第6話 親愛なる裏切り者

黄の魔法ってなぁに。

学巳

「黄の魔法は主に身体強化、耐性付与だっけな」

ヘマタイト

「例えば、一般人がこの魔法で使います。すると素手で、熊やライオンなどの猛獣を倒せます」

学巳

「最低ラインだな。逆に耐性のせいでバフが弾かれる人もいるからな」

ヘマタイト

「もし学巳が自らバフ出来るなら、ブラッドストーンの耐久力とパパラチア並みの攻撃力になります」

学巳

「まじ?どうにかできない」

ヘマタイト

「諦めて、私たちの後ろで大人しくしててください」

学巳

「せめてせめて、魔獣は倒せるように……」

ヘマタイト

「なっています……言わない方が良かったですね」

学巳

「ストアン倒しに行くぞおおおお」

ヘマタイト

「学巳、止まってください。って言って、止まる人じゃありませんでした。派手にやられてますね。あー石ころの女性に助けられて、泣いてます」



「本当に今日はヘマタイト来なかったな。一人でこの廊下を歩くのは新鮮だな」

 蒼月の明かりだけが、俺の部屋までの道を照らしている。いつもなら、ランプを持ってヘマタイトが導いてくれる。

「なんでパパラチアがいるんだ」

 部屋の扉に寄っ掛かり、誰かを待つパパラチアがいた。ヘマタイトを待っているのだろうか。その答えはすぐ彼女の口からでた。

「ようやく来たわね。首を長くしたわ」

 鈍感な俺でもわかるほどに、殺気を隠しきれていない。そして訓練中の殺気は、彼女の物だとすぐに気が付いた。

 千都子との約束は破ってしまうが、どうしてもしなければならない。

 俺自身が許せないからだ。

「学巳が宝珠に頭下げてるなんて、滑稽ね。命乞い?」

 俺は額を地面に付けた。パパラチアは強く、俺の頭を踏みつけた。

「パパラチアの気が済むなら殺してくれても構わない。自己満足かもしれない。でも死ぬ前に謝りたかった。本当に悪かった」

「なんも聞こえないわ。何も伝わらないわよ」

 彼女は俺の体をボールのように、何度も何度も蹴り続ける。これ以上の痛みを彼女達は心に負っている。彼女は無言で蹴っていたが、息が上がると止めた。そして、静かにこう言った。

