ずっこけ転生三人娘とウルトラファイト――えっ?魔王も女の子?

 ■終局焦土戦用特化超人型装甲歩兵樹(ウルトラファイト)

 王立庭園の一角に瘴気がムンムンと満ちている。

 ぶくぶくと泥濘(でいねい)が湧きたっていた。それぞれの表面が血走っている。近寄ってみると、毛細血管の一本一本が細かく脈動していて「それ」が生きている証しをしめしている。

 やがて、あぶくが急速に凝縮して濡れそぼった陰茎のようなものが、いくつもそそり立つ。

 それらはムクムクとくびれて、人の形を成していく。

 顔となるべき部分にクワっと三つ目が開き、虹彩に大勢の女性が映し出される。慈姑姫とその一行は、沼のほとりで人造人間の誕生を固唾をのんで見守っていた。

「どうやら起動に成功したようです」

 慈姑小町が太鼓判を押すと、背後から溜息の合唱が聞こてくる。

「ウルトラファイト、呪われし運命の子らよ」

 慈姑姫は声をふるわせて何度もかぶりをふる。小町が陛下に実験成功のお墨付きを得ようとするが、とても直視できる心境ではなかった。

 そうだろう。

 これらの制御中枢を製造するために生娘の脳髄が使われたのだ。素材となったのは言うまでもなく優秀な女魔導士たちだ。せめてもの救いは、大脳の培養にめどが立っていることだ。量産化に成功すれば慈姑の乙女が犠牲になることもない。


「罪悪感に苛まれている暇はありませんよ。『人型装甲歩兵樹の拠出を以て、妖精王国に対する義務は完遂した』。そう宣言なさってください」

 小町は眼前の不幸より輝かしい未来に目を向けろと叱咤した。集団的自衛権を盾に妖精王国の兵站を担うのはもうたくさんだ。ウルトラファイトの自動製造プラントを残して、慈姑王国は召還門のむこう――二十七世紀という異世界に脱出する。

 慈姑姫は背徳感に押し潰そうな自分を臣民に対する責任感で奮い立たせた。

「慈姑の女子たちが平穏無事に生き残れるなら、なりふり構っていられないわ。そうですよね、父祖?」

 彼女は餞別がわりに同意を求めた。シャーマン将軍の木は、ただ静かにそびえ立っていた。

 ■ 加島遼平の行方とゴーゴニック症候群

「青天の霹靂」衛星裏面ナイトサイド

 サジタリア海軍の目を盗んで遮蔽装置ステルスを纏った航空戦艦たちが密談を交わしている。

「狙撃兵の加島遼平のことだけど……」

 サンダーソニア号の生体端末メイドサーバントこと熊谷真帆(くまがいまほ)が艦隊共有空間ログエリアに没入(イン)する。VRMMOを彷彿させる仮想世界ワールドで、作戦会議や情報共有はここで行われている。

