第4話 許嫁と名乗る居候は、かなりぶっ飛んだ野郎だ

「それで、どうしても此処に住むと。」「そうです。他に身寄りもないので。」「じゃあ宿代ぐらい全額出すから宿で泊まってくれ。」「嫌です。だって宿の主人に一人で泊まった女は夜這いされるでしょ。」「どんな偏見だオイ。」

 馬鹿も休み休み言ってくれ。さっきから早三十分、ずっとこういう押し問答が堂々巡りしている。

「どうせ夜這いされるなら桜花さんが良いです。」「は?自分の言っていることの意味を分かっているか?」「はいッ!」

 こういうことを満面の笑みで言われるとやはり心臓に悪い。

 てか理性の崩壊が半端ない。キツい。

「もしかして女を抱く勇気も無いんですか?さては抱いたこともないのでしょ、やーい童貞。」「ふぐぅっ」

 コイツは育ちが良いのか悪いのかよく分からん。

 確かに桜花は良く言えば純潔を汚していない、悪く言えば童貞だ。

「ここまでしても抱いてくれないのですか?意地悪ぅ〜。」

 コイツの頭の中のネジは百本ぐらい抜けているのじゃねえかと疑いたくなる。

「兎に角、帰ってくれ。」「嫌です。」

 正直言って疲れた。だからか「勝手にせい。」そう言って畳にアリアの反対を向いて寝転ぶのと同時にコイツの説得を諦めた。

「あの〜、一つ聞きたいのですけど、」と急にお嬢様モードに戻った。緩急が極めて激しいことで。

「どうしてそこまで頑なに純潔を守るのですか?」


 暫く沈黙が流れる。


「んなことお前に話すかよ。」というが喉元で寸止めされた。

 桜花の中でこの小娘に対する疑義が生まれたからだ。どうしてそんな事を訊くのか、という疑義が。

 確かに桜花の中でも生物としての本能がある。時たま業者の接待や上官達との付き合いの為に料亭に行き、そこの綺麗な芸者に対して思わず欲情する事は有るには有る。だがその度にあの夜の光景が頭を掠める。


『もう、嫌だ。』


 彼女は泣きながら、でも確かにそう言った。


 やはりそれを見た桜花の心はずっと苦しかったのだろう、情けないほどに弱っているから、


「誰も傷つけたくないから。」


 こんな本音を語ってしまうのは。

 本音を曝け出さないのが侍だろ。漢だろ。

 そんな侍に非ざる言葉を聞いた居候アリアは何を思ったのか、こっちへ寄ってきた。

 そして、

「だから大好きッ!」と飛びついた。

「おわっ⁉︎」と叫ぶも束の間、アリアは目一杯桜花を抱きしめる。

 なんとも言えないいい匂いが桜花の鼻腔を擽り、アリアの肢体の柔らかさに気持ちよさを感じる。そして背中板にはなんとも凶暴で大きくたわわなマシュマロメロンが当たる。めっちゃ気持ちええ。

 桜花はこの前代未聞の状況に硬直してしまい、動けない。武士としてはとても優秀な桜花でも、男としては………初心者マークが取れない。


   *     *     *


 その後何とかアリアを振り払い、ひとまず晩飯にする事にした。

 献立は男一人じゃあ絶対あり得ない一汁三菜に白飯の昔話盛り付き(よく昔話の絵にある茶碗に装われた白飯が山の様になっている様を貧乏だった桜花は羨望を込めてこう呼んでいる)。具体的には胡瓜の酢漬け、牛蒡の甘辛煮、鯨の焼き肉が出てきた。

 真面な飯自体が桜花にとって随分ご無沙汰であったので、ガメつく様に食い漁る。

「美味い美味い。」

 思わずそう呟く程美味かった。尤も貧乏人の桜花の舌は道端の雑草ですら美味く感じてしまう貧乏舌ではあったが。

 そんな様子を見てアリアは良かったと胸を撫で下ろした。


 こんな訳で夕食は無事に終わり、桜花は風呂に入った。

 普段桜花はよく湯加減を間違えて熱くしがちだが、アリアは丁度いい塩梅の湯を用意してくれた。

 一人湯船に浸かりながらアリアが来てからの小一時間を思い出す。

 確かにお嬢さんらしい所作も見受けられたが桜花のことを童貞呼ばわりする様なじゃじゃ馬娘でもある。そして初対面なのに「夜這いされるなら桜花がいい!」とか吐かす。

 頭の中が情報過多でパンクしそうになったので湯船の湯を顔に掛ける。

 まず、要点整理だ。謎な点は端的に挙げると、


・初対面なのに何故か桜花に惚れていて全力でアプローチしてくる。

・何故「誰も傷つけたくない。」という一種の信条を予め知っていたのか?(人に話したこと無いのに。)

・初めて顔を合わせた時の表情が何故懐かしみ帯びていたのか?

・そもそもアリアはどこの家の者か?桜花の親戚との繋がりは?


という四点に集約できる。

 が、それに対する答えを持ち合わせるどころが圧倒的に情弱な状況なのでこれ以上の推論すら碌にできない。先ほどと同様に、只ハテナの宇宙を脳内で持て余すのみ。

 そうやってアレコレとハテナの宇宙と格闘しながら風呂に浸かっていると、

「お背中お流ししまーっす!」と海兵団なら声掛け役を任される様な元気でハキハキとした声を響かせてアリアがガーっと曇り硝子戸を開けて風呂場に入ってきた。

 思わず音のする方を見るとなんともけしからん、アリアがタオル一枚で立っていた。

 アリアの肢体を思わずマジマジ見てしまうが此れは男のさが

 アリアは顔と同じく体つきも美しい。白く細い華奢な腕や長い脚、タオル越しにもわかるよくくびれたお腹、安産型の大きな腰、そして先程桜花の背中板で遺憾無く破壊力を発揮したたわわで大きすぎるおっぱいマシュマロメロン

 今までに無いほどに頭が混乱して、頭から湯気が出る。目もきっと渦巻きみたいになっている筈だ。

 だから「俺出るからごゆっくりぃ〜。」と少々変な声になりながらも風呂場を脱出した。

(よくやった俺)と身体を拭きながら心の中で自己暗示を掛ける。が、下半身に神経が集中するのは避けられず、元気になったモノが落ち着くまで幾分かかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る