奇想天外! 打倒父祖樹!! 系統樹発射型弾道ミサイル!!!

 ■ 運命の帰趨


 人類がどうあるべきか、自己決定可能であることは自明の理である。ただし、大宇宙の裁量が許す範囲に限る。その存立を危惧させる者は容赦なく抹殺される。その代表例がカミュ(と名乗る生命体)である。


 テラフォーミングが完了した晴れの海。酸素分圧は地球型生命体の呼吸に最適化され、平均気温も熱帯並みに調整されている。青空に君臨する地球を突き刺すように父祖樹が聳えている。その麓で慈姑姫が朗々と就任演説している。肌もあらわな妙齢の美女たちが居並んでいる。セーラー服をまとい、膝上四十センチのミニスカートから小麦色の脚をさらしている。

 そいつらはメイドサーバントと酷似している。ウルトラファイトの改良版だ。遼平が遼子に進化した際のデータを父祖樹が傍受して応用したのだろう。

 父祖樹はこの種族に恒穏種族ダウナーレイスと呼んでいる。


 月面の新国家「永恒」の首都は久遠の都と名付けられた。

 晴れの海のはずれ、ハドレイ・リルという渓谷に父祖樹は宿り、過去へ地下茎を、未来へ枝葉をのばしていった。


 久遠の都は完全循環型の自給自足社会を実現しているらしく、ノヴァ化した恒星の中心核からワームホール経由で資源を採掘している。

 街はずれに建設されたゲートからは続々と物資が吐き出され、重装戦艦が急ピッチで整備されている。人材はどうやって確保しているのだろうか。女ばかりの社会では人口が増えない。


 なんとダウナーレイス達は過去世界から不遇な女性を誘拐していた。男尊女卑社会で不幸な死に方をした女性は枚挙にいとまがない。殺される寸前に拉致工作したところで、顧みられることもなく、歴史に影響を与えにくい。



 その様子をタイムドローンが忸怩たる思いで監視していた。


「じ、人類は停滞を選ぶの?」


 遼子はじっと様子見姿勢のコヨーテに行動を促した。さきほど合流したバレルも責めるような目つきをしている。事象艇が嘔吐するようにバラ星雲に出現したときは遼子もさすがに度肝を抜かれた。


 サジタリア、ヴァレンシア、ハンターギルドの元軍人たちが運命のいたずらで一堂に会し、すったもんだの挙句、意気投合した。男は都合のいい生き物だ。ちょっとしたことで立場を越えてわかりあえる。コヨーテを挟んで遼子とバレルがむき出しの膝を突き合わせている。

「ちょっと、貴女達。ぱんつ見えてるわよ」

 シアがテーブルの下を覗き込む。フリル付き逆三角形が三つ。純白でまぶしい。

「「「ひぁっ?☆」」」

 三人は顔を赤らめて膝を閉じた。

「そ〜ゆ〜ガサツな所はオトコなのよねぇ」

 シアがプリーツスカートからフリフリのアンスコを翻しながら立ち去る。

「そ〜いう、女の矛盾した所も嫌いだ」

 遼子が挑発に乗った。コヨーテとの婦妻(ふうふ)喧嘩に慣れっこのシアはヒラヒラと手を振ってけん制した。ガチャリと後ろ手にドアを閉める。

「じゃあ、元男子同士でなかよくお話してなさいね」




 三人寄れば文殊の知恵というが、男が三人もいればものものしい。コヨーテたちはアンダースコートが丸見えになるのも気にせず、あぐらをかいて作戦会議に没頭した。


 そして、とんとん拍子に父祖樹伐採作計画をまとめあげた。


「『系統樹』発射型弾道ミサイルですってーー?」

 シアは思わず椅子から転げ落ちた。

 コヨーテが清書した計画書には進化の系統樹に流線型のミサイルがマジックで描かれている。それがあまりに悪筆なので、下品な連想を禁じ得ない。


 系統樹発射型弾道ミサイル! である。

 弾道弾と言えば波涛を突き破って明々と天空に這い上るSLBM(潜水艦発射型核ミサイル)を思い出す。

 彼女たちは進化の系統に弾道ミサイルを実らせようというのだ。その目標は進化の到達点である完全生命体だ。

 ユダヤ密教のカバラに登場する「生命の樹」がミサイルをたわわに実らせたイメージに近い。


「あまりに抽象的だわ。あたし、ちょっと男子っ娘(こ)の考えにはついていけない」

 シアはめまいを覚えてコヨーテに枝垂れかかった。


 彼ら、いや彼女らの考えはこうだ。ダウナーレイスの向こうを張って歴史に介入する。そして父祖樹を狙い撃つ兵器を地上に建設しようというのだ。それも歴史の裏で非常に長い年月をかけて準備する。

