第3話 ギャル・委員長・戦争
「ぐ……が……テメェ、こんなことしてただで済むと……」
「安心して、誰も死んでない――天使は悪魔以外にはやさしーの♡」
「覚えてやがれ……仲間が、生徒会の連中がテメェらを……」
(テメェら!?! 僕も?!?!?)
わずかに上げていた頭を落とし、陸奥が完全に沈黙する。
(ど……どうなるのコレ。きゅ、救急車とか……)
「ハァ、やっと片付いたか。おまたー、雛神むーくん」
「ッ!?!」
金髪のギャル――レピア・ソプラノカラーがいきなり両端からスカートをたくし上げ、夢生はギョッとして視界を手でふさぐ。
「あは、何してんの。ウケる」という声に目を開けると、ギャルはスカートの内側、太ももにあるホルスターに
「あ。もしかして脱ぐとか思ったぁ? キモー」
「おおおお思わないよッ!」
「あはは、何顔真っ赤にしてんの、おもろ――」
ザクリ、と。
土を強めに踏み締める音に、二人が視線を正門に投げる。
そこには通学
「き……紀澄、さんっ」
「ああ。あんたの好きな子じゃん」
「何言ってるのッッ!!?」
「いや、だからアタシはあんたの――」
「……誰ですか? これをやったのは」
「そ、それはもちろん――」
「もちろん、むーくんの方でーす♡」
「だから何言ってるのッ!??!?!?」
「アタシ今日転校してきたばっかなんですけどー、変なのに絡まれてマジヤバだったところに彼が通りかかって? もうあっという間に助けてくれたんです~♡」
「……あなたが、今日私達のクラスに来るはずだった転校生?」
「そうでーす」
(き、紀澄さんも知ってるってことは……ホントに転校生なの、この子……!?)
「…………」
表情を戻し、ゆっくりとレピアへ歩み寄っていく風。
夢生から見ればあからさまな極上の作り笑いを浮かべるレピア。
彼女は口の中でキャンディをカロリとさせ、
「いやもうホント、カッコよかったですよぉ彼。アタシももう惚れそうなくらいの――」
紀澄風により、口からキャンディを一息に取り上げられた。
「!!?!???」
「学校で堂々とお菓子は校則違反。そのネイルもキーホルダーも派手過ぎ。そしてもう放課後です。今日のあなたは遅刻どころか欠席。初日からそれはどうなの?」
腕を振り上げるようにしてキャンディを没収した風。
その力にされるがまま、顔だけを空を仰ぐように上向けて静止しているレピア。
何か音が、聞こえ。
それが人のブチ切れる音だと夢生が気付いた時には、レピアの拳銃が風の額に
「ちょ――ちょちょちょちょっ、」
真っ向。
正反対の二人が、互いを射殺さんばかりの眼光を交わす。
「――初対面の相手に何してんのよ。おいメガネ」
「そう、それが銃声の正体ね。あからさまな嘘を吐いて……その銃も校則違反、いえ銃刀法違反よ――最後に聞くわ。レピア・ソプラノカラー、あなたは――――風紀派? それとも生徒会派?」
「さぁ? でも――少なくともあんたの味方じゃない」
「――――そう」
「待ってよ二人とも――――やめてってッッ!!!」
夢生の声が学校中にこだまする。
レピアと風は互いから目を離さないまま、空気を殺して長く長く静止し――やがて、風の方が小さく息を吐いた。
「……いいわ。とりあえず今は、あなたなんかより
「ケガ?」
「え、あ……」
言われ、夢生も気付く。
いつできたものか、彼の頬には少しだけすり傷ができていた。
「保健室を開けるから。ついてきて、雛神君」
「う、うん」
「……来たければあなたもどうぞ。レピア・ソプラノカラー」
「……命拾いしたわね」
「あなたがね」
「は???」
「だ、だからやめようってば……!」
◆ ◆
窓の外で鳴る救急車のサイレン。
そのサイレンを自分の鼓動と重ねながら、夢生は目と鼻の先に迫る風の顔から眼を逸らした。
「最近取り戻して掃除した保健室だけど、こんなに早く役に立つとは思わなかった」
「は、はいっ……」
「何その程度でドギマギしてんの。バカじゃん」
「傷付けた張本人の言うことなんて気にすることないからね、雛神君」
