第2話 双銃・ギャル・無双

「――――、」



 硝煙をかき消す風に、腰まで伸びたわずかにウェーブのかかった金髪がなびく。

 左手で銃、右手で口に入れたロリポップキャンディの棒をいじる色白な少女。

 ボタンがいくつか外された制服の胸元からは深い谷間がのぞき、首には着崩された制服とは対照的な黒のチョーカー。



「お、女だぜ……!」「なッッ……ななナニモンだ、テメェ!」「……美しい……」「えっろ……!?痛ってすみません陸奥さんッ」「あの銃、マジモンか……!?」



 首の高さで持っている銃につながれた、小さなぬいぐるみのキーホルダーが揺れる。

 よく見ればその銃らしきものも非常にかわいらしくデコレーションされており、白く光る銃身の撃鉄近くにはリボンさえつけられている。

 少女は硝煙を吐き終えた銃を下げ、ゆっくりとこちらへ歩き始めた。



「おおおおい女っ、おめ、下がッ――さが、下がった方がいいよ!? 危ないよ!?」「テメ自分だけいいカッコしようとしてんじゃねーぞ!」「っオイチビガキ、あれもしかしてテメーのコレか!?!?! コレなんか!!!!」

「しし知らないですよっ、あんな子……!」

「今日、一年に転校生が来るって話があった」



 構えたバットを下ろし、陸奥が言う。



「しかも、この灰田愛はいだめ始まって以来の『女』の転校生……だがその女は、どういうワケか今日一日現れなかった。お前がその転校生か。女」

「ねえ、つかどういう状況コレ。やっとせーふくとか揃えて来てみたら校舎から吊られてるって、ウケるー。昼間も女の子に助けてもらってたしさあ、もちっとどうにかした方がいくない? ヒナガミむーくん」

『!!!』

「やはりお前の知り合いか。一年坊」

「ちち違います違いますっ! あんな見るからに陽キャな女子ホントっ、中学でもゼンゼン関わりが――ッッあのさっ、君ホント誰なの!? 一体何なのッ!」



 純粋な疑問と、事を大きくする少女をけん制する意味での誰何すいか

 少女は神妙な顔のまま、長めの前髪の奥にある真っ青な目で夢生の誰何すいかを受け止め――その目と控えめなグロスでつややかに光る唇を、ニカリと細めて笑ってみせた。



「レピア・ソプラノカラー。あんたを助けに来た天使、恋のキューピッドちゃんで~す……っつってね♪」



 その笑顔を。

「天使」などという妄言もうげんを。

目元に寄せた場違いなピースサインを、全員が認識し――生徒会幹部・陸奥むつは大きくため息をいた。



「……問題はシンプルだ、女。お前はこっち側か? それとも――そいつ側か?」

「僕側って何ですか!?」

「見りゃ分かんでしょ。銃口、アタシはどっちに向けてる?」

「そうか。言っとくが俺をナメてかかるなら……女だろうと容赦はねぇぞ!」



 言うなり、陸奥がボールを拾い上げ――金属バットをフルスイング、甲高い音を響かせた。



「危ないッ!!」



 叫ぶ夢生むう

 彼の体が急に落下しだした・・・・・・のは、その時だった。



「え――ぅいたっ?!」



 べしゃり、と地に落ちる夢生。

 直後ボールが視界に落ち、夢生の前で小さく跳ねる。



「な……何?」



 遅れ聞こえてくる銃の残響音ざんきょうおん

 前には再び硝煙を放つギャルの銃、後ろには――――顔を押さえ、尻餅しりもちをつく生徒会幹部、陸奥。



「む――陸奥先輩ッ!?!?!!」「ンのアマ、顔面狙いやがった!」「大丈夫スか陸奥さんッ!」「テメェマジ何してくれてんだ女ァ!」

「先に仕掛けてきたのそっちだし」

(……あの子今、)



 夢生むう少年は痛みも忘れ――少女を見る。



(打たれたボールと、僕を吊るす縄とあの先輩を――一発の弾で同時に撃っ・・・・・・・・・・のか……!?)

