第9話 非力なる者の武器

緑の魔法ってなぁに。

学巳

「回復や生成なんのその。作れたり、治療できる魔法だ」

ヘマタイト

「ですが、複雑になればなるほど高い集中力と魔力を使います。学巳が軽く言っていますが、予想以上に難しい魔法です」

学巳

「説明することが、もうないぞ」

ヘマタイト

「安心してください。例として今、書類を作りましたので」

学巳

「ワープさせただけだろ?山のようにある書類は全て終わらせたからな」

ヘマタイト

「いえ、まだ書類にしていないものがあったので。今ここで作成しました、ちなみに今日までになります」

学巳

「畜生……おに、あくまああああああ」



 俺の座るはずだった玉座は燃え尽きてしまった。学巳を暗殺して、ヒーローとして新しい学巳となるのも不可能になった。

 完全に民衆が不安を抱くような形であり、強引に学巳になったのは大問題とも言える。

 暗殺しようと放火のあった日、俺はここにいた。宝珠二人の戦闘に参加すれば、逆に俺が暗殺されてしまうから手を出せずにいた。

 そして彼は何処かへと転送されてしまった。きっとパパラチアから学巳を守る為にヘマタイトが隠し場所にワープさせたのだろう。

 ヘマタイトの部屋を調べたが結局、学巳の足を追えるような物は一切見つからなかった。

「夢の異世界転生ができたんだ」

 魔法だって使える、オタクの理想の世界である。

 つまらない陰キャで優れない俺でも、貴族としてここに転生した。だから、女性は俺の後ろを歩きついてきた。良い生活を送っていた。

 そこに大きな亀裂が生じた。その亀裂は広がりを見せない大事件がきっかけだった。

「いきなり、余計なことを公表しやがって」

 労働法が記載された紙が、ヘマタイトにより従業員に配られていた。俺の家族が統治するこの街では、それを隠し通していたのにだ。

 それで従業員は違法な労働を訴え始めた。勿論、労働組合にいる仲間に助けを求めたが、先手を打たれ貴族と関わりのある人間を辞職させられていた。

「一応学巳を倒した、と嘘はすぐにバレるな」

 『俺は力があるぞ』というアピールをしているが、彼が生きていた場合や宝珠達の証言で全てがひっくり返ってしまう。

「一応俺が倒したとき用にマスコミを操ってたのが、役に立ったな」

 マスコミを使って学巳のイメージを下げている真っ最中だ。世間から見れば、学巳の印象は最悪だろう。あとは仕上げに父親を亡くし、学巳を一番憎んでいる宝珠にコメントを貰えば完璧だ。

