第12話 彼女の転生前……

前の人生で、ナテカと初めて出会ったのは雨の日だった。

 私は『テンス』という名前で冒険者をしていた。

 だが、戦う力のない回復役で足手まといだった。しかも、劇的に回復する料理は不味くないはずなのに皆吐いてしまう。

 ギルド内にもそれが伝わり、私とパーティーを組む人がいなくなってしまった。だから私は小さな魔獣しか狩れず、少しずつ金銭的に厳しくなっていった。

 身に触れると危険な桃色の雨が降っている日のことだった。それは身体には影響がないが、触れると激痛が走り最悪ショック死してしまう。

 もちろん予報は出ていたので傘を持ってきたのだが、誰かに取られて行ってしまった。

「もう傘を買うお金もないのに」

 そう呟くと両隣から男性が勢い良く雨の中へと身を投げた。

「来てよかったぜ。ピンクの雨だああああ採取しろおおおおお」

「少し熱いよ、ナテカ。スーパー覚醒ドリンクルル持ってるよ」

「でかした。明日こそ俺達をいじめた魔獣に懺悔させなきゃな!!」

 半裸の男性二人が、大きな容器に逆さまにした傘を刺して突っ込んでいった。

 一人は青髪で笑顔がまぶしい少年。もう一人はぼさぼさの髪をした大人しそうな少年。

 雨を集める準備をしているのだろう。大きな樽を開けだした。

 この国に来ては問題を解決するも、問題を起こしている有名な二人組だった。

(関わりたくないなぁ)

 だが、虚しくも関わらなければいけなくなった。

 私の傘を使っていたのだ。見分けはすぐにつく。傘の取っ手にピンクの石が付いているからだ。それはダンジョンで初めて魔獣を倒した洞窟にあった物だからだ。

 私は雨空の下へ足を踏み出した。

「ピンクの雨が凄い痛いから来ちゃだめだよ」

「ナテカ説得力ないよ。あれは怒ってるんじゃないかな」

「それは私の傘です!返してください」

 雨の痛みは全く感じなかった。怒りで打ち消されているのだろう。

 二人は顔を見合わせて、その後傘を再び見る。

「あちゃー。ナテカ、これ僕たちのじゃないよ」

「ごめん、雨を集めるためにもう穴開けちゃった。つい熱くなって気が付かなかった。これで贅沢してくれ」

 ナテカから掌ぐらいの膨らんでいる袋を差し出される。

(中身は銅貨かな。間違えだし、受け取って許してあげよう。それに傘は銅貨二枚で買えるしね)

