恋のキューピッド、あの人を撃ちまくれ

はっとりおきな

第1章 恋のキューピッドは銃声とともに

第1話 ボーイ・ミーツ・ガール

 空から光が舞い落ちる中、少年は呆けていた。



 本来、そんなことを考えてる場合ではなかった。

 光にまじり、幾人もの男子高校生が落下、地面に激突している。鳴りやまぬ銃声が、空気を貫いて空に残響している。

 それでも少年は呆けていた。



目が離せなかった。

 目の前の――両手の拳銃を乱射し不良達を吹き飛ばしている、金の長髪を波打たせる少女から。

 


少女の背からは光があふれる。

 あふれた光が銃声と発砲の衝撃により少女の背を離れ、途切れず少年の視界を舞う。

 運動場の砂塵の中、見え隠れする少女の真っ青な目が存在感を示す。

 


やがて光の銃弾に最後の一人が打ち抜かれ、倒れ伏した。

 少女は口にくわえていたロリポップキャンディを取り出し、その口で銃の硝煙を吹き消し――少年を見た。



「……何なの、君」

「――言ったっしょ?」

 誰何の中。

 その圧倒、その美しさに、少年は直感していく。

 彼女は紛れもなく――

「あんたを助けにきた天使。恋のキューピッドちゃんだって」


◆     ◆


「一年坊コラ! テメー陸奥むつ先輩の分は焼きそばパンじゃなくて焼きうどんパンだって言ったろうが!?」

「う、売り切れてまして……」

「陸奥先輩が『生徒会せいとかい』の幹部なのくらい一年坊でも知ってんだろ!? 痛てー目にあうくらいじゃ済まされねーぞ!?」

「俺達まで巻き添え食っちまうんだぞオイ!!」

「す、すみませんすみませんっ」



 灰田愛はいだめ第七だいなな高等学校こうとうがっこう



 通称「ハキダメ」と呼ばれる、もはや学校として機能しているかも怪しい高校の、もはや満足に営業しているかも怪しい購買部のパンを買いそびれ、少年はいかにも不良といった出で立ちの上級生に平謝りしていた。



 これが少年の日常。

 しかし求めていた「平凡」。

 こうなることも想定した上で少年は、男子率九十九・九パーセントの灰田愛はいだめを進学先に選んだのだ。

 選んだ、はずだった。



「甘めーんだよ……この『ハキダメ』でトチっといて『すみません』一つで、」



 上級生の拳が少年に向け振り上げられ、



「許されるワケねーだろッ!!」

「ッ――」

「私達の領内で」



 真っ直ぐに放たれたそれを――一人の少女が受け止めた。



『!!?』

「よくもまあ幅を利かそうと思えたものですね。生徒会派の先輩方」



 少年とそう変わらない背丈の、ショートボブの黒髪の女の子。

 二回りほども大きい男子の拳の勢いを片手であっさり殺し、少女は丸眼鏡の奥から強い光をたたえる目で、しっかりと不良達を見た。



「ゲッ……」

風紀委員長ふうきいいんちょうの――紀澄風きすみふうッ!!」



 慌てて彼女の手を振り払い、距離を取る不良達。

 風は守るように少年を背後に控えさせながら、すらりとした白い腕で、着こなされたブレザーの上で揺れる真っ赤なリボンに手を添える。



「この場所は既に私達風紀委員会ふうきいいんかいの管理下にあります。よって暴力行為は禁止です」

「何言ってやがる……!」

「昼食なら、先輩方の領内にも食堂があるでしょう。そちらになさってはいかがですか?」

「陸奥先輩は購買のパンしか食わねぇ!」

「大体テメーら風紀委員会派がっ、購買を俺達に使わせねぇからこうなってんだろうがアァ!?」

「持参したお弁当さえ先輩方生徒会派せいとかいはに奪われてしまう。そういう一般生徒の昼食のため、仕方なくですよ。生徒会が食堂を分け隔てなく全校に開放してくれれば、購買の独占などすぐに取りやめます」

「クソが……ちょっと強ええからって一年坊のメスガキが調子ノってんじゃ――」

「おいやめろっ」

「こないだ幹部の磯見いそみさんが倒されたの忘れたのかよっ!」

「くッ……いつまでも俺らと互角と思うなよクソガキッ!」

「はい、この均衡も間もなく崩します。生徒会長にお伝えください。いい加減灰田愛はいだめの悪習から抜け出し、一緒に普通の高校生活を送りましょう、と」

「ッ――女の影にコソコソ隠れやがって、覚えてやがれテメェ!」

「…………」



 生徒会派の校舎へ去っていく不良達。

 少年はおどおどしながら、男子率九十九・九パーセントの灰田愛はいだめに入学してきた二人目の女子、紀澄風きすみふうの視線を受け止めた。



「あ、あ……ああの、えっと。ありがとう――」

雛神夢生ひながみむう君だよね。同じクラスの。ケガとかしてない?」

「ッッ!??! あ、ああうん、うん! そうです!」

「……?」



 近付いてきた風から距離を取り、うつむきがちに話す少年――雛神夢生。

 風は一瞬動きを止めたが、やがてそのままの距離で話を続けた。



「いつもあの人達に絡まれてるの?」

「い、いやっ!? そんなことないよ、うん、全然!」

「ならいいんだけど。もし何かあったら、いつでも頼って。そのために作った風紀委員会だから……もうすぐ掃除の時間。まだまだ消さないといけない落書き、たくさんあるから。遅れないでね」