「なんかよく分かんねーけど、」



 銃を下ろすギャルの目に、笑顔に挑発が宿る。



「アタシ、ナメられんのは嫌いなんだよね」

「――囲め゛ェっ、」



 ドスのきいた声で、顔を押さえた陸奥が激高する。



「あんなオモチャじゃこの数はやれねェッッ!!」

『オオオオウッッ!!!』



 不良達が、雪崩なだれを打ってギャルに襲いかかった。

 男達の意気、地を踏む轟音と相まって、その空気はさながら戦場。

 無勢ぶぜいは明白、少女の手には弾の限られた拳銃一挺いっちょう

 夢生むうもたまらず、声を張り上げた。



「逃げてよ……頼むから逃げてッッ!!」

「ま、」



 ――その声は、不思議と夢生の耳に届き。



「そうヤバいことにもなんないっしょ。片翼だけなら・・・・・・



 瞬間。



 時も空気も、夢生の視線も――少女の背後に、吸い込まれた。



「ッわ!!?」



 少し背を反った少女の、たゆたう金の髪が弾けるように舞う。

金砂きんさの髪を押しのけるように、少女の背からいくつもの光のすじが伸び――それら光芒こうぼう全体が、まるで大きな線香花火のような、極光きょっこうを放つ。

 まばたきを忘れた夢生の顔に、散った光の一片がゆっくりと触れ、消えた。



「――――――――、」



 人は誰しも、「天使てんし」を見たことがある。



 よくある絵画かいがだ。

 重厚な塗りで幻想的な、純白の翼を持つ天使の絵。

 鳥と同じく、規律的に整列した羽根の並ぶ、大きな翼。



「――天使――」



 雛神ひながみ夢生むうは直感する。



 僕達の知っている天使を――――世界で最初に「天使」をいた人間は、この極光を「翼」と表現する他なかったのだ、と。



 光の翼から、直線的な閃光が伸びる。

 光は白き銃身に収束し――弾丸が、装填される。



「ば――バケモンかこの女ッッ――」

「だから。キューピッドだって言ったっしょ♡」



 独特な銃声が、連続した。



「ぎゃッ!?」「ぐべっ」「どぼ、ォ――!!」



 自動式オートマチック拳銃ハンドガンからは想像も出来ない数の弾丸が次々射撃され、被弾ひだんした不良達が一人残らず遠くへ、天へ吹き飛んでいく。



「ナメんなっ!」「大人しくしろッ!」



 それでも何とか拳銃の弾幕を切り抜けた二人の不良が、彼女の腕の長さより内側へ到達。

その華奢きゃしゃな体へ掴みかかり、



「危ないッッ!!――――え、」

「でぅぶ!?!」「ごォ――?!」



 ――一人は左手の銃床で。

 もう一人は、少女のスカートの中から現れた二挺目の銃身・・・・・・にアゴを打ち抜かれ、崩れ落ちた。



「――――は???」



 立ち上がった陸奥の呆け声。

 止まった男共の中、ハラリと戻るギャルのスカート。

 不良らを向く二挺にちょう拳銃けんじゅう



 ギャルのキャンディが、れ光る舌の上でカロリと鳴った。



「うーん、最高。やっぱ双銃ふたつだとテンアゲだわ」

「――やれ、やっちまえええッッッ!!」

『お……おおおおおッッ!!』



 挙げられたときは、最早狩られる草食動物の悲鳴。

 無限に火を噴く白き双銃そうじゅう

 吹き飛び倒れ地を埋め尽くす男子生徒の群れ。

 弾丸飛び交う戦場に、ぽつんとひとり雛神ひながみ夢生むう



「………………」

「がはッ……クソ、が、」

「へーぇ。アタマ張るだけあんじゃん」

「ッ!!」



 気力のみで振り上げられたバットが弾丸に弾き飛ばされ、陸奥むつの手を離れる。

 力無く殴りかかった拳をあっさりと避けられ、銃格闘ガン・カタによりアゴと腹を重撃じゅうげき、吹き飛ばされる。

 生徒会幹部・陸奥は二挺拳銃金髪ギャルにより、満身創痍まんしんそういで運動場に転がされた。

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