第14話 一人の愚者と一人の勇敢なる者
「ざっと五千かな。それだけ倒したのに、まだまだいるよ。一瞬だけルヌベイのところに、あの化物が来たね。殺されてはいないだろうけど大丈夫かな」
ラドスはストアンの返り血が体の所々に付着している。
独り言の最中にも彼女を喰らおうとストアンが飛びついてくる。しかし拳で返り討ちにされ、段ボールかのように顔が潰れる。
ストアンはその一撃で動かなくなり、冷たくなる。
「私も武器を翡翠に頼んで作ってもらおうかな。電気街の宝石は本当にどこ行っちゃたんだろう」
ラドスは不思議そうに首を傾げる。
そうしている間にも、ストアンが襲い掛かってくる。顔すら動かさず、それの頭を鷲掴みしてキャッチしてから頭蓋骨を砕いた。無数のストアンが襲ってくるものの、最低限の動きで命を奪う。
「やっぱり、傲慢になっちゃって足を引っ張ることしか考えれなくなったのかな」
「そこの宝珠我を助けろおおおおお」
高そうな服を身につけた高齢者が瓦礫に挟まりながらそう叫んでいた。
「はあ。なんでこの街はこうなんだろう。助けに来てるの私しかいないって。それで少しは自覚してほしいよ」
「ひひゃあああああああああ助けろおおおおお」
悠長にしていると高齢者とストアンが目と鼻の先だった。今、手に持っているストアンの死体をそれに投げつける。
ストアンはザクロ同士がぶつかり合ったように、血が飛び散った。
「普段から安全な場所から人を見下してるから、そうなるんだよ。しっかり学んで……気絶しちゃった」
高齢者は白目をむいて気絶していた。 それを見て彼女はため息をする。
気絶したら命はない場面だったのに、そんな肝すら持ち合わせていなかったようだ。
「これ終わったら、鮭パスタだけじゃ足りないね。イクラドリンクも追加しないと。あーカルセドニーちゃんどうしたの?え?ストアン達が撤退してる!?」
ケータイを耳に当てながら、化け物を倒していく。
ストアンが撤退していくなんて、意味が分からない。
「まさか、パパラチアちゃんが負けることはないよね」
パパラチアと混近羽の戦いはより激しいものになっていた。
もう第三者がその戦いに入り込もうものなら、数秒で彼女らに葬り去られるほどに。
空中からは手裏剣が雨のように注ぐ。手裏剣は斬れるようで、一秒にも満たない時間で数十個と斬っている。それでも、数個の手裏剣がパパラチアの身体に突き刺さる。
一方で混孔羽に手裏剣が刺さっても、ダメージは無く鎧に溶けるように消えていく。
そんな雨の中で二人は剣戟が繰り広げている。手裏剣を防ぎながら、同等に戦えている。彼女たちの剣戟は収まることを知らず、周りの物が燃えたり水に変化している。
「どりゃあああ」
混近羽の少しの隙を見分け、重い斬撃を放つ。刀は壊れないが、混近羽は勢いを殺しきれず数メートル後退する。
その隙を埋めるようにして、混近羽は空いている手で藍の槍を放つ。手裏剣の雨の範囲から出たパパラチアは目を塞ぎ、剣を一振りすると金属音が鳴り響いた。
「やはり見抜かれてるか。あっぱれだ」
混近羽から刀が消失し、青い弓が手元に現れる。
「青ね……」
矢が放たれ、彼女は避けるという事はせずに真っ二つに斬った。
「どうせ追尾の矢でしょ」
「初見でこれを見抜くか」
混近羽の手に再び赤い刀が現れる前に、パパラチアが彼女の右腕を切り落とした。
「紫馬」
混近羽の隣に水でできた馬が現れると彼女は姿を消した。再び手裏剣の雨がパパラチアを襲う。
「舐めないで」
パパラチアが叫ぶと大きな水たまりから、水が棘になり上空に上がり手裏剣の軌道を変える。
彼女は混近羽が再び姿を現した瞬間に、目に留まらぬ勢いで刀を振るい始めた。彼女と十メートルほどの所で現れた混近羽は斬られたはずの腕が再生していた。その腕で赤い刀を握っている。
混近羽の四方八方に斬撃が現れる。どうやらパパラチアは自分の斬撃をワープさせているようだ。
「なぁにっ!」
その斬撃は赤い刀と接触すると同時に崩れ落ちるほど脆い。斬撃の見た目は鋭く、魔力も籠りスピードも速い。触れなければブラフだとは気が付かないだろう。
「その首貰うわよ」
「やってみろ」
パパラチアは既に混近羽の懐に潜っていた。刃が残像になるほどの速度で彼女は刀を横に振る。混近羽は最後の悪あがきに腕で刀を防ごうとする。
