第125話 個人とチーム
本多は最後の甲子園、準決勝で敗退しても、それほど悔しいとは思わなかった。
いや、悔しいことは悔しいのだが、次の瞬間からはもう、自分は次のステージに行くのだと分かっていた。
高校野球からプロ野球へ。
その間にワールドカップや国体などがあり、特に国体のおかげで注目度が増したわけだが。
エースというかピッチャーらしい自己中心的な感覚で、本多は周囲とは違う感覚を持っていた。
だがプロの世界に来ると、ピッチャーならず他の選手も、多くは自分が最強信者である。
単に慢心しているだけなら、自然と落ちていく。
だが自分の中の芯を持っていないと、周囲に流されてやはりダメになる。
なにせプロの世界というのは、高校野球以上に、実績を持ったコーチなどが集まる世界。
その中には本来ならコーチなどしていてはいけないような、人格の破綻しているような人間も、サラッと混じっているのである。
ただMLBにおいては、そういうコーチはもう少ない。
基本的に選手時代の実績など関係なく、どれだけの選手を育てたのかが、コーチとしての実績になるのだ。
むしろ天才やフィジカルモンスター揃いの元メジャーリーガーよりは、マイナーあたりで挫折した人間の方が、色々と試行錯誤をしている。
タイタンズは面倒だったな、と本多は思う。
高校時代やMLBに比べると、NPBはずっと面倒であった。
いや、タイタンズだったから面倒であったのか。
時期的にも本多のプロ入り後は、ライガースとスターズの二強時代に、レックスが参戦して三強の時代であった。
それに対してタイタンズは内紛があったので、戦力を効率的に使えていなかった。
愛想を尽かして出てきたのが、本多であり井口である。
そしてこのトローリーズで、本多は大介との対決に臨む。
ポストシーズンに入っても、敬遠やフォアボールで勝負を避けられる、史上最強のバッター。
14打数の七安打で、そのうちの五本がホームランという、とんでもない成績だ。
去年のポストシーズンは、47打数の28安打で、ホームランを七本。
勝負してもらえる回数は減っていて、そのくせホームランの割合は増えている。
まさにホームランを打つためだけの存在。
(これに勝てば、押し返せる!)
なんだかんだ言いながら、本多はエースであった。
勝負すべきところで、ピッチャーの力で流れを変える。
まっすぐに入ってきた本多のボール。
それはただのストレートではなく、フォークと組み合わせた形のストレート。
本日の最速であり、さらに最も威力の乗った球。
その気迫に真正面から、大介のバットが叩きつけられた。
「くそっ!」
打たれた瞬間に、どこまで届くのか分かる打球。
巨大なトロールスタジアムの最上段に、レーザービームのような打球が突き刺さった。
幸いにも怪我人は出なかった。
捨て試合だと、トローリーズの首脳陣は考えていたのだ。
だがその勝てる試合を使って、メトロズはチームに勢いをつけた。
この第三戦もトローリーズは、大介をなんとか抑えた一回か二回の裏に、なんとしてでも先取点を奪わなければいけなかったのだ。
先取点を取ることは、主導権を握ることにつながる。
左の強打者が多いトローリーズ相手に、ウィッツは効果的なピッチャーだ。
なので多少は右打者を多くしているが、主軸を代えるわけにはいかない。
試合は動き出して、双方に点が入り始める。
大介の第三打席は、申告敬遠で歩かされた。
続くシュミットをなんとか打ち取れれば、と考えてのことだったのであろう。
だがそれはピッチャーの、エースの心意気に応えるものではない。
本多はこれだけの素材を持ちながらも、それでも気持ちでボールが変わるタイプのピッチャーだ。
シュミットはここまでの打席で充分にフォークを見ているのに、ベンチから出たサインはフォーク。
苦々しくも頷いた本多であったが、こういう時に失投は生まれるのだ。
落ちないフォークが、棒球としてゾーンに入ってくる。
シュミットのバットが、この試合メトロズの二本目のホームランを生み出した。
大介の前にもランナーが一人いたので、これでスリーランホームラン。
試合の流れは大きく、メトロズ側に傾いていた。
代え時か、とトローリーズのベンチは考える。
だがここで負ければメトロズは三連勝で、ワールドシリーズにリーチがかかる。
博打の作戦を採用して、そしてスウィープ負けとなれば、確実に首脳陣の責任問題となる。
今年のメトロズの平均失点を考えれば、まだ追いつく可能性はある。
ただしそのためには、これ以上の失点は絶対に防がなければいけない。
失点の内容を冷静に見れば、ホームラン二本で四点を取られている。
それがなければむしろトローリーズの方がリードしていた。
これはやはり、勝負か回避かを、首脳陣が間違った結果だ。
責任は首脳陣にあるが、それでもただ負けるわけにはいかない。
そして負けるつもりがないのは、本多も同じであった。
シュミットに打たれてから、むしろその球威は増した。
やはり本多も、劇場型のピッチャーである。
舞台が大きければ大きいほど、その力を発揮する。
苦難に陥れば陥るほど、劇的な展開をもたらすための、きっかけを作り出す。
