第47話 夢生・の・母

「風ちゃん……!」

「行くよ。よそ見をしちゃだめ、雛神君」



 夢生らの立てた策。



 それは祓魔師エクソシストである霧洩サクラを温存し、一気に夢魔王ヨハイン・リフュースを倒すこと。

 その間のあらゆる障害には、紀澄風が対応することだ。



「ふっ――!」



 ここまで温存していた練気れんきで体を満たし、一つの跳躍ちょうやくで腹部に祓魔ふつまの鉄剣が突き刺さったサキュバスに風が肉薄。

 浄化の煙を上げる腹の鉄剣を持ち、体をねじると――――まるでバターのようにサキュバスの体が真っ二つになった。



(軽い、まるでバターみたいに――これなら)



 断末魔を上げ、身体を霧散むさんさせ落ちていく一体。

 どす黒い霧に包まれた背中から黒き光――羽を出現させたもう一体のサキュバスが飛行、魔眼を発動して迫るも――



「はぁッ!!」



 空中で鉄剣を投擲とうてき

 鉄剣は見事サキュバスのひたいを貫通し、霧散した体から落ちて運動場に突き立った。



「風ちゃん、なんか僕なんかよりよっぽど人間離れした動き……」

「忍者の末裔まつえい、だもの。鍛えられてるわ」

「え? え!? ニン――あ将軍家の守護ってそういう?!?」

「むーくん剣!」

「あ、うん!」



 あっという間に追いついてきた風に、夢生は布で巻いて肌に触れないように持っていた鉄剣の束を開く。

 風は一本を取り、再び双鉄剣を手に、襲い来るサキュバス達に突っ込んでいく。



「やはりあの穴から、次々と湧いて出ているわ」

「灰田愛の中だけにどんどん数を増やして……一体何考えてんだ……」

「戦争かも」

「せ――」

「アレはやっと復讐ふくしゅうできると言っていたから。まあ――本人の口を割らせれば済むことね」

「!」

「あぁ、」



 渦の中心。その真上。



 数体のサキュバスに周囲を護衛されながら、夢魔王ヨハイン・リフュースは恍惚こうこつとしながら深呼吸を繰り返していた。



 夢生が周囲に目を巡らせる。



「霧洩先輩ッ、レピアがいない!!」

「……いえいるわ。あの子のにおい・・・はここに移っているもの」

「どうした我が息子よ。言いたいことがあるならハッキリ――」

「レピアを一体どうしたッ!!!」

「――さてな」



 ヨハインの目が桃緑に光る。



俺ノ側ニ付ケ夢生・・・・・・・・。そうすれば教えてやらんこともないぜ」

「ッ……!!?」

「!」



 サクラがヨハインも気付かないほど静かに、いつでも夢生を鉄剣で突き刺せる体勢へと移行する。

 夢生が片手で目を押さえ、大きくうつむく。



「悩むくらいなら来い。お前も本当は、父親と一緒に過ごしたいんだろう?」

「…………気持ち悪いんだよッ、」

「……ほう?」

「お前が僕を操りにくるなんてとっくに分かってた……もう僕を好きにできると思うなっ! 今度はっっ、」

「は。やはり恋堕タネを知られてはもう洗脳――」

「今度は僕がお前を操る番だッッ!!」

『!!!』



夢生が恋堕れんだ魔眼まがんを発動し。



ヨハインの眼球に、夢生の眼球が吹き飛ん・・・・・・・・・・



「ッッ!!!? ぅあ――!!?」

「!? 雛神君っ」

「むーくんどうしたのっ!?」



 サクラが、そしてサキュバスを片付けて合流した風が夢生にかけよる。



 否。弾け飛んだのは目ではなく夢生そのものだ。

 夢生は何かに突き飛ばされたかのように尻餅をつき、片目を押さえている。



「――洗脳できない。それはお前も同じことだ夢生。バカが――大体今のお前ので俺の眼に勝てるはずないだろ」

「くっ……そ……!!」

「だがいい目安になったよ。一瞬で族長格ぞくちょうかくの眼の力を弾き返した――どうやら、俺の力もほぼ全快近くまで回復したらしい。なんとか間に合った」

「!? 回復――」

「渦の中心からあふれる瘴気しょうき。あれでしょうね」

「しかし情けない話だ、我ながら。故郷の招来と少しの魔法、そしてあの天使にも散々手こずらされて、十八年も貯めたはずの力はすっかり枯渇こかつしてしまった。こんな醜態しゅうたいをさらしたのはそう――お前の母親を孕ませた・・・・・・・・・・時以来だよ・・・・・

