枢軸特急トルマリン・ソジャーナー

 ■ 枢軸特急トルマリン・ソジャーナー

 銀杏(イチョウ)は晩秋に最高の彩(いろどり)を添える。それを的確に形容するなら旬を過ぎた女の色だ。おちつきと円熟を中にどこかしら盛りの余韻を引きずりながらも、諦めと後悔がせめぎ合う。そんな豊かな人生の味わいがある。銀杏は晩秋と初冬をつなぐ旅行者だ。ギンナンと読むのはいただけない。どこか青臭くって貴婦人の風格を台無しにする響きがする。

 列車は速度を落として駅の構内に入線する。ここらでいったん筆をおいて、紀行文から人間模様に視線を移そう。


 少女は黄ばんだ手帳をスカートのポケットにしまうと、両肘を窓枠についた。ガラス越しにどこか古臭いデザインの超高層建築群を眺めた。

 引き戸を開けて客室乗務員(ワルキューレ)が隣の車両から移動してきた。

「え〜まもなく終点です。乗り換えのご案内です。接続路線をご利用の方は次でお降りください。まもなく木星、惑星木星、終着駅木星、万物創造母星『木星』」

「木星だってぇ?!」

 四人掛けシートからスキンヘッドの女が立ち上がる。あろうことか黒いビキニショーツ以外は何も着けていない。

「どういうことだよ!」

 彼女は窓際の少女につかみかかった。

「遼子! いい加減にしなさい」

 客室乗務員ともう一人の女が二人を引き離す。

「うるせぇ! 俺はユズハが生きているっていうから宇宙の再起動を、奴の勝利を受け入れたてやったんだ。それが木星だと?!」

「だからと言って、長女に八つ当たりしないでちょうだい」

 女はセーラー服の袖をまくって遼子の首根っこを押さえつける。

「ユズハが生きている証拠を出せ!」

「「うっさいわね!」」

 遼子はワルキューレたちに連行されていった。

「ユズハを出せ〜〜……」

 ヒステリックな叫びが扉の向こうに消えた。

 セーラー服母娘は何事もなかったように腰を掛け、プリーツスカートの裾を膝に乗せた。

「枢軸特急トルマリン・ソジャーナーはまもなく終着駅木星に到着します。本日は冥府往生特急高速度交通営団線(オリエントエクスプレス)をご利用いただきまして誠にありがとうございました。皆様の死出の旅路が安らかなものでありますよう。 木星です」

 ガクンと車体が大きく揺れておなじみの赤目玉がいっそう圧迫感を増した。

「わたしたち、カプタイン星にいた筈じゃ?」

 通路を挟んで反対側の指定席から次女がひょっこり顔を出す。

「うん。宇宙は再起動した。可能性をすべて使い果たしてしまうと、それはカチコチに硬直した宇宙の初期状態に等しい。何かを起こそうとしても、起こせないんだから。宇宙で最初の事件が起きる前にイベントを催そうとするのと変わらない。何も成しえないんだ」「で、お姉ちゃん。あたしらは続きの世界に生きているわけ?」

