城ケ崎先輩の役に立たないヒーローアイデア
タカば
城ケ崎先輩の役に立たないヒーローアイデア
うちの大学には変な先輩がいる。
名前は城ケ崎芽衣子。
一年先輩の彼女は、そこそこの頻度で大学にやってくる、そこそこ不真面目な学生で、結構な頻度で俺についてきて、そこそこの時間まで俺の部屋にいりびたる。
そして、毎回独自のアイデアを披露するが、だいたい役に立たない。
実に面倒な先輩である。
「真尋くん、いいことを思い付いたぞ」
「……何ですか」
そろそろ日も沈みかけようというころ。
突然人のスマホに連絡をいれてきた城ケ崎先輩は、震える声でそう言った。
「心に勇者を召喚すればいいのだ!」
「自分の中に異世界召喚ですか、新しいですね」
台詞は屁理屈をこねているけど、声は怯える人間のそれだ。俺はとりあえずジャケットを羽織って外に出る。彼女の声以外に物音らしいものは聞こえなかったから、自宅からの通話だろう。
「恐ろしいものに立ち向かうには勇気が必要だ。しかし、困難に直面した時に己を振るい立たせることのできる者はごく少数派だ。ほとんどの人間は部屋の隅でただ膝を抱えて震えることしかできない。今の私がいい例だ」
つまり、何か怖いことがあって、部屋の隅で膝を抱えて震えながら電話してきたと。
自分の部屋という安全空間で、声を出して俺と通話できるくらいには余裕があるらしい。
今すぐ警察を呼ぶほどの事態ではないとわかって、俺はほっと息を吐いた。
彼女の部屋へ向かう足は小走りのままだが。
「だがしかし、ただうずくまっていても何も変わらない。状況を打開するためには、思い切った行動が必要だ! 現在の私は勇気を必要としている!」
「今必要なのは冷静な判断では?」
危機に闇雲に立ち向かうのは勇気ではない、ただの考えなし、蛮勇だ。
恐ろしいからといってなりふり構わず行動したところで、事態が悪化するだけである。思考があさっての方向に向かったあげくに迷走して、妙な結論に至る城ケ崎先輩ではなおのこと。
「私の心に降臨せよ、勇者! 私は困難に立ち向かい、平穏な生活を取り戻すのだ!」
「先輩、待ってください!」
「うわああああああああやっぱり無理ぃぃぃ、蜘蛛退治は無理ぃぃぃぃ!!」
「……」
蜘蛛かよ。
俺はその場に崩れ落ちそうになる膝に気合で力をいれ、速度を落とさずに彼女の部屋へと向かう。
「たかが蜘蛛と侮るなよ! めちゃくちゃでかいんだ! きっと君の手のひらくらいあるぞ! そんなものが、自分の部屋の窓に巣を作って居座ってみろ! 恐怖におののいて部屋の隅で丸くなるしかできなくなるぞ!」
「俺は蜘蛛平気なんで」
「君の頭はどうなってるんだ?! あんな異様な生物を見て恐怖を覚えないなんて、さては人類じゃないな?」
「俺はれっきとした、サル目ヒト科のヒト族ですよ。……ごたくはいいですから、玄関あけてください」
「……は?」
「今、ドアの外にいますから」
そう告げると、ダダダダダダ、と廊下を走る音が近づいてきた。
がちゃっと勢いよくドアが開かれる。
「真尋くん? どうしてここに?!」
「あんな電話かけてきておいて、どうしてとか聞かないでくださいよ」
「いや……私は自己解決しようとしてだな」
「それで、蜘蛛はどこです」
「…………あっち」
俺は城ケ崎先輩の部屋に入ると、窓を確認した。
彼女の証言通り、立派なジョロウグモが窓の外に大きな巣を作っていた。
「割り箸もらいますよ」
俺は台所からコンビニ割りばしを持ってくると、窓をあけてジョロウグモをつまんだ。そのままぽいっと下に捨てる。
「おおおお……勇者だ……勇者がここにいる……!」
「蜘蛛を駆除しただけですけどね」
「いや、君はすばらしいことをした! 私のヒーローだ!」
「そう思うんなら、次からは素直に助けを求めてください」
あんな意味不明な緊急電話をよこすのは、金輪際やめてほしい。
「しかし……君のような勇者、他にも助けを求める者もいるだろうに。私ばかり呼びつけていいものか」
毎日のように俺の部屋に入り浸っておいて、何をいまさら。
「心配しなくても、こんな風にヒーローぶって世話を焼くのは城ケ崎先輩だけですよ」
「へ……? それだと、君は私だけのヒーローということになるぞ」
「そうです。だから、今度から何かあった時はイマジナリーヒーローを召喚する前に俺を呼んでください。わかりましたか?」
「……あ、ああ」
今日も城ケ崎先輩のアイデアは、役に立たない。
城ケ崎先輩の役に立たないヒーローアイデア タカば @takaba_batake
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