第20話 雛神・VS・笠木

「あんたも昔からそうだった。そうやって一切人を信じられずに、人のあらを探しては蔑んでばかり」

「……黙れ。おいふう、」

「だからあんたも、いつも一人だった」

「おい黙れッッ!」

「今だってそうなんじゃないの? 他の生徒会の幹部達とは違って、あんたには取り巻きの一人もいな・・・・・・・・・・。だから組の権威けんいかさに着て、三下さんした連れて武器振りかざして。強がることしかできない――――あんたはいつまでそこ・・にいるつもりなの?」

「・・・・・・・」



 ぶるぶると腕を小刻こきざみにふるわせ怒りに目を見開き、しかし何も言葉が出てこない様子の笠木かさき

 ふうは眼鏡を拾い上げ、前髪をかき上げ――くもりなき眼鏡の奥のき通った目で笠木かさきを、そして夢生むうを見た。



「私は過去を背負って進む。力におごる未熟な自分を、少しでも変えていくために」

「脱げ」



 笠木は表情のない顔で、淡々と風にスマートフォンを向ける。



「……笠木」

「自分を正当化できてよかったな、一生そうやってオナニー・・・・してろ。お前がどんな信念ヘリクツこねようと、今この場を支配してるのは俺だ。これ以上逆らったらマジで人質殺すぞ。そうされたくなきゃとっとと脱げ、全裸になって土下座して負けを認めろ!!!」

「従う必要はねえぜ委員長。俺らも戦う」

後遺症こういしょうあるし。この体で、どこまで戦力になるかはわかんないけどね」

「いっそ俺が代わりに脱いでやろうか、委員長? 野郎の裸で我慢しろや笠木」

「ありがとう。でもみんな下がってて」



 そう言って、風はいっそ華麗かれいにさえ見えるほど堂々と――夏服の首元にあるリボンを外した。



『!!?』

「笠木が、今すぐにでも霧洩きりえ先輩に危害を加えられる状況にある以上、私は動けない――いいえ、動かない。一般生徒を守るのが、風紀委員長としての私の務めだから」

「だ、だが紀澄きすみっ、お前が脱ぐ必要は――」

「いくら言葉や格好は操れても、この心だけは思い通りにさせない。私は、私の信念にかけて――――必ず灰田愛はいだめを普通の生活が送れる高校にしてみせる」



 れ透けた制服のボタンを外しながら、風が言う。

 もはや勝敗は誰の目にも明らかだった。



 しかしやはり風に脱がせるわけにはいかない、と夢生が顔を上げたとき、



 今日二度目の銃声が、プールを越えて紀澄きすみふうの顔面を強襲した。



『!!!!!!』

「――――風ちゃんッ!!!」



 手で右のこめかみを押さえ、よろける風。

 駆け寄る桐山きりやま達。

 夢生の視界で、笠木が、笑った。



「自分だけキレイになったとかんちがいしてやがるクソ女が。待ってろ、すぐ助けてやるぜ風――ハリボテの委員会も取り巻き共も、そのご大層な信念ヘリクツも。今のお前の何もかもを、俺が全部壊して思い出させてやる、今度こそ刻み付けてやる。お前は俺の支配を逃れられねえってな」