 妹は状況を把握しようと車内をきょろきょろと見回す。乗客の中には顔見知りも混じっている。

「正確には八億年ほど経過している。というか、そういう世界を今から『五分前』に造った。走馬燈爆弾の起爆初期条件をあたしが細工した」

「お姉ちゃんが言ってることは支離滅裂よ」

 肩をすくめる少女に母親が語りかけた。

「玲奈は世界五分前仮説のことを言ってるのよ」

「仮説じゃないよ。五分前に造ったんだ。前の宇宙では、そう唱えても誰も実証する方法がないから、そう呼ばれていただけ。今回はわたしが実行者」

 玲奈と呼ばれた娘がふんぞり返るように思いっきりリクライニングする。

「それは言い過ぎだぞ。中二娘君」

 後ろの席から長身の西欧人が立ち上がった。

「「「カミュ?!」」」

 女たちは驚きのあまり声が出ない。

「三島君のリブートには私も僭越ながら関与している。この鉄道の大株主であるカプタインの投資家たちもだ」

 カミュはぬけぬけと勝手なことを喋っている。姉妹の母親はじっと聞いていたが、我慢しきれなくなって説明を求めた。

「何なの? カプタインの投資家とか、勝手に話を進めないで!」

「よろしい。簡単に状況を話そう」

 まあ座れ、とカミュは一同を制して食堂車に連れて行った。そこならばステージや視聴覚機器が完備している。

 ■ トルマリン・ソジャーナー号豪華食堂車

「マズローの五段階欲求説は知っているだろう。人間は衣食住、安全、帰属意識、尊厳、これらの欠乏欲求が満たされてようやく、あれをしたい、これを成し遂げたいという、自己実現欲求が生まれる。カプタイン人たちはいま、宇宙を改革したい衝動に駆られている」

 カミュはスクリーンに欲望の金字塔(ピラミッド)を描いた。

「それって、創造主気取りってこと?」

 シアはテーブル席から軽蔑の視線を送った。

「宇宙征服? 人類支配? 小さい小さい。そんなことは四つある欠乏欲求のど・れ・か・に・含まれる」

 彼はコツコツと一階から四階までの部分を蔑むように殴りつけた。

「観葉植物に指図する馬鹿はいないだろう。土壌改良したり除草剤を撒いたり。彼らはそういうことに投資している」

 提督はカプタイン側と交渉に臨んだ有識者として彼らの邪心を否定して見せた。

「プリリム・モビーレや往生特急も彼らの投機心ですか」

「いや。少し違うな。特権者や父祖樹は自然発生したものだ。ただ、カプタイン人は環境をお膳立てした。他に誰か聞きたいことは?」

 カミュはなおも質問しようとするバレルをやんわりと遮った。

「単刀直入に申し上げて木星は淘汰の一環ですか?」

 敵意に満ち溢れたシアが声をすごませる。

「いや、彼らは最終決着の地として木星を運んできたわけじゃない」

「だったら、私たちに何をさせたいというのッ!」

 ついに堪忍袋の緒が切れた。シアは大声でカミュを叱り飛ばした。

「君はどうしたい?」

 彼は物怖じもせず、両手を広げてみせた。落ち着き払った文豪の度胸にシアは押し黙ってしまった。

「おか〜さん」

 カーテンの陰から熊谷真帆が牽制する。深刻な表情が「これ以上の流血はもうたくさんだ」と主張している。

「ヤポネ人は、サジタリアは安住の地を渇望している」

 提督が中二娘と恋人のように腕を組んで歩き回っている。

「みんなが活躍できる世界を」

 ヴァレンシア姫が切々と願う。

「高度百キロから上は女の天下。航空戦艦が人類圏をじょうずに調和してきたわ」

 シアはメイドサーバントとライブシップが主導する女性優位のモーダルシフター社会維持を訴える。

「停滞した宇宙は百害あって一利なしだ」

 カミュは災厄と繁栄を意図的に繰り返す運命自転民主主義を主張する。

「まるで選挙戦ね。立場が食い違って歩み寄る余地がない」

 アンジェラが吐息する。「投票で決めるわけにもいかないしねぇ」

「かといって争いで決着しなきゃいけない理由もないわ」

 三千世界最強の戦艦娘サンダーソニアが戦いを否定する。彼女は血で血を洗う主導権争いにうんざりしている。

「あそこに浮かんでいる木星にはどういう機能や役割があるの? それ次第で共通の利益を見いだせないかしらん」

 メディアが妥協の糸口を見つけようと質問した。

「中央作戦局長。そろそろ私たちを騙すのも潮時だと思うんだが」

 カミュが意外な事実を口にした。一同が、おおっとどよめき、疑いの目が彼女に向けられた。

「どーいうことなのッ!」

 シアがクライン局長にエルフピッチを食らわせた。

「痛い、痛い、いたたっ。別に隠すつもりじゃ」

 彼女は涙目で木星について語られざる秘密を暴露した。

 メディアがしぶしぶハンターギルドの最高機密を明かしたところによると、木星の中心核は鉄でできている。その質量は地球の十二倍。一億気圧で押し潰されており、三万五千度の高温で熱せられている。さらにその周囲を金属水素が取り巻いており、木星の七十八パーセントを占めている。