「――――――今なんて言った?」



 夢生が魔眼を、ヨハインに向ける。



 ヨハインが魔眼を、夢生に向けた。



「魔界の招来には、族長格二人による招来魔法が不可欠だ。仲間に裏切られ、ただ一人この世界に取り残された俺はもう人間のメスをはらませて、生まれた子を第二の術者にするより他なかった」

「……お前はその人を……母さんを魔眼でッッ、」

「『母さん』なんて取ってつけたような愛情を示すな見も知らぬ女に。ああそうだ。その辺を歩いていた行きずりの女を適当に堕として孕ませたんだよ」

「……なんて……ことを……!!」



 風が顔を怒らせ、奥歯を噛む。

 夢生が一歩歩み出た。



「その人を……その人をどうしたんだお前はッ!」

「どうもこうもない、」



 夢生の怒りを夢魔王は鼻で嘲笑い、



「出産直後力尽きて死んだよ。あまりに無様過ぎて血を抜く気にもなれなかった」

「――――――」



 雛神夢生の母親を――彼のルーツを、無感動に踏みにじった。



「はは。誰に怒ってんだそれ、なあ。もしかしたら、お前の中に半分流れる魔の血が、あの女から生気を吸い尽くしちまったのかもしれないぞ? 少なくとも共犯なんだよ。お前と俺は血を分けた魔族なんだから。恨むならまず自分を恨めよ」

「ふざけないでッ!! 貴様一体人間を何だと思って」

「あー? 俺に言ってんのか? なら目を見て話せよ・・・・・・・。コミュニケーションの基本だろ?」

「貴様ぁ……ッッ!!」

「おい夢生。どれだけ父親を失望させれば気が済むんだ? 人間のメスなんぞに代わりに怒ってもらって、お前はダンマリか? どういうつもりで黙りこくってるんだよ」

「……雛神君」



 サクラが心配そうに声をかける。

 夢生は辛そうに歪めていた顔のままその言葉にうなずき、ヨハインを見返した。



「確かに――お前の言う通りかもしれない。母さんを殺したのは僕かもしれない」

「だから行きずりの――」

「でももう逃げないよ」

「――は?」

「僕には風ちゃんがいる。霧洩先輩がいる。レピアだっていてくれる。僕がどんなにダメなやつでも信じて、力になってくれる人達がいる。だから僕も――すごく怖いけど、みんなを信じるって決めたんだ」

「…………最後の最後まで、女の子におんぶにだっこか。さすがだな、カンビオン」

「何とでも言え。レピアをどこにやった。返してもらうッ!!」



 夢魔王の眼が光り。

 周囲のサキュバス達が臨戦りんせん態勢たいせいに入った、



「!――」

「遅い」

「行ってください。霧洩先輩」

「ッ――!?」



 その、瞬間には。



 周囲のサキュバスすべての額を、風が投げた鉄剣が貫き。



 鉄剣を持った両腕をクロスさせたサクラがヨハインの前に躍り出て、その二剣でヨハインの首を――



呼ばれてるぞ・・・・・・レピア・・・



 ――――はねられないまま、サクラが光弾こうだんに滅多打ちにされて吹き飛んだ。



『!!!!!?』

「がッ……はァっ……!!?」



 数メートルの距離を落下するサクラ。

 サクラの下へ走る風。

 夢生の目の前には、



「――――――レピア?」



 夢魔王ヨハインのそばには――――まるで彼にうようにしてあやしく笑う、レピア・ソプラノカラーの姿があった。

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