第15話 転生した二人は再開を果たす
大敗、私達人類は再びストアンに負けたのだ。
「少しは落ち着いたようで良かった楼逸。体壊すまで暴れるかと、心配したよ~」
私の隣に翡翠が腰を下ろす。彼女が私に触れると、血塗れと傷だらけの手の怪我が治っていく。
「こっちもストアンが多過ぎて、守り切れなかったから。あんまり自分を責めないで」
情けなくて彼に顔を見せられないので、顔を伏せる。
私は顔を伏せたまま、彼に質問する。
「死者は」
「電気街の方で数人かな。不幸中の幸いとしては、避難していた人は絶対に助かってたことだね。だから、僕たちの町は零だよ。ほとんどの所がそうみたい」
良かった。私の町の人が一人も死んでないというのは。
そして、いつものだ。命よりも金や物などを優先して、逃げ遅れた連中が死んでいるのだろう。
基本被害が小さいときほど……。ん?
「あんた今、ストアンが多過ぎてって言わなかった。私の町でも流石にーー」
「数え間違いはないよ。安心して水町は一人も死んでないんだ。ちなみにストアンは人を襲わず建物ばかり狙ってたね」
「本当に混孔羽は国民ごと手に入れようとしているのね。なんでそんなに執着するのかわからないわね」
彼女の狙いは学巳の魂と国だ。本当にあの化物が気に入っているというのか。にわかには信じられない。
翡翠も両手を上げお手上げのポーズをしている。
「自分の力に過信しすぎた結果ね。私がもっと強く、鍛えていればこんな事にはならなかったわね」
私は握り拳を見つめる。翡翠が優しくその手に被さるように手を置いた。
絶対に最初からいたがタイミングを見計らっていたのだろう。
「僕たちも悪いんだ、君に任せきりだった。だから自分を必要以上に責めないでほしいんだ。君がどれだけ頑張っているか、僕たちがよく知ってるからね。感謝しきれないほどに」
町の人は私に感謝している。そんな当たり前のことを忘れていた。些細なことで『期待に応えろ』と傲慢な学巳に言われていたからなのだろうか。
いや学巳だけじゃない、傲慢な人達にだ。
「その様子だと、忘れていたみたいだね。ちょうどハンカチ持ってきてたから使う?」
気が付くと私の眼から、水が滴り落ちていた。何年ぶりに泣いただろう。
私は翡翠のハンカチを勢い良く奪った。
「私が頑張らなきゃいけないのよ、この世界で、人間で一番強いんだから。もう、誰も失いたくないの」
頭上に凸凹な手が優しく置かれる。職人の手だ、彼も彼で全力で貢献してくれているのだ。
「実力だけは、人間の中で一番強いのは確かだね。どんな人でも限界はあるし、守れないものもあるんだ。それを自分だけで背負わないで、僕たち一緒にその重荷を背負うから」
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
私は学巳よりも自分に対して憎かった。『あの時私が強ければ』と過去の自分を憎んでいた。
「あんたに言われると少しむかつくわね。夜浴びるように酒飲んで、昼まで寝て」
「そうだよ。いつまでも寝て私の武器作ってくれないじゃん」
「何度も言ってるけど、君に合う武器はないし作れないんだ。ずーと僕らの様子を陰から見ていたことも、気がついているからね」
私の隣にラドスが腰を下ろしていた。
絶対に最初からいたがタイミングを見計らって現れたのだろう。
「私が泣くのを待ってたわね。私は泣かないわよ」
「っふ」
残念そうに、そして呆れたようにラドスは鼻で笑った。
「すごいムカつくわね。その鼻笑い」
「僕もムカッときたね」
珍しく翡翠と意見が合う。二人で楽しんで、とも言いたげな顔だ。
そんな事お構いなく、ラドスは笑顔で立ち上がる。
「さぁて、問題はあの二人だね。楼逸ちゃんは教育が甘いねぇ、私は千都子ちゃんをしっかり教育したのに」
妹を教育してた……。
「ねぇラドス」
「ん?何かな」
「あんた、千都子が混孔羽に挑むのを最初から知っていたんじゃないかしら。その依頼の報酬として彼女と学巳の関係を聞き出したんでしょう」
ラドスの顔色が青白く変化していく。わかりやすい。
「どうやら図星みたいだね。気持ちはわからなくも無いけど」