「木星こそが造物主だという仮説がある。例えば金星は木星から吐き出されたと唱える学者もいる」

 中二病少女玲奈がイマニュエル・ヴェリコフスキーの研究を引用した。

「金属水素は理想的な量子デバイスになる。通常爆薬としても比類なき破壊力をもつ。破壊神よ」

 アンジェラが推論を推し進めて外堀を埋めていく。

「太陽系最強の大量破壊兵器を査察当局が隠匿していた。こ〜れは物議をかもすわ」

 玲奈もメディアを追い詰める。

「ちょ、ちょ、勝手な解釈を広めないで」

 返答に窮したメディアは本当の理由を明かした。


「木星は自然発生した文鎮なの。知的生命体が魔力に目覚めたとき好き勝手に術式を書き散らさないためにある。そして、行き過ぎた知的生命の意識を吸収するスポンジでもある」

 メディアは術式の行使を墨書や水墨画に例えた。戦闘純文学や重哲学が宇宙という半紙に呪文を書き付ける行為だとすれば、重石やはみ出した墨汁を吸引する吸湿材も要るだろう。

 玲奈が噛み砕いて解釈すると局長はうなづいた。

「そうよ。木星は超高度なAIでもあるわ。中心核は仮想世界(ヴァーチャルワールド)を維持している」

「どうだろうか。有効活用して共存共栄できないだろうか」

 コヨーテがカミュに和解を持ち掛けた。

「駄目だ。停滞こそは永遠の死である。断じて受け入れるわけにはいかない。それに宇宙は財政破綻しているんだ」

 カミュは再稼働した宇宙の恐るべき実情を語った。宇宙はインフレーションを繰り返すたびにエネルギーを蓄積してきたが、代わりに動脈硬化を起こしている。可能性選択の幅が狭まって融通が利かなくなっている。

「カプタイン人投資家たちは木星を陳列してわたしたちの自己決定に委ねているのね」

「そうだ。玲奈。投資家は部分的な構造改革に十分耐えてきた。壊疽(えそ)した肢体のように、ダウナーレイス歴史やモーダルシフター社会などいくつかの『事業』は本体が生き残るために切断する必要がある。困難に立ち向かわなければならない時期に差し掛かっている」

 カミュはどうしても争いを避けられない見通しだ、と言い残していずこかへ去った。

 往生特急が「終着駅 木星」に停車した。見るからにポリゴンめいた質感の駅舎がチープさを醸し出して哀愁に深みを与える。トルマリン・ソジャーナー号の他にも列車が入線している。

 反対側の線路を深緑の列車が猛スピードで通過していく。ホームの乗客などお構いなしに風を捲き上げて疾走する。

「ダウナーレイス!」

 ヴァレンシア姫が特等席の窓に慈姑姫の姿を認めた。「あっきれたわ。どうやってリブートを生き延びたのかしら?」

「あたしたちと似たような手口だろう」

 玲奈は苦み走った顔をする。あの時、ガロン提督は彼我絶縁体で覆われた巨大なシリンダー都市を準備していた。アンジェラによって選択可能性の逼迫が予想されていたため、四大魔導軍が転移フィールドを展開し、カプタイン星へ転送した。

「彼我絶縁体は文字通り確率変動をカオス状態にまで高める。外部からはノイズに埋もれて事実上観測できなくなる。没交渉になるから、ビッグバンの影響を受けない」

「父祖樹もビートラクティブを分泌して同様の原理で逃れたに違いない」

 ガロン提督が悔しがる。

「あんたが製造した宇宙でしょ。どうにかならないの?」

 メディアが中二娘の矛盾を追及する。彼女が黙っているとアンジェラが諭すようにいった。

「量子力学でいう『ウィグナーの友人』問題を知らずにドヤ顔するもんじゃないわよ。観測者を観測する観測者を誰も否定できない。不確定性原理の下では観測者自身の優位性は保証されないのよ」