「月を壊せば済む話じゃない」

 シアは単純明快な代替案を示した。

「いや。そういう問題じゃないんだ。仮に拠点を一つや二つ破壊した所ですぐ再建するだろう。そこで敵の地元に発射台を構築する。灯台下暗し、だ」

「秘密結社か何かを組織するの?」

 悪戯好きな暁が目を輝かせる。

「それだけじゃない。進化系統樹型と言っただろう。ありとあらゆる生物に火種を仕掛ける」

 ページをめくると手書きのDNA螺旋があらわれた。

 コヨーテは全ての生き物が完全生命体に牙をむくように遺伝子をデザインした。遼子がテーブルの上にワインボトルを並べた。

「これが謀反遺伝子だ。地球上の全生物はたった九本分の塩基配列に収まるんだ」

「へぇ……」

 シアは思わず目を丸くした。

「ナビエ・ストークス方程式砲を使って歴史を整流する」

 バレルが自走砲にまたがって戦闘指揮所に入ってきた。

「そんなものどうやって造ったのよ?!」

「わたしは軍神だよ。兵器大好きオトコの執着心をなめてもらっては困るね。一目みりゃ仕様はわかる」

「一瞥しただけで模造するなんて!」

「それが男子力よ」

 コヨーテはシアにどうでもいいスキルを自慢した。ストークス砲で史実を修正し、宗教的妄信者や科学の目で物事を見ようとしたために迫害される少数派を支援するという。


「なぁ、メディア。男はなぜ空にあこがれると思う? 人はなぜ天を仰ぐ?」

「本性じゃないの?」

「俺たちが心を刺激するからさ」

 コヨーテはメディアの胸にピタリと砲口を向けた。


 ■ オーパーツの謎


 艦隊共同交戦空間にはきらびやかな表示で華やいでいる。それぞれのウインドウには激動の時代が映し出される。

 ある画面では肉体労働者が統治者の為に墳墓を築き、別の画面では錬金術師がありもしない物質を求めて実験を重ねている。これらの探究心はすべて三億年後の世界を狙撃する刃として実を結ぶ。


 人々は理解を超えた自然現象に神の存在を見出した。天を仰いで、祈りを捧げるたびに運命過流が沸き上がる。わずかな波動も漏らすまいとナビエ・ストークス方程式砲が忙しく首を振る。そのたびに目に見えぬエネルギーが人々の想いを軌道修正する。



「こんな物は在り得ない! 場違いな産物(オーパーツ)だ」


 泥炭層を調べた地質学者が頭を抱えた。とある時代に出土したのは自動車エンジンの点火プラグだ。堆積した地層は少なく見積もっても数億年前のもので人類が発生する年代とは大幅に隔たっている。

 この事件を保守的なアカデミズムは捏造として葬り去ったが、オカルト信者は喜んで取り上げた。こうして、時代、時代ごとに裏社会を築く下地が生まれ、やがてさまざまカルト結社が芽生える。


 タイムドローンを眺めていたコヨーテはガッツポーズを作った。ナビエ砲でセーターを編むように運命過流を丹念に操ってオーパーツを形作った。それに過去人が引っかかったのだ。



