召喚システム侵入病毒
死語ではあるが、あえて漫画チックという言葉で表現すれば、缶飲料のプルタブを開ける擬音が適切か。
遼平の遺伝子記憶を含んだ蛋白質が途方もない未来へ向けて文字どおり射出された。
意思を持たない肉体のみが魔法陣を伝って来れるのならば、何もヒトを丸ごと召喚しなくてもいいのだ。
現在、王国では侵略者に対して唯一の対抗手段である人間を召喚している。
だが、人間の魂はゲートを通過することが出来ないので、死んでしまう。
そこで、魂だけを残して施術者と被験者の肉体を互いに交換することで不具合を解消している。
だが、そのような要求に素直にこたえてくれる人間など滅多にいない。
仮に応じたとして、その後の生活の不便を考えるととうてい受け入れられるものではない。そして妖精になった人間は、身体的ハンデに加えて、コンピューターや携帯電話などネットワーク機器にまったく触れることができなくなってしまう。
当人が優秀なエンジニアであった場合、せっかくの道を諦めざるをえなくなり、スキルも役立たずになってしまう。それが一人、二人ならいいが。その世界から大量の人材が失われた結果、どうなるか――
慈姑姫は、召喚による魔道師の損耗に加えて、おなじ技術立国の統治者としてそのような浪費を見逃すわけにはいかなかった。
何とかリスクを最小限に抑えようという女性的なバランス感覚をフル活用して彼女は研究に没頭した。
「慈姑姫、お疲れの様ですが……」
技師に声をかけられて、ハッと我に返った。
アイコンが砂時計に変わっている間に慈姑姫は、つい回想してしまった。
「アバターとはいえ、小町があんなことやこんなことをされると思うと、つい……」
「お気になされるな。どうせクローンですよ」
「そうね。かわいい小町(いもうと)が王国の手で召還術を受けて、毛むくじゃらで足が臭い男なんかに姿をかえられてしまう可能性を心配するよりは、よりはマシよね」
作り物であるアバターに人権などないことは頭でわかっていても、どこかしら心が痛む。慈姑姫は小町の運命と被験体(アバター)を天秤にかけて罪悪感を和らげた。
「大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません。帯域x18FDで読み取りに失敗しました。アプリケーションを終了しています。」
突然、画面が真っ青になって、白い文字でびっしりと埋め尽くされた。
「どういうこと?!」
慈姑姫は積み重なった警告ウインドウをカチカチとクリックしてしらみつぶしに閉じていく。しかし、閉じる先から、いくつもいくつも新しいウインドウが沸いてくる。
いやなことを思い出した。
慈姑姫は加島遼平を引き当てるまでに過去世界が映る水晶玉を覗き込んて、色々なターゲットを物色していた。
ある時、パソコンの前で居眠りしている男を発見した。彼の深層意識に働きかけて例の白液を召喚しようと試みた。が、すんでのところで男はハッと目を覚ましてしまった。その際、マウスカーソルが動いてプログラムエディタの裏からブラウザのウインドウが現われた。そこには裸の女が寝そべっていた。どうやらランサムウェア――送金するまで卑猥な動画を延々と表示しつづける常駐型病毒――に罹ったらしく、彼は困惑していた。
「まさか……そんなのって、あるわけないわよねぇ! 召還システムに侵入する病毒って?!」
慈姑姫は沈着冷静な技術者から、すっかり取り乱したか弱いおんなのこへ戻っていた。
病毒では無い。スクリプトを悪用した無限ループするポップアップ広告だ。いかがわしいサイトにありがちなトラップだ。いわゆるブラクラというやつだ。
それがサモナメッセンジャーに感染するということはありえない。そもそも誰が異世界相手に広告を出すというのだ。
だが、予想外の事態に備えてセキュリティーは万全にしておくべきだった。
なにしろ、ここは惑星露の都。量子爆弾の影響で因果律がねじ曲がっている。
「あれ、俺って風邪を引いたのかな?」
遼平は自分の声の変化に気づいた。
あー、うーと発声練習してみる。声が完全に裏返ってトーンが高くなっている。
「あなた、誰?! どこの娘?」
汗にまみれたアバター小町が、厳しい表情で誰何する。
「誰って、俺に決まってるじゃないか。それに娘って、俺は男だぞ」
遼平は、やれやれと肩をすくめて、小町を抱きなおそうとする。
しかし、彼女は、さっと身を引いた。
「わたし、おんなのコとヤる趣味は無いもの」
「女の子だって?! お前はいったい何を言っているんだ……あっ!!!!」
遼平は、自分の胸を見おろすと、そこに二つの豊満なふくらみを発見した。
「てれすこすてれんきょーーーーー!」
言葉にならない叫びをあげる遼平。その声はかわいらしいソプラノとなって艶やかな尾を引いた。彼女は、ショックのあまり競泳パンツの紐を引きちぎった。
世界が灰燼に帰した。
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