「じゃあ、この宇宙の製造者は不定ってこと?」

 玲奈が愕然としていると「やるしかないか!」

 遼子は遠ざかる御用列車を憎悪の目で見送る。

 コヨーテが頷く。「やっぱり戦争だ」

「とりあえず、追いかけましょう!」

 シアがトルマリン・ソジャーナー号の先頭車めざして廊下を駆ける。

「動かせるの?」

 後でアンジェラが息を弾ませる。

「ステータス表示が出ているわ」

『名前:シア・フレイアスター。クラス、往生特急客室乗務員(ワルキューレ)、LV.10万、称号:韋駄天幹線の女帝』


 ■ 争奪戦/騒脱線


 木星に敷設された路線は終着駅を中心にいくつかの支線が分岐している。慈姑姫の御用列車は中心核を突き抜ける路線をひた走っている。

 トルマリン号の操縦席は並列複座式で、後部シートが中二階に設けられている。ロフトから床まで大きな曲面ガラスになっており遠くまで見渡せる。前景は縞模様の木星大気が開けており、蛍光色の路線図が重なっている。

「木星の重力とか大気圧とかどうなってるのよ?」

 真帆は常軌を逸した光景に違和感をぬぐえない。

「ここは現実と虚構がないまぜになっている世界よ。木星中心核頭脳が金属元素を賦活させて陽子と電子を自在に操っているから、どんな物理法則もあり得るし、バーチャルだからと見くびっていると本当に『殺されて』しまうかもしれない」

 玲奈がいう通り、車外にはまっすぐに伸びる軌道と赤茶けた霧状がたなびいている。耐熱や耐圧のため、せめて透明チューブの中を走るぐらいの配慮はあってもいいはずだ。確かに現実と仮想の境界線を恣意的に敷ける場所なのだろう。

「御用列車の行先は木星中心核のユウロピウム異常点だとおもう。この惑星の中心核は強大な磁気を帯びているのだけど、磁性が不均衡な部分を意図的に創出しないと電磁力が平衡化してしまう。それではオン・オフ動作が不可能になって記憶素子として成り立たない」

「じゃあ、ユウロピウム異常点を破壊すれば木星の『精神』を殺すことができるの?」

 玲奈の推測に真帆が戦略性を見出した。

「そうよ。あの手この手で御用列車を転覆させなきゃ」

「わかったわ。使えそうな沿線施設をリストアップしてみるわ」

 アンジェラが情報コンソールを叩いて玲奈の正面に保線区の全容を表示させた。

「わお! マルチプルタイタンパーがあるじゃん。自立した頭脳を持ってる」

「なにそれ?」

 航空戦艦である真帆は陸上の乗り物が新鮮に映るらしく、興味を持ったようだ。

「略してマルタイ。レールのゆがみを矯正する車両よ。事故復旧用操重車なんてのもあるよ。クレーン付きの事故車両撤去車だ」

「おね〜ちゃん。戦艦やめて軍用列車になったら?」

「それもいいね!」

 玲奈はトルマリンの貨車部分に分解積載してあるアストラル・グレイス号に超生産指令を送った。ドイツ陸軍の艦艇運搬車両のごとく、翼を折りたたんだ船体がハーネスで厳重に固定されて台車に積まれている。