 ■ 人口火山 クロノス

 木星。 見開いた瞳に似た大渦があり、大赤班と呼ばれている。その下には堅牢な岩で出来た巨大な大陸があり、標高数千キロに及ぶ人工火山クロノスが聳えている。

 そこにはハンターギルドの兵器工廠があり、女子兵用のアンダースイムショーツの縫製から重機動次元航海惑星の建造まで幅広く対応している。



「進化系統樹発射型弾道弾の概念は平面上の蟻をイメージすると理解しやすいでしょう」

 アンジェラはサジタリアの虐殺を生き延びた航空戦艦達に講義していた。

 スティクス、サンダーソニア、グレイス、ニケ、ビア、エネンキにバレル大佐のフレイアスター号を加えた七隻。

 そこに航空戦艦シトラス・ジュノンが加わった。


「南総里見八犬伝かよ」

「言うと思ったわ」

 遼子のツッコミにアンジェラが疲れた声でフォローする。


 共同交戦システムにはサッカー場ほどもある一枚の方眼紙が描かれており、そこに一匹の蟻がいる。彼の上空に卵が投影された。それがゆっくりと降下している。

「さて、平面上の蟻にとって……」

 アンジェラが卵を方眼紙と交差させようとしたが、遼子に遮られた。

「あー。わかったよ。つまり、俺たち三次元人に置き換えると、いきなり何もない所に点があらわれて、膨らんで、消えるって奴だろ」

「うるさいわね。わたし、一晩かけてプレゼン用意したのに!」

 アンジェラはせっかくの苦労を台無しにされて泣き出してしまう。

「四次元球の交差と真逆のことをやろうってんだろ?」

 玲奈が鋭い指摘をした。

「いい質問だ。時間軸方向を立体視できる生物が仮にいたとして、我々の住む時空連続体を俯瞰すれば、パラパラ漫画を積み上げたように見える。そのど真ん中をくり抜いて別の作品を勝手にはめ込んでいくようなイメージだ」

 作業を監督するコヨーテがうなづいた。

「積み重ねたパラパラ漫画の山そのものが『爆弾』だとして、その爆弾はどうやって爆発するんです? どう機能するんです?」

 真帆が手をあげた。

「原発事故をイメージするといい。炉がメルトダウンしてジワジワと汚染が広がっていくだろう。さっきの四次元生物の視点では事故前から事故後まで、一揃いの事故現場写真に見える」

「その四次元生物が現場付近の時空を『くり抜いて』どこかへもっていくこともできますね」

「ああ、事故現場周辺の住民にとっては、原発が『急に消えて』しまうように見える」

「その原発事故を一式(デッキ)。カードゲームのデッキみたいですが。任意の時点にはめこめば、いきなり原発事故が出現することになりますね」

「さすが、三千世界最強の戦艦っ娘だ。その通り。デッキを一枚一枚丁寧に積んでいく必要もない。いきなりドサッと重ねることもできる」


 コヨーテ軍神は方眼紙上にチェルノブイリ原発事故の時系列写真をばら撒いた。

「ウヒャ! 何もない場所にいきなり大事件が起きるとか、鬼畜過ぎる」

 厨二病大好き少女が手を叩いて大喜びする。


「早い話が戦争なり大事故なり歳月をかけて起こしたあと、叢書世紀で再現するんですね。それが『弾頭』だと」

 シアがデッキをトントンと揃えて弾頭のようにうず高く積んだ。

「そうだよ。完全生命体は何が起きたか理解できないだろう」


「おか〜さんは何をやろうとしているの?」

 真帆が身を乗り出した。コヨーテの前に世界地図が広がっており、大西洋や太平洋に見知らぬ島が描いてある。

「ウホっ。それって失われた文明って奴? あれあれあれ、まさかムー大陸とか〜? レムリア、ゴンドワナ来たコレ」

 玲奈がノリノリで幻の大陸に地名を書き入れていく。

 真帆にじ〜っと睨まれてコヨーテは言葉を濁した。

「いや、まぁ……失われた文明というのは、つまり『そういうこと』だ」

「ひどい!」

 真帆は部屋を飛び出した。多感な少女には滅びた文明が兵器の弾として勃興され、消費されることに耐えがたいのだろう。

「人の命を何だと思って……と言いたいのだろうね。でも、ヤポネの大洗礼やニューエルサレム作戦の犠牲者に比べれば」

 コヨーテは顔を曇らせた。

「人は未来へ命をつなぐ礎(いしずえ)になることも時に必要なのですよ。あなた」

 シアがそっと手を握った。

「運命を、いや、父祖樹を呪おう!」


 軍神は歴史改変工作のために飛び立っていくドローンを静かに見送った、


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