第4話 ちゃけば・天使って・何

「は? ヤだし」

「ちょちょちょっと待ってレピアさんっ! あの、紀澄きすみさん。理由を聞かせてくれない?」

「うん――私が入学してすぐ、生徒会派と全面対立したのは、君も知っているね?」

「う、うん」



頭を上げ、目を合わせてくる風から視線をらしながら、夢生がうなずく。



「あの時は驚いた。僕と同じ一年生が、しかも女子がいきなり生徒会と戦う、なんて言い出したから」

「そう。私一人で立ち上がっただけで、最初は『風紀委員会』なんて名乗ってなかった。でも……次第に私の考えに賛同して、灰田愛はいだめでも普通の高校生活を送りたいって人達が力を貸してくれるようになって……でも、やっぱり人数は生徒会派に及ばなかった」

「人数……」

「うん。今『生徒会派』と呼ばれてる人達は、元々この灰田愛を力で支配してた人達。灰田愛が『ハキダメ』と呼ばれる原因……彼らはここを、『己の拳一つでのし上がる弱肉強食の世界』だと考えてる」

「ウケるー」

「レピアさんっ」

「でもここは公立高校。家庭の事情で入学せざるを得なかった普通の生徒も沢山いる……ここの噂をきいて進学をあきらめた女子も私は知ってる。そんなの理不尽すぎる」



 膝に乗せた両手で、風が紺色のスカートを握り締める。



「だから、まずは普通の生徒達が普通の高校生活を送れるスペースを確保して……ゆくゆくは灰田愛を普通の高校にするために、私は動いてる。でも私みたいに、生徒会派に真正面から抵抗ていこうできる人は少なくて。こっちを取り返しても、数であっちを取り返される――いたちごっこが続いてるの」

「それで……」

「私の方が新参である以上、数は望めない。だから私は、彼らにあらがうことのできる『力』を持った人を、ずっと求めてたの。雛神ひながみ君」

「! で、でもそれ、僕じゃなくてレピアさん――」

「レピア・ソプラノカラーはあなたのためになら、生徒会幹部の陸奥むつ先輩も倒す。だから君にお願いするの、雛神君。利用してしまっているようで申し訳ない。でもよかったら、非力な私に力を貸して欲しい」

「ふーん。ま、いいんじゃない? アタシとしては一石二鳥だし。つか協力するよねぇ? むーぅ??」

「ッ!?」

「黙っていて。私は雛神君と話してるの。余計な茶々を入れないで」

「お前が欲しいのはアタシの力だろーが、そもそもアタマ下げる相手違うんじゃないのォ??」

厚顔無恥こうがんむち。ハナから私に協力するつもりもないのによくもまあ」

「あのちょっといいですかぁ? それってあなたの感想ですよね? 人のこと勝手に決めつけんなしマジヤバこの女」

「浅いネットミームに毒された返し。知性の底が知れてるわ」

「ッお前――…………マジ感謝しろよ。むーの好きピじゃなかったら今頃ハチの巣だから」

「す……?」

「おお落ち着こう落ち着こう、二人とも! ねっ!? ぼく決める、ちゃんと決めるから!」

「いいから受けなむー。コイツアタシの実力見せつけて絶対土下座させてやる」

「二度言わせないで、あなたが決めることじゃないわレピア・ソプラノカラー――きみが嫌だと言うなら、本当に無理しなくていいんだよ、雛神君。風紀委員会に所属しなくても、私は君を必ず守る」

