転生の神様――来ル――?

 惑星露の都に閃光が輝いた時、航空戦艦サンダーソニアは大気圏内を音速飛行中だった。加島遼平の足取りを追うべく合成開口レーダーで地上の詳細なマッピングを行っていた。


 彼の背嚢であろうか。失踪地点からもっとも近い量子壕のすぐ傍に遺留品を発見した。サンダーソニアの|生体義躯端末《メイドサー

 バント》こと熊谷真帆は艦の高度を下げた。

 その時、遼平のぱんつが炸裂した。


 サブシステムが作業に没頭していた真帆になりかわって危険を回避する。

 右舷翼下パイロンの短ワープシステム「シトラスのそよ風」を起動。自身でなく、爆風を大気圏外へ空間転移させる。


 半径数キロが瞬時に真空となり、あらゆる地上物がカラカラに乾燥した。そこへ外気がどっとなだれ込む。

 激しい空気分子のうねりは、量子壕から飛び散った彼我絶縁体をめちゃくちゃにかきまぜ、確率変動の台風を生み出した。


 爆発に巻き込まれた遼平と小町アバターはどうなったか。もちろん、苦しむ間もなく蒸発した。


 しかし、シトラスのそよ風に巻き込まれた際、衝撃波がせめぎ合って台風の目ともいうべき安定空間を築き上げた。そこで彼らの精神パターンは奇跡的に「生きて」いた。



「――?! こ、ここはどこなんだ? 足元に雲が渦巻いている?! お、俺たちは死後の世界に来ちまったのか?」


 遼平はすっかり女らしくなった声をうわずらせた。


「こうして意識があって五体も揃って会話できるのに『死んでる』なんて矛盾しているわ」


 小町は動じる様子もなくふわふわと空間を漂っている。人間を模倣した人工生命体は死に対する本能的な恐怖を感じるほど精巧ではないのだろう。


「わたし、知ってるわ。こんな状況。似たような展開を知ってる。次に何が起きるかも。太古の昔にはこんなこと茶飯事だったんですって」


 遼平は少女のあまりの落ち着きぶりに悪辣な意図を感じ取った。


「この野郎! 何か仕組んでやがるような口ぶりじゃねえか」


 凄んではみるものの、鈴を転がすような可愛らしい声色に自分でも拍子抜けしてしまう。



「わたしは何もしてないわ。既視感があると言っただけよ」

「ほうら、やっぱり知ってるんじゃねえか。何をやらかした?」

「人の話を聞かない子ね。わたしたちが置かれている状態は『異世界転生』ってやつよ」

「何だ? そりゃ」


「それより、あなた。前を隠したら? 神秘の洞穴が丸見えだわ」


 小町のアバターは遼平の下半身に視線を這わせた。


「何なんだよ。洞窟って……」


 彼女の視線につられて遼平は自分の局所を見やった。両手をピタピタと這わせて「存在」を確認する。


「無いっ! やっぱり無いっ! うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 上へ下へあられもない恰好で飛び回る遼平を横目に小町は肩をすくめた。


「TSテンプレってお約束なのかしら。この勢いじゃそのうち神様が来るかもね」

「一人でワケのわからねぇ専門用語並べてないで、どうにかしてくれよう」


 目じりに涙をきらめかせる遼平は鼻筋が通った美少女にしか見えない。


「四万年ほど前の地球で流行った『ライトノベル』という読み物に紋切り型の構成があってね……」


 小町は遼平にテンプレとは何ぞやを講釈した。

 喜怒哀楽、めまぐるしい反応を交えつつ聞き入ったあと、彼は深いため息をついた。


「……西暦四万年の妖精王国かよ。とんでもない世界に来ちまったもんだな。おまけに俺はオンナノコ」

「そんな事より、ここからどうにか脱出しないと本当に死んでしまうわ」


 小町の顔に焦りが見える。遼平が彼女の視線を辿ったその先に、目を吊り上げたおどろおどろしい形相の魔人が立っていた。彼は指の関節を鳴らしながら二人をねめつけた。殺す気満々である。というか、鮮血にまみれた幅広の剣を振りかざし、戦闘態勢に入っている。