「そして学巳を殺せば完璧だ。でも、見つけ出さないとな」

 あんな豚のような巨漢を見つけ出せない、ということは確実に姿を変えている。

 それをどうやって探すかだが……。俺の視界に唯一燃えていない物が留まる。

「『学巳とヘマタイトの教える魔法講座初心者編・新規ジョヤ教育用』か……。まさかここに写ってる男性が学巳?まさかな……」

 俺はそのCDを片手に固まった。絶対に罠だと感じていたからだ。

 これだけが燃えずに残っていたからだ。



「おい翡翠いるか!」

「ふっぃく。折角気持ちよく寝てたのに。おはよう」

 彼は武器の山から姿を現した。まるでそれが当たり前かのように。普通は痛いというか体が傷付くが、一切それが見当たらない。

 正直、普通の人が武器を布団として使用していたら命はないと思うが。

「『おはよう』じゃなくて『こんにちは』の時間なんだよ。もう昼の十二時だぞ」

「ありゃあ……まあお客様はいないしもうひと眠り」

「目の前にいるだろぉぉぉ。先払いしてるんだからぁ」

 勢い良く目の前のテーブルを両手でバンバンと叩く。彼はようやく不機嫌そうに重い腰を上げた

「その様子だと、お試し武器を上手く扱えたようだね。たまに僕の作った武器を扱えない人がいるから、許してね」

「わかったが……武器をゴミのようにぽいぽい投げないでくれ。危うく頭に槍が突き刺さるところだったぞ」

 彼は俺の言葉を無視して、武器を投げる。どうやら俺の声は彼には聞こえていないようだ。

 というか、わざとやっている。全て俺の顔を紙一重で当たらない。心臓に悪いからやめて欲しい。

「あったあった。こんな深い所にまで埋まってた」

 傷付いてたら、いちゃもん言ってやる。

 だが、差し出された武器はピカピカで新品だった。というよりも出来立てほやほやの物に見えた。

「これでどうやって戦うんだ」

「頑張って。フライパンの人もいるから」

 差し出されたのは、天秤から中心の棒を抜いたような物だった。

 手に取り、振り回してみる。予想以上にしっくりくる上に、一番扱えるとも思った。

 秤の皿で殴る鈍器のようだ。ヌンチャクみたいに扱う感じだと気が付く。

「気に入って貰って良かったよ。じゃあお試し武器を返してね」

「もう来た時にそのテーブルに置いてあるぞ。盾剣も良かったなぁ」

 翡翠は指輪を指にはめて、盾剣を出現させる。それをじっくりと観察すると、笑顔でしまった。

「大事に使ってくれて、僕はうれしいよ。今の学巳なんて、武器の扱いも理解出来ないお子ちゃまだから」

「で、何の武器を渡したんだ」

「四角くて薄い映像の流れる箱」

 うーん俺でも理解出来ないし、どう扱うんだよ。絶対それケータイだろ。

 それは俺でも流石に怒ると思う。

「ちなみに、無限に出てくれる投げ道具だからね。『手裏剣でよくね』って言ったら、武器の手入れしてあげないよ」

「ソンナコト、オモッテナイ」

 危ない喉まで言葉が出てきていた。あと少しでアウトだった。

 取り敢えず先を急ぎたいので雑談をせず、頭を下げて店から出た。

「全国指名手配中なのに良く来たね。僕が通報したら終わりだよ」

 後ろから、そんな声が聞こえたが。

「昼まで寝てる人が、そんな面倒なことやるか?」

 彼はめんどくさがりなのを知っている。

「それもそうだね。じゃあまたねー」

 『またね』という言葉が気になったが、振り返らずパパラチアの元へと向かった。



 翡翠から武器を回収すると、すぐさまパパラチアと特訓を行う事になった。

 土埃が舞い足音が響き渡る。観客の応援が火に入れる薪のように、心と体が熱くしていく。

 秤の皿を勢いよく振りかざすが、簡単に避けられ腹に重い拳の一撃が入り込む。

「隙が多いわよ」

 その一言を言うと彼女は間合いを取った。

 やはり叩き落とす攻撃は強くない。リーチを生かして回すか。

 バトンのように振り回す。自分でも器用なことができるなと、感心できるほど上手く回せる。片手で回せるのが、その証拠だ。

「格好をつけてないで、かかって来なさい」

「武器を体に慣らしてるんだよ」

 その一言を言い終わると、しっかりと秤を握り彼女との間合いを詰める。

 地につかないように斜めに振り下ろす。予想通り横に避けられる、がこの武器は。

「追撃が速いわね」

 勢いを殺さず、手首と秤を回して横に振るう。

 攻撃を外した勢いが無駄にならないのだ。その勢いは次の攻撃に生かせる。

「避ける暇がないわね」

 彼女は仕方なく、魔力を纏った拳で皿を弾いた。

