第5話 風呂場の独白
「ふう」と少しの哀愁を含むため息をついて、アリアは湯船に浸かる。
やっぱり私、覚えられてないのかな、なんて思ったりする。だけどやっぱりそれは悔しい。
折角自分の想い人と許嫁になり帝都の女学校に転入していざ同居、なのに桜花は私の事をすっかり忘れちゃって。
やっぱ悲しい。
忘れられている事も悲しいけど、あの眼光無き眼が更に一段と酷くなった事も悲しい。
暫く会っていないだけで彼は負の何かを沢山抱え込んでしまっている様だ。
何とかして桜花に楽になってほしいな。何とかできるかな?私に桜花を支えられるかな?
戦場で何かを失った桜花に、死を渇望する桜花に、私が私自身の力で倖せを感じさせる事が出来るかな?苦しみを理解して分かち合う事が出来るかな?
正直言って自信は無い。前に会った時よりも心を更に冷たく、氷の様に閉ざしてしまっている。
だけど、私がやらなきゃ。そうじゃ無いと
仮に倖せを得られたとしてもそうなる事は桜花が軍人である限りありうる。
だからと言って倖せを得られない理由にはならない。
そしてコレは只の願望だけど、その倖せの中に私も一緒に居たい。妻としてしっかり桜花を愛したい。子供達や孫達に囲まれて笑いたい。
それを、この小さな倖せを切望したい。
本当は「真っ直ぐな桜花だから望んだら叶えてくれるに違いない。」という淡い願望が崩れた事に失望はした。けど、桜花は誰よりも皆の倖せを切望する人には違いない。その事に安堵もした。
やっぱり優しい。自分の肢体が男性にとって魅力的なモノである事ぐらいは自覚しているが、それでも私を襲う事もない。逆に欲望を抑えて私に気を遣っている。
そして決して損得だけでは動かない。正しいと思った事を真っ直ぐに、直向きに貫き通す。
何度も護って貰っているからそういう人だってわかるよ、私には。
しかし少し鎌をかけただけで、こんな事が分かるとは。
まさかの童貞君だったなんて、嬉しいのやら残念なのやら。
ここから心の内は妄想となって暴走しだす。
『アリア、愛してる。』と暗闇の中耳元で甘い言葉を囁かれて、私は身も、心も、許してしまう。『いいよ、好きにして…』
そして『はむっ』『んっ…』と、互いの舌を絡ませて接吻を。
そうしているうちに桜花の手が伸びてきて、初々しくも、私の……身体を貪り尽くしだす。
「ふにゃああああああああっ!」
こういう妄想をしたら決まってこうなる。羞恥のあまり叫びだすのがお約束。
そうやって湯船の中でバシャバシャ水をたてながら騒いでいると、
「おーい、大丈夫か?」と、桜花が大声で尋ねてきた。
「大丈夫ですー!あと少しででますー!」そう叫び返して湯船を出ようとする。
するといつものことだが、肩が少し張る、この大きな二つの重量物が水からの浮力を失ったせいで。だけど必要経費として割り切ってはいる、桜花を落とす為の。
けどやっぱり重たい……
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