殺すなかれ、殺させるなかれ。(世界平和に向けて、その⑧)

月猫

戦争が終わるまでは、私だけのヒーロー。

 パベルは、四月で自由になれるはずだった。

 一年間だけの兵役義務、残すところ一か月ちょい。

 

「兵役期間中に、戦争なんて起こりっこないさ。ちょっとした訓練をすれば終わる。それにお前は、航空大学生だからって優遇されて戦闘機に乗れるんだろ? すげーな」

 

 兵役義務を先に終えていた幼馴染の言葉に、パベルは安心していた。そして、戦闘機を操縦できることが嬉しくもあった。


 パベルは兵役義務で、ソフィアという三歳年上の女性と仲良くなる。彼女は、職業軍人として空軍に入隊していた。

 

「パベル、私は空を飛びたくて女性パイロットを目指していたのよ。でも、パイロットにはなれなかった。だから、ここに来たの。決して、戦いたい訳じゃない。多分、私が戦闘機に乗っている間は戦争なんて起きないと思うわ。うん、きっと大丈夫」


 ソフィアは、自分に言い聞かせるようにパベルに話した。空を飛びたくて軍人になったけれど、戦闘には参加したくない。それは、兵役義務で戦闘訓練をしているパベルも同じ。二人は鳥のように空を飛べれば、それで良かったのだ。


 そんな二人の意に反して、戦争の火蓋が突然切って落とされた。上官の命令は絶対だ。逆らうことはできない。二人は、軍事施設を空爆する覚悟をした。


 隊内のみんなからも笑顔が消えた。戸惑いと不安と緊張に支配される。

「戦争はしたくない」

 そんなことを言う者は一人としていないが、暗く沈んだ顔がそれを物語っていた。


 とうとう、二人が所属する部隊にも命が下される。

 それは、病院の空爆だった。


「病院ですって? そんなこと出来るわけないじゃない! 」

 そう叫ぼうとしたソフィアを制したのは、パベルだ。命令に背く言葉を皆の前で叫んでしまったら、どんな罰を与えられるか分からない。パベルは、そっとソフィアの手を掴んだ。


 パベルの意を汲んだソフィアは、グッと唇を噛みしめた。


 その晩

「五分だけ、外の空気を吸って来よう。短時間なら、大丈夫だと思う」

 バベルは、そう言ってソフィアを誘った。


 満月を見ながら、パベルが言う。

「僕の母は日本人で、祖父はお坊さんだって話は前にしたよね」

「うん」

「僕は、祖父に仏教の話を教えてもらったんだけど、その中にね『殺すなかれ。殺させるなかれ』って、ブッダの言葉があったんだ。もし世界中の国のリーダーが、この言葉を知っていて、実践してくれたなら戦争なんて起こらない平和な世界になると思う」


「……そんな言葉があるんだ」

「うん。ストレートで力強い言葉だよね。ソフィアは、軍人になったことを後悔しているんじゃない?」

「……今はね。空を飛びたいって理由だけで、軍人になったこと後悔している。だって……誰も、きず、つけたく……ない」

 ソフィアの瞳から、大粒の涙が零れる。


「——。 僕も、誰も傷つけたくない。ソフィア、お願いがあるんだ。戦争が終わったら僕の祖父を訪ねて欲しい」

「……えっ? パベルも一緒に行くんでしょ?」

「もちろん、僕はずっと君と一緒にいるよ。約束だ。戦争が終わったら、日本へ行こう」

「わかった」


 月明かりの中で、二人は口づけを交わす。それは、ソフィアの涙の味がした。


 病院を空爆する日。

 三機の戦闘機が、病院の上空を旋回していた。

 ソフィアの心は、鉛のように重く手が震えていた。隣を飛ぶパベルが、ソフィアに笑顔でサインを送る。


「落ち着いて。僕がそばにいる」

 そう言っているようだった。


 突然、パベルの戦闘機が暴走を始めた。ソフィアは、驚いて病院を空爆できずにいる。パベルとソフィアの二機の様子を見た、残りの一機が病院を空爆しようとしたその時だった。


 パベルが、まるで病院が空爆されるのを庇うかのように戦闘機から発射されたミサイルに突っ込んでいったのだ。


 大きな爆発音とともに、機体は木っ端みじんに吹っ飛んだ。


「パベル―—————!!!」


 その後、ソフィアはどうやって基地に戻ったのか記憶にない。焼き付いているのは、バベルの機体がぶっ飛んだ最後の映像だけだ。


 病院の空爆作戦は失敗に終わった。原因は、バベルの戦闘機が故障し操縦不能に陥ったためとされた。恋人の死を目の当たりにしたソフィアは、精神を病み入院。もう二度と戦争の最前線に送られることはなかった。


 ソフィアはベッドの中で、バベルを想う。

「バベル。あなたは病院にいる人々を助けるために、そして私に誰も殺させないように、自らの死を選んだのね。だから、私は二度と戦闘機には乗らない。戦争が終わるまで、精神を病んだふりをし続けるわ。そして約束通り、戦争が終わったらあなたの祖父を訪ねる。あなたが死んだ理由は、戦争が終わるまで誰にも言わない。だから今は、私だけのヒーロー……」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ガブリエルが、背中の大きな羽を震わせている。

我部ガブ、泣いているのか?」

 声をかけたのは、ミカエルだ。


「泣いてない! ただ、どれだけ沢山の人が亡くなれば、この戦いが終わるんだろうと思ってさ。虚しいっていうか、悲しいっていうか、勝手に羽が震えるんだよ。実嘉ミカだってそうだろ? パベルのの最後に心を痛めていただろ?」


「あぁ。今回もまた、助けることができなかった……」

 ミカエルは広げていた羽を閉じて、瓦礫と化した街を見つめる。


「殺すなかれ。殺させるなかれ」


 この言葉が、パベルの魂を乗せて世界中に羽ばたいていくことを、ガブリエルとミカエルは願っていた。 


 


  

 


 


 

 

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殺すなかれ、殺させるなかれ。(世界平和に向けて、その⑧) 月猫 @tukitohositoneko

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