 そう思い受け取ろうとすると、彼が横に倒れた。彼が倒れた衝撃で、袋から無数の金貨が転げ落ちる。

「ええええ金貨!?えええ倒れた」

 情報が多くて脳が追いつけない。

「金貨早く拾った方がいいよ。金貨ひったくる心が貧しい人がいるから。というかピンクの雨大丈夫なんだね」

「え、あ、本当だ。全然痛くない。じゃなくてこの人は大丈夫なんですか」

 どうやら私はピンクの雨に当たっても、問題はない体質のようだ。

「うーんわからないね。取り敢えず、君の物だから金貨は拾った方がいいよ」

「仲間の命より優先することじゃないですよね……」

 突っ込みたいことが多過ぎて纏まらない。取り敢えず、この人を雨の当たらないところに運ばなくては。

 私が彼を運ぼうとして接触する。すると、ぼさぼさ頭の少年との距離が遠くなっていた。

「君優しいね。じゃあナテカはお願いするよ、僕は金貨を拾うから」

 上を見上げると屋根の下だった。ナテカと接触していたのでワープしたのだろう。

 それが彼らとの出会いだった。



 その後、『金貨いらないから、お詫びにパーティーに加えてほしい』と頼んだ。

 ぼさぼさ頭の少年の名前は『イトイ』。

 何度も断れたが、七転八倒で頼み込んだら『僕と同じパターンだから折れたら』とイトイが後押ししてくれた。そうして、ナテカは渋々私のパーティー入りを承諾してくれた。

 変な人たちとは理解していたが、すぐに謝って尚且つ傘ごときに金貨で支払う人だ。だから、大丈夫だと確信した。

 とある洞窟にて。

「うわぁあ寄生されてますよ。大丈夫なんですか」

 ナテカさんの身体から蜘蛛の足が飛び出していた。

「俺は大丈夫だ。これも魔術師に売れるしな」

「寄生されても一日で戻るよ。でも、その時に凄い酔いが襲うから、ならない方がいいよ」

 デメリットが軽くても、絶対に寄生されたくない。何よりそんなことをするのが。

「一匹お持ち帰りしたい」

「気持ちはわかるが。一応魔獣なんだから、いれたら俺たちが捕まるんだ……。ペットにしたい」

「見た目に騙されないで~。蜘蛛が苦手な人がショック死するよ」

 相手が身長の半分ぐらいの可愛い丸い可愛い鳥なのだ。モフモフな羽毛が特徴だ。

 だが羽根を飛ばし、刃のように人の皮膚にかすり傷を与える。更にその怪我から、蜘蛛の足が生えてくるのだ。

 私とイトイさんはひたすらピンクの雨が入った瓶を投げつけている。

 ナテカさんが前線に立ち、盾と体で私達を攻撃から守ってくれている。

 だが、彼突然倒れたのだ。そして鳥に囲まれて突かれている。

「大丈夫なんですかアレ!?」

「必殺技で何とかする。学巳を助け出す準備しといてね」

「必殺技!?はい、わかりました」

 どんな魔法なのだろう。

「鬼殺しタックル」

 そう言って彼は鳥の群れにタックルした。鳥たちは宙を舞う。

 普通のタックルだ。威力が高いだけでただのタックルだ。

 ナテカさんに触ると見慣れた街に戻っていた。

「うそ……」

 呆れてそれしか言えなかった。イトイさんも身体から無数の蜘蛛の足が伸びて、倒れ込んでいた。その隣には沢山の倒した鳥の山がある。

「これを受け取って……後は頼んだよ」

「は、はい」

 小さな紙きれを渡され、それを読んだ。

(鳥の肉換金しといてね、場所はここ。あと僕たちの為にホテルまで運んでね)

 私は力強くメモを破り捨てた。

「もしかしなくても私ヤバイパーティーに入っちゃった」

 以降の冒険でもそれが続いたので、お金を出し惜しみなく使い回復魔法を学んだ。私だけの魔法では手が足りなかったからだ。


 

 男二人を介護する重労働で滅茶苦茶な冒険で、私達はレベルアップしていった。

 気が付けば、私達はギルドから勝手に依頼が来るほど有名になり強くなっていた。

ナテカが憤怒してとある魔物を狩った日で、焚火を囲んで野宿している時の事だ。

 絶対に地雷だと感じていたが、どうしても聞きたかった。

 イトイも知ってるようだったので尚更気になった。イトイが酒で酔っ払い寝てしまった時にナテカに質問した。

「なんでナテカさんは、邪悪な鉱石の付いた魔獣に憤怒しているんですか」

 いつもの優しく、笑っている彼と思えないほどに表情が変わってしまうのだ。親の仇、それ以上の怒りを彼らにぶつけている。

 見ているこちらまで苦しくなってしまう。

「あはは。気が付いちゃったか。少しショックな内容だから泣くんじゃないぞ」

 無理に笑っていた。瞳の光が全く灯っていないのだ。その様子から、本当にショックな話が来ると察した。

「俺は前世であの魔獣に喰い殺された。魔法という便利な物なんてない不便利な世界でだ。家族が喰われるところを見ながらさ、いや全てを喰われた。平和な世界と平穏な日常を」

 なんて声をかければいいか、答えが見つからない。

 私なら発狂して、家に引き籠ってしまうほどに恐ろしい死に方だ。あまりにも荷が重過ぎる。

 きっと彼の心を支えないと失ってしまうだろう。悔しいながら言葉が出なかった。

「いまは魔法があって実力もある。だから、命を懸けて守るから安心してくれ」

 自信たっぷりに彼は口角を上げた。その顔は一瞬だけだが、いつも通りの彼に戻っていた。

 だから彼を信用して、ついつい言ってしまった。後悔することになるとも知らずに。

「お願いします」

「死なせないからな。お前が死ぬと目覚めにピッタリな朝食が食えなくなるからな」

 ここでようやく私は気が付く。最初から彼の瞳は消えゆく灯だったからこそ輝いていたことに。



 ナテカがよく言っていたフラグという言葉はこんな時に使うのだろうか。

 翌日の昼ごろにあの邪悪な石が生えた魔獣が訪れた。魔獣はたったの二匹。三つの角が生えた狼と獅子の尻尾が付いたペンギンだけだ。

 たった『二匹だ楽勝』と思い立ち向かったが、天と地ほどの実力の差が存在した。五分も経過しないうちに、私とイトイは立ち上がらなくなってしまった。

 足の骨が折れて立ち上がれない、頭が痛みで回らないし這いつくばる事しかできない。

 回復魔法を使おうとすれば、追撃をしてくる。まるで人間と戦っているかのように、こちらの策略を読まれては潰されている。わざと私達を生かしてナテカを逃げないようにしているのも理解できた。