 列車制御システムが減速信号を出した。トルマリン号は一つ先の仮設駅で臨時停車し、装甲列車グレイスに連絡する。

「仕事早ッ!」

 真帆は隣のホームで自分用の装甲列車に乗り換えた。


「こちら装甲列車ソニア。御用列車を発見。谷底の引き込み線を走行中!」

 切り立った断崖を縫うように黒い車両が駆け抜けていく。線路の脇は垂直な勾配で、高低差は百メートルはあろうか。

「この先にトンネルがある。わたしは廃線になった登山軌道で先回りする。退路を塞いでくれ」

 雑草でふさがれた支線をダンパーで押し開き。列車グレイスは機関車を増結して急勾配に挑み始めた。

「やっちゃえ!」

 真帆は御用列車がトンネルに入る事をを確認してから有線式対地ミサイルを撃ち込んだ。列車グレイスがスイッチバックを繰り返して、トンネル出口へ降りていく。

 機関車を塞ぐように止めて、玲奈は御用列車を待ち受けた。

 ピンク色の山あいを紅葉が染めている。ムッとした硫黄臭が吹き付けている。玲奈が耳をすませば、引き戸が軋むような鳴き声が聞こえてくる。

 レールに耳を押し当ててみるが、待てど暮らせど轟々たる接近音が聞こえてこない。

「やられた!」

「トンネルの中に隠し路線があるのよ」

 真帆が悔しがっている玲奈に路線図を見せた。トンネルから五キロほど離れた湖に観光列車の終着駅がある。

「未成線か!」

「何それ?」

「諸事情で計画中止になった新線だよ。ほぼ完成しても採算面とかの問題で供用開始しないケースもある」

 玲奈は列車をバックさせ、観光路線を目指した。トンネルを塞いでいた機関車がゆっくりと動き出した。

 と、その瞬間。

 バリバリ、と暗闇の中から機銃が放たれた。暗がりの中をまばゆい光が突進してくる。

「野郎!」

 玲奈は貨物車両の防水シートを引きちぎり、アストラル・グレイス号を露出させた。

 ズシン、と重い振動が響いてくる。御用列車が行く手の鉄橋を吹き飛ばしたのだ。

「ナンボのもんじゃい!」

 アストラル・グレイス号は超生産能力を急展開。ロボット兵士ウォーデンどもがものの十数秒で列車用仮設橋を敷設した。イギリス陸軍が一九四二年に配備したベイリー橋の列車用改良版である。


 並走する線路で軍用列車が競り合っている。先手を制した玲奈は御用列車の行く手に保線区車両で細工を施した。マルタイで線路を捻じ曲げ、バラスト散布車でこれでもかと砂利を積み上げ、クレーン車を線路上に横転させた。

 鼓膜をつんざくようにブレーキが軋んだ。玲奈の眼前にはツンとした焦げるような金属臭が立ち込めている。そして、重い鉄の塊が山のごとく佇んでいる。


 慈姑姫が血相を変えて降りてきた。

「誰かが死ぬしかなさそうね」

 彼女は威勢よく啖呵を切って見せた。だが、激しく咳き込んでその場にうずくまった。

「お姉ちゃん!」

 慈姑小町が線路上に飛び降りる。その後を担架を担いだ医師たちが続く。

「どうしたの?」

 シアが敵味方で争っている場合ではないと告げて、慈姑姫に駆け寄った。

 ヴァレンシア姫も銃を捨てて心配そうに歩み寄る。

 慈姑姫は苦しそうに上体を起こすと、訴えかけるような目でシアを見つめた。

「もうこんな殺し合いはやめましょう……」

 真帆は涙を浮かべながら慈姑姫の手を取った。

「父祖樹さんも、カミュさんも、言い分があるなら話し合いましょう。とことん気が済む……」

「お互いに関わらなければよかったのよ!」

 妥協案を探る真帆を小町が撥ね付けた。

「そう……ね。お互い、ゴホッ!」

 慈姑姫は喀血した。医者の制止を右腕で振り払う。

「慢性ビートラクティブ依存が姉の命をすり減らしたんです」

 小町がシアに病状を説明した。

「そうまでして宇宙に鎖国を建設したい理由は何?」

 中二娘が小町に尋ねた。インテリどうしの心が通い合う。

「良かれと思ってやっているのでしょう? 人類の将来に最善を尽くしたい。そうでしょう?」

 シアは姫の胸中を見透かした。

「正しいんだよ。父祖樹もカミュも、三者三様の正義がある。どれも正しいから火種が絶えないんだ」

 やるせない気持ちで玲奈が周囲を見やった。線路の向こう側にカミュが無言のまま立っている。

 慈姑姫はシアを真摯なまなざしで見つめ、こういった。

「わたしをおぼえていますか? 【おかあさん】」

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