 彼女の周囲にはサンダーソニアが撮った地表画像が写真乾板のように並べられている。どれも量子塹壕シェルター付近の空撮である。

 問題点は遼平が落としたと思しき背嚢ザックである。散乱している荷物の中に女性用の衣類が混じっていた。それも一枚や二枚ではない。

「女装癖(オカマ)か小児性愛(ロリコン)かしらね……と斬り捨てたいけど、不審な点が数カ所ある」

 三島玲奈が揶揄しつつも、画像の一つをドラッグした。紙屑の様に丸まった濃紺ブルマーのネームタグが拡大する。

「ユズハって、遼平の妹よね? ゴーゴニック患者だっけ」

 真帆は査察権限を行使して診療情報カルテを開示させた。

「筋萎縮側索硬化症の一種で体が麻痺する病気よ。でも、車椅子の女の子をわざわざヴァンパイアが襲ったりするものかしら?」

 玲奈はユズハの死を他殺だと言いたげだ。

「遼平は妹を溺愛していた。復讐の鬼と化すのは明確。だから、軍に志願するよう仕向けた。確かに引っかかる部分はあるけど、問題は誰得っていうこと」

 真帆は発想を飛躍させる姉の厨二っぷりに感心しながらも、冷静に判断した。

「ガロン提督のシナリオよ。遼平をシェルターに追い込んで自爆させるための。あいつがヴァンパイアだとすれば説明がつく」

 玲奈はサジタリア軍から徴発した偵察衛星の映像を再生した。無数の吸血鬼どもが一人の少年兵をじわじわと追い詰めている。

「ちょっと、停めて。今のコマを逆転してみて」

 マウスカーソルを真帆が奪って、遼平の背後を拡大する。輪郭が荒くなり、ピクセルが見て取れる。

「お姉ちゃん、この部分。おかしくない?」

「何が?」

 指摘されて玲奈が目を凝らすと画像を切り貼りした様な個所がある。矩形の境界が、あきらかにコントラストが違う。

「局所的にこんなにも極端に日照りが違うなんて有り得るのかしら。雲一つない青天でしょ。真帆、当時の気象データを」

「サジタリア海軍が改竄してるかも。サブシステム、今現在の雲の動きから逆算してみて」

 《惑星規模のシミュレーションには演算時間を要します。しばらくお待ちください》

 ■ 魔王と一緒に転生?

 三人が混然一体となった瞬間、いきなり世界が崩壊した。

「「「うわ〜〜〜」」」

 ないまぜになった魂が新しい肉体めがけて一気になだれ込む。

 …

 ……

 …………

 不随意な転生に遼平は怒りを禁じ得なかった。浅薄なラノベ作家が「中世ヨーロッパ風」とお茶を濁すが、正確にはルネサンス期に相当する文明で赤ん坊からやり直すつもりもない。

 何よりも、ユズハの命を奪った理不尽さそのものが彼の討伐対象なのだ。無意味な人生に費やす余裕はない。

 ブウン、と籠った震動音が体の奥底から聞こえる。同時にガリガリと不快な金属音が鼓膜を揺さぶる。

 ガッガッというノイズにくぐもった会話が混じる。異国の言語で意味まではわからない。そして、電子音。

「何なんだよ。雨漏りしそうな安普請で揺り籠デビューするんじゃないのかよ」

 乳児に生まれ変わった筈だと思い込んでいた彼は近代的な環境音に戸惑った。ここは中世でなく退廃的な未来世界なのだろうか。

 脳裏に明朝体がギラギラと光っている。


【主観覚醒】

 右舷三十三度に赤外線反応。対物狙撃銃による測距照射感知。即応します――。

 ブルブルと両肩が震え、視界の隅に空の薬莢と肉片が見える。

「いきなり、どういう事だってばよ!」

 遼平の叫びは電文となって後方へ飛んだ。

『やっと起きたのね。そんなに遅延(ラグ)いと殺られるわよ』

『おはようございます。遼子姫様』

 小町とゲバルトの声が内耳に響く。ひび割れてガサガサした擦過音。

 遼平が後ろを見やると、グンと身体がつんのめった。いきなり視界が開け、赤茶けた大地が逆さまに降ってくる。

「ぎぇーっ!」

 彼がのけ反ると、砂漠が横転して直射日光が眼球に突き刺さった。そして、一瞬、白いぱんつ――らしき物がチラリと頭上を過った。

『ウホっ☆彡 ご覧あそばされましたね? 姫様』

 ヘリウム吸引直後のような声がする。その方角に首を振るとミニスカートを履いたエルフ女が現われた。傍らの神殿跡に寄りかかっている。その背は尖塔よりも高い。ユズハが着ていたセーラー服に似ている。露出した部分に防具やらミサイルランチャーやらを着けている。

