第10話 紀澄家・と・ブッこみ

「大したことじゃないわ。でもありがとう」

「女子一人で男子数十人を倒すのは大したことだよ……?」

「あ――ええと、それは確かにそうなんだけど。そうじゃなくて」

「……?」



 ふうは珍しく一瞬狼狽うろたえ、メガネのフレームをくいくいといじる。



「私の家は、さかのれば結構、由緒ゆいしょ正しき家柄でね。小さい頃から色んな武道や武術を叩き込まれたんだ。だから色々動けるのは大したことじゃ、って。そういう意味」

「へ、へーえ……? 家柄」

「回りくどい言い方で何隠してんだか」

「!」

「レ――レピア?」



 キャンディをいじりながら、レピアが挑戦的に笑って風を見る。



「失礼だよレピアっ。別に紀澄きすみさんは隠してるとかじゃ――」

「『由緒正しき家柄』って何だし。絶対ロクな生まれじゃないわ、あんたみたいなの」

「――!」

「レピアっっっ! ご、ごめん紀澄きすみさんっ、彼女まだこの国の言葉が上手くなくてその、言い回しが――」

「……何か知っているの? 私達のような人間のことを」

「――紀澄きすみ、さん?」

「べつにー、でも見てりゃ解るよ? あんた……なんか『力』使ってるじゃん」

「っ!」

(え……え?)



 夢生むうの視線がふうとレピアを行き来する。

 風はその視線を受け――やがてため息を吐いた。



「……別に隠してるわけじゃないわ。変に怖がられたりされたくないだけ」

「え……」

「ほーん? で? 何隠してたの?」

「レピア、だから紀澄さんは隠してないって――」

「大丈夫、ありがとう雛神ひながみ君。……特に人に話すようなことでもないんだけど。私の家――紀澄家は、系譜けいふを辿れば、徳川とくがわお抱えの自警団じけいだんの一族でね」

「……え? 徳川とくがわ――」

「なんて???」

徳川とくがわ将軍家しょうぐんけを影から守る役目を持ってたの。小さい頃から武道や武術を教え込まれたのは、その名残」

「ほ……ホントの話なの? それ」

「あーわかったわ。『ヨイクニ作ろう鎌倉幕府』の人か」

「レピアそれだと4192年」

「それで……権力に近い分、世界の裏に通じる『』――――『』の扱いにも、多少心得があるってだけ」

「なーる? それであの威力とスピードってワケだ。ますますオモロいじゃん、紀澄風」

「フルネームはやめてくれる? レピア・ソプラノカラー」

「キ……? キって、あの。あの気???」



 いきなり飛び出した突拍子とっぴょうしもない言葉に面食らい、声が高くなる夢生むう



 



 よくマンガなどで聞く、なんだか分からないが強くなれる摩訶まか不思議ふしぎなエネルギー、程度の認識しか夢生むうは持ちえない。



(……でも……)



 夢生がレピアを見る。



 天使がいたのだ。

「気」だって存在しても、もはやおかしくもなんともないではないか。



「……変な人だと、思ってるでしょ。あんまり引かないでくれると、助かるかな」

「えっ!??! いいいいやっっ、べべ別にそんなこと僕ッ」

「あーそりゃないよ。ついでだから言うけど、コイツあんたのこと好きだし」

「――――――――――――――――」



・ ・ ・ ・ ・ ・ 



 瞬間、空気が、固まった。



 真顔のまま夢生を見て固まった風が、やっと、目をぱちくりさせる。

 やっと少年が事態を飲み込んだ。



「ッきゃポ!???!??!??!???!?!??!?!」

「いやリアクション時間差w」

「何言ってんの!?!???!??!?? 何をブッ込んでんの!?!?!!????!? この話終わるよ!??!?!?!??!?!?!」

「何のことだし。別にまだ告白したとかじゃないじゃん」

「したようなもんじゃん!?!?!??!??!」

「分かってないなむーは。こういうのはね、最初にガツンと意識させておかないといけないの。そっから相手が意識し始めるってこともある、間違いない!」

「なんの自信!??!?!」

「って昨日ググったらオトメスゴ〇ンに書いてあった」

「君ホントはやる気ないでしょ!?!?!????! なんで昨日今日ききかじったようなネット知識得意げに使うワケ!?!?!? バカの典型だよ!!!! あーもうバカ!!!!! バカ!!!!」

「っ、バカバカ言うなしオトメスゴ〇ンをっ!!!」

「違うよバカは君だよ!!!!!」

「………………あの」

「ああ、ああ!? なななな、なんでもないからねきすみさんっっ!! ホントほんとあの、何でもないからね!!?!?」

「あ、うん……遅すぎるかもしれないけど、やっぱり友達は選んだ方がいいわ、雛神ひながみ君」

「は? あんたにだけは言われたくねーし。アタシの方がよっぽど――」

「というかレピア・ソプラノカラー、あなたさっき油断して雛神君をケガさせかけてたわよね。謝ったの?」

「謝ったってナニ? アタシはむーの為に戦ってんだからむしろむーが襲われるのは自然だし」

「雛神君が自分から生徒会の領地に踏み込んでくるわけないでしょう」

「チッ……たまたまむーが視界にいたから助けられただけのクセに。アタシだって本気出せば頭の後ろも見えるし??」

「ね、ねえねえねえ。また始まってるって」

「油断は認めたのね。あとで巻き込んだ雛神君に謝罪」

「紀澄さんもいいからっ、」

「この……大体なんであんたにそんなこと言われなきゃッ」

「私、こう見えて風紀委員ですから。そして昨日も言ったけど右手のそれ銃刀法違反」

「見てなかったんですかさっきの~。これトンファー? だから。銃じゃないから」

「銃口がついた旋棍トンファーがありますか」

「これ飾りだから」

「その飾りを私に突きつけてきたのはどこの誰」

「ッあぁあああマジああ言えばこう言いやがってウッザ!! もとはと言えばあんたが始めた戦争にこっちは巻き込まれて嫌々いやいや手ェ汚してんのに」

「の割には楽しそうね。どの道旋棍トンファーも軽犯罪法違反だけど。まあ昨日のように銃声はあまり聞こえなかったところを見ると、それなりに反省はできてるみたいね。いいこいいこその調子よ、犯罪者ちゃん」

(紀澄さんめっちゃ煽るじゃん)

「テメェ……」



 バキリ、と口のキャンディ棒をヘシ折るレピア。

 涼しい顔でメガネの真ん中をクイと押し上げる風。

 夢生少年はもう疲れた。



「チッ、早い話がヤクザのくせに回りくどいったら」

「レピアっ!!」

「……まあ家柄上、普通の人よりは近しい間柄だから。なんだか疲れたし、もうそれでいいわ。やっぱりそういう認識になるよね、普通の人からしたら」

「あっあっ、いやでも紀澄さんそのっ……か、カッコよかったよ!! すごく憧れるし尊敬するっ、僕も紀澄さんみたいに強かったらなーなんて、ハハ……!」

「……ううん、雛神君はそのままでいいよ。大きな力も、正しく扱えないと意味なんてない」

「え……?」



 影のある顔でつぶやく風。

 後半の部分は、夢生にはよく聞こえなかった。



「おーおー。ずいぶんやってくれたじゃん、風紀委員長」

『!』

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