第4話 誰かのために

「はぁはぁ……精神崩壊はしなかったけど、心が苦しい」

 悪夢から目覚めると、いつもの天井が広がっていた。枕を見るとまるでお漏らししたかのように、汗でびっしょり布団が濡れていた。いや汗ではなさそうだ。

「わかりやすすぎだよ。お姉ちゃん」

 ジョヤネーム『パパラチア』、心藤楼逸。宝珠で私の実の姉だ。彼女が寝きながら寝ている私の頭を撫でてきたのだろう。

 お姉ちゃんは力を使いすぎると、体の一部が水に変化してしまう。本人曰く痛くも無ければ、障害も残らないらしい。そして、これはまだ新しい。

 お姉ちゃんの方が早いということは、朝ご飯も作っているはずだ。

「どうやって朝ご飯食べない言い訳をしよう」

 お姉ちゃんは料理が下手だ。見た目こそ完璧なのに味は最悪だ。色んな味が混ざり合い、口の中で爆発する。

 お母さんとお姉ちゃんはそれが好きなのだが、普通の味覚の人間では耐えられず失神・精神崩壊させる。そのせいで、化学兵器扱いされている。持ち込むだけで鳴る警報器まで設備してある。

「勢い任せにで逃」

「何一人でぶつぶつ言ってるのよ。朝食で来たわよ」

 やばいバレた。お母さんが寝てればまだ希望がる。

「今日は楼逸ちゃんが作ってくれたの。好きだからうれしいわ。ほら座りましょ」

 お母さんに机まで誘導されて、自然と座ってしまった。

「私食力なくて」

「それでも食べなさい。折角作ってくれたんだから」

「朝食あるかないかで、力が大きく変わるわよ」

 二対一だと、どうしても押し切れない。見た目は完璧な目玉焼きとパンだ。ただ、得体の知れないオーラが見える。

「「いただきます」」

「いた…だきます」

 私は覚悟を決め一気に口に入れると、食べ終わった後にトイレで吐いていた。

 家のトイレではなく、訓練場のでだ。恐らく数時間の記憶が飛んでいる。

「もう絶対に食べない……おえ」

 ヘマタイトに貰った封印が右手にあるが、実の姉を操作するというのは嫌である。本当に命の危険を感じた時だけに使用する事を考えている。

「それでも使っちゃいたいなぁ……」

 しばらく不快な味が舌で踊っていた。



「まだこっちを調査するから帰らないよ。じゃあ後のことはよろしく」

「誰と話してたんですか、ラドスさん」

 眼鏡をかけた少女はブラッドストーンに質問した。

「友人の依頼さ。二人共どうしたの」

「学巳が刺されたって聞いたからな。ラドスさんに聞けば真偽がすぐにわかると思ったから、探してたんだ」

 大きな鎌を背にぶら下げた少年がそう言った。

 彼はカルセドニーで彼女はジャスパーだ。二人で一人の宝石であり、相性も連携もバッチリな宝石の中でもトップクラスの実力者だ。

 私は彼女たちに真相を教えることにした。

「教えるけど、絶対に漏らさないでね。結論から言うと『刺されたけど、学巳がパパラチアを許した』で終わり」

 二人は頭の上に、はてなを浮かべている。そうなるとは思ってたよ。

「あの暴君の学巳が自分の命を奪われかけて許した⁉流石に僕らでもわかりますよ、その嘘は」

「脅されているんでしたら、一緒に学巳を倒しましょう。パパラチアさんも脅されてるんですよね」 

 二人は声を荒らげて言った。彼らは心配して私に詰め寄ってくる。私も初めて聞いた時は信じられなくて、学巳の所に行ったからね。

「本当だし、何もない。しかも私達の考えてた『学巳根性直し計画334』も必要なくなっちゃった」

 彼等は安堵して腰が砕かれたように地に尻を付いた。

「根性直しは必要なくなったけど、学巳っていう人物が変わった事で沢山の問題点が出てきたんだ」

「何ですか」

「見当もつかないな」

「学巳が貴族に命を狙われる危険が出てきたんだ。『悪事は良い』から『悪事は許さん』に変わったからね」

「自業自得です」

「ヘマタイトがいるから、問題じゃないだろ。『学巳根性直し計画』をどれだけ狡猾にやっても気が付く奴だし、彼女が見逃すとは思えないな」

 私もそう考えてるから大きな問題点ではない。いざとなれば彼女がいる。

