出撃! 終焉時代討ち入り玉砕覚悟決死艦隊 !! 

 ■ 提督と婦人

 ガロン提督の参戦はある意味、予定調和だったのかもしれない。彼らアシッドクランは驚くべき作戦を引っ提げて木星を訪れた。あろうことか、敵の首領が住まう叢書世紀ウニペルシダスの太陽を吹き飛ばそうというのだ。この壮大な目論見に祖国を追われ、とことん迫害されたヤポネ人の狂気と気迫を感じるたのはアンジェラだけではないだろう。

「喜べ。貴様の探している『大量破壊兵器』を持って出頭しに来てやったぞ」

 ガロンはユーモアたっぷりに証拠物件を机の上に置いた。。

「それ、皮肉のつもりなの?」

 シアはムッとした。

「どうした? わざわざサジタリアの提督が自首しに来たんだ。現行犯逮捕してくれ。ほれほれ。わはは」

 提督がコツコツと叩いて見せる。それを見て玲奈がおやっという顔をした。

「これって彼我絶縁体じゃないの。おか~さんが違反だって認定した」

「うっさいわね。話がグダグダになってるけど、あたしはそんなこと一言も言ってないわ」

 シアは腕組みをして提督を睨む。目線がぶつかり合い、バチバチと火花を立てる。双方の隔たりは大きい。

「だから、大量破壊兵器になると言っているのよ。使いようによっては」

 アンジェラが両者の深い溝を埋めようと仲裁に乗り出した。

「そんなこと、いまさらどうだっていいのよ。あたしはねぇ! 裏切者呼ばわりされて……」

 シアは積もりに積もった鬱憤を一気にぶちまける。その背後から忍び寄る二つの陰。

「「ごるあぁ☆」」

 オーランティアカの姉妹は初めて保護者に反抗した。怒りのあまり真っ赤に充血した両耳にそれそれが掴みかかった。母親譲りの必殺エルフピッチが炸裂する。

「ひぎぃ! いたいいたいいたいいたいいたいいたいいt!!!」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「汝の敵を許せよ、だっけ? 『誰もいつかは霊魂喪失(ロスト)するんだから、転生先にまで恨みを繰り越すな』っつてたの、おか~さんじゃん!」

 長女に滾々と説教されてシアは黙りこくってしまった。真帆が提督と母親の言い分を丁寧に表計算ソフトにまとめて、双方の誤解だったという結論を導き出した。

 シアは包帯をぐるぐる巻きにしたエルフ耳を垂れて不服そうにしている。ガロンは悪びれる様子もなくブランデーボトルを取り出した。

「極上のヘネシーだ。呑むか?」

 彼女はたちまち態度を変えた。ガロンはシアを篭絡しようとあらかじめ大好物を携えていた。

「ありがとう~♪」

 子供のような声ではしゃぐ。

「現金な親ねぇ」

 玲奈が呆れたようにいう。

「彼我絶縁体は極端なボース・アインシュタイン凝縮物質なんだ。理論上、あらゆる確率変動を遮断する」

 玲奈がドヤ顔で蘊蓄を語る。調整次第でどんな波動も遮断するのので電磁波やニュートリノを寄せ付けない。究極の盾となりうる。

「局所的な『非現実』をリセットする最終手段として部分的なビッグバンを起こす際に逃げ遅れた人はシェルターに避難する。その建材に使うんだ」

 遼子がいまいましい露の都の事件を述懐した。

「報道バラエティで軍事評論家が純然たる防衛兵器だって断言してたよね。バンカーバスターの弾頭に使うとか盾にでもして殴り合うわけ?」

 猛将でもある真帆は建材の堅牢さを武器に出来なくもないと腕組みをしながらも、難色を示した。

「チッチッ。君たち本当にプロ軍人かねぇ」

 玲奈が厨二病をプンプン匂わせながら言う。「あらゆるものを反射するという事は強力なレーザー砲や動力炉の炉心に使える」

「ワームホールの壁にもなる。エキゾチック物質よ」

 真帆が付け加えた。

「それだけではないぞ」

 提督は満を持して画期的な用途を明かした。

「「「「「太陽爆破だと?」」」」


 ■ 二十世紀 バハマ沖 バミューダ海域

「アシッドクランは何を企んでいるのかしら」

 慈姑小町の眼前で大型船が掻き消すように消えてしまった。硝酸族はここ最近、目立った活動をしていない。そればかりか、拠点から撤収が相次いでいる。焦ったインガルフ上層部は全く着目されていなかった歴史的事件としてバミューダ連続消滅事件に捜査のメスを入れた。消失事件をワープ航法の実験だと決めつけて事象艇を差し向けたのだ。

