第10話 ペンギンの訪れ

「橙の魔法は結界をー」

 暗い部屋の中でルヌベイは、テレビをすぐに消した。そして勢い良くリモコンを地面に投げた。リモコンは衝撃に耐えられずバラバラに壊れる。

「なんでタイミング良くパパラチアが出かけてるんだよ。アイツに『学巳を許さない』と言わせればゲームセットなのに。このビデオにも影武者しか出てこなかった。クソがっ!」

 学巳の地位を手に入れても、彼の思い通りには全くならなかった。宝珠達は彼の命令に聞く耳を持たず、好き勝手にしていた。

 そして、予想外なヘマタイトの暴走によって格好もつかない。るはずだった玉座が、前日に灰と炭と化していたからだ。

「お坊ちゃま緊急事態です。窓をご覧ください」

 メイドの格好をした女性が扉を力強く開けた。

 ヌルベイは仕方なく窓から外を見た。彼はそれを見ると下唇を強く噛み、口から血を滴らせた。

 


同時刻、とある結界の中。

「小娘では儂には勝てないぞ。一歩も動かせていない時点で、その程度なのだ」

 ペンギンは胡坐をかいて、大きく欠伸をした。

 一方、千都子は諦めていなかった。身体の至る所から血を流していても。

「だからって私は諦めない。絶対に私は貴方より強い」

「いいぞ、小娘。その傲慢さ最高だ。暇つぶしとしては、楽しめそうだ」

 千都子はフライパンを手にペンギンに満身創痍で向かっていた。それが勝てない相手だろうと、大切な人を二度と失わないために。



「ここどうすれば、いった」

「ぶった斬るわよ」

 頭をぶっ叩かれる。声の主の方を見ると、険しい顔つきをしている楼逸がいた。

 彼女はため息をついて、素早く正面を指さした。

「ヘマタイト……」

 俺のことを半殺しにした人物がいた。

 初めてくる場所だ。彼らの会議室なのだろうと、なんとなく予想できた。

 それは宝珠の数十二と座席数がぴったりだったからだ。

「やっほ。面子も揃ったし、早く始めよ」

「……(ZZZ)」

そして、翡翠やラドスもいるので確信に変わった。

「学巳、前日は申し訳ありません。あれ以外の方法がないと考えましたので」

 ヘマタイトが土下座をしたのだ。これにはびっくりだ。怒りをぶつけたい気持ちはあるが、堪えた方がいいだろう。

「わかった。取り敢えず頭を上げて説明してくれないか」

「お慈悲に感謝します。では、一から説明していきます。宝珠の皆さんも聞いてください。関係のある話になってきますので」

「言われなくても、嫌でも聞くわよ。ぶった斬る理由になるかもしれないし」

 パパラチアが乱暴に椅子に座ってから、説明が始まった。

「まず学巳が変わった事で、様々な障害が発生しました。悪事から足を洗うとい事で私もそれに賛同し協力しました」

「だから、あんたが直々に電気街に行った訳ね」

「電気街以外にも沢山の場所に足を運びました。全ての悪事から足を洗うとなると、莫大な資料で学巳が赴く時間がありませんから。あそこは人身売買、規定よりも少ない賃金や差別が大きな問題になっていました。なので、一番最初に叩き、見せしめとしました」

「気に入らないルヌベイ達が、学巳の暗殺を計画したってことだね」

 ラドスの答えにヘマタイトは頷いた。

「先にその情報を手に入れて、先手を打ったわけです。学巳が逃げても、味方がいないと思い込ませたかったのです。どうやら敵は私が学巳を守っているように見えたみたいですが、結果的には問題ありません」

