時代(とき)を超える、燎原の炎!
■ 木星 クロノス山麓 兵器工廠
「ダウナーレイスの政策は穴だらけだ。転生制度を禁止して地球だけ鎖国したところで安全は保障されない」
ガロン提督は遼子が銀河中に敷設した生産プラントを図示して見せた。ここから多くの増派艦隊がヴァレンシア星に攻め入った。
「父祖樹は地球外生命体の侵攻を退ける防御力を自負しています。それに完全生命体は無能ではありません」
アンジェラは相手の索敵能力を高く評価した。その有効範囲は四つの次元(三つの空間軸と時間軸)方向すなわち五十億の四乗、約六百二十五兆超立方光年にも及ぶ。
「同時追尾対処能力は有限だろう。飽和攻撃には対処しきれまい」
彼はすでに具体的な部隊編成案を作り上げていた。
「いくら波状攻撃を仕掛けても夜の大会にねずみ花火を打ち込むようなものですよ。各個撃破されます」
「蟷螂の斧にはならないだろう。完全生命体には弱点がある」
アンジェラの懸念を杞憂だと断じたのは遼子だ。
「廃熱処理だ。いかなる神でもエントロピーの増大からは逃れられない。思考する以上は熱が生じる」
「確かに統計力学はkをボルツマン係数として系の持つ状態数ΩとエントロピーSにS=kLogΩの関係を仮定してるわ」
「要するに、だ。余剰熱をどこかに棄てなければ完全生命体の神通力は消滅する。奴らは問題解決に苦労している。俺はこの目で見たんだ」
遼子は愚者王と戦った体験を語った。完全生命体という種は水冷式熱処理機構を内蔵している。
それを聞いたガロンが奇策を提案した。
「よし、奴にピッタリの対戦相手をあつらえてやろう。人造特権者だ! 製造のノウハウは後でおしえてやる」
「面白いじゃないの! おっさん」
玲奈が食いついた。
「わたしも戦闘世界文学をバンバンぶつけてやんよ!」
「その最中にこいつを太陽にぶち込んでやろうではないか」
ガロンが彼我絶縁体を掲げている。中二娘の悪乗りが目出度く伝染したようだ。彼は孫娘を見るように相好を崩す。
「おっさん♪」
「私は提督だぞ。ガロン提督と呼べ」
「いえっさー。ガロン提督殿☆彡」
中二病娘と中年指揮官は馬が合うようだ。アストラル・グレイス号はサジタリア海軍とブラックポロサスを引率することになった。
「いやはや、あんたの娘は二人とも頼もしい限りだな」
ガロンが誉めそやすと、シアは謙遜しながらもチクリと答えた。
「いえいえ。大洪水をおこすほどではありませんよ」
■ 西暦百五十三世紀 バハモードの時代
アラスカとシベリアが地続きになっている。
ベーリング地峡に巨大な防潮堤が築かれ北極海は巨大な汽水域と化している。この時代の入植者は海と陸にまたがって生活する両棲人だ。百五十五世紀に氷彗星がオーストラリア大陸に落着し隠龍水浸と呼ばる大幅な海面上昇が起きることが分かっている。
量子バックグラウンドシュリーレン迷彩を解くと夜光虫のように輝く海洋牧場都市群が見えてきた。
「滅亡が運命づけられた世界をどうして借りるのかしらねぇ?」
LCC−578ニケがグレイス号の直衛に入る。この辺りは富裕層向けの高級魚を蓄養しており、厳重な対空霞網が張り巡らされている。
「両棲人たちは地球規模の異常乾燥が起きる二百世紀まで綿密な五か年計画を練りあげているの。結果がわかってるからこその計画経済よ」
強襲揚陸艦スティックスが炭素繊維クラスター爆弾を超生産し各艦に転送する。ナノカーボン繊維を敵通信施設に散布し、超ウラン元素キャリホルニウムを起爆させて、核電磁パルス効果による誘導放射で回線を過放電(オーバーヒート)させる兵器だ。
キャリホルニウムの半減期は五分に満たないため、粒子加速器で作った「出来立て」を使う必要がある。
「さあ、元祖『あたし』、本領を発揮してちょうだいな」
シアはバレルのフレイアスター号に弾頭を送る。
「恨むんならガロンに矛先を向けてくださいよ。あたしだって好きで女にされたわけじゃない」
中佐は座席から立ち上がって乱れたスカートを直した。
眼下にミラーボールを半ば埋め込んだようなぎらつきが見えてきた。首都レビアタンは夜光虫の都を標榜している。シアはスティックスの視覚センサーを可視光からマイクロ波領域に切り替えた。
レビス語の国営放送が聞こえてくる。すでに市内では硝酸族率いる反政府勢力がテロを扇動している。バハモード文明が生産した養殖魚は各時代に輸出されてはいるが、それに見合う対価が得られていない。
むしろ、隠龍水浸後の入植者が、彗星由来の豊富な栄養素を用いて肥沃な土地で農畜産を行っている。バハモードの海産物は競争力を維持できない。
「宇宙だ! 宇宙にはバハムードの魚を欲しがっている市場があるはずだ。なぜ、進出しない?」
先が見えている政府に対して若年層が不満を募らせていた。
