第二章 青鈍の聖騎士

第1話 聖女の追憶

『アルフレート、私ね……妖花の魔女になってしまったの』


 あれは、妖花の魔女の烙印を押された翌日のこと。私はまだ十二歳、彼は十四歳の、どんよりと曇った夏の日のことだった。


『そうらしいな』


 アルフレートとは物心がついたころからの付き合いだが、このときすでに私は期待していなかった。いくら幼馴染だろうと、妖花の魔女が婚約者だなんて嫌に決まっている。だから、婚約破棄される心づもりでこの日、私は彼に会いにいったのだ。


『いままで、ありがとう。私と仲良くしてくれたこと、とても嬉しかったわ』


 ソファーで足を組む彼の前で、私はドレスをぎゅうと握りしめながら告げた。指先は小刻みに震えていて、彼の顔をまっすぐに見る勇気はなかった。


『……なんだか別れの挨拶みたいだな』


 顔を上げずとも、鋭い視線が向けられているのがわかる。肌をちくちくと刺すような居心地の悪さを覚えた。


『……そのつもりよ』


 一度だけ深呼吸をして、ゆっくりと顔を上げる。これが最後ならば、せめて目を見て言わなければ。


『こんな私と、婚約を続ける必要はないわ。あなたにとっても、ベルテ侯爵家にとっても、不都合なことばかりだもの。私じゃない、どなたかすてきなご令嬢と幸せになってね』


 それは十二歳の私が言える精いっぱいの強がりで、心からの願いでもあった。大切な幼馴染には、妖花の魔女なんて厄介な存在とはかかわらずに、まっとうに幸せになってほしい。今ならば引き返せるはずなのだから。


 沈黙が、息苦しく感じられた。アルフレートと過ごしていてそんなふうに思ったのはこれが初めてだった。


『そんな……理由で……』


 アルフレートは俯き気味に何かを呟いたかと思うと、突然立ち上がり、私の前に詰め寄った。肩を掴まれ、そのまま背後にあった本棚に押さえつけられてしまう。ひだまりのような金の瞳が、獰猛な獣のように光っていた。


『俺と婚約破棄をしたら、あのお優しい「おにいさま」の手をとるつもりか?』


『え?』


 予想外の問いかけに目を瞬かせたのも束の間、彼は吐き捨てるように笑った。


『……妖花の魔女のくせに生意気なんだよ』


 苛立ちの滲んだ、冷え切った声だった。お義兄さまほどとは言わずとも、今まで私に親切にしてくれたアルフレートの言葉だとはとても思えなくて、声もなく身をこわばらせてしまう。


 彼は、私が初めて見せた怯えの色を前に満足げに微笑むと、私の結い上げた髪から一筋こぼれた銀髪を指先に絡め、意地悪く告げた。


『お前は本当に可哀想なやつだ。……幼馴染のよしみで、婚約破棄はしないでやる。ありがたく思えよ』


 物心がついたときから育んでいた友情は、この日、同情と施しでつながっているだけの婚約関係に変わってしまった。心の奥で大切な何かが壊れていく音を、私は確かに聞いたのだ。


 その壊れてしまった何かのかけらに、私は今もしがみついている。自分を傷つけるだけだとわかっていても、痛くても、手放せないまま、今日も。

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