 確かに硝酸族はそこにいた。しかし、彼らが何かを研究開発している兆候は見られない。鋭敏なセンサーでスキャンしてみても疑わしい物証がまったく検出できなかった。量子テレポーテーションなどの大規模な実験を行うならそれなりの動力源が不可欠だ。

 久遠の都当局は硝酸族攻略の天王山と決めつけて動力炉ホーミングミサイルなど決定打をいくつも準備して現場に赴いた。

「どういうことだ。モヤモヤとした雲しか見えない」

「確かに硝酸族と思しき人物が乗っているが……」

「これだけ海が荒れているにに微動だにしていない」

「どういうことだ。まるで幽霊船だ」

 工作員(ティークリッパー)たちはつかみどころのない相手に当惑気味だ。

「効いてる。効いてる」

 現場を指揮しているハッシェはおかしそうに笑いながらバミューダ海域の採取を始めた。大掛かりな彼我絶縁体で半径十キロの海を包み込み、時間軸方向に移動する。系統樹発射型弾道ミサイルの弾頭に消失事件そのものを流用するのだ。

「仕上げよ。戦闘世界文学【生存闘争の継続】『もっといい時代はあるかもしれないが、これは我々の時代なのだ。我々はこの革命のただなかに、この生を生きるよりほかはないのである』」

 彼女が朗々と術式を唱えると、波涛が昂ぶり、よどんだホンダワラの塊が渦巻いた。やむなく事象艇は成層圏へ退避した。その間にも量子レーダーが目標を追尾している。風が吹こうが槍が降ろうが見失うことはない。

「消えた……?」

「タイムスリップだと?」

 ダウナーレイス達は色めき立った。敵がついに時間渡航能力を獲得した。工作員たちは事象艇で時間軸を駆け下りていく。百年後、千年後、万年後……しかし、そこには青い海原しかなかった。

 ■ 終焉時代討ち入り玉砕覚悟決死艦隊


 木星で起きている策謀に久遠の都が気づかないほど愚かではない。しかし、アンジェラたちはクロノス火山をつかみどころのない存在に変えた。

 事実は小説より奇なりと言うが、その「度合い」を実際に計測した者はいないだろう。混沌と明晰の間には階層がある。あいまいさの哲学に数量的概念を持ち込んだのは木星の数学者たちだ。集合論の世界に現実の力学を当てはめて複雑性を計量可能にした。

 クロノス火口周縁部。赤銅色のドームが煌いている。まるで黄昏(たそがれ)のように空を染めている。カントール集合論機が威力を発揮して、この山を人類の埒外に置いているのだ。月面天文台から観測すれば木星大気が揺らいでいるようにしか見えないだろう。