「ごめんなさい。千都子ちゃんの気持ちを優先したくて、あれは彼女達が乗り越えなければならない壁だと思ったから」
ゆっくり、丁寧にラドスは私に向かって土下座した。ラドスの丁寧な土下座を見るのは、何年ぶりだろうか。
「今度からは私に相談して。気持ちだけで、私と同レベルのストアンに勝てるわけないんだから。頭を上げてあんたが頭下げてるの私は見たくないから」
「楼逸ちゃん……!」
ラドスは勢い良く私に飛びつこうとするが、手で彼女の額を掴み止める。
「僕は未だに納得できないんだよね。千都子ちゃんが掠り傷を与えられるのに、楼逸だと全力で腕すら両断できないなんてね」
私もそれが、のどに詰まった小骨のように気になっている。妹が傷を付けれる相手に私の攻撃が通らないはずはないのだ。
「それについては、彼らが立ち直ってから考えましょ。私にはさっぱり理解できないから」
戦闘している時しか脳が動かないから。
「私達は三馬鹿だからね」
「君と戦闘バカ一緒にしないでくれ」
「あんたと武器バカと一緒にしないで」
「私これでも抑えていったんだよ。武器バカと戦闘バカ」
彼女の一言により、醜い争いが始まった。
俺はは楼逸と鍛えたグラウンドにいた。一週間の間、彼女とここで猛特訓した。苦しいながらも楽しい日々だったと痛感する。特訓したのは無駄になってしまったが
俺が命を捧げれば、この国いや違う世界の人間を混孔羽は助ける。
あれは何度も触れて見てきた藍の魔法で作られた契約書。彼女は偽りではなく本気である事は理解できた。
命を持って、この国の人へ償いができる。
いくら生まれ変わろうとしても、罪の重さは変わらないしリセットもできない。俺が死ねば沢山の人が幸せに暮らすことができるだろう。だったら清算してしまおう。
もう、ストアンに食われる痛みには慣れてしまった。ならば問題はない。俺のとる選択肢は契約書にサインすることだ。
この国で最強のジョヤが負けたのだ。それしか手はない。
「嚙み砕かれるの、痛くて嫌いなんだよな。いくら慣れてるからとはいえな」
夜空を見上げる。どこの世界と何の変哲もない同じ空だ。
今日は少し曇っているようだ。
俺は誰にも自分の選択肢に介入してほしくない。そういう理由で、護身用に持たされた護符でグラウンドに小さな結界を張っている。これは結界さえも透明化する物で、鍵はあるがヘマタイトが持っているため今は誰も入れない。条件は一つあるが誰も達成することはないだろう。
「俺に好意を持つ人間しか入れず出れない結界か。敵も入ってこられなければ、味方も入れない。好意を持つ人なんていないだろうな。無邪気に旅をしたい」
予想通りかれこれ三十分ほど誰の気配すらしない。良かった。
そう思っていたが、背後から聞こえるはずのない足音が聞こえる。
「ようやく見つけました。こんなところにいたんですね。ここにいるとは思いましたけど、透明な結界ってずるいですよ。三十分も使っちゃいました」
俺は声の主の方を一切向かずにこう言った。
「一人にさせてくれ。もう、いいんだ」
頬に鈍い痛みが走る。いつの間にか正面にいたようだ。条件反射で俺は彼女と瞳を合わせてしまう。
「もう一人には絶対にさせません。仲間、私の大切な人がいなくなるところは二度と見たくないから」
千都子は俺のために大粒の涙を流していた。
俺が千都子の親を殺しているというのに、まだ好意があるようだ。それだけで胸が苦しくなる。
俺は逃げる選択肢を選んだ。とてもじゃない顔向けができない。手元にヘマタイトに貰った脱出装置を一つ握る。
「手を放してそこに腰を下ろして」
自分の命令を身体は聞いてくれない。そして、身体が千都子の命令に従って動く。
藍の魔法で操られたようだ。いつの間にか彼女の魔法の腕が上がっている。
「前にも言ったよね、料理の味付けは魔法なんだよって。こんな風に使いたくはないし、取っておきたかったよ。もちろん、藍は味には使わないよ」
全く気がつかなかったが、藍の魔法を料理に混ぜていたようだ。
俺は彼女から目を逸らす。瞳を直視できないからだ。
「命でみんなが助かるんだ。それが俺にとってできる一番の償いじゃないか」
「いつ私たちがそんな形で償ってほしいとは言ってませんよ。それに、学巳さんはそれでいいんですか」