「神様じゃなくて魔王が降臨するなんて、斬新すぎるわ」


 小町は逃れられない死を受け入れ、がっくりとうな垂れた。


 ■ 露の都上空


 サジタリア海軍の脱出艦隊と航空戦艦の間で激しい言葉がやり取りされている。


「ガロン提督。ヴァンパイアどもには量子鍵が渡ったのではなかったのですか?」


 シア・フレイアスターこと、小笠原星見(おがさわらほしみ)査察官は量子壕の爆発がヤポネ側の意図的な行為であると断定し、納得いく説明を求めた。事前に起爆信号が送信されており、遼平の海水パンツに仕込まれた信管が発信源だというログが残っている。


「あくまで可能性だ。その為に貴君らに捜索を頼んだ。加島少尉を失ったことは遺憾であるが、他残留者に生存の望みが無くなった以上、心おきなく反撃できる。敵に軍事機密が渡らなかったことは僥倖とし、勝利の足掛かりにしよう」


 提督は両眼を見開き、しっかりと現実を見据えた。


「あんなこと言っちゃってるけど……」


 アストラル・グレイス――三島玲奈(みしまれな)は秘匿回線で妹に呼びかけた。


「ガロンは最初からあたしたちを始末する意図が見え見えなのよ」


 三千世界最強の海軍鎮守府探題、サンダーソニアが腹立たしげに答える。


「危ないところだったが、貴君らはギリギリまでよくやってくれたよ。報酬は弾むとしよう」


 提督は手仕舞いというか、さっさと厄介払い


「そんなこと言って後ろからズドン! じゃないでしょうね」


 玲奈が小声で揶揄すると、グレイス号の調教回路に電撃が走った。


「いた、いたた、お母さん、痛い!」

「聞こえたらどうするのよ! ああ見えてもお客さんなんだからネっ。秘匿回線は完璧じゃないんだから!」


 星見が「お仕置き信号」を流したのだ。航空戦艦ライブシップは生きている宇宙船であり、距離を隔ててサイコリンクしているとは言っても、メイドサーバントの身体の延長線上にある。感覚を共有している。調教回路は彼女たちが生身の人間から「宇宙怪獣」と差別されていた時代の名残である。


 背後から撃たれることもなく事務的な交信がつつがなく完了した。最後に星見はチクリと付け加えた。サジタリア軍の労働安全基準に関してヤポネ厚生省に問い合わせる、と。


「よろしいのですか? 」


 副官は高次元空間に入るハイパードライブ航空戦艦を見送りながら不満を漏らした。


「ふん。どのみちハンターギルド本部が首を突っ込んでくる。そうなったら、こちらのペースで事は運ぶ。バレル大佐、奴らに鈴をつけておけ」


 提督の命令通り、サジタリア艦隊旗艦から素粒子サイズのドローンが射出された。フレイアスター号のハイパー渦動に紛れてまんまと機体に付着する。


 ■ 慈姑王城広場


 喧々諤々(けんけんがくがく)。

 権力者慈姑姫に非難と同情が集中していた。命運をかけた国家プロジェクト「召還計画」は予想外のシステムトラブルに見舞われ失敗に終わった。

 過去の世界から生きのいい精液を採取し、IPS細胞から作り上げた卵子を人工授精させる方法で徴兵を回避するという非倫理的な方法を自然法則が拒絶したのであろう。成功を信じて集まった支持者たちは手の平を返すように批判する。


「待ってください。召喚システムにウイルスが混入するという不測の事態を必ず克服……」


 慈姑小町の弁明は聴衆の怒号にかき消された。我が子の徴兵はもはや必定。将来を案じて毒を飲む母娘が出る始末。落胆を破壊衝動で隠そうと観衆の一部が実験装置に投石をはじめた。暴動に備えて魔法を無力化したり、物理攻撃を防ぐ結界が張り巡らされてはいるが、集団の一斉攻撃に耐える仕様ではない。