「こっちが大問題。とりあえず二人共、耳を貸して」

 二人は彼女に耳を近づけ、ブラッドストーンは囁き始めた。

 二人は分かりやすく、顔で感情を表してくれた。なんともいえない複雑な顔をしていた。一通り話し終わると、彼等は話し始めた。

「え。まじ……はぁ、どうするんだこれ」

「パパラチアさんが大変過ぎて。私達にはどうすることができないから、確かに大問題ですね」

 彼らだけでも反応が面白いから、正直言いふらしたい気持ちが溢れる。我慢しますけど。

「私達は見守ることしかできないから。今まで通りの仕事に戻って。何かあれば声をかけるから、その時はよろしくね」

 二人は良い返事をして、手を繋ぎながら帰っていった。その様子はまるで新婚の夫婦のようだった。無意識に繋いでいるのだろう

 だから言いたくなった。

「新婚さーーん」

 二人の顔は見れないのが残念だが、首筋が真っ赤だった。慌てて手を外し足早に去っていった。



「お、重い。けど、なんとか持てるようになった」

 俺はようやく以前のように盾剣を持てるようになった。

「学巳。一番弱いストアン用意しました」

 目の前には身長一メートル程で、身体のあちらこちらから岩が飛び出ている巨大ネズミがいた。ヘマタイトが洗脳して、戦いが始まるまでは襲ってこないようになっている。

「学巳始めますよ。開始」

「もう少しやる気を出して、言ってくれないか」

「だって結果が見えてますから」

「応援してくれてもーべっふっぅ」

 まるで人間のように、右左とストレートを顔に入れてくる。

 ってか、これ明らかに人間の動きだ。

「ヘマタイト。まさかお前が操ってるのか!べふっ」

 会話している途中でも容赦なく攻撃を仕掛けてくる。

「一瞬とはいえ、洗脳をといて学巳の身に何かあったら大変ですから」

その割にはノリノリで攻撃してくる。攻撃を盾で防ぐのが追い付かない。どうしても一手遅れる。

「明らかに、お前が操ってる時の方がこいつ強いぞ。がほっ」

 腹に致命的な一撃を受けてしまう。視界が安定せず、立ち上がれない。

「今の攻撃そのストアンのまま攻撃受けていたら、死んでますよ」

「上等だ。かかってこいや」

 俺は歯を食いしばり、大型ネズミに飛び込んでいった。

 

 

 数分後。

 服は破け、顔は蜂に刺されたかのように腫れていた。体が命令を聞かず、冷たい土に惚れているようだった。

「学巳、わかりましたか?以前から言ってますが、貴方の輝きのデメリットは『魔法を全く使用できないと』いう物です」

「まだ、虐め足りないのか。それともストレスが溜まってるのか?いっそのこと全てここで吐き出してくれ」

 今までの鬱憤を晴らすような攻撃の嵐だった。

「お言葉に甘えて言いますが、学巳には特別な輝きを所持しています。学巳は私達に力を与えているだけで充分に戦っています」

「ダイエット始めてから、初めて褒められた」

「学巳が問題しか起こさないからです。もう少し大人しくしてください」

「ダイエットする時は大絶賛してくれたじゃないか」

「いずれにしても提案しようと考えていました。学巳が不健康で倒れたというのは、冗談ですみませんから。ですが、これ以上何か無茶をするようなら訓練を中止しなければなりません」

 倒れている俺の真横にスポーツドリンクを静かに置いてくれる。丁度欲しいと思っていたところだ。気が利く……いや心を読んでいるかのようだ。

 俺は起き上がり、それを手に取り喉を通した。

「そういや、俺がガラッと変わって周りも慣れてきたようだな」

「目の前に学巳に振り回されてる人がいるんですが」

 一語一句強調しながら、彼女はそう言った。こわい。

「聞いてます?兎にも角にも私が一番不安なのは、千都子さんと一緒にいることなんですが。洗脳したんですか」

「わざとらしく聞いてくるな。ヘマタイトがそういうのを一番理解してるだろ。前の俺でも刺してきた奴の妹を誘惑するような馬鹿な真似はしない。パパラチアにもう一度殺されるかな」