「う、うん――あ、あのっ!!」

「? 何?」

「あ、えッっと、」



 去り際、振り向いたふうに、夢生むうは焼きそばパンを差し出した。



「お。多めに買っちゃったし……さっきのお礼にっ」

「……ありがとう。でも今日は、持ってきたお弁当でお腹いっぱいだから」

「そ、そっか。――じゃあ、また」

「うん。また後で」



 ……風雅去る。

 枯れ木と落書き、瓦礫の中庭に少年一人。



「……はぅ」



 夢生は小さくうめいて、胸がいっぱいになっている自分を意識して顔を覆うのだった。



(……聞いてないよ。この学校にも女子がいて……しかもその子に一目惚れしちゃう、なんて)


◆     ◆


 灰田愛はいだめ第七だいなな高等学校こうとうがっこう

 戦前は「保護観察および厳重管理」の学生を集め再教育する場であったこの学校も、戦後はGHQの戦後処理に従い、他の高等教育機関と同じく、通常の高等学校へと再編された。



 時代の流れの中で教師の権威も権限も縮小され、政府が積極的に学校運営へ介入することも出来なくなり――今や生徒の大半を占める野放しの不良や問題児による弱肉強食、暴力支配の学校生活が送られる「ハキダメ」となり――



「――それが故、お前がここで宙吊りになっていても、誰も気にも留めねぇワケだ」

「…………」

「助けは期待するな。あのクソ真面目バカ女は、ちゃんと校則を守って時間までに下校済みだ」

「その通りィ!!」「的当ての時間だァァ!」「覚えてろっつったろ一年坊!」「灰田愛の恐ろしさ思い知れェ!」「陸奥さんは野球部時代相手チームをバットで半殺しにした狂犬だぜ!」



 ――放課を告げる校内放送が流れて一時間後。

 雛神夢生ひながみむうは、校舎二階の渡り廊下の柱からロープで逆さ宙吊りにされ、地面から一メートルほどの高さにぶら下げられていた。



「あの紀澄風きすみふうが入学し、風紀委員会を設立して――灰田愛の勢力図は一気に塗り替えられた。たった数ヶ月で、生徒会は風紀委員会と領土を二分するまで追い詰められた」

(頭に、血がのぼる……)

「メシの件や、幹部の磯見がやられて、これ以上はメンツが立たねぇって理由もある。が、いい加減……風紀と決着を付けないといけないんだよ。生徒会は欲してるんだ……全面戦争のきっかけってやつを」



 ゴリ、と金属バットが地面を突く。

 生徒会幹部、陸奥むつの周囲には、大量の野球ボールが入れられたカゴを用意する取り巻きが大勢集っている。

 自分が何をされるかは、夢生にもなんとなく理解できた。



(……目立たなくしてた、つもりだったんだけどな)



逆さ吊りで揺られながら、夢生は目を閉じる。

 灰田愛はいだめの不良達。生徒会と風紀委員会の争い。

 そのどちらにも、夢生むうは関わりたくないと思っていた。



 否――できれば人そのものと、特に女子と。できるだけ関わりたくないと思っていた。

 だからこそ、出来る範囲で一番女子と会う可能性のない灰田愛に来た。

 この灰田愛で、教室の片隅で、つつがなく高校生活を終わらせたかった。

 誰も自分と、関わらせたくなかった。



「調べたところによるとお前、家族も親戚もいないんだろ。つまり数か月病院送りにしたところで一番リスクは無い。先公の連中も、生徒が一人二人、長期不在になったからといって何も動かない。準備しろ」

「ッス」

(……誰かに関わるくらいなら)



〝もし何かあったら、いつでも頼って〟



(助けられて、話して――仲良くなってしまうくらいなら僕は、一生こいつらに酷い目にあわされ続けた方が、ずっといい)

「運が悪かった。そう思ってくれ」



 陸奥が金属バットを構える。

 取り巻きの一人がボールを構える。

 「処刑」の光景に、他の取り巻きがそれをはやし立てる。

 ボールが投げられ、バットに力がこもり、風を切って、







 一発の銃声が、鳴り響いた。







『――――ッ!!?』



 比喩でない、まぎれもない銃声。

 直後夢生むうと不良達の目の前に吹き飛んでくる、正門を見張っていたはずの不良の一人。

 仰向けに運動場の地面に倒れ込んだその男子の額からは、一筋の煙があがっている。



「……あ?」



 全員の目が正門へ向く。



 灰田愛はいだめ第七だいなな高等こうとう学校がっこうの正門ド真ん中。



 硝煙を上げる銃口を学校に向けていたのは、一人の金髪ギャルだった。




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