明かされる陰謀

 ■遠大未来への懸け橋

 艦隊共有空間ログスペースが静まり返っている。

 延々と待つこと一時間余り。天候シミュレーションの結果にオーランティアカの姉妹は言葉を失った。

 加島遼平の背景に見られる僅かな減光は気象学的要因ではなく天文的な影響だという。

「もったいぶった言い方しないで、結論を聞かせて! 何かとんでもないことでしょ?」

 声を荒げた玲奈に、サブシステムは歯に言葉を着せぬ返答をした。

「あの部分だけ陽射しが弱まっているんです。輻射量の減少その他から推算して、極小期の太陽……西暦四万年ごろの日射と予想が一致します。あそこを照らしているのは、この惑星系の主星ではなく、太陽系の『太陽』なんです。それも未来の!」

「つまり……どういう事だってばよ?」

「部分的に異世界とつながっているのよ。あそこだけ未来の地球なのよ。お姉ちゃんも中二病者なら異世界召喚門が開いてる、ぐらい言ってよね」

 真帆の飛躍的な発想にさすがの玲奈も黙ってしまう。

「……異世界、か」

 それから六十分あまりも会話が停止したままだ。

「どうしたの? 二人とも」

 母親の星見シア没入インしてきた。

「おか〜さん、どう思う?」

 玲奈は今までの分析結果とサブシステムの見解を伝えた。

「お母さんは本当にタイムドアが開いたんだと思うわ。因果律すら捻じ曲げる量子空爆の影響かしらね」

「ひょっとしたら、ガロン提督はこれが狙いだったのかも」

 真帆の推測をシアが即座に打ち消した。

「量子爆弾は対象を波動関数であやふやにする。つまり、現実をリセットする兵器よ。白紙に戻すの。任意の書き換えなんて出来ない」


「――できるよ」

 玲奈が人差し指をピンと立ててドヤ顔で断言する。

「戦闘純文学者(ビジョナリー)ならね」

「サジタリア軍は漢の牙城でしょ? 重哲学者に現状を固定する術式はできないわ」

「それはともかく、加島遼平の関与は疑う余地はないの。本人をとっ捕まえて事情聴取しましょう」

 真帆は不毛な議論を打ち切った。

「タイムドアはどうすんのさ?」

 玲奈は問題解決の鍵を手放したくは無かった。

「様子を見ましょう。向こう側へ行って帰れる保証もないし。罠かもしれない」

 シアは慎重論を述べた。

「彼を探すのが先決よ。サブシステム、サジタリア軍の敵味方識別(アイエフエフ)装置に居場所を照会して。査察機構強制臨検権行使」

 真帆はサンダーソニアの強力な量子情報戦システムを駆使してヤポネの海軍通信網に介入した。

 とうぜん、部外者の開示請求は却下された。それでも豪腕が暗号鍵を力づくでこじ開ける。

「該当人物は戦時行方不明者扱いになっています」

 サブシステムが予想された回答を受け取った。

「そう来ると思ったわ。彼は生きているはずよ。味方の犠牲を良しとしないヤポネの侍魂に反しますからね。どこかに潜んでいるか、ヤポネのコンピューターが偽証しているのか、軍全体でかくまっているのか」

 シアは次の手を考えあぐねた。

「戦時行方不明って、いちおう書類上では死亡扱いじゃないけど、ほぼ戦死してるんじゃね?って事でしょ」

 玲奈は往生特急オリエントエクスプレスの乗客名簿を照会することを提案した。

 二十七世紀、人類が事実上の不死を得た時代。死人の魂は肉体を離れたあと高次元の惑星プリリム・モビーレに向かうことになっている。そこから新しいクローンボディに宿って再生する制度がある。亡者を回収するのは往生特急の女性客室乗務員ワルキューレだ。