 ヘマタイトはため息をついた。

「私だと相手にされませんよ。頑固で人の話を聞かないですから。料理だけは作らせないでください」

「『怒らせないでください』じゃないのか。そんなにやばいのか」

 ヘマタイトの表情は硬いが、色が真っ青に染まっていく。

「その手料理は症状が軽くて、数時間の記憶が飛ぶ程度です」

「それ一種の輝きだよな!?」

 と突っ込むと、リンゴを投げつけてきた。俺はそれをキャッチする。

「話を変えましょう。遠征隊から連絡があり、『撤退したい』とのことです」

 遠征隊はこの国の壁の向こうを調べる、人類の保護を目的として作られた。というのは建前だ。歯向かう物を無理矢理従わさせるための刑である。

「帰っていいと連絡してくれ。帰るのに、どれくらいかかりそうなんだ?」

「少なくとも一ヶ月かかるそうです。伝え忘れていましたが、半分以上が重症のようです」

 俺が勢い良く立ち上がると、腕を骨が折れるような力で掴まれた。

「話は最後まで聞いてください。現在敵意のないBWSに保護して貰っているようです」

「びっくりした。良かった」

 俺は安心してゆっくりと腰を下ろした。

「撤退したい理由も収穫があったからだそうです。早くそれを食べてください、訓練を再開しますので」

「訓練させるのは嫌って」

「先日のことを思い出して、考え直しました。学巳の身が一番大切なのに貴族に喧嘩を売り、大怪我したままBWSと戦ってますしね」

 グラウンドを学巳室から見ていると、そいつが千都子を含めた『石ころ』に魔法をぶつけ虐めていた。それを見て俺はみるみるうちに頭に血が上った。

 更に以前の傲慢な自分自身を見ているようで、痛みを忘れて憤慨していた。

「だから何度も言ってるけど、あいつが石ころを虐めてたから……」

「じゃあ訓練を始めます」

 その言葉を聞いて俺は『え』としか声を出している間に、顎に重い衝撃が走った。

 俺は宙に浮き、背中から着地をした。武器はない、拳だけで先程の鼠より何倍も衝撃が重い。

「まって!お願いだからストアンにしてくれ、宝珠のお前と戦って、ぐへっ」

「喋ってると舌切りますよ」

 次は腹から全身に痛みが走る。

 キレてる。だが、いつも背から戦う姿を見ている分楽に立ち回……。ヘマタイトの戦う姿を思い出せない。あれ、こいつの戦ってる姿をみたことないぞ。

「ままあああってえええ」

 命令をするがヘマタイトは止まらない。体の至る所から悲鳴が聞こえる。

 そのまま流れるままに、半殺しにされた。



 俺は厳しい訓練を終えて石ころ街の狭い夜道にいた。

 普通なら全ての店が閉店している時間。だが、蛍の光のようにポツンと一つだけついている店がある。

 俺は迷わずにその店に入っていく。鉄の焼けた臭いのする普通の鍛冶屋だ。

「来た。魔法武器はできてるよ」

 盃を持ち、頬を紅く染めている青年がいた。普通の青年ではなく、頭に木の幹のような二本の角が生えている。可愛さに顔面のステータスが割り振られてるような顔だ。

 宝珠の『翡翠』だ。魔法武器や魔道具を制作する為、前線には立たない。輝きの力を得た武器もあり、製造できる確率は千分の一より低いらしい。

 そして俺はラドス(ブラッドストーン)に紹介されて、魔法武器を頼んでいた。

「学巳、君の好きな食べ物は何だっけ」

「真っ赤な林檎かな」

 そう言うと林檎が飛んできた。俺は両手でそれをキャッチする。今にも食らいつきたいが、話が進まないのでポッケにしまう。

「そうそう。みんな俺のことが嫌いなのに、なんで翡翠は力を貸してくれるんだ」

「幼い時の約束があったからね。忘れてるんだったら、思い出してほしいな」

 にっこりと彼は笑う。

 正直思い出せない。思い出せるのは、子供の頃に遠征隊と道端に倒れる翡翠を助けたことだけだ。

「君の父さんのいる研究所の方はどうなってるの?順調」

「あれから全く進展ないな。研究成果は全て失敗」

「いいことじゃないですか」

「いいはずないだろ!早くこの狭い街から解放してやりたいんだ」

「急かば回れ、と失敗は成功の元。酒でも飲んでリラックスしよう」

 盃をこちらに渡そうとしてきたが、掌を見せて飲まない意思を伝えた。前の俺でも彼の飲む酒は飲まない。一口で一ヶ月二日酔い状態になるからだ。

「みんな僕の勧めたお酒飲んでくれないよね。何を焦っているかわからないけど、体的にもよくないよ」

