねえんだよな。そりゃ、確かに読んでもらって感想をもらって、リピーターとして購入してもらえるってのは良いことだけど、それだけ、じゃねえ。小説にはそれ以上に、作家としての人生が盛り込まれた、その作家オリジナルの人生観が語られているんだぜ。それを読まずに、読み取らずに、何を読み取るってんだ。文学的表現? そんなものは知らねえ。そうやって馬脚を現した小説家が、自分を持つことなく消えていくというのは、この業界の常だろうが。文学的な文章なんて実際はありはしねえ。ただ、作家の頭の中にある語彙が、そこに並び仰せられているってだけの話だ。だからおれたちは、その文章を読むことに期待してはいけないはずなのに、何を勝手に小説を読んで、勝手に批評して、本当、世の中腐っている――そう思わねえか。なんて、なんて言ってみる。自分の意見を押し付けるなどという極道極まりない行為は、決してしない。

 まあ、だからといって、ここまで過激な考え方を持つおれが、ここにとぼけた顔をしてのうのうと存在しているのも、なんだか世間に対して申し訳なるわけだ。だからおれとしてはむしろ世間に対して温厚な態度で接していると自負しているぜ? 

 分からないくせに自分に不利になると分かると反論意見出したりはしねーし、とりあえず責任転嫁はしないようにしてるしな。だから人間的にはもしかしたら、自分の思考を自覚するってのは負の面以外にも何らかの効果を及ぼすかもしれないよな。おいおい、そんな嫌な顔するなよ。

 確かにおれの話はつまんねーかもしれないが、いや、はっきり言ってしまえばつまんねーけど、でも別にあんたもすることないんだろ?電車が来るまであと十分程度はあるし、待ち時間あんたは毎日大抵スマートフォンとやらでピコピコ遊んでるときてる。これはおれが話しかけて雰囲気を盛り上げる以外ねーだろって話だ。スマートフォンをいじるあんたの顔を見てると、なんだかこっちまで萎えてくんだよな。まあ、あんたも服装からして社会人なんだろうし、会社の疲れが残ってるのは中学生のおれにはわからないが、まあ、人と会話するってのは割と大事なことだったりするんだぜ。あんたの職業は、本当にあんたのやりたいことなのか――とか、言ってみたりしてな。

 おれが小説を嫌いな理由は、実際その辺りにあるのかもしれねえな。

 覚悟もないくせに物書きを名乗る人間の、何と多いことかって話だ。何かになるには――何かであるためには、それ相応の覚悟が必要だと、おれなんかは思うぜ。それがどんな職業だろうとしてもな。だからこそ、嫌々とか、仕方なくとか、そういう言葉を、自らの職業に付け加えるべきじゃねえんだよ。別に付けてもいいんだろうけれど、なんつーのかな、そういうの、美しくねーじゃん。どうせならやりたいことをっ職業にしたいし、それを見つかるまでは空中浮遊していたっていいって、おれは思うけれどな。で? あんたのやりたいことって、一体何なんだよ。まさか、今死んだような表情で終えてきたその仕事が、あんたにやりたいことってわけじゃあ、ないよな? 

 やりたいことが見つからない。

 だからって妥協したのはお前だろって言いたいわけだよ。

 自分で選んだ選択を否定するくらいなら、決死の覚悟で死ぬことを選べと、おれなんかは思ってしまうけれどな。お、だんだんおれの話を受け入れてくれる感じになってきたな。周り? 

 気にすんなよ。

 そのくらいおれも気を配ってるさ。

 あんたにしか聞こえないくらいの大きさでは喋ってる。

 知ってるか、おれって気遣いするの得意なんだぜ。ははっ。呆れたな。まあいいさ。あんたくらい感情の顕著な奴に話した方が面白そうだ。さて、どこまで話たっけか。おれが申し訳ないことについてだったかな。

 そうそう。そうだった。

 おれは怖かったんだよ。

 世間から迫害されるのがさ。理由がないのに発生することで有名な「いじめ」ってあるだろ。ほら「暴力」と「恐喝」と「差別」を組み合わせたやつ。わざわざ統合する必要ないと思うがな。あれはただの犯罪行為なんだよな。

 まあ、それはそれとして、だ。

 おれは怖いんだ。

 周りと違う意見を持つことによって突出してしまうことがさ。今でも勿論怖いさ。難しいもんだよな。

 自分の意見を言うのって。社会でもそんな感じなんだろ?おれ達は大人になっても成長しないんだろうな、きっと。小説嫌いなおれがいうのもなんだが、そしてここからが本題なんだが、あんた高根川駅知ってるか?武蔵高根駅の一つ先のさ。お、なんだよそこから川越まできているわけか。ならちょうどいいぜ。知ってるよな?高根川駅降りて、トンネル越えると、あるもの。

 世界中に夢と希望と届けるらしい店。分からないか?本屋だよ本屋。全国的にチェーン店として店舗が散らばっていて、CDやDVD、漫画のレンタルも行っているところ。おれも高根川駅使ってて、その時おれはその本屋にいたんだ。確か先月末だったかな。あのゲリラ豪雨のあった日だ。

 丁度その日定期テスト最終日で部活もないし、おつ最より早く帰れたし、さーて本屋でも寄って帰ろうかな、くらいのノリでそこに入った。

 そこまではいいんだが、入った瞬間、見計らったように雨が一気に降り始めてよ、困った困った。おれはその本屋に閉じ込められる形になったわけだ。意味は少し違うが疑似的な密室空間みたいなやつさ。

 この時点からおれは気に入らなかったんだよ。

 おれが本屋に入った瞬間雨が降り出すなんつう――まるでフィクションみたいな状況。現実味を欠く現象。

 これにおれの虫の居所はあまり良くなかったんだ。ま、たかが中学生のイライラだし、おれもその時は多感な年ごろだったから、周りの目には気を遣って怒っていることには悟られないようにしてたんだぜ。そして、そんなあまりいいコンディションとはいいがたい状況下で、おれは出会ったんだよ。

 コンディションといい、シチュレーションといい、まさにおれの嫌いな小説みたいな出来過ぎの演出で、鵜野うの宇乃美うのみに出会った。

 残念なことに。


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