「――――――――お前は、」



 雛神ひながみ夢生むうは、激怒した。



「お前だけは……絶対に許さないッ……!!!」

「……はいはい。つよいつよい」

「!――――――ッ!?」



 ゆっくりと夢生に銃口を向けていく笠木。



 ひどく目を見開いた夢生。



「その意気よッ、むーっ!!!」

『!!!』



 ベシャリ、と白目をむいたヤクザたちがプールサイドに放り出される。



 夢生に銃口を向けようとしていた笠木が出入り口を振り向き、舌打ちする。

二挺にちょう拳銃けんじゅうを手にした、スクール水着のレピア・ソプラノカラーは、片目を細めて夢生に笑いかけた。



「あの女……あの隔壁かくへきと人数を片付けてきやがったのかよ……」

「あーくそ手間取った! ごめん地味子じみこ! 傷だいじょぶな感じ!?」

「……ええ。避けたからかすっただけ」

タマ避けたってマ????――まいいわ。それ以上脱ぐのもやめね。勝負下着は好きピ・・・専用!」

「……いい下着なのすぐ見抜くのやめて。悪いけど今は下がって――」

「大丈夫。後はむーがやる・・・・・・・

「え――」

「ハッ――周回しゅうかい遅れなんだよガイジン!」



 いらちを隠しきれない笑みで、笠木がレピアを見たまま夢生に銃を向ける。

 夢生はそれを見て、



「言ったっしょ。うちのむーはやるときゃやるって」

「何がやるときゃやるだ? このザマ見てみろッ! 何もできやしね――」

「――たぶんね・・・・



 軽口を叩き、油断しきった笠木に飛びかかる・・・・・



『!!?』

「な――テメっ、」



 銃声が夢生の横を抜ける。



 少年と副会長は取っ組み合ったまま、



「お前は――――こいつだけは僕がブッ飛ばすッ!!」



 プールへと、落下した。



「――――♡」

「えっ、ァ――――ぎゃアっ!?!」



 司令塔しれいとうを失い浮足うきあし立った三下を、水上をはしるように距離を詰めた風が吹き飛ばし――――霧洩きりえサクラをヤクザの手から解放。



「――動かない理由は消えました。力を貸してくださいッ、先輩方!」

『応ッッ!!』



 乱戦が、ようやく幕を開けた。



「(このガキ――どうやって手の拘束こうそくをッッ)ッ――がぼぁっ……!!」



 慌てて水上に顔を出す笠木。



 浸水しんすいした銃と、ポケットのスタンガンへと忌々いまいましげに視線を移し――



「ッァア゛――ッ!!?」



 ――銃を持つ右手の指に全力でみ付いてきた夢生に、目を見開いた。



「――ッッバカ野郎があああああああああああッ!!!?」



 引きはがそうと左手を夢生の頭に伸ばした瞬間、視界が夢生の手にふさがれ――――顔に激痛が走る。



「っかぁッ!」



 離れる夢生と笠木。



 顔の前で、赤くえぐれ流血した右手の人差し指を震わせながら――――ひっかかれ赤くミミズれした顔に青筋あおすじを立て、笠木が夢生に射殺さんばかりの眼光を向ける。



「テメェ――テメェテメェテメェっッっ、何したか分かってんのかァッ!!!!?」

「ふぅッ――――ふぅうッッ!!!」

「――上等だよッッ、」



 笠木が銃とスタンガンを捨てる。



「殺してやる……ケンカと殺し合いの違いわからせてやるよッッ!!」

「あああぁあああああ――――ッッ!!!」



 互いに飛びかかる二人。



 既に冷静さなど失っている夢生が――――プールにもぐり・・・姿を消す。



「!!」



 その夢生を追いかけ、水中に叩き込まれた笠木の拳が――あっという間に威力いりょくを失った。



「(クソ――水の中じゃなぐりもりもッ、)ッッぬゥあアアアアアッッ!!!!?」



 笠木絶叫。



 水中に深くもぐりこんだ夢生が無我むが夢中むちゅうで笠木のまたに接近――――股間こかんを両手で力の限り握りつぶし、引っ張ったのだ。



「ガッ……キがァァァァアアッッ!!!」



 互いに限界。

離れ、夢生が水上に出る。



 頭を笠木につかまれ、爪が食い込んだあとが痛々しく浮き上がる。



「クソッ――クソガキがクソガキがッッ!! キメェことばっかしやがって――!」

「これケンカじゃないだよ?」

「――!」

「教えてくれるんじゃないの――――ケンカと殺し合いの違いをっ!」

「こッッ――」



 笠木の頭に、血が昇りきる。



「殺すッッッ!!!!!!!」

「やってみろッッッッ!!!!」



 ただ怒りに支配された二人が、

ただ相手を叩きのめすためだけに、

 ただ、猛攻もうこうを繰り返す――――



「むーくん……!!」

「あんなキレてるむー初めて見た」

「!」



 敵に囲まれた風とレピアが背を合わせる。



「助けんな? そんでよく見てな――――あいつは今、紀澄風のために戦ってるんだから」

「――――」



 激しい水音が、連鎖れんさする。



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