誰得のハッキング

 ■ サジタリア海軍旗艦

「ビッチどもめ、派手にやってくれおったわ!」

 ガロン提督は怒り心頭である。サジタリア軍のセキュリティーシステムは自己憐憫に陥っていた。防御担当AIはやすやすと査察機構の侵入を許してしまった恥を忍んで自爆装置を起動させた。旗艦からサーバー一式が排出され、宇宙空間に閃光を放つ。

 ハンターギルドの通信を傍受していた士官が血相を変えて駆け寄った。

「提督、奴らは本格的な査察を行うようです。この星に対して大量兵器査察官(モビックハンター)の総動員令が掛かりました」

「バレル大佐、我々は大量破壊兵器(モビック)などという忌まわしい物は隠匿しておらん。そうであろう」

「はい。彼我絶縁体がヴァンパイアどもの手に渡る懸念があったから査察を依頼したのであります」

 実際にはサジタリア海軍自体が既に掌握されているのだが。

「ならば、何も隠すことは無い。全宇宙に包み隠さず査察状況を公開しよう。逆に査察機構のなりふり構わぬ傍若無人ぶりが明るみに出よう」

 正規の罪状刑罰主義に基づかないハンターギルドの強制捜査には昔から批判がある。ガロン提督は世論に訴えて査察制度を社会的に葬ろうというのだ。

「了解しました。量子チューブ社(キューチューブ)、ファイファイ動画、量子ストリーム、Qキャスその他、超光速動画ネットワークに取材要請を行いました」

 スキャンダルネタに飢えていたゴシップニュースサイトがたちまち食いついた。その一つが、いち早くスクープを流した。

 惑星露の都に大艦隊が派遣されたというが、その実態をどこにも捉えられないというのだ。玲奈の工作が早々にばれてしまった。

「これは面白い。メディア・クライン中央作戦局長の土下座会見が楽しみだな」

「そうですね。どう苦しい釈明をするか、見ものですな」

 バレルとガロンは悪役らしい引きつった笑いを交わした。

 ■ 慈姑王立植物園

「妖精王国から苦情が来ています。ウルトラファイトが脱走したと」

 慈姑姫は小町のうわずった報告を聞いて耳を疑った。

「あいつら、そこまで自律する知能が与えられているの?」

「まさか。反乱されては困りますから」

「じゃあ、なんで王国の火力支援ロボットを倒した後、逃走するのよ」

「わからない。大脳記憶転写の際にウイルスが混入したのかも」

「ウイルス、ウイルス、またウイルス! 何でもウイルスに責任転嫁してんじゃねーよ!」

 他人事のように反応する小町に慈姑姫は柄にもなく声を荒げた。

「ウルトラファイトの量産工程は独立しています。いかなる魔術的、旧科学的ネットワークにも接続しておりません」

 工場長が経路図を示しながら反論した。

「スタンドアロンの環境で人格が侵入する可能性を列挙して!」

 いきなりそんなことを言われても。小町は姫にぶつぶつと文句をいいつつも、原因を検討した。

「誰かが召喚勇者の魂を招き入れたか、偶発的に憑依されてしまったのか」

 少女が考えあぐねていると、姫がハタと気づいた。

「そうだわ。召還計画のエラーメッセージ。あなたのアバターと遼平はどうなったの?」

 王宮前広場の暴動から逃げ出すのが精一杯ですっかり忘れていた。今ごろはとっくに機材は破壊しつくされているだろうが。

「万一に備えてこちらにもバックアップがございます」

 気を利かせた工場長が同じ環境のパーソナルコンダクターを用意してある。エラーメッセージが表示されたままだ。

「工場長。この状態から復帰できるかしら?」

 慈姑姫が期待に胸を膨らませながら尋ねる。

「エラータスクを落とせばいいんですよ。タスクマネージャーを開いて……これですな。悪さをしているタスクは」

 彼はいともたやすく忌まわしい無限ループを断ち切って見せた。

「はい、お姫様がた。問題は片付きました」

 ひょろ長い青年が逞しく見える。小町と姫はキャアキャアと喜んだ。

「ちょっと!」

 女の感情は長続きしない。小町は画面を見るなり言葉を失った。

 アバター小町と遼平が忽然と姿を消していた。

「ていうか、絶賛量子空爆中じゃないの〜〜」

 二人の潜んでいた量子塹壕(シェルター)は跡形もなく吹き飛んでいた。

「という事は、彼らの魂がウルトラファイトに転生した可能性は大いにあるわね。問題はあと一体」

 いいながら、慈姑姫は苦情の中身を吟味した。脱走したウルトラファイトは全部で三体。誰が宿ったのだろうか。

「数が合わない。召喚経路から魂が漏れた説は矛盾するわ」

「それより慈姑姫。妖精王国はそうとうお冠よ」

 小町は千里眼の術式を発動して空中に勢力図を投影した。妖精王国の近衛師団が慈姑の首都めがけて大進撃を開始した。

「て、いうかいつの間に魔法が使えるようになっているの?」

「はい、つい、今しがたです。というか二時間ほど前からでしょうか。精密加工魔法を要する工程がいきなり再開しました。わたしもびっくりしました」

 工場長は思い出したように驚く。

「これも誰かのハッキングの仕業なの? もう、こんな騒動を起こして何が楽しいのかしら?」

 慈姑姫は一連の騒動に眩暈を覚えた。ヘナヘナと床にしゃがみ込む。

「確かに誰得だわ」

 悩み疲れた小町が気分転換に窓を開けた。

 シャーマン将軍の森が赤々と燃えていた。

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