「あんたの手なんか借りないけどね? むーはアタシ一人で十分守れるから」

「改めてお願い。よかったら私に力を貸して」



 レピアの言葉など聞こえていないように、再び頭を下げる紀澄風。

そんな彼女を見つめ、雛神夢生は――



〝もう大丈夫だから〟



「――ごめんなさい」

「ハッ、さーて明日から楽しみ――え?? ちょ、むー? あんたいま断っ」

「ごめんなさい!」



 ――風の誘いを、断った。



「なんでよ! 今の完全にOKする流れだったじゃん!? むーってば!」



 深々と頭を下げながらかばんをひっつかみ、走り去る夢生。

 保健室には、二人が去った入り口をながめる風だけが取り残された。




◆     ◆




「へぇ。ここがあんたのウチ。見事にボロアパート~」

「なんでウチまでついてきてんのさぁっ!!??!?」

「おじゃましまーす。わーワンルームせまー、おフロここ?」

「話聞い――いィいいっ!?!?」



 ドサリ、と重そうなスクールボストンを浴室の前に置き。

 レピア・ソプラノカラーは、おもむろに下から服を脱ぎ始めた。

 あどけなき少年、夢生は閉まったドアにぶつかりながら目隠しするしかなかった。



「何脱いでるのッ!?!!??!」

「シャワー借りるからに決まってんじゃーん。アタシ汗臭いのやーなの」

「君の家じゃないよここはっ!?」

「何~見たいのぉ? えっと……三万でいーよ♡」

「なんの数字だよ?!?!??!」

「あれ? 一、十、百、千、万。ココのお金ってそういう数え方だよね? もしかして安すぎとか?」

「ッ、あのさそういう――はァひっっ、」

「マジの声じゃん……キモw」



 怒りに目隠しの指を開きかけた夢生の眼前、辛うじて見えたレピアの足元に真っ赤なひもパンが落ち、少年は理性と指の間を固く閉じざるを得ない。

 あれよあれよと浴室のなかれ戸が開かれる音がし、ほどなく水音が聞こえ始めた。



「…………」



 ゆっくりと指をゆるめる夢生。

 眼前には暖色だんしょくの光の中、くもりガラスの向こうに映るエグい凹凸おうとつのシルエット。



 少年は三度みたび、今度は頭を抱えるようにして両目を覆った。



「おっかしーなー。神待ちしてたらだいたいのオトコは素直に泊めてくれるって書いてあったのになー」

「それは性欲に素直なだけだよっ! 『書いてあった』って、一体ナニ読んでたんだ……っ」

「あ、服とか下着ならタダでたたませてあげてもいいよん♡」

「早く済ませてっ!」



 ドスドスと足音荒く、かばんを部屋のすみに投げる夢生。

 いつものように制服のネクタイを緩めようとして――それをシャワー中のレピアと関連付けてしまって自己じこ嫌悪けんお

くつろぐのを諦め冷蔵庫の牛乳をコップ一杯たっぷり飲み干し、心を無理矢理落ち着かせた(ことにした)夢生少年であった。

 しかめ面で浴室のある方をにらみつける。



「あの……レピアさん? シャンプーとか、」

「あーお構いなくー。自分の持ってきてるから」

「そ、そう……」



 ネタ切れ、会話終了。

 ワンルームな夢生少年の部屋、当然浴室は壁一枚すぐ向こう側。



 いくら目を閉じ耳をふさいでもシャワーの音は聞こえ、まぶたには先程見てしまった紐パンとレピアの浮世うきよ離れした美貌びぼうのシルエットがかわるがわる浮かんで消える。