「ようやくヒットした」

「防がれてるんだから、喜ばない」

 彼女に攻撃を防がせただけでも、嬉しい。

彼女のロケットのような威力やスピードを持った拳も秤の棒で防ぐ。

「間合いを詰められたら、きついでしょ」

 そこから拳のラッシュが襲う。

 秤を振るう暇を与えず、一撃一撃が重い。一発でも当たれば体制が崩れ落ちる程に。

 それなのに、これでも魔力を一斉使っていない。改めて、人間の領域を超えていると思う。

「紫の魔法でも使えれば、なんとかできるのにな」

「無い物ねだりしても無駄よ。今ある全力を出しなさい」

 身体、一発は耐えてくれよ。

 右肩に彼女の右拳が命中する。一瞬にして右肩の悲鳴が全身に響き渡る。

「ぐぅ。だぁッ」

 左拳を秤の棒で防ぎ、力強く前に押し出す。

 彼女は少しよろけるが、すぐに体制を整える。そして彼女は魔法を使おうとしたが、躊躇したようだった。

 だが、それで数秒の彼女に隙が生まれる

 俺は片手で皿を彼女に目掛けて振るう。『確実に当たる』と確信した。彼女に一撃を入れてから、力が漲るのだ。これは俺の限界を超えた一撃だった。

「調子に乗らないで」

 彼女が右腕で皿を防いだ時、瞬きを終えると俺は空を見ていた。

「ぎゃふっ」

 俺は背から地に着地した。

 足を払われ、宙にいたことを着地したときに気が付いたのだ。数秒後に武器もカランコロンと音を立て地に着いた。

「ふぅ。ぶった斬ってもいいと思ったわ」

「褒め言葉として受け取るか。良い線いったと思ったのにな」

 後ろで腕を組み彼女は見下してくる。俺は土埃を払って、立ち上がる前に秤を手に持つ。

「いやぁ、二人共いい戦いだったよ。はい鮭の刺し身」

 戦いが終わったとき、ケアしてくれる体の大きいおばちゃんが鮭を差し出してくれる。

 名前は知らないが、『静谷』という苗字だけは知っている。

 当たり前のように出されたので、箸でそれをいただく。新鮮で斬りたてなのが分かる。

「私はいらない。ごめんなさいね」

「ありゃ、楼逸ちゃんが鮭を断るなんて、何処か悪いんかい」

「ああもう!ちゃん付け止めてって。そんなことないから、詰め寄らないで」

 彼女はいつも俺の分を残さんと急いで食べる。おばちゃんの威圧に押されて言った。

「まだ、お腹がすいていないのよ。家でちょっと食べすぎちゃって」

「ありゃ、だから押され気味だったのね」

 食べ過ぎだったのか。ご飯があった方がいいからか、確かに刺身だけだと味気ない。

「ねぇ、静谷さん。なんで、最近こんな昼間から観客が多いのか理由は知ってる」

 彼女はおばちゃんに質問した。

「ナテカ君、ちょっとテーブルゲームの人が足りないんだ。来てくれないか」

 中年男性の真間さんが俺を誘ってくれる。あの二人が話し始めたら、三十分は終わらない。遊びの誘いに乗っても問題はないだろう。

「真間さん、やります。今行きます」

 気が付けば、この街の人と打ち解けていた。打ち解ければ打ち解けるほど、罪悪感が波のように襲ってくる。

 楼逸はというと、話をしている間笑ってはいたが眼は修羅と化していた。

 


「今、学巳が変わってごたごたしてるからねぇ」

「何か小さいきっかけでもない?」

 静谷さんは目を瞑り考え込む。とても嫌な予感がする。それを確かめるためにも知りたい。

「あーーあったわ。私の旦那はこの街で働いてるから忘れてたわ。電気街で労働法に違反する事ばかりしてたらしいね」

「以前から問題になってた、拘束時間と給料が少なかった最悪な街ね。今更過ぎないかしら」

「そうなのよ。学巳直々に注意勧告を出したそうよ。工場の前でビラを配っていたわ。今の学巳じゃない方ね」

「学巳直々に来たわけじゃないわよね。誰が来たの」

 私は早口で静谷さんに問いただした。

「確か話を聞くと宝珠のヘマタイトだったそうよ」

 この時、私は嫌な予感が当たろうとしていることを察してしまった。そして目を閉じて見開くと、見覚えのある暗い部屋にいた。

 宝珠だけの作戦室といったものだ。学巳なしで話し合いをするために、ヘマタイトが準備した秘密基地。

 ちょうど会いたかった人物が目の前にいた。学巳よりも心底腹の立つ顔になってしまった。

「数日の間、学巳のお世話にありがとうございます。お久しぶりですね」

「あんた、本当に何考えてるの」

 私はヘマタイトを学巳に向けてた時のように鬼になって睨めつけた。

 

 

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