第11話 犠牲と謙虚

輝きってなぁに。

学巳

「魔法とは違い、個々の人間で変わる特別な異能力だ。発現するのも難しいぞ」

ヘマタイト

「強力であるほどデメリットが生じる場合や最初からデメリットの可能性があり、中には目覚めなければ良かったと思う物も存在します」

学巳

「俺の輝きはかなり強力だが、全ての魔法が使えないという莫大なデメリットを抱えているぞ。流石にデメリット大きいと思うんだ」

ヘマタイト

「ですが、私達には莫大なメリットが有りますので仕方ないと。私が側にいて守りますので」

学巳

「いや自分で守れるようになりたいんだ」

ヘマタイト

「その願望は美しいですが、諦めてください」

学巳

「非力でも守りたいんだ」

ヘマタイト

「諦めてください。学巳が倒せる相手なんていませんから」



 少しだけ時間は遡る。

 俺は、千都子以外の民家にいた。

 楼逸は宝珠としての仕事をしにいった。千都子は最近何処かで特訓をしているらしい。

 なので、一人で筋トレにマラソンなど基礎を固めていた。そしたら、中年の夫婦に優しくされサポートをされてしまった。されるつもりは全くなかったし、拒否していた。だが、気が付けば彼らにサポートされていた。本当に俺は押されると弱い人間なのだと実感する。

 『休憩にしましょう』と言われ、俺はその言葉に甘え彼らの家に来ていた。俺は縁側に腰を下ろしている。

 手伝おうとしたが、二人に止められ座っているよう言われてしまった。

「待たせて悪かったね。ウニ持ってきたから食べて」

 中年の男性の宅尾矢域が、手で収まらない大きさのおにぎりを持ってきた。

 少しウニがはみ出ているのも気になる。断ろうとしたが、『いただきます』と同時に矢域さんが食べ始めてしまった。

断れない状況を作るのが得意だな。

 俺も手を合わせて『いただきます』といった後、口にする。

「前置きは得意じゃないから、単刀直入に聞くけど。君、学巳でしょ」

「うっ……がっほがっほっ」

 唐突な質問でご飯を喉に詰まらせてしまった。胸を叩いて何とかしようとする。

 この人は一発で気が付いた。こんな時どうすればいいのだろう。逃げるべきだろうか。

「かなり当てずっぽうだったんだが。反応で『当たってますよ』言ってるようなものだよ」

「えと……」

「そんなに動揺しないで。危害を加えるつもりも、アレに突き出したりしないから」

 俺が出そうとした質問に彼は先に回答を出してくれる。彼がアレと言って指差したのは、テレビだった。

「髪色で判断できるんだ。というか、明らかに一般人とジョヤ達の雰囲気は全く違うと感じるんだ。ほらアニメのキャラとモブみたいな感じだ」

 そういえばこの世界にはアニメがない、そうなるとこの人は。似ているものがあるが、それはアニメとは呼ばれていない。つまり、この人は。

「アニメって事は転生したんですか」

「お、首傾げてくれなくてよかった。その言い方だと僕と同じ世界出身かもしれないね」

「じゃあ、フューチャーパラレルトラベラーって知ってますか」

 前の世界で有名だったアニメの名前を出すと、彼は喰らいついてきた。彼は目を輝かせながら、目と鼻の先まで顔を近づけてきた。

「おおおお、まさか同じ世界戦の人か。あの作品は人気だったけど、無印のトラベラーの方が何倍も面白くて好きだったよ。でも第五章は激熱だったなぁ。まさか、あの人が命を懸けて守るなんてね。あとそれから」

「嬉しいのはわかるけど、落ち着いて。俺が話せないから」

 俺も異世界で同じ様に転生した人がいた事に喜びを隠せない。

「ごめんな。悪い癖が出てしまった」

 再び彼は庭に顔を向けた。少しの間が空き、彼が口を開いた。

「って事は、君もストアンに喰われて死んだのかな。僕は生前の記憶を思い出した時、廃人になっちゃったよ」

「食べられるのって辛いですよね。俺は三回喰われて、まだ慣れませんから」

 目を静かに飛び出し、すぐに彼は冷静になった。痛みを知る人なら、それはどういうことか理解できるからこその反応だろう。

「あ、あれを三回かぁ……。どうでもよくなっちゃって、暴君になっちゃったの?」 

「前世の記憶を取り戻したのは、一ヶ月前ぐらいなんです。今はどうやったら、パパラチアや国民に償いをできるか考えています」

 矢域は一口お茶を喉に流し込む。

「じゃあ、彼女に『刀の錆になって命で償え』って言われたら命を捧げるかい」

「錆にも屍にもなります。彼女はそんなこと言う前に、俺のことを殺してると思いますよ」

「そうなんだよなぁ。楼逸ちゃん、感情で動いちゃうから昔から大変なんだよ」

 昔から?という言葉に少しだけ首を傾げる。その様子を見た、宅尾さんが語りだした。

「楼逸ちゃんは親友の子供なんだ。僕と妻と彼の三人でいつも遊んでた。僕が前世の記憶を取り戻して、支えてくれた人物でもあるんだ」

「……俺を殺したいほど憎んでますか」

 気が付けば、疑問に思っていた言葉が口から洩れた。俺は情けない自分に対して怒が湧いてくる。

「殺したいほど憎んでいたら、行動に移してるさ。今も暗殺したり殺す暇なんて幾らでもあっただろう?でも憎んでもない訳ではないよ。彼は君を信じて託したと僕は考えているからね。君が傲慢のままなら、私の経験を踏まえて説教しようと思ったんだけどね」