 長らくその手の刺激から遠ざかっていた雛神ひながみ夢生むうには地獄にも等しい状況だった。



「しっかし、なーんでむーはあんなエセ・・地味子じみこ好きなワケ?」

「え゛……」



 シャワーの音を途切れさせ、洗髪せんぱつを始めたらしいレピアから話を振られる夢生。



「い、いや。ていうか君、なんでそんな……ぼ、僕が紀澄きすみさんを好きだなんて断言すんのさ」

「キューピッドの力? ってやつよ。天使だってなんべんも言ったでしょ」

「君みたいな陽キャの天使がいるなんて聞いたことないよ……」

「何? 言いたいことあんなら聞こえるように言えし」

「なんでもないっ。大体その、レピアさんの言う天使って何なの? どういう……人達なのさ」

「んー? アタシも詳しくは知らなーい」

「えぇっ!? だって、え、君の……種族? のことじゃないか!」

「詳しくは知らないっつってんの、学者じゃないんだから。でも、うーん。あんたら人間とは違うのは確かよ」

「ち。違う、って」

「住んでるとこも違うし。人間とは違う世界に生きてて、神様の代わりに下界の人間達を見守っている――って親父は言ってたな」

「違う世界……世界・・!? そ、そんなウソみたいな話、」

「あーそうそう。『天上てんじょうかい』。母さんはそう言ってた。私達は天上界から天下てんげかいを見守る存在だって」

「テン、ジョウカイ……テンゲカイ??」

「詳しくは知らん。んで、えーっと何話そう……天使の中にも色々あるんだ、仕事が。アタシの一族が代々キューピッドの家系でー、的なこと」

「キューピッドの……家系? いや……ホントにそんな……ホントなの?」



 疑問をていしておきながら、夢生は既にレピアの話を信じ始めていた。



 天使。キューピッド。

天上てんじょうかい天下てんげかい

一族代々。



 陽キャには一生縁が無さそうなそんな言葉を、目の前のギャルは大まじめな声色こわいろで話しているからだ。



「ホントホント。『クピドの矢』を使って、時々人間の恋愛じょーじゅの助けをするんだって。なんの仕事だって話じゃない? マジで」

「恋愛成就……それで、なんで君は僕の所に来たの? 言いたくないけど、君はここにきて銃を乱射しただけで、僕や紀澄さんにその、キューピッドの仕事っぽいことをまだ一度も――」

「〝過ぎたる幸運は『呪い』となる〟」

「……え?」

「〝クピドの矢は長く厳密な調整を重ね放たれる、文字通りの『幸運』でなければならない。調整を誤り『呪い』として放たれたクピドの矢はもはや恋愛を超え、人間に夢魔ムマの如き災いをもたらしかねない〟」

「っ、」



〝むーくん〟



「……恋愛を超えた、災い」

「って、マジ耳がタコになるくらい親に聞かされてさー。マジほっとんど意味不明。要するに何が言いたいのかはっきり言えしって話――」

わかるよ」

「――え?」

「信じる」

「え、何が」

「レピアさん、聞かせて。続きを」

「お、おけまる……? んで、つまりアタシには全然分かんないんだよねー。だって好きピと恋人になれんならその方がいいに決まってんじゃん? じれったく人間の気持ちが~とか、きっかけを与えるだけ~とか言ってないでさ。そういうのマジメンディーって思わない? つかキューピッドの存在自体がもうワケわかめ。恋愛くらい自力でしろし。って思うじゃん?」

「で、でもそれがレピアさんトコの仕事――」

「んなのよりさぁ、アタシ悪魔あくまごろしとか専門の天使になりたいワケ!!」

「あ――悪魔、殺し・・!? 何その物騒ぶっそうな、」

「そう! 天使の中にはそんな仕事もあって、悪魔殺しを代々やってきた姉ちゃんがアタシんちの近くに住んでてさ! もうマジメチャクチャ強いしカッケーしかわいーのっ! ほんと憧れ!」



 再び聞こえ始めるシャワー音。

 シャワーを振り回しているのか、水の音が浴室の壁を波打つ。

 レピアの興奮が、夢生にも確かに伝わってきた。



「へ……へーぇ。まあ仕事っていうか、将来のことは自由に選びたいよね」

「マジそれな!? んでさあっ、アタシもキューピッドなんかよりコレになる! って姉ちゃんに色々教わって!? 最近までマジごりっごりにきたえてもらってたのよ! イヤホントしごかれた~!」

「そ、そうなんだ……それで」



 まぶたに焼き付く出来過ぎなまでの少女のスタイルと、灰田愛で大勢の不良を相手に無双していた姿を思い出し、ひとりうなずく夢生。

 何のことはない、レピア・ソプラノカラーは――――ケンカのいろはを最初から叩き込まれていたのだ。

「悪魔殺し」を生業なりわいとする天使によって。



「じゃあ、あの銃もその……天使の人達に?」

「そう! ホントは弓矢なんだけど、姉ちゃんは悪魔殺しの中でも流行の最先端でさぁ!? 出世払いで長いことおねだりして、やっっっと作ってもらえたオーダーメイド!! 世界に一つのアタシのデコじゅう!! マジアガんのアレ持ったら!…………だからさぁ。ちょっと試したくなっちゃってさぁ? 乱射しちった♡」

「……………………え? 乱、」

「調整前のクピド。弾丸に魔改造まかいぞうして。とりま千発くらい。天下てんげかいに。したら追い出されちゃった。天上てんじょうかい♡」

「え……ええぇぇぇえぇぇえええ!?!?!?!?」

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