第13話 傲慢と傲慢

 時間の遡りは終わり、少年少女の思い出は終わり。

 

 ペンギンと私は一秒に数十回の剣戟を繰り広げる。 ペンギンは腕を組みながら獅子の尻尾で剣をふるっていた。

 たった一秒の剣戟でこのストアンの強さに気が付く。『学巳のバフがあっても勝てないかもしれない』と。初めて戦う相手に対して恐怖を抱く。

お互いに距離と間が空いたので、言葉を交わそうと試みる。

「あんた、ストアンの割には強いじゃない」

「すっかり怒りで我を忘れていると考えていたが、しっかりと冷静になれる脳を持っているようだな。小娘は儂よりも強い相手がいると思うのか」

 今までのストアンとは違い、しっかりと意思疎通ができるようだ。

「初めてね、あんたほど強いストアンに会うのは。つまりあんたの首を国の入り口に飾れば、ストアンは回れ右してくれるってことね」

「減らず口だな。最初から自分が勝てると傲慢になっているな。いいことだ、気に入った本気を出してみろ小娘」

 ストアンに褒められても嬉しくないわよ。しかも傲慢って。

 認めたくないが、これ以上は学巳の力がないと対等にやりあうことすら難しいだろう。

「学巳!いい加減にして!早く『片翼』で私を強化しなさい」

 精神崩壊をしかけている学巳に怒声で現実に引き戻す。

 ようやく私の怒声で現状を把握したようだ。

 すぐさまいつもの背から何かを引き抜き、こちらに投げつける。

 身体の奥底から力が湧いてくる。

「ぶった斬る」



 情けない話だ。怒声によって俺は現実に戻ってきた。

 それでも腕の中でボロボロになっている千都子を見ていると心が崩れてしまいそうだった。

「大丈夫だよ。学巳しっかり息はしてるし、心臓も動いてるから」

 ラドスの声で崩れる心をようやく固定できた。

 パパラチアたちが空間から出ていき、俺たちも外に出た。空間から出た場所は、焼失した学巳室だった。

 服はボロボロだが肌に外傷もなく、ただ気絶しているようだった。

「学巳、僕たちもパパラチアを援護するから『片翼』を」

 その瞬間だった。俺たちの言葉を聞いてるのか、目の前に大きな獅子のストアンが現れた。

 それは空から落ちてきたのだ。着地すると同時にラドスが殴り飛ばした。

「こんなの初めて見たね」

 翡翠が苦笑いしながら空を見上げている。

 俺も上空を見上げると、様々な紫色の円が貴族街を中心として現れていた。

 そこから何百ものストアンらしき物が落下している。その光景は今まで見た中でも最悪な地獄絵図だった。

「彼女の援護をできないっぽい。見せつけるように雑魚を出してる。学巳、長時間用のバフを頂戴。一応守らないといけないから、しかも水町の人がいる」

 俺は『片翼』を使うと、彼等の眼が輝き姿を消した。

「結局俺は、何もできないのか。いや、命をかけてパパラチアにバフできる」

 永遠に彼女が力を引き出せるように、俺はバフしよう。命を削ってもいい。彼女、いや民を守りたい。

 戦う力のない俺には、それぐらいしかできないからだ。

 もし負けても、彼の狙いは俺だろう。そうなれば、おれが俺が……。



 絶え間なく剣がぶつかり合う。重低音の『がきん』という音が絶え間なく耳に響く。

「常時、あの小娘を気にしているな。家族なのか」

「私の妹に何したの?」

 剣戟の中でも化物を全力で睨めつけて問いた。

「小娘が決闘を申し込んできて惨敗した。肝はかなり据わっていたな。手を切断しても、圧倒的な儂を目の前にして向かってきたからな。仲間を守る為に戦う彼女の姿は散る際も見事な美しさだった」