「その割には本気で殺そうとしてたじゃない。私が止めなければこいつ生きてないわよ」

「日頃の恨みとでも言っておきます」

「あんた本当に……こっちまで情けなるから土下座する準備しないで」

 気が付けば俺は地面に正座をしていた。

「私の作戦に二つの障害が発生しました。一つ目はデメリットからメリットに変りましたので、省略します」

「パパラチアのことだな(ね)」

「わかってるから、言わないでくれる二人共」

 俺とブラッドストーンは顔を合わせて口角を上げた。

「二つ目は、この場にいる宝珠でも勝てないBWSのストアンが現れました」

「ペンギンがそんなに強いの」

 パパラチアは余裕を持ちそう言う。

「だから最近、ストアンの襲撃が劇的に少なくなってたんだ。統率しているとかなり厄介だね」

 ラドスは苦笑いしながらそう言う。なるほど、リーダーが現れたからストアンが無意味に襲撃する事が無くなったのか。

「いや、パパラチアと同じぐらいだと思う」

 俺がそういうとパパラチアは勝ち誇ったように、ヘマタイトに笑みを見せつけた。

「あと魔力を持つストアンが千匹ほど、この国に隠れています」

「それが一番の問題よ!千!?隠れてるって!」

 パパラチアが両手で机を叩き、立ち上がった。隠れているのだ。いつ人が襲われてもおかしくない状況を意味していた。

「落ち着いてくれ。隠れているってどういう状況なんだ」

 俺が彼女に冷静に問う。内心では心臓がバクバクと鼓動している。

「脳筋とは違いしっかり状況を聞くのですね」

「ぶん殴っていい」

「パパラチアちゃん、話がこじれるから後で」

 ブラッドストーンが先手を取り、暴れだす前に羽交い締めをして止めた。なお、バタバタしている。

「貴族街に近い民間企業の周辺にいます」

「あーならどうでもいいや」

 彼女はそれを聞くと、肩の力を抜いた。

「かなり殺しましたが、残りは電気街と水町だけです」

「私の感情で遊んでる?ラドス離して!こいつをぶっ叩かせて」

 ヘマタイトが姿を見せなかった理由はストアンを倒していたからだったから。あれ、ヘマタイト一人でストアンを何匹倒しているんだ。

「情けない話ですが、私の倒したストアンは全て囮でした」

「貴族街に直接じゃなくて、その隣だよね。まさか……仲間割れさせようとしてる」

「まさか、ストアンが考えるわけないじゃない。だってーー」

「ストアンが配置されてたのは、どこも貴族と癒着の激しい会社ばかりでした」

 ヘマタイトがパパラチアの言葉を遮り、言い切った。

 人間の混乱する様子を楽しむ気だ。貴族とその会社、電気街だとマスコミだ。貴族街は自分の身が大切で、壁を封鎖する。民は怒り、裏切られたマスコミは貴族を叩く。そうなれば、怒りという炎は止めることができなくなる。自らの手を下さなくても、簡単に落ちると。

「全部俺のせいだ。こんな事態になったのも」

 やりきれない思いを拳で地面にぶつける。

 俺が最初からしっかりしていれば、こんなことにはならなかった。

「先手を打ちましたので、それは問題ありまーー」

「あんた『ペンギンが一番の問題』なんて口にしてみなさい。今ここであんたを殺してやるから」

 耐えきれなくなったパパラチアが、ヘマタイトの襟を掴み持ち上げた。それでも、ヘマタイトは表情を崩さない・

「貴方の町人が大切なのは理解しています。ですが、ペンギンはこの国を一瞬で滅ぼせる力を所持しています」

「じゃあ、『先手』って何をしたの。悪事じゃなければ、ここで言えるはずよ。言いなさい!」

「ヘマタイト、流石に言わないと私も容赦できないよ~」

「俺からも言ってほしい」

 ヘマタイトは『学巳の頼みでしたら、言います』と先手の内容を話し始めた。

「偽りの学巳がどれだけ頼りないかを、貴方達を呼んだ直後に全テレビに発信しました。そして、偽りの学巳がヘマタイト……いや楼逸を父親のことで利用としていることを公表しました」

「は?」

 俺には理解できなかった。そんなことをすれば、ストアンの所にわざわざ国民を送り込んでいるようなものだ。

 彼女が何をしたいのか、理解できなかった。一人を除いて暫くの間、理解できず間が生まれた。

 その間を破ったのは、彼女の行動を理解したパパラチアだった。襟元を離して、ヘマタイトの頬をかすり力強く壁に拳をぶつかった。拳は壁にめり込んでいるところを見ると、彼女の怒りが伝わってくる。

 相変わらず、ヘマタイトの表情は崩れない。

「私のために町人は立ち上がる。私の町人は他人の為に命を懸けれる人達。それを全部全員の心や行動を弄ぶ真似をして!あんたは何を守りたいの」

「学巳を守れれば、過程は関係ありません。学巳の心を壊してでも、弄ぶ結果になろうとも」

 パパラチアの言葉でようやく理解した。無理矢理にでも俺のことを許させようとしているのだ。それも彼女のことが大切な町人を利用して。大切な人のトラウマを利用しようとしているのだ。どんなに説得しても焼け石に水だろう。

 彼女が俺を許させ無ければ、暴動が終わらない。許さなければ、暴動が続きストアンの犠牲になってしまうのだ。

 怒りよりも情けなさが心の奥底から溢れる。全て、全て俺が傲慢だったからだ。

 他人を見下し、一番偉いから何でもやっていいと思っていた俺のせいだ。

「学巳、今謝っちゃ駄目だよ。彼女を追い詰めることになるから」

 ラドスが優しく俺の方に手を置いてそう言った。



 私は目の前にいる人物こそが最大の敵だと理解した。

 この人物は、傲慢なルヌベイや以前の学巳のように邪悪であれば良かった。

 彼女は彼女の正義に従っている。それが悪だろうと、莫大な犠牲を出してでも遂行する。

 だから、平気で人の心を踏みつけ荒せるのだ。

 学巳が罪を償うため、努力をして自らも強くなろうとした。

 他人を尊重し手を取り合う町人。彼が私に対して謝っていたら、彼女を殺していただろう。

「私は絶対に学巳を許さないわよ」

「面白いことになっているな」

 私たちの間に割り込んできたのは、大きなペンギンだった。

 そのペンギンは、ボロボロの千都子を抱えていた。私の怒りは最高潮に達し、気が付けば体が動いていた。

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