第19話 絶望・償い・希望

「……他人の、人生を……」

「…………」



 眼鏡が落ち髪がれ乱れ、普段とまったく違う雰囲気ふんいきをまとう紀澄きすみふう笠木かさきの言葉を受け、ゆっくりとまばたきし――倒れた夢生むうを見つめ、話し始める。



 夢生むうはそれを止めなかった。

否、



〝好きだよ。むーくん〟



 聞いてみたいとさえ、思ってしまった。



「私は『紀澄きすみ』の子ども。生まれてすぐに親元を離されて、ものごころついたときには、『練気れんき』――気の闘法とうほうと、武術――武道とは違う、人を殺すことに特化した、あらゆるすべを体に叩き込まれてた」

「……親元を……!」

「肉体は人をえても、その頃の私はまだ感情の制御もできない幼い子ども。ケンカになるたび、その殺人術さつじんじゅつをためらいなく他人に使って……やっと分別ふんべつの付く年頃になったときには当然、もう誰も私に近寄らなくなってた」

「!!」



 親を知らぬという欠落。

 友達が誰もいない、想像を絶する孤独。



 その絶望を、その「歪み」の果てに行き着く〝破滅〟を――――夢生はよく知っていた。



「『紀澄』も、力を授けたのちは一切、私に関わろうとはしなかった。だから私は決めたの。『もう二度とこの力を使わない』って。人を殺す力を持った化け物じゃなく、普通の人間として、普通に友達を作ろうって。でもそれは間違ってた。自分が人にしたことを・・・・・・・・・・から目をそらして・・・・・・・・なかったことにして・・・・・・・・・――そんな都合のいい人間を、誰も受け入れてなんてくれなかった」

「…………!!!!」

「風はいじめられたんだよ、徹底的にな。過去の暴力をうらまれて、言いふらされて、仕返しを受けて。小学校のクラスメイトどころか、中学で初めて会った奴らにも遠ざけられるようになった。誰もこんなズルい女を認めやしなかった。当然だよな!?」

「ッ、なんでそんなことが分かる――」

「分かるさ。そんなバカな女を唯一認めてやったのが――このオレだったんだから」

「――!」



 すがるように風を見る夢生。

 否定を求めた少年の目を、しかし少女は前髪の隙間からのぞく目でただ静かに見返しただけだった。

 笠木が舌ピアスを見せて笑う。



えてたぜ? あの頃の風は、誰かに自分を受け入れて欲しくて、誰かに愛してほしくて仕方なかった。必要とされたがってた。だからオレがそれを与えてやったんだ。たっぷり・・・・とな」

「そう。あの頃の私は……笠木かさき依存いぞん、してたんだと思う」

「回りくどいな、ハッキリ言ってやれよ? ごめんなむうくーん。こいつが最初に愛した男はオレ。こいつの最初の男はオ・・・・・・・・・・なんだわ」

「――――」



 内臓ないぞうを押しつぶされるような暗い感情が、夢生むうの心をむしばんでいく。

 それでも風は、再びまっすぐに夢生を見つめた。



「でも今はハッキリわかる。あの時、笠木がどれだけ私の心につけ込んで踏みに・・・・・・・・・・じった・・・、外道な奴だったか」

「…………!!!!」

「オレにあれだけ依存しといてよく言うよな。オレは、こいつがいじめが辛くてしょうがない、死んでしまいたいって言うからなぐさめて、はげましてやっただけなんだぜ? 『ガマンすることなんかない』、ってな!」



 最低な最高の笑顔を、笠木が夢生に向ける。



「このままいじめられっぱなしでいいのか? お前をいじめるようなやつらと、お前は本当に友達になりたいのか? 世の中人間はいくらでもいる、だから――――そんなバカ共には徹底的てっていてきにやり返してやれって。お前の力は何のためにあるんだって!!!」

「…………お、」

「そしたらこのバカマジで奴らを半殺しにしちまいやがった!!!!!!」

「お前じゃ、ないか……」

「せっかくだから近くで存分に見てやったぜ、このバカとバカ共が破滅はめつしていく様を! 傑作けっさくだった――心底しんそこふるえが来たねッ! やられた奴ら全員手足がまともな・・・・方向むいてなかった、血を吐き続けてた奴もいた! その時のこいつの顔を今見せてやりてえなあ、学校全体大騒ぎになってなぁ!? ぜんぶこの紀澄風がやったことだッッ!!! そういう人間なんだよこいつはッッ!!!」

ふうちゃんをそそのかしたのはお前じゃないかッッ!!! 彼女がそうなるのを分かってて」

「知らねえなあ!? オレはいじめっ子に負けんなって背中を押しただけェ! あんな行き過ぎた暴力、このバカが勝手にやっただけだからなぁああああ!――――はァ――――けどさすがにコワくなっちまってよぉ。善良ぜんりょうな中学生だったオレとしては」