「これが量子バックグラウンドシュリーレン効果? って、ひぁ☆」

 遼子はバサバサとはためくスカートを押さえた。

「星の光が大気で歪んでみえるように、わたし達は歴史の流れの中に独立した揺らぎとして存在している」

 メディア・クラインは崖に一歩足を踏み出して、吹き上がる風にスカートを揺らしている。

「歴史上の怪事件や都市伝説として括られる事件の背後には私たちが瓶除しているのよ」

「ウヒャ☆ 妖しさ満点……って、痛ッ」

 調子に乗った玲奈が母親に小突かれる。

「そう。ホログラムのようにね。集合論機械が頑張ってくれてる」

「作戦局長。ここに呼んだのは俺たち元男衆のぱんちらを拝むためなのか?」

 バレルが両膝を合わせて必死にスカートの裾をのばしている。

「エルフのぱんつなんかありがたみも何もないわ。服を破いてビキニ姿になるのに。何が恥ずかしいの。それに喜ぶのはオッサンだけよ」

 そういいながらも、メディアは鼻の下を長くしている。風向きが変わって速度を増した。

「恥ずかしがってないで術式を手伝ってちょうだい。心は男でも身体は立派な女子戦闘純文学者でしょう?」

 中央作戦局長は照れ隠しもあったのか、凛とした声で現場を引き締めた。

「いくわよ♡ そぉれ 戦闘世界文学【魅惑の磁力】『いかなる恋愛も性的興奮なくして存在しない。恋愛とは風をはらむ帆船のごとく、その粗野な力に頼る』」

 彼女を大声で術式を叫ぶと見本を示すように風がスカートをまくりあげた。ふりふりのアンダースコートからブルマの縫い目が透けて見える。

 雲海の向こうを黒い影が昇っていく。二十一世紀のロシア製第五世代戦闘機と可変翼機を混ぜたようなフォルム。サンダーソニア号だ。

「こちら終焉討ち入り玉砕覚悟決死艦隊。間もなくビートラクティブ燃焼(ブースト)を開始します」

 サンダーソニア艦隊は円筒状の大型飛行物体を引き連れている。形状はシリンダー型のスペースコロニーそっくりだ。あるコロニーは透明なガラスチューブに似ており、モスグリーン色の海にボトルシップが浮かんでいるようだ。

「ドイツの帆船フレア号、アメリカ海軍ピッカリング号、有名なメアリーセレスト号。うわぁっ、エルドリッジ号まであるやん!」

 玲奈がそうそうたる陣容を垣間見て猿のようにはしゃいでいる。

「あれはバミューダトライアングル消失事件の関連かな?」

 柊真が遠くに浮かんだ円筒を指さす。

「そうよ。バミューダ一式、あっちはクロスロード作戦ワンセットよ♪」

 アンジェラが見やるとシリンダーの中で原子雲が沸き上がり、戦艦長門が横転している。終戦直後にアメリカ軍が老朽艦や敗戦国から接収した艦艇を核実験の標的にした事件だ。その現場を切り取って封入してある。

「これが……系統樹発射型弾道弾……これが……発狂した人類の悪あがき。超世界三大バカやん!」

 玲奈が人類史上最大の愚行に崇敬の念を抱いている。

「つぎ、古代熱核戦争詰め合わせ。発艦します!」

 真帆の号令にあわせて遼子がすっくと立ちあがる。

「行きましょう! 戦闘世界文学【面腹背従】『すべての暴力は、戦うことなく相手を屈服させることは出来ようが、相手を従順にさせることは出来ない』」

 沸き上がる術式がプリーツスカートをまくりあげる。

 茶褐色の大地を内包したシリンダーが浮上した。中では飴のようにねじ曲がった奇岩が並び、核の炎が渦巻いている。そして厨二病者玲奈の作品であろうか、コロニーにでかでかと墨書した熨斗紙(のしがみ)が巻いてある。

 よせばいいのに、灰色の毛筆体で「呪 叢書時代総領 完全生命体様 御香典 忌中」と記してある。

「何の呪文?」

 シアが嫌な予感をいだきつつ長女にたずねる。

「健康長寿を願っているんだよ」

 しれっと答える玲奈。

「うそ! 悪趣味の極みよ。まぁ内容が内容だけにねぇ」

 アンジェラは苦笑を禁じ得ない。その昔、モヘンジョダロ遺跡後から放射能が検出され、超古代文明が核兵器でほろんだという仮説が立った。トルコのカッパドキア高原にも熱核攻撃で溶けたような奇勝がある。仕組んだのはもちろん言わずもがなだ。

 その事件をシリンダーに詰め、三億年後の世界にぶちまける。

「他にもずらりと取り揃えております! ご期待くださ……痛ッ!」

「ごるあァ!」

 シアが悪乗りしすぎる玲奈の耳をつねる。

「必殺エルフ耳つねり(えるふぴっち)~~!」

「痛い、痛い、おかーさん痛い~」

 母娘のいざこざを見守りつつメディアは目を細めた。やっといつもの雰囲気が戻って来た。玲奈主導の悪乗りが無くては調子が狂う。

「さあさ、みなさん! もうすぐ『とれたて! ぴちぴちムー大陸の沈没漬け&しゅわしゅわガスチャンバー和え!缶』が来ますよ」アンジェラが手を叩いて耳目を集めた。そして彼女はランチボックスを開けてホカホカのシチューをテーブルに並べた。