もちろん久遠の都当局も手をこまねいていたわけではない。各時代間の貿易協定を制定して価格安定につとめたが、利害調整が難しくなって移民政策は行き詰まりを迎えていた。
ダウナーレイスは影の存在であることをやめ、公然と宇宙船密造現場を空爆していた。幸い、厳しい摘発が奏功して抑圧された高まりは宇宙から当局へ向いている。
閉塞状況が続くうちに、抵抗をあきらめ精神世界に安らぎを求める層が出てきた。
「目標はレビアタンをカバーする送信所三つ、ここと、あれと、向こう側」
シアはニケとフレイアスターに座標を指示した。その直後、強力なレーザー攻撃が浴びせられた。
ニケがカーボン弾を近接作動させて周辺空域を不透明化する。
ぼっ、と炭素繊維が発火し、大気が爆ぜる。航空戦艦たちは高機動スラスターを吹かして成層圏に逃れた。
「まさか、あんなものがあるとは思わなかった」
シアは大出力の指向性兵器を放送に使う利点がどこにあるのか疑問に思った。
「ハッシェ、発射地点は割り出せた?」
「ばっちりです。さっきので位置把握しました。スティックスに詳細を送ります」
シアは三角測量で得られた座標に地形データを重ね、巡航ミサイルに飛翔コースを入力する。
「HARM弾頭をそのまま撃ち込んでも叩(はた)き落とされるだけですよ」
サブシステムが口出しをする。いくら巡航ミサイルが低空飛行で地形追随してもレーザー光線で射抜かれてしまうというのだ。
「そうね。ジェットフォイルを使うわ。バハムードの海に合わせて仕様策定・設計施工して頂戴。そっちの二人、聞いてたわよね?」「「諒解(ラジャー)!」」
ハッシェとバレルはシアの指示に従って、軍用艦を超生産しはじめた。
イギリス海軍の水中翼哨戒艇(ジェットフォイル)HMS Speedy P296をベースにしたミサイル高速艇である。
「艦載ミサイル高速艇、建造完了(プロダクトアウト) 投下します!」
「仕事早っ!」
シアは超生産システムの仕事っぷりに感嘆したのち、機体の高度をさげた。
満点の星を真っ黒な翼がさえぎった。巨大なパラセイルがふわりと花咲いた。それはエンドウ豆の鞘に似た梱包材を吊るしている。海面すれすれでロケットブースターが点火。着水のショックを和らげる。
カプセルが開くとミサイル高速艇が派手なしぶきをあげて、沿岸めがけて疾走する。右へ左へ蛇行を繰り返しレーザー攻撃を飛沫でかわす。
「うりゃりゃりゃりゃ~」
バレルが腰をくねらせ、おしりをふりふり舵輪を回す。対艦レーダー被照準察知。ふわっとスカートがめくれると、艇が鮮やかなスピンターンを決める。アンスコの三段フリルにうっすうらと透けたブルマ。崩れ落ちるビッグウエーブの向こうにレーザー光がほのめく。
「ふれーっ! ごーごー。れっつごー、はっしぇ♡」
ニケの艦長も負けじと脚をふりあげれば、海面がうねり、光条を散らす。
ルビー色の殺人光線はいつまでも続かない。砲身冷却の隙を狙って超音速巡航ミサイルが
「行っけーーーーーーー!」
シアがクルクルとぱんつ全開させて三回転ジャンプを決めると、ミサイル艇も水面に踊る。着水と同時にランチャーが噴煙をあげた。
ドガッ!
三角形の鉄骨を組み合わせた塔がへし折れる。
ドガッ!!
傘のようなアンテナが、がっくりとうつむき、光芒に包まれる。
ドガッ!!!
夕陽のように膨らんだ爆炎の向こうから首のない人体や鉄材が迫ってくる。
社会の木鐸が停波するとレビアタン市内は騒然となった。唯一無二の管制メディアが沈黙してしまえば流言卑語を止める手段はない。何を信じていいかわからなくなった人々の頭上に神々しい光が降り注いだ。
「あれは何だ?」
「何か空に書いてある」
「わからねえ。教師かお医者先生に見てもらう」
「星への道しるべだって?」
「おい、あのごちゃごちゃした数式はどんな意味があるんだ?」
「化学式よ。これって覚醒剤じゃない?」
「いい加減なことをいうな。これは……」
人々は魔紅茶(ビートラクティブ)の製法を手にした。
■ 久遠の都 地球永久機関総本部
「どこの馬鹿が化学式をばらまいてるのよ〜〜」
予想だにしていない事態に慈姑姫は頭を悩ませている。
「二百三十三世紀、六百十六世紀、三十四世紀で騒乱発生。密造事象艇による攻撃が横行しています」
慈姑小町のもとには各植民地総督から出動要請が殺到している。
「あの男しかいないわ。ガロンよ」
彼女はある総督からブラックポロサスの目撃情報を聞かされて確信した。
「幽霊船が出没しているっていうじゃない?」
慈姑姫が青ざめた。
どこかから文豪の哄笑が聞こえてくる。
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