 慈姑国に並ならぬ期待を寄せていた周辺国家は投資金の返済や引き上げを求めたり、挙兵を宣言するなど動揺が広がった。


「脱出しましょう」


 呆然自失する慈姑姫を女性兵が促した。その直後、真っ赤に焼けたコブシ大の石が降り注いだ。誰かが攻城兵器を持ち出したのだ。可燃性の実験装置に引火し、小爆発が連鎖する。これが、王城広場に集まった数十万人の混乱に拍車をかけた。


「革命だ」


 誰ともなく、自然に纏め役があらわれ、宗主国たる妖精王国に対する矛先を指導者に向ける。離反した近衛兵士だろうか、軽甲冑に身を包んだ一団が手際よく暴徒を指揮して即席の反乱軍に仕立てあげてしまう。


「もう女連中に好き勝手なことさせるか!」

「大奥政治の院をこじ開ける目星がついたぞ」


 腕力しか能がない男達が日頃から抑圧された不満を一気に爆発させた。普段なら魔力に長けた嫁に一喝されてシュンとなる輩だ。


「魔法なんか信じるな。己の腕っぷしを信じろ」

「そうだ。あの慈姑姫(まじょ)の体たらくをみたか!」

「ついでに糞ったれた妖精王国もぶっ潰す! ロボット? 知った事かよ!」


 凄腕の剣士たちが好き勝手なことを叫んで女魔導士たちに斬り込んでいく。いつもなら指の一振りで刃を弾き飛ばす彼女たちだ。ところが、どうしたことか指先に力が入らない。


「え、うそ? 『常闇(とこやみ)と静寂を統べる精霊の御名において我、秩序の回復を具申す』……あれ?」

「ダメみたいよ。こっちも眷属がいう事を聞いてくれないの」


 女たちは呪文を口ごもったり、コウモリに噛みつかれたり散々な目に遭っている。魔力の一切を無効化する外圧が働いているらしく、慈姑小町が脱出用の天馬を召喚しても言う事を聞かず勝手に飛び去ってしまう始末。


「非公開の脱出路を含め、すべて塞がれた模様です」


 刀傷を負った斥候が青息吐息で帰って来た。偵察は原始的な方法に頼らざるを得ない。


「どうします? 座して死を待ちますか? それとも華々しく散りますか」

「男ってそれしか思いつかないの?」


 慈姑姫は傍らの技師を軽蔑した。彼は長い髪を眉間で左右に分け、切れ長の目をのぞかせている。


「逃げられない以上、戦うか、むざむざ殺されるしかないのでは?」


 当惑する男に姫は更なる追い打ちをかける。


「あなたって本当に使えない人ね。それでも、技術者なの?」

「い、いえ、滅相もない。ただ、魔法も武力も使わないとなれば……」


 慈姑姫はすうっと息を吸うと、ヒステリックに怒鳴った。


「科学力があるでしょう、旧科学が! あれを使いなさい」


 男は彼女の言葉が咄嗟に理解できず、凍りついた。そして、ようやく鈍い頭を回転させる。


「あれ……と申しますと、小町様が隠しておられる……」

「しいっ! 声が大きいわ。とにかく、起動させなさい。これが暗証キーよ」


 慈姑姫は後ろに手をやると、ドレスの背中を緩め始めた。


「なっ?! ひ、姫様、御乱心を?」

「あっちを向いてなさいよ。無礼者ッ」


 慈姑姫はさっと物陰に隠れると、豪奢な飾りのついたブラジャーを差し出した。


「くぉっ、くぉれで、ぐぉざいますかぁあっ?」

「ばかっ! さっさと行きなさいよ」

「う、うぁりがたき幸せ!」


 男は姫の手から脱ぎたての下着をひったくると、喜び勇んで隠し扉の中に消えた。



 ほどなく、慈姑姫の足元が激しく揺れ、地響きが聞こえてきた。


 無能な女領主を倒さんと怪気炎を上げる民衆。


「な、なんだ?! あれは?」


 頭上に大きな人型の影が落ちた。


「ロ、ロボットだ!」

「なんで、こんな所に?! 愚者の塔は故障したのか? うあああああっ」


 黒山の人だかりが紅蓮の炎に包まれた。

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