 久しぶりにこの言葉を冗談抜きで言える。

「ぶった斬る」

 ストアンの剣を両断した。貫通してストアンにも切り傷を与えられる。剣は水に変化し破裂して、ストアンも切り傷から水が吹き出す。

 流石に剣を振るうまでの隙はないので、全力でストアンの腹を目掛けて垂直に蹴る。 ストアンは勢い良く後ろに吹き飛んでいき、壁に衝突した。

 土煙が舞い視界が全く見えない、この状況はチャンスだ。

私は紫の魔法を使いストアンとの距離を縮め、剣を振り下ろす。ふりをして軌道を変え、横に振る。手ごたえもえり、水になって破裂した。

「意外とあっけなくお……って!」

 二つの藍色の槍が背後から、私の首を目掛けて土煙の中から現れた。

 一つの槍は反射で斬れたが、手ごたえがなく斬っても水にならない。もう一つの槍を地に足の跡が残るほど力強く地を蹴って避けようとするが、首筋をかすり血が垂れる。

背後からの殺気が無ければやられていただろう。

 地に足が付いたところで、再び背後から二つの槍が襲ってくる。

「二度も同じ手が通用するわけないでしょうが!」

 私は剣を横に振り二つを同時に斬る。だが、二つともハズレだ。霧のように消えていく。

「流石だ。今まで戦った人間の誰よりも小娘は強い。名は何という」

 拍手してゆっくりと砂煙から現れた。まだまだ本気を出していないようだ。

「楼逸よ。あんたたちにも名前という概念があるのかしら?」

「楼逸か、良い名前だ。その勇敢さを讃え、儂の名を名乗ろう。儂は混孔羽という。仕切り直しだ楼逸。二人で存分に楽しもう。久々に心の踊る戦ができそうだ」

「混孔羽ね。長い戦闘は私、嫌いなのよ」

 久々の強敵に私の心臓は鼓動を速める。



 ストアン達の屍の上に軍服を着用した二人の少女と少年がいる。

「重労働すぎるだろ。これ終わったら贅沢に鮭パスタ食べたいんなぁ」

 冗談を言いながら、少年は血に染まった鎌を空に振るう。

「フラグ作ってないで、集中して。後ろから来てるよ」

 孔雀のストアンが少年にを無数の羽を飛ばしていた。。

「あっ……死んだわこれ」

 すると、ストアンの顔が歪み勢い良く吹き飛んでいく。ラドスが現れたのだ。

「やっぱわざとピンチになるのが呼ぶのに最適だな。ラドスさんありがとうございます。毎回助けられて、頭も上がらないので今度鮭パスタ奢りますね」

 大きな鎌を持った少年カルセドニーがペコペコと頭を下げていた。

「宝石なんだから、自分で何とかしようと努力すること。まぁ今回は仕方ないね。状況はどうなってるか、教えて」

「水と農の街と町は問題なしです。一番の問題は電気街ですが、さっきからヘルプが止まりません」

 弓を持った少女ジャスパーが簡易に情報を教えてくれる。

 ずるをして宝石を得るから、実力が無くて苦労しているってところか。

「自業自得でいいんじゃないですかね。とは、行きませんよね。ここは俺たちで何とかなるので助けに行ってあげてください」

 ニヤニヤと笑いながら私を見てくる。

「行きたくないだけだよね」

「行っても『遅い』とか言われるじゃないですか。傲慢でプライドばっかりデブな人って俺嫌いなんですよ」

「「わかる」」

 私達は口を揃えた。

「あなた達戦闘しながら、イチャイチャしたいだけだよね」

「「えへへ」」

 二人は頬を赤く染め、下をうつむいた。初々しさを感じ、癒しになる。

 あの二人組もこれぐらい初々しさを持ってくれればいいのだが。

「いいものを見させてもらったし私が行くね。ここは任せたよ」

「任せてください。俺の鎌使いを見てもらえないのが残念です」

「ラドスさんあと一つだけ伝えたいことがあります」

 立ち去ろうとする私をジャスパーが止めてきた。

「多分、電気街の宝石二人が学巳の城に向かいました。大きな魔力が二つそちらに動き出したので」

 とてもじゃないが嫌な予感がする。彼女もそれを感じ取って教えてくれたのだろう。

 教えるとしたら、ヘマタイトだろうか。だがヘマタイトがいるから問題ないだろう。

「情報ありがとうね。じゃあ任せたよ」

 ラドスは霧のように消えていった。

「さぁて頑張りますか。死なない程度にぼちぼち」

「七時の方向、三体来てるよ」

 カルセドニーが鎌を振るうと、ストアンは真っ二つに切れ大量の血を噴出した。



 実力が均衡しているせいで、中々戦いを終わらせる渾身の攻撃ができない。

 混孔羽としばらく戦っていてわかったが、ラドスと同じぐらいに硬い。

 こちらの攻撃が一切聞いていないように見受けられる。それなのに、私は少しずつだがダメージを喰らってしまっている。このまま長く続けば私は負けるだろう。そして、私以上の攻撃力を持つ人はいない。

 私が負ければ、勝てる人はいなくなってしまうだろう。その為にも決着を焦らず、そして早く決めていかなければならない。

「君たち姉妹は儂を心の奥底から楽しませてくれる。儂の身体に傷をつける存在が、この世界で二人もいたとはな。儂らの生まれた世界で、生存競争に負け蟻んこのように生きていると考えていた人間がだ」

