第8話 凸凹な家族


 紫の魔法ってなぁに。

学巳

「これは簡単だ。瞬間移動、ワープの移動系魔法だ」

ヘマタイト

「簡単すぎるので、これで説明は終わりです」

学巳

「実践してくれたみたいだな。こんな感じで、日常生活でワープする時はする場所と今いる場所にマークを付けるように……おい、なんだよその書類の山」

ヘマタイト

「このように物も一緒にワープさせることができます。勿論人もできます。では、気分転換にもいいので、ここで仕事をしましょう」

学巳

「いや、戻ろう」

ヘマタイト

「そうすると間に合わない書類がありますので」

学巳

「だから最近の仕事が少なかったんだな!しかもこれ全部!!」

ヘマタイト

「課題と宿題は計画的にやりましょう。紫の魔法があっても間に合わないこともあります」



 気が付けば空の色が橙色に染まっていた。それを見た楼逸は観客を散開させた。散開したすぐに千都子と合流し、夕飯の買い出しを三人ですることになった。

 聞けば千都子も別の場所で、特訓をしていたようだ。だから、一度も顔を出さなかったのか。

 そして今は夕焼けの似合う商店街へと赴いている。幾多の人生の中でも商店街に来るのは数回と少なく、新鮮な感じだ。

「この剣盾使いやすいけど魔力がこもってる感じがしねぇ」

「それ練習用よ。知らなかったの?」

「ヘ……」

 ……騙された。かなりの金額を払って注文したんだが。イチャモン入れたくても俺が指名手配中なのが中々に痛い。

「嘘だろ……初期装備だったのか。道理で楼逸に一撃も当てれなかったわけだ」

「安心して、他の武器でも無理だったから。あと家で名前を呼んだらぶった斬るから」 

「お姉さん。励まし方違うよ……」

冗談で言ったが、容赦が一切ない。手を抜いてはくれているが、彼女との特訓で生き残れる気がしない。楼逸はきっと騙された俺を見て、心の中で嘲笑しているのだろう。

顔を上げると千都子が遠くを見ていた。そこにはブラッドストーンことラドスがいた。

「あれってラドスさんじゃないですか」

 軍服を腰に巻いて、八百屋で他の客と楽しそうに話している。まるで誰かを待っているかのようだった。

「……面倒くさいから無視しましょう」

「俺も彼女は苦手だから、それには同意だ。あれ千都子がいない」

 気が付くと先程まで隣にいた千都子が消えていた。

「ブラッドストーンさん、お久しぶりです。良ければご飯食べていきませんか」

「おひさ!行くいく。じゃあ店長さっきの一つでお願い」

 千都子はラドスと話を始めた。予期せぬ事態だ。

 よし!千都子に悪いが先に帰ろう。

 楼逸もどうやら同じことを考えていたようで走り出そうとしていた。

「二人共、おひさ。そんな嫌そうな顔しないでよ。体が丈夫でも心は傷付くんだから」

 ラドスに肩を持たれて俺達は逃げ場を失っていた。一秒も経過していないのにだ。速すぎる。

 最初から分かっていたかのような動きだ。千都子がわざわざ会うように話していたのか疑うほどに。

「いやぁ、二人共探したんだよ。でさ、新しい学巳を討伐しにいかない?」

 思わず、吹き出してしまった。公共の場で言い出すんだ。夕飯食べに行かない、と同じぐらいのノリで爆弾を投下する彼女に驚きを隠せない。

「弱すぎてお話にならなくてね。多分ストアンが一斉に来たら詰み。流石に私でもアレの下では働きたくないしね」

「笑顔でそんな物騒なこと言わないで。現実になりそうなんだから……」

 楼逸は千都子に聞こえないように、最後の方をとても小さく言った。

 危惧するべき自体が揃いに揃っている。

「またまた冗談を~。え、ナテカ何その反応!?」

 俺は多分凄い顔をしている。例えるならば、酸っぱいものを食べた後に苦笑いをしているような感じで顔を歪ませている。

 ラドスはそれに気が付いたようで察してくれたようだ。

「ほんの少しでいいから今の状況を教えて」

「状況的に唯一良いのは私が学巳を保護できてることね」

ラドスも苦笑いせずにはいられない。今の学巳は俺よりも弱いのか。

「……深刻って話じゃないよ。本当に晩ご飯終わったら、話し合わないと駄目だね。わかった、この事は後にしよう。二人共、一々ブラッドストーンだと呼びににくいから、ラドスちゃんって呼んでね」