「……へ」

「この女がこんな化け物だと思わねえじゃん? んで、ヤバい現場を見ちまった以上――――通報するのが正義の行・・・・・・・・・・だろォ?」

「………………は?」



 底が抜けるような絶望と怒りが、夢生の神経をいじり潰す。



「だから送ってやったんだァ――――その暴力を撮った動画を警察と教育委員会に! そしたらこのクズ女あっという間に尻尾しっぽいて転校していきやがったwwww」

「…………き、ッッさま……!!!――ッなんでそんなことができるんだよッッ!!!!」

「なんでオレにキレてんだ? 風の人生メチャクチャにしたからか? だったら当然風にもキレてるよなぁ!? 俺以上に大勢の他人の人生くるわせてんだもんなぁ!?」

「フザけ――」

「言ってやれよこのバケモン女にッ! 他人の人生壊しておいて平気な顔して地元に戻ってきてッ、過去消して大人しいフリして最底辺の学校でならやり直せると思ってやがる紀澄風っていういやしい根性丸出しの『ハキダメ』の女にッ!!! お前が犯した罪は消え・・・・・・・・・・ない・・ってなッ!!!」



〝むーくん〟



「…………!!!!」



 今にも吐きそうな顔をして、夢生が顔を伏せる。

 勝ちほこった笠木の。

自分と似た表情をしているであろう風の顔を見ることが、できなかった。

 


犯した罪は消えない。



〝むー〟



 犯した罪は、消えない。



〝雛神〟



 その言葉に、少年は、返せる言葉を持たなかったから。



 だから、



「……そうして、私は『紀澄』本家との縁を切られて……分家ぶんけ末端まったんだった、叔父おじ夫婦に引き取られて育てられた」



 風がさして動揺をあらわにすることもなく話を再開したことに、少しポカンとしてしまった。



「……風ちゃん?」

「あ……?」



 勝ち誇っていた笠木さえ眉をひそめる。



 だが風は当然のように、淡々と話を続けていく。



「私は叔父おじさんに、イチから『武道』を学ばされた。自暴じぼう自棄じきになっていた私に、叔父さんと叔母おばさんは根気強く付き合ってくれて……私は武道を収めた。そしてやっと……この力の意味を考えて、自分の罪に向き合う覚悟を持つことができたの」

「は……? 罪に?w 向き合うって何だ? 半殺しにしたやつらに会って謝って回りでもするつもりなのか?w 二度と会えるワケねーだろ!w」

「…………まさか、風ちゃん」

「うん」

「……あ?」

「私が灰田愛はいだめに来たのは、私の力の意味と――――何より私の・・ここにあったから・・・・・・・・だよ」

「……おい、お前ら、おい。何の話してんだ」



 笠木を置き。



 小さく顔を横に振りながら、夢生が風を見る。



「でも風ちゃん、そんなの――」

「私が与えたケガのせいで、人生を狂わされて――自暴じぼう自棄じきの果てに『ハキダメ』に落ちた人がいた。私には彼らにもう一度、希望に生きる道を示す義務がある」

「そんな――そんなの一生、終わらないかもしれないじゃないか! なのに――」

「それが私の罪。それが私の覚悟。たとえ一生かかっても……私は彼らにつぐない続けるつもりだよ」

「――――君は――――」

「何の話だっつってんだろッ! 義務? つぐない? バカが! 結局お前が罪の意識から逃れたくてやってるだけじゃねえか偽善者ぎぜんしゃがッ!!」

「まったくだ」

『ッ!!?』

「!」



 予想だにしない、第三の声。



 紀澄風の背後、プールの出入り口から現れたのは――――夢生もよく知る人物。



「どれだけ痛めつけても、追い返しても謝罪で迫ってきやがって。ウザくてかなわなかったぜ」

「……桐山きりやま先輩、」

「でも、だからこそかも、って思うんだ、最近。腐ってた自分を自覚できたのは」

田井中たいなか先輩に、」

「俺はまだ許してねーしこれからも許す気はねー。ねーが……こいつの言葉が本物かどうか、確かめたいとは思うようになった。そんくれーしつこくて暑苦しかったってだけだがよ」

斑鳩いかるが、先輩も……!!」



 中学時代、紀澄風に人生を狂わされた者達。



 そして紀澄風により「ハキダメ」を抜け――生徒会派から風紀委員のメンバーになった、男子達だった。



 笠木が目に見えて動揺する。



「こいつらが、あの時のッ……!?」

「罪の意識から逃れたいがための偽善……あんたの言う通りかもしれない。でも……今はこうも思えるの。それは私が決めることじゃないのかもしれない、って」

「――ワケ――」

「私はもう・・一人じゃない・・・・・・から」

「――わかんねえ、ことをッッ……!!」

「…………」



 夢生が地面に顔を伏せてうなだれる。

 否、もはや涙さえにじませて――平伏する。



 直視できなかった。

 紀澄風の、あまりにも正々堂々としたまぶしさに。

れ直す」という言葉の意味を、少年はこのとき嫌というほど理解した。



「あんたはどうなの? 笠木」

「――あ?」

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