「ちょwwwおまwww、もしかして魔王なの?」

「もしかしてもしかしなくともゲバルト三世にございます。そういう姫様こそ」

 遼平は四肢をばたつかせて自分の身なりを確認してみた。

 まごうことなき紺色の長袖冬服セーラー。くるっと腰を巡らせば、ひだスカートがワンテンポ遅れて太ももに纏わりつく。その影が廃墟の街を覆い尽くす。

「げっ、またもやオンナノコ……」

 しかも、どこをどう転生し損ねたのか巨人の女子高生である。身長はゆうに十メートルは越えているだろう。おまけにエルフ耳と来た。

「す、すてぇーたす・ゐんどぉ」

 涙声で虚空を叩くと砂漠の果てまで文字がひしめいた。

「職業:超人型装甲歩兵樹ぅ? もう、わけがわかんねぇよ」

 頭を抱えてうずくまる遼平の前に、ふぅわりとプリーツスカートがひるがえった。ブルマの裾から色違いの布がはみ出ている。

「変なところに照準しないで! 遼平、これは姉が研究していたものよ。わたしたち、ウルトラファイトに転生したみたい」

 巨大小町がワイヤーワイヤーした前髪をかきあげる。

「魔王もかよ!」

 遼平が背後に視線を投げると、ゲバルト三世がスカートの端をつまんでおじぎしてみせた。

「あれを見て!」

 小町がミミズ状の指で示した場所に巨大なロボットがじっと佇んでいる。

「慈姑姫の実験体と言ったな? じゃ、ここは兵器試験場か何かか?」

「ずばり、ウルトラファイトの実戦想定テストだと思……」

 言い終えぬうちに、小町が遼平の腕を力強く引っ張った。シュン、と高速飛翔体が飛び去っていく。

「魔王ーー。逃げてーーーー!」

 小町が注意喚起する方角に白煙がいくつも伸びていく。その火元はさっきのロボットだ。

 ゲバルトは湧き上がるキノコ雲の間をジグザグにすり抜けていく。

「野郎、火力支援タイプかよ! 何か武器は無いのか?」

 遼平は寄り添っている小町に打開策を求めた。

「探してるわよぅ」 言われた側が必死でウインドウを繰っている。

 いつの間にか調べ物は彼女の担当になっている。似合いのカップルだ。

「だめよ。近接特化型の装備しかない。防具は……抜群なんだけど、打たれ続ける仕様じゃない」

 小町は目を皿のようにしてステータス表示を睨んだままだ。

「駄目ってこのままじゃゲバルトが死んじまうだろうが!」

「どうやって、遠距離射撃に耐えるのよ?!」

 遼平はドンとウインドウに手をついて、小町を見据える。

 互いの瞳に瞳が映える。

 遼平は照れ臭くなって反射的に視線を落とす。小町の乱れたスカートが嫌でも目に入る。

 巨大化してエロ成分が増量したムッチリふともも。

 めくりたい。そっと、めくって下に履いているブルマーを……。

「――! そうか! 閃いたぞ」

「ひゃん☆彡!」

 遼平が小町のスカートを盛大にまくった。勢い余って彼女のスカートがすっぽり脱げ落ちた。

 カンカンになって怒る小町を横目に、遼平は奪い取ったスカートをひらひらと振る。

「おい、魔王、聞こえるか?」

「――なんと破廉恥な!」

「ハレンチでも何でも生きのびりゃいいんだよ。お前、レベル1マジックが使えたよな?」

「いきなり、こんな時に……ウギャ!」

 通話に気を取られた魔王がつまずいた。その数歩先にミサイルが着弾する。

「わ、わたくしめを殺す気なら一思いに……」

「メンゴメンゴ」

 遼平は逆上する魔王に起死回生の一策を教えた。

「た、たしかに【浮揚】はこの身体でも使えるようですが、そんなハシタナイ真似を……」」

 もじもじと身体をくねらせるゲバルト三世。敵は千載一遇の機会を逃すまいと、動きを止めた獲物に残弾を叩きこんだ。

「今だ!」

 遼平が小町の背中を踏み台にして、いっきに宙を跳ねる。ミサイルを撃ち尽くしたロボットに対空火器は残っていない。遠距離支援特化型であるゆえに、無駄な近接武器は備えていない。

 遼平はロボットにしがみつき、徒手空拳でこれを倒した。

 敵のあがきが空を焦がし、ゲバルト三世に襲い掛かる。

「魔王、キャストオフだーー!」

「きゃ、きゃすとおふ……で、ございますね?」

 彼は戸惑いながらもスカートのファスナーを緩めた。

「そぉれ、【浮揚】☆彡♪」

 恥ずかし気な掛け声とともに、魔王が脱ぎたてスカートを煽る。

 魔力で加速された風が迫りくるミサイルを吹き散らした。

 遼平は呪文の浮力を利用して反対方向に跳躍する。着地と同時に地面にふせる。

 カッ!

 閃光と爆炎が砂漠をえぐり取っていく。

 もうもうと噴き上げる黒煙を遠目に妖精王国の官吏たちがわなないていた。

「く、慈姑のビッチめ。とんだ不良品を寄越しおって」


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