新説巌流島~宮本武蔵はなぜ佐々木小次郎を殺さなかったのか~

デバスズメ

~宮本武蔵はなぜ佐々木小次郎を殺さなかったのか~

宮本武蔵はなぜ佐々木小次郎を殺さなかったのか。その答えは、誰もが知っている巌流島の決闘に隠された歴史だけが知っている。


「遅いぞ武蔵!」

「待たせたな小次郎!」


佐々木の待つ砂浜に宮本の小舟が到着する。あえての遅刻という作戦が功を奏したのか、すでに佐々木の心は落ち着きがない。


……いや、佐々木の心は別の意味で落ち着いていなかった。

「今日だけは、負けるわけにはいかんのだ……!」

「どうした小次郎?やけに高ぶっておるではないか?」


「約束してきたのでござる。今日の決闘で俺が勝ったら……」

「お主が勝ったら……?」


「道場の弟弟子がイナゴを食うと!」

「???」


「そのために俺は負けるわけには」

「待て待て待て待て」


「どうした武蔵」

「いや、その、どういうことだ?」

「どういうこともそういうことも、こういうことよ」


「だからどういうことなんじゃ!一から説明してくれ小次郎!」

「わかった。いいだろう。事の起こりから説明してくれるわ」

「嫌な予感しかしないが、とりあえず聞くだけは聞いてみよう……」


「あれは3年ほど前のこと……」

「待て待て待て待て」


「どうした武蔵」

「もうちょっと、こう……あるだろ!話を始める位置が」

「一から説明してくれと言ったのはそっちではないか」

「そうは言ったが限度があろうて」


「よかろう。では手短にいくぞ」

「うむ、手短にな」


「3年前にやってきた弟弟子だが、どうにも体が弱く、まるで俺自身の昔の姿を見ているようだった。そんなこんなで俺もよく面倒を見てやっていたのだが、まあなかなかかわいいやつでな。俺のことをよく慕ってくれたし、何より剣術の筋は良かった」

「うむ……」


「ある一時なぞ、『小次郎様は私にとって英雄のような憧れの存在なのです』などと申してきおってな」

「待て待て待て待て」


「どうした武蔵」

「ノロケ話か?」


「断じて違うわ!ここからが重要な話じゃ!よく聞け武蔵!」

「お、おう……」


「そんなかわいいやつだったが、どうにも食が細くてな、体が弱いのもそのためであった。こと、イナゴの佃煮などは栄養があるが、見た目が不気味だと言って食べなんだ」

「なるほど、話が見えてきたわ」


「そうだ、俺は約束した。今日の決闘を生きて帰ったら、一緒にイナゴを食うと……。ゆえにこの勝負、負けられないのだ!」

「……相わかった。とはいえ小次郎、そのような話を聞いたところで手を緩める儂ではないことは分かっておろう」


「当然だ。全力で来い」

「ならば、今日の儂の獲物はコレじゃな」

「何!?木刀だと……貴様!俺を愚弄するか!?」


「愚弄だと?馬鹿な。元々今日はこの木刀を使う予定だった。ただそれだけのことよ」

「ええい、武蔵、お前の言い分は分かった。だが、お前が木刀を使おうと、俺は真剣で行かせてもらうぞ」

「おうおう、自慢の物干し竿でもなんでも持ってこいや……」


「ほざいたな武蔵。我が秘剣、燕返しの一撃で勝負を決めてくれるわ!くらえ!」

「ふん、甘いぞ小次郎!」


「初太刀を躱すか!だが、二の太刀は躱しきれまい!これぞ必殺の秘剣!燕が……」

「ぬん!」

「ぐはっ!」


「……燕返し、長い刀で相手をひるませ返しの切り上げで仕留める技よな。一見すれば無敵の秘剣。しかし、それは尋常の刀を相手にしたときのみ」

「な、なんだと……」


「物干し竿より長い刀などそうそう存在しないが、しかし、木刀ならばどうだ?燕返しの前にこちらの一撃がひと足早く届く。その結果がこれよ」

「む、無念……」


「安心しろ、命までは取らぬ。帰ってイナゴでも食べて鍛え直してくることだな」

「情けをかけるか……?」


「情け?ハッハッハ!違うわ。より強くなったお主と再び刀を交えたい。ただそれだけのことよ。それに、だ」

「それに?」


「お主の弟弟子、未来の大剣豪に元気に育ってほしいからな。二人揃って挑んでくるも、また良しだ」

「よく言うわ武蔵」


「ほれ、さっさと帰らんか。お主は負けた。だが、生きている。生きている限り、お主の弟弟子にとっては、お主は英雄なのだからな」

「完敗であるな……剣も、戦略も、器の大きさも……。帰って鍛え直すとしよう。イナゴでも食ってな」



……その後、小次郎は弟弟子と共に鍛え直し、弟弟子が物干し竿を受け継ぐことになるのだが、その物語は隠された歴史だけが知っている。



宮本武蔵はなぜ佐々木小次郎を殺さなかったのか。その答えは、弟弟子にとって小次郎が英雄ヒーローだったからである。


おわり


(諸説あります)

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