それは無意味だと証明されている。先ほど身体で防げないのは確認済みで彼は刀を避けた。
しかし。
「秋天。それでも、この腕を半分も斬るとは……。貴様があと少し強ければ、儂の首に届いただろう」
無慈悲にも彼女の刃は混孔羽の首には届かなかった。それどころか、腕さえ切り落とせていない。混孔羽の傷口は水となり弾けもしない。
完全に刀が混孔羽の腕に刺さってしまっている。つまり彼女は隙だらけであること意味する。
混近羽が嘲り笑うように口角を上げている。それは待ち望んでいた獲物を捉える肉食動物のような。
パパラチアが初めて絶望に染まった表情をしたが、我に戻った。
「王手だ」
だが、パパラチアの抵抗も虚しく詰んでいた。
混近羽は剣が刺さっていない拳でパパラチアの腹に一発入れた。 彼女はついに地に膝をついた。
「夕暮れ、誇れる戦士の魔法と輝きを封じよ」
橙色の金剛杵が混近羽の手元に現れ、それをパパラチアの肩に突き刺した。
「私が……私が負けたの。いや、まだ……」
パパラチアは力尽きるようにゆっくりと地面に顔をつけた。
「気にするな、気絶させただけだ。さて邪魔な小娘は大人してもらおう」
俺は強く千都子を抱きしめる。千都子を消されると思ったからだ。しばらく経過したが、俺に痛みが走ることはなく、千都子にも全く影響がない
隣のヘマタイトを見ると、橙色の半透明な壁に囲まれていた。
「パパラチアと戦いながら、私を無力化する準備までしていたのですね。いや、学巳を助けたのは差し詰め私に警戒されずに近寄る為でしたか」
「戦いながら、貴様を封印できるわけがなかろう。戯言を」
ヘマタイトすら無力化されてしまった。
千都子だけは守らなきゃいけない。戦いを挑むか、無理だ。パパラチアすら勝てない俺が手に負える相手ではない。
「交渉しよう獲物よ。貴様にもいい提案だ」
提案はきっと『人をストアンの飯として分け与えろ』とかだろう。少しでも時間を稼いで他の宝珠を待つしかない。
「この状況でお前が交渉する理由があるとは思えない。それに猛獣の話す内容を信じれると思っているのか」
「答えをそう急ぐな。これが契約書だ。内容を見て考えろ」
混近羽は一つの紙を俺に手渡す。
その紙には『貴様の命を捧げることでこの国、いや全異次元を救うと約束しよう』と書かれていた。
何度も触れてきた藍の魔法で作った契約書だ。だからこそ、これが本物だと混近羽がこれを出した時には気がついていた。
「傲慢だが臆病な人間は嫌いだ。だが、人間が作り上げたものは恍惚になれる。その美麗なるものが消え失せようとしている。儂はそれを守りたいのだ」
頬を赤く染めて楽しそうに彼は語る。そこには一切の噓が存在しない。
「意味が分からない。勝手に俺を食って適当に救えばいいだろ」
「獲物から無理矢理奪っても、力は最大で吸収できないのだ。獲物も薄々気がついているのだろう。それに儂は無作為に破壊行動する同胞が大嫌いなのでな」
やっぱり、ストアンは俺を狙っていた。俺の魂をこいつらは食っているのだ、自分を強くするために。
それはこいつらだけではない、人間をもパワーアップさせる。俺の『片翼』は魂の一部なのだ。それを千切って与えている。俺の魂は他を強化できるのだ。
分かれば話が早い。しかも、契約書は嘘偽りのない本物だ。
「何で書けばいいんだ。ボールペンはあるのか」
俺ができる最初で最後の国民への償いだ。俺にはこれしかできないだろう。
本当に私は弱い。それ以上にナテカは弱くなってしまっている。
それもそうだ、ずっと一人で世界を歩いては化物に喰われている。この世界では更に自分の罪によって押し潰されようとしている。
どんなに自分が酷い目に会っていても、他人を傷付ける言い訳にはならない。それを彼は知っている。だからこそ、償おうとしている。
そして、他人を傷付けている原因が自分でもあると。一人で背負うにしては、余りにも重すぎる。
目の前で怪しげな契約書がある。文面は全く見ていないが、それに悲しそうな表情でサインしようとしている彼を見て察する。
食ってしまおう。
「あむっ。がぶ」
私は紙を食いちぎり、飲み込んだ。
混近羽と学巳は目を点にして、こちらを見ていた。私は混近羽を強く睨めつけた。彼女は腹を抱えて笑い出した。
「小娘よ、それを食べるのかはははは。本当に回復役として男の後ろに立っているだけの女ではなくなったか」