 妹や学巳の話を聞いている限り、この世界にとどまらず様々な世界でストアンは発生していると聞いていた。嘲り笑いをしていることからも、嘘ではなさそうだ。

「獲物も以前は儂を楽しませてくれる存在だったが、今はかける言葉すらない。かつてから仲間の千都子に負けるなど」

「その仲を引き裂いた張本人が良く言うわね」

「獲物から聞いたのか。逆か、獲物だけ知らなかったようだな。因果というのは不思議なものだ」

学巳の方を見ると、動揺しているのか目の瞳孔が落ち着いていなかった 

彼に対して精神攻撃されるのが一番困る。また私が声をかけなければ。

「こいつを生け捕りにして、知っていること全て吐かせるわよ。だから、全身全霊で私に力を送るのに集中しなさい。ヘマタイト、あんたも何とかしなさい」

 私は混孔羽に向かい走り出す。彼は不敵な笑みを浮かべて、空中に槍を作り出して飛ばしてくる。

 槍を斬るが、やはり霧のように消えていく。そして痛みもないのに、気が付けば手にかすり傷が出来ている。

「やっぱり藍の魔法ね。だったら」

 私は地から砂を一握り取り、まき散らす。

 そして、それを何度も何度も念入りに正面から斬る。私の前には水の壁が出来上がる。

 水の壁に穴をあけずに槍は飛んできている。

「やっぱりね。種は理解した」

 水の壁の下方に不自然な丸い穴が開いていた。そこには槍の姿はない。私はそこに力強く剣を振り下ろした。

 何かに当たる感触はあるものの、切断まではできない。ここまででようやく五秒といったところ。

 次に私は水の壁を縦に斬る。水の斬撃が混孔羽に向かって地面を斬りつけながら飛んでいく。

「その程度、痒くもない」

 混孔羽は手刀で簡単に水の斬撃を崩壊させた。だが、破壊された水の斬撃は彼の視界を奪った。

「後ろだな」

「残念ね。それは水よ」

 混孔羽の見えぬ槍が私を貫く。だがそれは、刀を持たせた私の形をした水の像だ。

 私はその右斜め後ろにいた。そして水の像に持たせた刀を素早く回収する。

 混孔羽は攻撃した時の隙が生まれている。刀が正面の深く入り込む距離で、全力で剣を振れる。ここを逃したら、チャンスは二度と訪れないだろう。

 刀を振り下ろす。化物の首まで到達するのに一秒もかからないだろう。

「解放」

 その混孔羽の声で、私の体から悲鳴が上がってくる。足、手先、肩様々なところからだ。既に私は見えない槍によって、様々な場所を負傷していたのだ。

 私はこの程度の痛みで止まらない。私だって修羅の道を歩んできたその一人だ。そして、最強の人間だ。これは痛みだ、死ぬわけではない。

 私は剣を振り下ろした。真っ二つにはできないものの、深い切り口が出来上がる。

 あんな隙だらけでも、混孔羽はダメージを最小限に抑えたのだ。だが、最小限と言っても即死する傷だ。

「あんた、今まで戦ったストアンで一番強いわ。それを誇りながら死になさい」

 混孔羽は断末魔すら叫ばす、水となり爆発四散した。確実に勝てた。手ごたえはあったのだ。

「心残りは捕らえられなかったことぐらいね」

 私でも疲れたのか、足元がふらつく。

「かった……のか」

 学巳は状況を呑み込めていないようだ。勝利の美酒を呑む時間は無かった。

 私が学巳の方を見ると、二人の少女が彼に銃口を向けていた。



 気がついたのは、二人の女性の声がした時だった。

「学巳を狙えと、女性の尻に隠れる主様に言われたのですか。貴方達は立場や権利の方が大切なのでしょうね」

「儂を利用したということか、獲物に触るな下種が」

 宝石の少女二人は、どちらとも四肢を切断されていた。だが、血は全く出ていない。彼女らは叫び声を上げて、表情が真っ青になっている。

 ヘマタイトと、もう一人小さな武士の鎧をまとった少女が目の前に立っていた。身長はペンギンの姿から縮んでいた。その威圧的な雰囲気から少女が混孔羽だと全身が察した。

「敵を守って登場なんて、格好悪いですね混孔羽」

「先手を打たない護衛よりはマシだろう。少しだけその『女性の尻に隠れる主様』とやらを拷問してこよう」

 混孔羽は数分その場から消えた。彼女は現れて再びパパラチアと向き合う。

「拷問は終わったようね。本気の半分も出してなかったわけ。その見た目だと戦いにくいんだけど変えれない?」

「儂はこの身体が気に入っているからな。半分?それ以上だ、誇れ楼逸よ。儂が本気を出したのは貴様だけだ」

 混孔羽の周りに赤い刀、青い弓、藍の槍、水の馬、虹の手裏剣、橙の金剛杵が浮いている。

「貴様らの言う儂だけの『輝き』だ。名は」

 混孔羽は手裏剣を手に取り、パパラチアへと投げる。パパラチアは剣を構えるが、手裏剣はネズミ算のように増え防ぎきれない。数十個の手裏剣が、パパラチアの体へと突き刺さる。

「七空の罪器だ。さて、楽しもうじゃないか。邪魔者もようやく消えたからな」

「何のマネよ。敵を回復させて、ぶった斬られたいの。それとも降参」

「儂の心は激しく燃えているからな。弱った楼逸を倒しても、この炎は不燃焼するだろう。完膚なきまでに叩きのめす。それこそ最高の傲慢になる」

 手裏剣がパパラチアの身体に侵入していく、傷がまるでなかったかのように癒えていく。

「さて始めようか、傲慢で強き人よ」

「私を癒したことを後悔させてあげる」

 

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