「往生特急高速度交通営団は加島遼平の乗車を確認できないといっているわ」

 真帆が問い合わせると打てば響くように返事が来た。

「速ッ。ということは無事なのか」

「あるいは霊魂喪失(ロスト)したのか」

 玲奈の疑問にシアが言葉を重ねる。

 回収し損ねたり何らかの損害を受けた魂は幽子情報系という素粒子に分解して、新たな命の種になる。そうなると、もう再生は不可能だ。

「ねぇ。加島ユズハはどうかしら? 彼女を蘇生して遼平の人となりを聞けばいいんじゃ?」

 真帆のひらめきに二人は賛同し、いったん惑星プリリム・モビーレを目指すことにした。

 ■ ウルトラファイトの逃避行

 実戦想定テストに勝利した遼平たちは、たちまち妖精王国軍の追撃を受けることとなった。

「つか、どうすんだよ。コレ」

 大の字にのびた女子高生が両手を引っ張られて、ずるずると地面を滑っていく。プリーツスカートが派手にまくれあがり、砂だらけの濃紺ブルマーが砂漠に緩やかな溝をつけてく。

「まったく、いちいち魔力を消費するたびに倒れられたんじゃ困りものだわ」

 アバター小町が魔王を引きずりながら愚痴る。

「ゲバルトの魔法はとうぶん奥の手に取っとくか……って、おおっ?」

 遼平の眼前にキラキラと輝くウインドウが開いた。景気よくファンファーレが鳴り響き、経験値の清算とレベルアップが宣告された。

「攻撃系のスキルとパラメータが追加されたようね。気休めにもならないけど」

 アバター小町は興味なさそうに一瞥した。

「で、これからどうすんだよ。このウルトラファイトの体のまま王国軍とやらに追われる人生なんてごめんだ」

 遼平は復讐するはヴァンパイアにありと不満を漏らす。

「姉の魂胆は判っているわ。ウルトラファイトを王国軍に差し出して自分たちはさっさと逃げるつもりよ」

「逃げるってどこへ?」

 小町はじれったそうに答える。

「召喚ゲートのむこうに決まってるじゃない。惑星露の都の露の都、ああややこしい。国号と首都の名前が被ってるのよね――とにかく、そこの郊外。あなたがヴァンパイアどもに襲われた丘に出口が通じているのよ」

「二十七世紀に行ったところでどうにもならないだろ。四万年後の世界から落ち延びてきましたと言うのか?」

「受け入れ先は確保してあるわ。IAMCPよ」

「何だそりゃ?」

 小町が言うには、扉の向こうに慈姑を支持する人間たちがいるのだという。その一つがIAMCPだ。

 IAMCPというのはインターナショナル・アソシエーション・オブ・マイクロソフト・チャンネル・パートナーシップ。つまり、マイクロソフト社が設立した任意団体の一つだ。主にB2B、企業間のIT取引を促進するために様々な割引特典や交流の場を設けている。いわば、つながりの緩い親睦会のようなものであろうか。二十世紀ごろに発足したそれが二十七世紀ではフリーメーソンやイルミナティのようなちょっとした影の勢力に育っている。

「そういえば、お前たちの使っているパーソナルコンピュータ、あれのOSはウインドウズだよな? さっきのステータス表示も」

「ええ、わたしたちは前にも話したように召還計画のドナーを過去のコンピューター技術者たちの潜在的意識を通して探していたの。その過程で感受性の高い人々と意思疎通に成功したわ。彼らの何人かは慈姑の計画に賛同してくれた。きっと快く受け入れてくれるはずよ」

「そういう背景だったのかよ! まてよ? だったとしたら、召喚呪文にウイルスを仕込んだ奴って?」

「あまり考えたくはないけど、IAMCPの反主流派か、IAMCPや慈姑に反感を持っている勢力が送り込んだのかも」

「はっきりさせるためにも二十七世紀に戻らなきゃな」

 遼平が異音に気付いて振り返る。

 爆発炎上する砂漠の地平線から雲霞のごとき一群が飛来してくる。

 ウルトラファイトの索敵能力が反応し、目標をズームアップする。同時に敵味方識別と戦力評価を行う。

「妖精王国の近衛師団よ。航空勢力、戦略爆撃ワイバーン、および竜騎兵装甲制圧仕様。ガチでやり合うつもりだわ」

 小町が深刻そうな顔をする。

「まず、戦わなきゃな、この現実と!」

 遼平は魔王を叩き起こした。


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