「何なんですか。アンジェラさん。そのネーミングセンス。それも査察機構伝統の悪趣味ですか!? あ、んまい!」

 遼子がスプーンを口に運ぶ。とろりと煮込んだ魚肉が舌と一体化する。

 閉じた阿古屋貝(あこやがい)のような巨大艦が雲間にあらわれた。

 シアは最大級の戦闘世界文学を揮った。

 ■ 父祖樹伐採計画

 フレイアスター艦隊の共同交戦システム空間には歴史年表と横倒しになった巨木が浮かんでいる。年表の右端は破りとられており、ヤポネの大洗礼が最後の事件として記されている。人類のあるべき歴史はそこで終わった。

 巨木は広げた巻物の途中から寄生するように生えている。その幹から水平に太い枝がわかれており、別の年表が横断幕のように垂れ下がっている。その左端は地球の誕生で右端は叢書世紀につながっている。ここにずらりと並んでいるのはアシッドクランとダウナーレイスの戦史だ。


「こんな目茶苦茶な『年表』、いったい誰が注文したんだ?!」

 軍神コヨーテが皮肉ると、冷ややかな視線がガロン提督に集中した。

「いや、私だって断腸の想いである」

 彼は父祖樹が寄生している部分を指さして反論した。その中には霧の都の量子空爆事件――慈姑王国とサジタリアが出会った日付が含まれている。

「俺、いやあたしだって忘れたいよ」

 遼子は胸を痛める。

「ユズハの事は案ずるなと言っているだろう」

「カミュの話は今は横に置いて。余計にややこしくなる」

 ムキになった提督をアンジェラがいさめる。

「そうだよな。お前は大洪水の張本人だもんな」

 チクリと玲奈が釘をさす。

「それを償おうというんだッ」

「やめなさい!」

 アンジェラが玲奈の頬をぶった。

 静寂と緊迫感がみなぎる。

「やるべきことは単純だ。寄生木(やどりぎ)を駆除するんだ」

 コヨーテが完全生命体を模した図に弾道弾のアイコンをいくつも重ねた。

 彼女の作戦はこうだ。遼子の報告によれば完全生命体は熱暴走の問題を抱えている。叢書世紀を弾道弾を着弾させ、盛りだくさんのイベントを発生させる。当然、完全生命体は対応に追われる。

 その隙を突いて別動隊が量子空爆事件当日を含めたダウナーレイス史の主要時点を襲撃する。

「硝酸族はサジタリア残党と共に各時代の独立運動を煽る。地球定期賃借権に不満な輩は多い」

 ガロン提督が楽しそうにブラックポロサスのアイコンを配置した。

「そして、重要なポイントはココよ」

 シアが父祖樹の上に広がっている人類史の年表を指した。

「1979年9月22日。プリンスエドワード島か!」

 遼子が素早く反応した。

「慈姑姫が初めてIAMCPに介入したポイントだ。ちくしょぉぉぉ!」

 慈姑王国の召喚計画さえなければ女にされることもなかった。遼子は床にへたり込んでぽろぽろと涙を流す。

「元の姿に戻れないのなら現状を受け入れるしかないだろう」

 女体化人生にかけては先輩格のコヨーテが遼子の頭をなでる。

「そうだよな。言うほどブスでもないしな……」

 バレルはスカートのポケットから手鏡を出して、前髪をかきあげる。

「あんたらみたいに割り切れない」

 悲劇のヒロインぶる遼子にオーランティアカの姉妹が噛みついた。

「女のどこが悪いの? まるで災難にでもあったみたい」

「そうよ。 女を馬鹿にするのもいい加減にしな! 馬鹿」

 ばか。ばか兄い……

 真帆が言い放った最後の二文字がバカ妹のイントネーションにそっくりだ。

『ばかあにい。いつまで泣いているの♡』

「ユズハ……」

 遼子はつい反射的に謝ってしまう。

「ごめん……」

 自然と涙があふれて、その後は言葉にならなかった。

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