「気になるので聞かせてもらえませんか」

 彼は小さく頷く。

「前世の僕は君と比べ物にならないほどに傲慢だった。全てが自分中心で回っていると思うほどにね。しかし、その傲慢で得たものは何もなかったんだよ」

 空より遠くの物を見つめている。

「そんな人間に仲間ができても、それは彼らにとって使い捨ての人形だ。傲慢な人間ほど、隙が多くて扱いやすいんだ。ストアンに喰われた時は仲間だと思っていた者達に捨てられたんだ。傲慢な人間は常に一人ぼっちなんだよ」

「俺が傲慢だったら、なんて言ったんですか」

 彼がわざと殺意をあらわにする。俺はそれで彼がナイフを持っていること気が付く。

「僕が君に殺しにかかって『お前はジョヤがいなければ、石ころ未満の僕に負けるほどにゴミだ。そしてこの状況で助ける仲間すらいない』ってね。それを何度も何度もしつこく言うかな」

「これ、怯えて動いたら死んでますよね」

 彼はそう言って、俺を押し倒して首筋にナイフを突き立てた。皮が切れ少しだけ熱い血が滴る。

 体を一歩動かせば、首筋を切られて殺されるだろう。

「死ぬ前に拘束を解除してる。それにこれぐらいなら簡単に治せるしね。傲慢な人ほど予想外のことに弱いく、足元がお留守なんだ。君を試したことに謝るよ。こういう状況にすれば、本性を現すと思ってね」

 ナイフは霧のように消えていった、まるで最初から幻のように。そして拘束が解除される。

 お互いが定位置に戻る。

「確かに宝珠達が裏切るとは思ってませんでしたね。彼等以上に俺が必要と思っているでしょうし。俺の存在価値は輝きだけですから」

「達?楼逸ちゃんだけじゃないのか……。まあ君に言いたいことは決まったよ」

「言いたいことって」

 彼は俺の両肩を正面から力強く掴んだ。その眼は暗闇を乗り越えた者らしい宝石以上に輝いている瞳をしていた。俺にはその輝きが眩しい。

「自分を大切に思わない人間は誰も守れない。自分を犠牲にしようとすると、逆に大切な人を犠牲にしてしまうんだ。自分の命一つで解決なんてできない」

 彼の眼は俺の心を純粋に真っ直ぐに見ていた。俺はこの時ばかりは怒りの感情が沸き上がった。

「俺の命一つで解決するなら、とってもいいことじゃないか。こんな糞みたいな人間の命一つで誰かが救われるなら、それに越したことはないだろ」

「君はわかっていない。そんな命でも誰かの宝石になってたりするんだ。自分がどんなに愚か者でもだ」

 抵抗してみるが、がっつり肩を掴まれていて中々逃げ出せない。眩しい瞳が俺を襲う、心が暴れているのが心臓の鼓動で理解できる。

「だから、今しかないんだ。誰かにとって大切になる前に命で償えるなら」

「ああ、それは遺族が望んだらそうだろう。だがな、お前はどうなんだ。自分は罪を償えず、次の転生でも罪という重い足枷をして生きるのか」

 次の転生か、笑わせてくれる。

「俺にはチャンスはないんだ。きっと俺はこの人生で魂が死んでしまうと思っているんだ。だから最後ぐらい自分の好きにさせてくれ。命で懺悔をさせてくれ」

 俺は力強く睨めつけて発言した。

 肩を掴んでいた両手は、みるみるうちに弱くなっていった。更に目を見開かせていたのだ。俺はそれが隙だと直感で感じ、片手の手を払い全力で走りその場から去る。

「雨か」

 頬に冷たい水が触れる。それは雨だと心の中で唱え続けた。

 


 学巳が去って矢域は頭を抱えていた。彼は泣いていた。睨めつけようとしていたが、力がこもらず情けない顔をしていた。

 そんな学巳に思いを寄せる人が見てしまったら。

「どうやら僕だけじゃ彼の心を救えないみたいだ。ごめんね千都子ちゃん」

 彼は木に視線を送る。その周りの草が微動した。やはり後を付けられていたようだ。

「無理に出てこなくていいよ。君も泣いているんだろう」

「ここに鮭の刺身を置いておきますね。じゃあまた……」

 そう言い残して彼女の影が消えた。

 

「あれ……ない。盾剣がない」

 翡翠は探し物をしていた。それは学巳に貸したあの盾剣だ。

 大切に棚に飾ってあったのに、それが寝ている間に奪われてしまったのだ。

 誰がどう見ても価値のない品物だ。きっとルヌベイすら盗む事はないだろう。 

 いくら僕が寝ているとしても、気配には気が付くはずだ。かなり気配を殺すのが上手いようだ。

「少しだけ本気を出すね」

 僕は大きく息を吞み、目を閉じる。精神を集中させて、周りの気配を感じ取る。

 それでも数分はかかり、ようやく蚊よりも薄い存在を感じることに成功した。

「どうやら……手遅れだったみたいだね」

 店の入口に目をやるが、見えた物は獅子の尻尾とペンギンの足だった。目に映った映像もコンマ四秒以下である。

「僕にしてはよくやった方だね。楼逸の忠告を聞いて、しっかり泥棒の対策しとけば良かったなぁ……」

 後悔という名の波が押し寄せてくる。僕は鬱憤を晴らすように酒に手を出して飲み続けた。

 

 

 

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