「なッ――吊られてるのを助けてやったんだからプラマイゼロでしょっ! 落ちた時についた傷くらいっ」
「わ、わかったってば、気にしてないから僕――」
「じっとして。雛神君」
風がばんそうこうを手に、夢生を覗き込む。
その上目遣い。かすかに感じる風の柔らかい香り。息遣い。
レピアはからかうが、夢生少年が緊張しないわけがなかった。
「はい。終わり。傷が深くなくてよかった」
「あ、あ。ありがと……」
風が離れる。
頬のばんそうこうを指で触りながら、夢生は遠ざかっていく救急車へ視線を投げた。
「だ、大事件になるよね、これって……明日のニュースとかで」
「ならないわ。これまでもそうだったでしょ? 灰田愛の騒ぎはニュースにならない。その存在も」
「わお、助かるぅ~。ちっとやりすぎたかなーって思ってたんだよね」
「さてと。少し経緯を聞かせてもらえる? 雛神君」
「ぼ、ぼくっ!?」
「彼女は話してくれそうもないから。どうして、レピア・ソプラノカラーと生徒会の幹部がトラブルになったの?」
「いやコイツの代わりに戦っただけだから。アタシ」
「だから何言ッ……!?!」
背筋に悪寒。
夢生の視界で、レピアが彼を睨みながらスカート越しに銃に触れていた。
「話合わせなかったら撃つ」。
そんなギャルの言外の圧に屈し、夢生はすごすごと押し黙った。
「……雛神君? 言いたいことがあるなら言っていいんだよ」
「いや、僕は何も……」
「安心して。雛神君」
「!」
――諭すような優しい口調に、思わず顔を上げる夢生。
紀澄風は頼もしくさえある笑みを浮かべ、夢生の顔を覗き込む。
「脅されていても気にしなくていい。私が必ず君を守ってみせる」
「!」
「だから話して。君はこの女に何を口止めされてるの?」
「ちょっとマジ憶測でやめてくれる? 何なのあんた」
「黙って。私は彼と話をして――」
「本当に」
〝大丈夫だよ、むーくん〟
少し大きな声が、風とレピアを止める。
脳裏をよぎった忌まわしき過去を、夢生が無理矢理に追い払う。
「……本当だから。その子は……レピアさんは、僕の代わりにケンカしてくれただけだから」
「そそ。こいつが出るまでもねーからアタシがやったの♡」
(この上どんなウソ話をするつもりなの……!?)
「出るまでもない?」
「そ。むーはマジめちゃ
(どこまで話盛る気なのさ?!?!)
「……そう、なの? 雛神君」
「(ちょっと信じてる!!?!?)ェえっと、まあなんというか……?」
「マジマジ。あんなザコ共マジ敵じゃないから。ついでにあんたも」
(勘弁して……!!!)
「……何故あなたがそんなことを知ってるの、レピア・ソプラノカラー」
「そのフルネーム呼びハズいって」
「質問に答えて」
「チッ……アレだよアレ、あー。小学校で見たワケ」
(ウソにウソを重ねている……!??!)
「……同じ小学校だったのですか?」
「そ。アタシが小学校の時むーのクラスに留学して、そんとき仲良くなったの」
(設定が盛られていく……!!)
「…………」
しばし沈黙したまま、夢生とレピアを交互に眺めていた風だったが、やがて諦めたように溜息を吐いた。
「まあいいわ。生徒の個人情報は、ここでも一応教師の管轄だし」
「い。いいの……??」
「語りたくない出自や経歴を持つ生徒は、ここでは珍しくないし。そんな生徒でも社会に出られるようにすることが、この灰田愛の存在意義の一つでもあるしね」
「ものわかりいーじゃん♡」
「まとめるわ。レピア・ソプラノカラー……あなたが生徒会の人達を倒したのね?」
「そそ。親友のむーのためにね」
「そして生徒会派に敵対したあなたは当然、雛神君や私と同じ……風紀委員会派だということで、いいのよね?」
「うんそうそう。そーよ。なんかメンドいからそれでいーわ」
「それじゃあ。――突然なんだけど、二人に頼みがあるの」
『え?』
ポカンとした二人の前で、紀澄風が頭を下げる。
「お願いがあるの――風紀委員会に入って、私に力を貸してほしい」
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