「俺しか学巳はいないだろう?身を粉にして頑張るさ」

「わかってなさそうだね。これ注文の品」

 彼の手から何かが空中に弾き出された。それは小さく、光り輝いていた。

「えっちょっ投げるなよ」

 俺はそれをジャンプして手に取る。林檎がポケットから滑り落ちた。

「おっわっ」

 指輪を手の内に入れたが、林檎に足を取られて転んでしまう。

「遊んでるところ悪いけど、ここで転んだら死ぬよ」

「いってぇ死にかけた」

 刃が頬を掠めていた。数ミリずれていたら、死んでいただろう。

「何事もなさそうにしてるけど、心臓にナイフ刺さってるよ」

 剣が胸に突き刺さっていた。

「あ、確かにちょっと痛いわ」

 だが、痛みも浅くとりあえず引き抜く。その剣は刃が欠けていた。欠けてなかったら死んでた。なんという悪運だ。

「普通はもっと痛がるよ。ほら泣いて」

「こんな掠り傷で泣かせようとするな。最近体を剣で貫かれたばっかりだし」

「学巳が刺された……?いつかは起きると思ってたけど、初めて聞いた」

 すっかり噂になっているものだと思っていた。多分ヘマタイトが口止めでもしたのだろう。

 彼女に聞いておくとしよう。

「なんで翡翠は宝珠、貴族街に来ないんだ」

 貴族街はその名の通りの貴族の住む街だ。宝石や宝珠になると優先的に紹介される。

「だらしなく酒飲んでるがすきなんだ。一々なんかマナーとか押し付けてくるから嫌い」

「仕事中に飲んでるのか」

「もちのろん、酒飲まないと武器なんて作れないからね。頭の上に武器乗ってるよ」

「お前の肝臓が心配になるよ」

 前頭部を探っていると、それらしきものを見つけたので手に取る。それは小さな宝石の付いていない指輪だった。

「結構頑張ったんだ。つけてみてよ」

 理解できないが、言われたとおりにしてみる。

「『我に力を貸してくれ』とか『剣よ敵を貫け、盾は我の身を守護せよ』とか合言葉決めて、武器を構えてるポーズしてみて。お酒取ってくるね」

 翡翠は部屋の奥へと消えていった。

 うーん、と考えてると躓いた林檎を見て迷いが消えた。

「じゃあ、りん」

 唱える前に、背中にずっしりと何かが乗っていた。その重量感で察する。

「おい。騙したな」

「悪意は全然ない、優しささ。いきなり手に盾や剣が出たら、手が反応できないと思ったからね」

「とか言って写真撮ってるじゃないか」

 翡翠が消えた部屋の向こうから、シャッター音が聞こえてきた。まんまと騙された訳だ。

 身体の脂肪が邪魔で中々、盾と剣に手が届かない。そう悪戦苦闘している間にもシャッター音が聞こえてくる。

 何とか背から剣と盾を取り持ってみる。窪みが剣と盾に幾つかあり、それ以外は普通だ。

「鍛えてなかったら持てなかったな。で、これの魔法はどうやって発動させるんだ」

「僕にもわからない」

 嘘だろ。はあああああああああああ!?

「おい製造者さんよ。取扱説明は基本だろ」

「僕の武器は使用者が使うまでわからないから、頑張って魔法を引き出してね。丁度、お迎えも来たようだね」

 お迎え。その言葉で誰か来たかが予想できた。俺は後ろを振り向けない。背からとてつもない怒の気配がするからだ。

 今振り返れば目の玉を潰されるだろう。

「ヘマタイト。君の武器も作りたいんだけど、だめ」

「私は武器がない方が動きやすいので。それと学巳の武器ありがとうございました」

 俺はヘマタイトに脇に抱えられる。そのまま俺は抱えられたまま帰らされた。



「鈍感な学巳を騙せても、その殺意は石ころでもわかるよ。ヘマタイトも気が付いてたよ」

 僕がそう声をかけると、パパラチアが現れた。

「なんで学巳の武器を作ったの」

「必要だからさ。それにこれから大騒ぎになりそうだしね」

 敵を見るような目で見てくる。

 怖いなぁ。

「……メンテナンスに出した武器、学巳の武器を優先してやってないってことないでしょうね」

「仕事はしっかりとしますよ。今日は一緒に飲まない?」

「私が酔い潰れたら、守る人がいなくなるでしょう?」

「じゃあ、三十分ぐらい語りに付き合って欲しいな」

「いいわよ。あんたの語る話は好きだから」

 そうして、僕は彼女に『英雄』の続きを語った。

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