 ナテカは全身から血を流してボロボロになりながら、魔獣に怒りをぶつけるように戦っている。

「お前らは先に逃げろ。他の人を連れてきてくれ」

 噓っぱちだ。自分で何とかしようとしている。

 二匹の魔獣の攻撃によって、ナテカがどんどんボロボロになっていく。もう倒れてもおかしくないのに、何度も立ち上がる。その気力は、憤怒から来るものか自信から来るものなのか全くわからなかった。

「俺なら大丈夫だ。イトイ早く彼女を連れて逃げろ」

「やだ。一緒に逃げよう」

 届くかもわからない掠れた声でそう言った。

 私の声は届かなかった。私の視界は飛んできた血で潰れた。そして再び眼を開くと、景色は見慣れた街に変貌していた。

 気が付けば声にならない叫び声を上げて、大粒の涙を流していた。


 

 ナテカが帰ってくる事は無かった。

 私は暗い部屋で閉じこもるようになっていた。だから外や世界の様子も一切知らなかった。

 イトイも励ましてくれていたが、彼も仲間を失った傷が大きく何処かへ行ってしまった。お金があれば楽しく暮らせると思っていた。一生遊んで暮らせるほど稼いだ。

だけど私にとって前に進む光は全て食べられてしまった。私の足は暗闇の中で光を探すことができない。光を生み出すことができない。

 傲慢だった。魔獣を舐めすぎた。命が奪われる仕事と忘れていた。

 そんな闇の部屋に一人の女性がやってきたのだ。特徴は全身が真っ黒。人の影が立体を持った物だ。

「ナテカを救いたくないか。彼は命と心を食べられてしまっている」

 邪悪な光は私に手を差し伸べた。

「あなたはナテカの関係者なんですか」

 黒い女性は、彼が以前話してくれた生前の内容が頭の中に映像として流れてきた。

 今は忘れてしまったが、泣き崩れた事だけは鮮明に覚えている。

 気が付けば、邪悪な光を信じていた。もう邪悪な光しか、導きになりえる光が私にはなかったからだ。

「お金でも体でも何でも払います。だから、ナテカさんを」

 私は必死にその光が消える前に食らいついた。

 その光は表情がないものの、小さく笑っているように見えた。

「私に名前と体を食われて頂戴。思い出した時に辛いかもしれないけど、彼の心を救って」

 私は一瞬ためらった、嘘ではないかと、でもでも……これしか私には導きの光となる物が存在しなかった。だから答えはーー。

「わかった。だけど彼と再会させてくれなかったら、異世界でもどこでもあなたを追いかけて懺悔させてやるから」

「ごめんなさい。彼をお願い」

 そこからは身体が悲鳴を上げていた。 だが、その痛みは心の傷に比べれば痛くも痒くもなかった。

 噓だ。流石にそこまで私は強くないが、この痛みを思い出して気が狂わずにいられた。

 そうして雨の日に再び彼と出会うことができた。

 けれど、彼の生まれ変わりは私の父を殺した学巳だった。

 転生後の家族はとてもいい人たちだ。だからこそ、父を殺した彼を許せない。だが彼はこの世界をそれで救ったのだ。

あれしか方法が無いにしても、笑って人を爆発させていた。だから憤りを覚えているのだろう。

 そんな複雑な気持ちで時はあっという間に流れて、再びあの時の魔獣が彼を襲いに来ていた。



 だから、確実に強くなるために姉の親友で宝珠のラドスさんに鍛えてもらっている。

 ストアンと戦うと言ったら、全力で彼女に止められた。仕方なく、これらのことを全て話した。真面目な顔でしっかりと向き合ってくれた。

「うーん。『パパラチアに鍛えてストアンに向かわせたよ』なんて言ったらぶった斬られるから、止めようと思ったのに……仲間のためならしょうがない」

「ありがとうございます」

「でも、死んじゃだめだよ。愛する人が死ぬ悲しみは、あなたがよく知ってると思うから。でも、一番は私の命がぶった斬られるから」

「あはは」

 感動しかけたのに、最後の言葉で苦笑いするしかなくなった。昔の何倍も私は強い、でも傲慢にはならず冷静になって勝つんだ。

 私には更に秘策がある。ヘマタイトさんにずーと前に貰った。お姉ちゃんの料理を止めるために作られた紋章が。

 

 

 

 

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