「『ちゃん』は流石に付けないわ。ラドスも二十歳超えてるんだから」

 冷静に楼逸がツッコミを入れる。ラドスは威圧するように、こう言った。

「靴を脱いで」

 優しい声だがとても冷たく、聞いてるこちらまで冷や汗をかいてしまいそうだ。

 『あちゃ~』と楼逸は頭を抱えているので、ラドスの逆鱗も触れてしまったことはすぐにわかった。それは楼逸にとっても最悪なことも。

「ごめんなさい。許して」

「脱いだら、許してあげる」

 誰に対しても強気な楼逸がぺこぺこと頭を下げていた。靴に思い入れでもあるのだろうか。にしても様子がおかしい。

「靴ぐらいなら」

「あんたは黙ってて!」

「あ、ハイ」

 戦闘中よりも必死な目をしている。靴が父親の形見だったりするのだろうか。だが、彼女の威嚇は虎ではなく猫のような物に感じられた。やはり思い入れでもあるのだろうか。

「ここで裸足になったら」

「替えの靴もあるから大丈夫だよ」

 楼逸は心底悔しそうな顔をしている。完全に逃げ道を包囲された鼠だ。一方ラドスは楽しそうに笑っている。

「が、ナテカの前だけは嫌」

「だ、め」

 ラドスは三秒かけてゆっくりと言った。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 初めて彼女の悲鳴を聞いた。耳が張り裂けそうなぐらい高音でうるさい。まるで、死に際にいる人間のような叫び声だ。