「なんで今更なの。なんで妹に近づくのよ。なんで私の料理が化学兵器に指定されてるのよ!」

 関係ないのが混ざっていた気がする。

「いい加減に人が話してるんだから、頭を上げなさい」

 俺は頭を上げて、彼女の瞳を見る。彼女の瞳が宝石となっていたのを見て、魔法か輝きを使おうとしているのがわかった。

「一つだけ約束しなさい。私が家族を守るとき、ありったけの力を貸して。私しか命を懸けて守る人がいないから」

 彼女は人差し指を差し出してきた。それには藍色のオーラが纏わりついていた。

 契約というものだ。俺は迷い指切りをしようとした。

「学巳。不味い!!こちらに膨大なストアンが向かってきている。それもーー」

 脳内に言葉が流れてきたと、思った瞬間に通信が途切れた。勢いが凄く、それほどの緊急事態だということ理解した。どうやらパパラチアも聞こえていたようで、困惑している。

「邪魔が入ったわね。はぁ……約束は今度でいいわよ。私は外から見てくる」

 そう言葉を残し、彼女は姿を消していった。俺は固まって何も言えなかった。

「学巳。聞こえてますか」

「ひゃっあ!?いつからそこにいた」

 気が付けばヘマタイトが背後にいた。心臓が飛び出て、飛んで行ってしまうかと思った。

「情けない声を出す暇がありましたら、とりあえず部屋に入ってください。大事な話がありますので」

「情けない声出させた奴誰だよ」

 小さく文句を言いながら、ゆっくりと部屋に入った。

「大事な話って、さっきの父さんが忠告したストアンか」

 朝からストアンが来ていることに気づいていたのか。

「いえ、違います。藍の魔法で会話が切れた理由は何と考えています」

「そのストアンがもう来てるとか」

「そしたら、私がここまで落ち着いてるはずがないでしょう。察してもらえないので言いますが、貴族が学巳の首を狙っています」

 それを聞いて、貴族のアホさにため息をついた。

 自身でいうのもアレだが、俺がいるからギリギリの生命線を張れている。パパラチアのような怒りで殺すのではなく、彼等は利益のためだけに殺そうとしている。

 俺は変わってしまった。ヘマタイトに命じて、様々な貴族の悪行を咎めてきた。俺は王様的な立場だ。それだけでも殺すことに価値がある。

「敵は実力のない宝石たちか」

「勿論です。学巳、迎え撃ちますか」

「白々しいな。すでに何か考えて実行してるんだろ」

 今日一日いなかった事が何よりの証明だ。彼女は一回、目を閉じてこう言った。

「私はここであなたを殺します」

 気が付けば、身体が火に包まれていた。俺は声にならない悲鳴を上げていた。

「安心してください。すぐには殺しません」

 次は火が消えるが身体が動かない。そして、全身が冷蔵庫に入れられたのかのように冷たい。氷に体を包まれていたのだ。

 身体からヘマタイトに目線を動かす、彼女は金属の棒を振っていた。

「がはっ」

 氷は割れ、腹部に命中する。俺は腹部を抑えて悶え苦しむ。そんな俺に容赦なく、金属の棒を彼女は振り下ろし続けてきた。

 身体に当たる度に、情けない声を出してしまう。

「たすけ……」

 そうだ。俺には一人も助けてくれる仲間がいない。

 いや、仲間がいないんだ。傲慢だから様々な人を傷つけ、嘲笑ってきた。そんな人間の最後はいつもこうなる。

「ストアンに喰われるより最悪な死に方じゃねえか」

 断言できる。これは今までの人生の中でも最悪な死に方だ。自分の罪すらまだ償っていないというのに。

「学巳では死んでください。良い悲鳴も聞けましたので」

 鉄の棒が釘バットのような形状へ変化をする。 俺はきっとここで死んだら、前世の記憶を取り戻す度前に進めなくなる。

「だから、罪を償うまで死ねない」 

 俺は盾を出現させて、彼女の細剣を防いだ。

「残念ながら、チェックメイトです」

 周りを良く見ると、数千もの小さな針が浮かんでいた。

俺は目を瞑ったが、痛みが一切来ない。冷たい水が肌に触れるぐらいだ。

「何か企んでると思って、ぶった斬る準備をしてたのに」

 目の前にいたのはパパラチアだった。予想外の出来事で目を見開く。

「なんで……」

「まだ罪を償ってもらってないの。まさか悪巧みじゃなくて、学巳の暗殺が目的で私達に『今日は学巳の部屋に来ないでください』って言ったのは予想外だったわ」

 パパラチアは鋭くヘマタイトを睨めつける。それでもヘマタイトは無表情のままだ。

「貴方が殺してもいいんですよ?」

「こんな情けない奴をぶった斬っても、虚しくなるだけ。もっと頭を下げてもらわないと、私の心が癒されないのよ」

 情けない奴に反論したいが、事実なので押し黙る。俺は立ち上がり、片翼を発動する。そして彼女に羽根を投げる。

「さて、これで私が負ける要素がなくなったわ。降参するなら半殺しで勘弁してあげる」

「残念ながら、私にも引き下がる理由がありません。いくら貴方でも私は屈しませんので」

 ヘマタイトは指を鳴らす。一瞬で俺の部屋のあちらこちらから火が引火する。

「俺もヘマタイトの輝きを深くは知らないから、気を付けてくれ」

 そういえば俺はヘマタイトのデータを一切知らない。だが、宝石のように実力がないわけではない。

 何度も訓練に付き合ってもらっていたから、身体が知っている。彼女は明らかに宝珠クラスの実力の持ち主だ。