「おかげさまで。いや、周りの人が少し強すぎるせいかな」
どうやら、学巳はようやく私のことを思い出してきたようだ。なんでこんな時に。
「おい、千都子。まさか、えーとうーんとあの料理が上手いのに不味い女回復士」
名前は、私以外の記憶からも消されているようだ。少し残念だが、伝えたいことは伝わってくる。
少しだけ言い方に悪意があるような気がするが……。
「はるばる異世界から追いかけてきたの。死に急がないで、まだ一緒に話してないことがあるから」
とは、強気に言ってみるも勝ち目がない。少しでも隙があれば、アレを叩き込めるのに。
お姉ちゃんが倒れていることから察するに、今の私では絶対に勝てない。だったら、他の宝珠が助けに来るまでは時間を稼ぐしか手がない。
私は力強く地面にフライパンを叩きつける。火の玉が一つ現れ、混近羽に向かって行く。
「二つ出したはずなのに」
「これも見飽きたな」
混近羽は私の最後の一発を掌で受け止めた。手にはちょっとした擦り傷しかついていない。それ以外の損傷はない。
時間すら稼げない。私は弱い。
「もういい。混近羽、もう一枚出してくれ」
行ってしまう。諦めたくない。悔しくて悔しくて、口の中で鉄の味がする。
助けて学巳を。
「ストアン、ちょっとそれは残酷じゃないか。慈悲ぐらい与えてやったらどうだ」
声の主は私達をいつも支えてくれた、矢域さんだった。
宝珠でもジョヤでもない一般人の矢域が戦場に立っていた。俺は目を丸くした。
彼は混孔羽から見れば子虫と同然の存在だ。彼女にデコピンだけで殺されてしまう。
「ナテカ、僕は言ったよね。千都子ちゃんをあれほど泣かせるなって。絶対に許さないって決めたよ」
あの温厚な顔が嘘かのように、般若の顔に変化していた。
「でもこうしないとーー」
「黙ってろ。その口しばらく閉じてろ」
矢域の威勢に俺はすぐに口を閉じた。彼の怒声に俺は驚いて身を小さくした。
「なんだ、平民よ。儂が残酷だと」
「ああ、そうだね。残酷だよ。最後の晩餐ぐらいは行わせてもいいと思うんだけどね。それとも、楼逸ちゃんに負けるのが怖いのかな」
「儂が温厚でなければ、その首はなかったと思え。本当に平民ですら儂を楽しませてくれるとは、益々この獲物の首を取り王座を手に入れたいものだ」
混近羽は顔に手を当て、不気味な笑みを浮かべていた。心底楽しそうに話している。
「いいだろう。最後の晩餐を与えてやろう。貴様らの最高戦力は既に封じ込めが完了しているからな。儂が王座に着く時、全ての国民が拍手で迎えてくればなければ意味が無い」
拍子抜けするほどに、あっさりと認めた。
封じ込めは、あの橙色の金剛杵をパパラチアに刺した時にしたのだろう。
「時効まで、以前の仲間と語り合うがいい。時効は太陽が頂点に達する時だ。逃げれば、儂の兵が完全に国の人々を食い散らかす。そして獲物を地獄の果てまで追跡する。儂はここで待っている」
混近羽は焼け落ちた学巳室へと、武器を足場にして上る。何もないところから金と赤の豪華な椅子が現れ、彼女はそれに腰を下ろす。
この場にいる混近羽を除いた人間が、承諾してくれるとは思わず混近羽を見ていた。
「いつまで見ている。海空、彼らを住処へと返してやれ」
退屈そうに頬杖をした混近羽が命令する。
俺たちの周りで水の馬が走り出す。馬が消えると俺達は千都子の家の前にいた。
学巳を殺す。そして王となる計画は全て、二人の化物によって中止に追い込まれてしまった。
その事実を知ったのは、バケモノが全てを破壊して俺の所へ来たからだ。命まで取ってはいかなかったが、家は破壊され半殺しにされた。
「くだらん。誰も貴様を助けない、貴様の傲慢はその程度だ」
そう言い残して帰っていった。
一時間後ぐらいに二人目の化物パパラチアに生前に受けた虐めと同じぐらいにボコボコにされた。
異世界なら俺は変われる。そして物語の重要役、いや主人公になれると思っていた。
現実は違った。俺はいつまでも陰キャであり、変われないと再認識させられた。
いや常に他人を見下していたからだろう。人を対等な目線で見ることが無かった。
「仲間、いや友なんて最初からいなかったんだな」
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