第18話 眼光・怒り・背を押し



 ――笠木かさきが、ふうの胸元だけをまんべんなくらしていく。

 淡い水色の下着が、ゆっくりと透け見えていく。

 夢生むうは、



「――――――――、」



 ――夢生むうの中に、今まで感じたこともないほど煮えたぎる感情がうずいていく。



「あの時は安モンの、何のかざり気もねえブラだったのになあ。立派なモンつけてんじゃねえか。大してデカくもないくせに。誰か好きな相手でもいんのか? 見せる相手がいるってのか?」

「…………」

「なあ。なあ風、なあ。勘違いすんなよ。誰がお前みたいな女を本当に好きになる?」

(――――黙れ、)

「…………」

「そうやって髪切りそろえて眼鏡かけて、優等生のフリして。友達は一人でもできたのかよ?」

(黙れよ――――

「一緒に遊ぶとか、学校でよく話すとか、そういう次元の話じゃねえぞ? 見てみろ――こんだけ俺に追い詰められてても、それでもお前を助けようなんてやつは一人もいねえじゃねえか。これがすべてだよ」

(僕がいなければ、波風立てなければ――――これ以上ことを荒立てずに済むかもしれないんだ。警察だって来るんだ。だから…………僕はただ黙っていればいいんだ)

「別の仕事で動いてる? 一人で大丈夫だと止めてきた? だから何だよ。その程度の理由でお前を見捨てられるやつしか、お前の周りにはいないってことなんだよ。いつまで中途ちゅうと半端はんぱにグダグダグダグダないものねだりしてんだ。お前は一生、誰にも背中を預けられねえし預けることもできねえ。手前てめえが痛い目にあってもお前を助けてやろうなんてダチは一生できねえ!」



〝許せないよね〟



(黙ってれば――――)



「だからお前は『ハキダメ』にいるんだろうが。ゴミクズ女」



〝あんたは何も思わないのかって聞いてんの!〟



(黙って、いれば――――いい気になりやがってッッ!!!」

『!?』



 迷いも、不安も、痛みも。



「好き」が少年から、あらゆるマイナスを吹き飛ばし――――ただその想いを、怒りを爆発させる。



「いい加減にしろよッッ、お前――――!!!」

「……聞き違いか? テメ今誰にモノ言った? チビ、コラ」

「昔だとかあの時だとかッ、お前はそうやって過去の――ァガッ!」



 笠木かさきの視線一つで動いたヤクザに背後から髪をわしづかみされ、ベンチに顔を叩きつけられる夢生むう



「!! むーくんもういい――」

「いいことないッッ!!!」

「――な――」



 しかし少年は、止まらない。



「お前は過去のふうちゃんしか見てないッ!! グッ、ガぁ――今目の前にいる風ちゃんがどれだけ頑張ってェ、づァっ!――ッッその頑張りにどれだけの生徒が救われてるか知ってるかッ、」

「オイやめろ、ナイフはもう使うな! クソ――早く黙らせろ!」

「どれだけの人にしたわれてるか知ってるのかッ!!」

「チ、ガキが――ハッ、したってるならなんで誰一人助けに来ねえ!? 結局上辺うわべだけの――」

僕がここにいる・・・・・・・ッ!!」

「それ以上無理をするなむーくんっ!! 君の体がもたなくなるッ!!」

「イタいんだよチビガキが――チビはチビらしく大人しく縮こまっとけッ!!」

「ああぁぁああぁぁぁあああああああああ!!!!!!」

「むーくんッッッ!!!」



 いかり顔で歩み寄った笠木が、ノータイムで夢生にポケットのスタンガンを押し当て、放電。

 夢生と風の叫びがプールサイドに響き渡った。



「ハァ――二回目の250万ボルトの味はどうだよッ! 」

「――――自分が、」

「ッ!?」

「むーくん――」

「痛いのなんか――僕は怖くないッ!!」



 夢生の眼光が、笠木を捉え。



 その目を見た笠木が、明らかに気圧された。



「僕は風ちゃんを守るッ、僕が風ちゃんを助けるッ!! だから――僕のことは気にせず戦ってッ、」

「黙りやがれこのクソ――」

僕を信じて・・・・・風ちゃんッッ!!!」

「ガキがぁァッッ!!!」



 笠木が夢生の顔面を爪先で蹴りつけ、蹴りつけ、蹴りつけ――――夢生の歯が宙を飛び、プールサイドに転がる音が響いて、



「笠木」

「――――ッ!!?」



 ――夢生でさえ寒気を感じるほどの殺気を込めた声が、笠木の攻撃を止めた。



「それ以上むーくんに手を出してみなさい――――死んだ方がマシだと思えるくらいの『痛み』を与えてやるわ」



 眼鏡を通さない、容赦のない眼光が笠木を捉える。

 それは彼が過去に見た、すべてを力でねじ伏せていた少女のそれで。



「…………は、はは。結局最後は『力』に訴えるってか――――いや? そもそも最初から、お前は暴力でしかコトを運んでなかったんだったな。風」



 笠木が引きつった笑みを浮かべ、なおも風を罵倒ばとうする。



「生徒会派のやつを暴力で従わせといて『灰田愛はいだめを普通の高校に』? 矛盾むじゅんしてんだよそもそも。そんなんだから誰もついてこねえ」

「万事を尽くした後の実力行使を、私は否定しないわ。一般生徒を守るため、それが私にできることなら」

「出た、『マモルタメ』。暴力振るうのに最高の大義たいぎ名分めいぶん――」

「付き合いきれない」

「――あ?」

「目的を言ってくれる? 人質を取って、物々しく数まで集めて。結局あんたは私に何をさせたいの。何が狙いなの?」

「…………クソ、ガキが……!」



 忌々いまいましげに倒れた夢生を見る笠木。

 笠木は既に、風の心を折ろうとした自身の計画を半壊させられてしまっていた。

 人質になるかどうかも怪しいと見くびっていた、ハキダメ最底辺の腰抜けチビの、言葉によって。



 許せなかった。

 ハキダメいちのヘタレパシリである少年と風が短期間で――これほどに、仲を深めていることが。



 あの風・・・が、自分以外の・・・・・男と。



「…………ハ。ハハハ」



 だから笠木は、それを壊してやろうと思った。



「……『今の風がどれだけ頑張ってるか』だと?」

「……?」

「今頑張ってりゃ昔の『罪』は消えんのか?」

「!」



〝むーくん〟



「……罪、なんて、」

「こいつに教えてやろうぜ風、なあ? お前の口から聞かせてやれよ――中学んとき、お前がその『力』で他人の人生をブチ壊しにした話を!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る