思わず『なんで俺のことになる』と、小さな声で呟いた。
千都子は俺の正面に座り込み、顔を掴まれ無理矢理にして瞳を合わせられる。
「ぐがっ」
そして、いきなり頭突きされたのだ。そして不意の攻撃で倒れて背が地につく。
千都子が俺の腹に座り、馬乗りになる。
「自分の命に対して自分の心に対してあなたは傲慢じゃなさすぎるんです」
「傲慢になった結果が、この世界の俺だろ」
俺はこの世界の俺が憎く大嫌いだ。全ては俺がしっかりしないのが原因だ。
「極端な例を出さないでください。なんでなんで命を懸けるんですか!命を代償にしなきゃいけないんですか!」
さっきまでの冷静さはなく感情のままに言葉を発している。我慢していた感情が漏れ出したのだろう。
「大切な者をまもるたーー」
「たった一つの命で現状が回復しても、仲間や家族の心は守れないってなんでわからないんですか。それに、この世界のことをずーと引きずって後悔するんじゃないですか?」
図星だ。思わず彼女と目を逸らしてしまう。
「お願いだから一人で背負い込まないで。もう一人じゃ人ですから、私がいます私という仲間がいます。私が罪も罰も一緒に背負います」
「軽々しく言わないでくれ、生きたまま喰われーー」
「それなら、知っています。私も生きたまま喰われて、ここにいるんですから」
衝撃の言葉で千都子と再び瞳を合わせる。その眼は曇らず、一点の光を見ていた。
「私はとある女性と契約したんです。名前と苦痛を犠牲にして、あなたを追いかけた。だから、ナテカさんも私の名前を思い出せなかったんです」
強く優しく千都子は俺の胸に拳を当てた。
「私はずーとあなたの仲間です。一人で解決しようとしないで、仲間に助けを求めてください。罪も罰も一緒に背負います。それが仲間じゃないですか、あなたの命は私の命でもあります。だから正直になってください」
その優しく光り輝いた目は、心の暗闇の中で太陽のように上る。涙と共に口から本音がこぼれ落ちていく。
「助けてくれ。もう死にたくないんだ。あんな辛いこと二度と経験したくない。そして俺の前で誰も死なないでくれ」
鼻声で女々しくそう言った。涙を拭えば拭うほど、涙は輝きながら零れていく。
千都子は俺の体を起き上がらせ、優しく抱いた。
「今は思う存分、泣いてください。私はここにいますから」
俺は彼女の胸の中で涙が枯れるまで悲嘆した。
俺は『パパラチアに殺されればよかった』と思っていた。
悪夢から目覚めて、悪魔が目の前にいたからだ。二度と日の目を見たくはなかった。
殺してほしかった。あわよくば殺してくれないかと考えていた。だから、何度もヘマタイトから離れたりした。
そんな計画は彼女と出会った時から壊れていたのだ。千都子は姉の怒りを何とか沈めていた。
今思えば、彼女を傷付ければ殺してもらえたのだろう。だが、俺は悪人にはなりきれなかった。
そして同時に生きようと、『今度こそは人生を歩みたい』と希望の輝きを見ていたからだ。
目の前にある光り輝く宝石。どこかに落として、探していた宝物の一つだ。
暗闇の中で探すことを諦めていた。だが、彼女が笑顔でそれを手渡してくれたのだ。
以前持っていた宝石よりも、それは輝いていた。
そんな時こそ俺は言わなくてはならない。どんなに鼻声だろうと、この一言を。
「ありがとう」
混孔羽は頬杖して夜空の星を眺めていた。
「輝いたな、そして姉上からか。脳内で叫ぶなのはやめて欲しい」
彼女は誰かと話しているように独り言を始める。
「こんな方法か。あねーお姉ちゃん平和ボケには戦が一番の良薬だろう。重ねて時間がない。
この世界が消滅するまで、一か月有るか無いかだ」
頬杖をやめ、空に手を伸ばす。そのまま星を握りつぶすように手を握りしめる。
「儂が死ぬ事を心配しているのか。約束しよう、儂は敗北しないと」
自慢げに言うと、彼女は騒音から耳を守るように塞いだ。
「旗がどうした。そんなものはへし折るためにある。儂が負けるはずがない、この世で最も強い生物の混孔羽だからだ。どんな作戦を立てようと踏み倒してやろう」
混孔羽は空に向かって大笑いし始めた。
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