第9話 少女・戦闘・態勢



 すっかり無警戒だったらしいレピアの背後から襲い来る佐土原さどはらの拳。

 夢生むうにはブレてさえみえたその一発を、レピアは振り返りざまにあっさりと回避。

少し距離を取った。



「やるな! けどこの距離じゃ銃より俺がえぇ!」

「っ、――レピアっ、銃を――」

「安心して」



 銃を使え。

 夢生むうが放とうとしたその言葉は、左手でキャンディ棒をいじりながら勝気に笑ったレピアにかき消され。



「そこでじっとしてな。むーぅ♡」



 夢生は再び、目の前の少女が「悪魔殺し」を学んだ天使であることを思い知らされることになる。



「よそ見とはナメられたモン――ッ!?」

「!!」



 レピアが、背後を見たままに佐土原の左拳を、避けた。



「おーう、やるぅアタシ♡ ちゃんと意識してたら・・・・・・案外できるねぇ」

「勝ったつもりか? この距離じゃ撃つ隙はねぇぜ、レピアッ!」



夢生には見えもしない速度で放たれる佐土原のジャブ。

レピアは軽やかにステップを踏みながら、当たらないように下がり続ける。



(本当に銃を使わないつもりなんだ……でもそれでどう戦うの?)

「さっきからワンパターン。それしか練習してない的な~?」

「バカが。ワンパターンになってんのは――テメーの避け方だよ」

「ッ!!」



 佐土原が左手を引き――握り込んだ右拳を構え、大きく踏み込む。

 直前までと同じ動きで後ろにステップしていただけだったレピアには回避し得ない、腹部への一撃。



「寝てな。銃使えねーとなにもできねえチャラ女ッ!!」



 それを、



「バァ~カ、」



 レピアは、飛び越えた。



『!!』



 両足を最大限曲げ、右手の銃を左肩の上に振りかぶり、天使が不敵に微笑ほほえむ。

 その手に握られた銃が――逆手さかてに持ち替えられる。



 まるでそう――――旋棍トンファーのように。



「アタシに苦手な距離ねーから♡」



 旋転せんてん

 裏拳うらけんを繰り出すように放たれたレピアの手の内で旋棍トンファーは回転し――――白銀の銃身先端せんたんが、佐土原のこめかみを重撃じゅうげきした。



 その光景は、高度を落としたわんだレピアのスカートからのぞく真っ赤なTバックと桃尻ももじりも気にならないほど、鮮やかで。



「!!!」

「ッ゛、ッ、、ッッ!、!?――づフゥッ、」

「あハ。腰立たねーっしょ♡」

「て、メッッ――」

「寝てな。チャラ男」



 廊下の壁に体を打ち付け尻餅しりもちを着き、頭部を打たれたショックで朦朧もうろうとしながらレピアをにらみつける佐土原に、彼女は天使というよりもはや悪魔のように微笑ほほえみかけ――――彼の脳天に、手の内で旋回せんかいさせた旋棍トンファーの一発を追撃。

 ボクシング部部長、生徒会幹部の佐土原は金髪ギャル天使に傷一つつけられぬまま、声も無く倒れ伏した。



 夢生は興奮と共に確信する。

 昨日何気なくシャワー後のレピアがやっていた、タオルをムチのようにしならせる動き。

 あれは体に染みついた、このための練習だったのだと。



「すごい……すごいよレピア! 銃を撃たなくても、佐土原先輩をたった二発で――」

「こないだはよくも陸奥さんをやってくれたな。チビガキコラ」



 ――油断しきっていた夢生の背筋を殺気が駆け上がる。

 その光景を見たレピアの表情から余裕が消える。



 レピアの真向かい、夢生の背後。そこにいたのは、生徒会幹部の陸奥と共に運動場で蹴散らされた不良の一人。



(ぼ、僕を狙ッ……!?)

「女はべらせて調子乗ってんじゃねえぞテメェ思い知れッッ!!!」

「やっばいつものクセで――むーッ!!」



 レピアが銃を不良に向け――夢生との約束に、引き金を引く手が一瞬止まり。

 振りかぶられた不良の右が、夢生の顔に吸い込まれる。

 もう間に合わない。



(チッ、アタシは何やって――!!)

「ぐあっ!?」

『!?』



 驚きはレピアと夢生のもの。

 拳を振りかぶり襲いかかった不良が急に沈み、うつ伏せに倒される。

 彼の肩を背後から押し、腕を関節の曲がらない方向に固め、地に倒したのは――紀澄きすみふうだった。



「ッ!? 紀澄きすみさんっ、いつの間にここまでっ」

「ケガはない? 雛神ひながみ君」

「あでっ……」



 固めていた不良の腕をあっさり離し、そのまま夢生の下へ歩み寄ってくる風。



「あ、うん大丈夫――じゃなくてっっ、紀澄きすみさん後ろはっ!」

「大丈夫」

「何が大丈夫だコラ、邪魔すんじゃねぇブスッ!!!」

「それは」



 風が、人差し指の第二関節だけを飛び出させる形で手を握り。



「女の子に一番言っちゃいけない暴言」



 その関節で、トン、と、置くように不良の脇腹を一撃。



 男は爆風でも受けたかのように、二度三度後転しながら吹き飛んだ。



「ずゴァっ……!?」

「…………」



 ポカンとしながらゆっくりと、風が来た方向を見る夢生。



 空手部部長美樹本をリーダーとした不良達は、一人残らず廊下中に吹き飛び、痛みに悶えて立ち上がれずにいた。



(全員、今の間に一人で……?)

「大丈夫。あの人たちのレベル・・・・・・・・・なら、きっともう当分は立ち上がってこないから」

「……分かっては、いたけど。ものすごくその、強いんだね。紀澄さんって」


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