俺にみられるのが嫌なのだろう。

 慣れているのか、周りの人たちは全く気にしていない。千都子に関しては店長とお話をして買い物をしている。楼逸が乗る助け舟は無さそうだ。

悲鳴をあげながら靴を脱がされるのは、シュールで笑いそうになった。 だが今笑ったら、ボコボコにされると思うので唇をかんで耐える。

楼逸は諦めて長い長い皮靴の代わりに、普通のシューズを楼逸は履いた。

「楼逸ちゃんの可愛い真の姿を見よ!ナテカ」

 何故か自分のことではないのに胸を張るラドス。

 真の姿……。

「お前、年齢詐称してたのか。ぐふぇっ」

 特訓していた時よりも重い拳が頬にクリーンヒットする。何とか倒れたり歯が折れる事は無かったが、意識が飛んだ。

「うっうわああん。バカバカカバっ」

 とても彼女は小さかった。靴を脱いで三十センチほど身長が縮んでいた。彼女は既に真っ赤な顔を血のように染め、どこかへ走り去ってしまった。

「ちなみにこの靴は魔法で異空間に繋がってて、そこに足を入れられるの」

 笑いながらそう解説していた。悪魔のようだ。知られたくないような秘密を絶対に教えてはいけない人だ。

「二人共、あまりお姉ちゃんをいじめないでくださいね」

「俺、ぶん殴られたんだけど」

 表情に出していないが、かなりご立腹のようだ。ん?おかしい。俺が混ざってるぞ。

「はは、嫉妬かな。楼逸ちゃんには彼――」

「お母さんの料理食べます?」

「……(ダッ)」

 ラドスは砂ぼこりだけを置いて姿を消していた。普通に美味しかったのだが、あれも化学兵器なのだろう。

 千都子がこちらを冷ややかな目で見る。俺は思わず身構える。

「じゃあ私の荷物持って貰えます」

「ああ、それぐらいなら。ていうか手伝おうと思ってたからな」

 荷物を持つと脳内に『爆発』と千都子の声で脳内に響いてきた。変わらない口調で繰り返しされる。

「魔法で精神操攻撃しないでくれるか。おい無視しないでくれ」

 彼女に弁解を求めたが家に帰るまで許してもらえず、ずーっと爆発という言葉が脳内に響いていた。

 爆発音よりはマシなのだろうか……。



「あーいたいた。やっぱりここだよね。更に可愛くなって良かった」

「ぶった斬るわよ」

 ラドス達は小さな池に座り込んでいた。そこには沢山の蓮の花が咲いている。

「単刀直入に聞くけど、なんで彼を殺さなかったの」

「やっぱり、あんたもあの場にいたのね。それに私は一回彼を確実に殺してるのよ」

 ラドスは首を傾げて楼逸の言葉を理解していない様子だった。それを見て楼逸は小さくため息を吐いた。

「一番最初に学巳を襲ったときよ。ぶちきれてたから手加減なしで彼を刺した。勿論、私の『輝き』も使ったわよ」

「わからない、だって現に彼は生きてる。まるで生まれ変わったかのように」

 それに楼逸は『私にもわからないわよ』とだけ答えた。

「二度目は、学巳に殴って蹴ってもイライラは収まらない。それに虚しくなったのよ。空に八つ当たりしてるみたいでね」

 楼逸は池の花を見ながら、一言一言嫌そうに話す。

「悪意がないなら、私の手料理を化学兵器リストから消してほしいわ」

「いやそれは無理だよ」

 即答だった。二人は睨め合う。

「で、あんたはこれからどうするの」

「しばらく有給休暇するよ。翡翠と話し合って決めたからね」

「早いわね。私もそうして、妹にもそうするように言っておくわ。じゃあ帰るから、ブーツ返して」

 楼逸が立ち上がる。ラドスは舌を出して明後日の方向に視線を動かした。

「なくしちゃった。また作ってあげる……まって剣降ろして」

「ぶった斬る」

 ラドスを鬼の形相で楼逸は追いかけた。命を懸けた鬼ごっこは日が暮れて二人が疲れ果てるまで続いた。

 

 

 俺は台所で目を丸くしていた。

「水道から鮭出てきたんだけど」

 蛇口をひねったら、生きのいい鮭が出てきた。ぴちぴちと飛び跳ねて、蛇口に住んでいたかのようだ。

「よくありますよ。たまに起きる事象のBWSです」

 いくら学巳の仕事をして知っていたとはいえ、初見だと驚く。他にはヒーローショーが勝手に起こる町などがあることは知っている。

「なんで水道から出てくんだよ……水を飲ませてくれ」

 俺はもう一度蛇口をひねる。同じく鮭だが、刺し身だ。しかも、職人が手入れしたかのように綺麗に切れている。

「瑞々しいけど違うんだよ。これ不便利じゃないか、パパラチアはなんで斬らないんだ」

「お姉ちゃんがゴミを斬れば、水になるから」

 戦闘どころか日常生活でも最強か。ちなみに彼女が斬ったものは、問答無用で水になる。何も効果のない水になるため、あらゆる輝きを無効化できる。

「本当に飲めるもの……。おい人間は血を飲まないぞ。絶対おちょくってるだろ」

「それ血じゃないですよ、イクラの中の液体」

「せめて卵状で出て来いよ」

「フグの毒よりは」

「おいおい」

 それはガチで止めないといけない案件だぞ。

「冗談ですよ」

「信じられねぇ……」

 今もおちょくるようにしてイクラ(卵)が出てきている。

「千都子ちゃん。晩飯お願い」

「バカ!そんな格好で入ったら、ヒッ」

 玄関からラドスの元気な声が聞こえる。その後、彼女らの声が聞こえない。

 玄関を静かに覗くと、泥だらけの二人は千都子の母の前で正座をしていた。

 どちらも、俯いて表情が青い。千都子の母は背しか見えなかったが、何かが燃え上がってるように見えた。

 そのあと、彼女達は一晩中、玄関で正座をさせられていた。ここの女性たちは怖いということを思い知った日だった。

 


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