「気を付けろなんて誰に言ってるの。私は最強の宝珠よ。それより、あんたは先に逃げといて、足手纏いだから」

 彼女が手を叩くと、と俺は紫色のオーラに包まれていた。

「ま、まって」

 俺の視界が完全に紫色に包まれる。数秒後、俺はボロボロの建物が並ぶどこかの街にいた。



 俺は周りを見渡す。やはりパパラチアにワープされたようだった。

 今更、全身に痛みが走り出す。左手は完全に骨が折れているようだ。ストアンに喰われた時よりは痛みは浅い。もしあの経験が無ければ、直ぐに気絶していただろう。

「これ何本骨折れてるんだ。歩くのも……気を失ってないのが奇跡だな」

 体を動かす度に、激痛が走るせいで気を失いそうになる。それでも俺は一歩また一歩と歩き出す。

「少年よ。道を教えてくれないか」

 背後から聞こえる女性の声が聞こえる。

「他をあたってくれ。み……え」

 声の主の方を向くと俺は驚いた。人間と同じ身長のペンギンがいたからだ。

俺の様子に気が付いたペンギンは口を開く。

「申し訳ない、大怪我をしていたな」

「いだだだ。左手折れてるんだ、引っ張らないでくれ」

 ペンギンは俺の左腕を掴む。

「貴様、どうやら心身ともに弱っているのか。今の貴様はとても不味そうだ」

「なにいって……」

 ペンギンの左頬に石が生えていた。それはストアンの特徴だ。俺はペンギンの手を跳ね除ける。これが父の言っていた強大なストアンなのだろうか。

「折角怪我を治してやったのに、感謝もないのか」

「ああ、本当だ。ありがとう、じゃなくて俺を食いに来たのか」

 身体中から痛みが消えていた。それどころか朝起きたような気分だ。

「ああ、そうだ。貴様の魂は美味で、最強の儂を更に最強にしてくれる」

 その答えに俺は絶望した。俺じゃこいつには勝てない。こんなふざけた見た目をしているのにだ。

「だが、今の貴様は腐った魚以下だ。我が食べるに値しないゴミ屑だ」

「一瞬反論したくなったけど、つまり見逃してくれるんだな」

「悔しいが儂だけでは、貴様を美味しくできないらしい。近いうちにまた来る」

 来ないでくれ、と心の中で叫んだ。ペンギンは日の明かりと共に消えていった。

「どうすりゃいいんだ。疲労は回復してな……」

 脳はとっくに限界を迎えていたようだ。俺はゆっくりとその場に倒れていく。体を支えようにも脳が命令を出してくれない。

 そのまま気絶して、倒れてしまった。消えゆく意識の中に思うことが一つあった。

 なんだあの喋るペンギンは。


 

 二人の戦いは長く続き、どちらも小さな怪我で均衡した物になっていた。

「あんた、戦う気ないでしょ。ずーと逃げて、もう朝よ」

「学巳の片翼を受けた貴方には勝てませんから」

 学巳を逃がしてから、私の攻撃を避けているだけ。攻撃してきても、私が防げるような攻撃しかしてこない。わざと私に彼を助けさせたのだろう。

「残念ながらお遊びも、終わりのようですね」

「私が逃がすと思う?自慢だけど私は標的を逃がしたことも仕留めそこなったこともないわ」

「ですが、カブトムシはーー人が話しているというに」

 私はあのことを掘り返される前に、物理的に口を閉じさせた。剣を素早く振るが、やはり命中しない。隙が無く、勘が鋭い。

「あれは思い出すだけで、虫唾が走るのよ。これからどうするのよ、あんたのことだから何か考えてるんでしょ」

「敵を騙すなら味方からといいます。頑張って私から学巳を守ってください」

 私は学巳の次にこいつが嫌いだ。特に心を覗いているような眼が。その眼を見ていると、一回ぶった斬りたい衝動に駆られる。

 が、これ以上やっても決着は着かない。時間の無駄だ。

「私が先に学巳をぶった斬る可能性だってあり得るわよ」

「私の与えたダメージは致命傷ではありませんが、出血多量で学巳が死にます」

 さっさと学巳を保護しろと遠回しに言っている。本当にムカつく。なんで学巳のお世話係をしなきゃいけないのよ。

「きっと貴方も納得する結果になるはずです。では学巳をお願いします」

「話は終わってない。はぁこれからどうすればいいのよ」

 問い詰めようとしたが、私の反応より早く彼女がその場から消えた。さて母と妹になんて説明すれば納得してもらえるだろうか。

「妹が一番の問題よね」

 さて、これからどうしようか。



「結局、楼逸は朝まで帰ってこなかったわね。パパラチアとしての仕事があって、忙しいのかしら。あら大変」

 女性はカーテンを開けると、目の前には少年が倒れていた。少年の服はボロボロで血が染み込んでいた。痛ましい痣の後も彼が大変な状況ということを物語っている。

 女性はそれを見ても動揺することはなく、冷静だ。

「あら大変。ちょっと千都子来て手伝って」

「お母さん。もう少し寝せてよ。ナテカさん!?生きてますか!」

 少年を見た千都子は、窓から飛び出して全速力で向かう。

 女性はそんな千都子の様子を見て、口角を上げた。

 千都子は大急ぎで彼の元へ向かった。そして少年を抱きかかえる。

「良かった。息もあるし心臓も動いてる……良かった」

「彼が前世の王子様なのね、お赤飯炊かなくちゃ」

 女性はスキップして台所に向かっていった。


 

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