スコアは6-3で終盤に入る。
メトロズの方は、リリーフへと交代していく。
しかしトローリーズの方は、本多を続投させる。
この試合の勝算は、既に薄い。
だが負けてしまえば、もうリーチなのだ。
MLBの歴史において、ワールドシリーズなどのポストシーズンで、0勝三敗から逆転したケースというのは、大変に少ない。
三点差というのは、まだどうにかなるかもしれない点差だ。
そして明日の試合、先発させるのにも中三日のフィッシャーぐらいしか使いようがない。
他のピッチャーでメトロズ打線が抑えられると思うほど、トローリーズのベンチは耄碌していない。
そして大介の第四打席が回ってくる。
メトロズはここまで、ヒットの数は同じぐらいなのに、点差は大きく開いていた。
やはりシュミットのスリーランが、決定的であったのだ。
だがそもそもを言えば、このカードは第一戦から、トローリーズが戦略を間違えていたのだ。
メトロズは確かに強い。
MLB史上最強のチームと言っても、おそらくは過言ではない。
それを倒すには、奇襲が必要だったのは確かだろう。
だがこの奇襲によって、味方側にもわずかな弛緩が生まれたと言っていい。
フィッシャーも本多も、その流れや空気を、変えることは出来なかった。
もしも出来るとしたら、それは上杉であっただろう。
ただ上杉がいたとしたら、第一戦に武史相手にぶつけてきていただろうが。
第四打席、本多は大介に対して、力で向かっていく。
大介はこれを、しっかりとカットしていった。
ここでもう一本出れば、試合は終わるだろう。
それが分かった上で、こうやってウイニングショットを狙っている。
フォークを打つのだ。
そうすればこのカード、ここからトローリーズが追いついてきても、本多を打つことは出来る。
だがフルカウントとなってから、本多の投げたフォークは、ずいぶんと手前に落ちてしまった。
ワンバウンドのボールを、大介もあえて打っていかなかった。
限界と言うには、まだ球数には余裕があると思う。
だが本多が苦しそうな様子なのは、表情に出さなくても分かった。
それでもこの回、塁に出た大介にホームを踏ませることなく、本多は後続を絶つ。
そして次の回から、ピッチャーは交代した。
故障かな、とわずかに思ったが、そういうわけではなかったらしい。
さすがに大介の後続打者を、故障した状態で打ち取れるはずはないからだ。
ただここで三点差では、もう逆転の機会はないと見たのか。
それならそれで、判断が遅い。
リリーフ陣の働きにより、試合はこれ以上スコアが動かず決着。
メトロズはワールドシリーズに、リーチをかけたのであった。
同日の試合でアナハイムもまた、ワールドシリーズ進出へあと一歩となった。
そして翌日、トローリーズとの第四戦。
後のないトローリーズは、第二戦で投げたフィッシャーを、中二日で投入する。
対してメトロズは、オットーが投げる。
18勝5敗と勝ち星だけを見るなら、オットーの方がフィッシャーよりも上だ。
しかしそれ以外の各種投手の指標を見れば、フィッシャーの方が上だと分かる。
あとは守備と打撃で、どれだけの援護が出来るか。
ただこの試合は、メトロズの方が不利であるらしい。
スウィープだけは避けろという、スタンドの声に後押しされて、トローリーズ打線が激しい攻撃を加えてくる。
対してメトロズも反撃するが、大介は上手く敬遠されてしまった。
さすがに中二日ではフィッシャーも疲れが取れていないであろうに、なんとかそれなりのピッチングにはしてくる。
考えてみればこの無茶な当番間隔は、大介との勝負を避けるための、絶好の理由になったのかもしれない。
トローリーズがリードした状況で、五回までが終わる。
そしてトローリーズは、早めに継投をしてきた。
フィッシャーの消耗があるから、これは普通の選択であろう。
トローリーズのリリーフ陣は、さほど消耗していない。
大量点を取られて負けた試合を、完全に捨てていたからだ。
後の試合は、無理のない範囲での継投。
そしてやはり、打線の援護が大きい。
メトロズのピッチャーは、やはりもう一人ぐらい、優れたセットアッパーがほしいのだ。
今年はクローザーとして優秀な成績を残しているレノンと、時にはクローザーをするライトマンまではいい。
だがその次がバニングというのが、いまいち中継ぎの層が薄いといわれるゆえんである。
今更ではあるが、今年のオフにはそこは補強すべきだ。
一応はワトソンも中継ぎとして使われるのだが、スケジュールの詰まったところで、20試合も先発登板をしている。
3イニング程度というならともかく、12勝5敗と勝ち負けが多くつくところまで投げているのだ。
一応このポストシーズンでは、リリーフとしての仕事をしている。
ただワトソンはやはり、先発向けのピッチングをしているのだ。
中継ぎというのはやはり、短いイニングをしっかり抑える、そういった適性が必要なのだ。
一応九月には、球速自慢のマイナーが、メジャーに上がってきていたりもした。
だが確実性を考えて、結局ポストシーズンでは出ていないが。
第四戦はそのまま、トローリーズリードで決着。
なんとかスウィープを避けられたトローリーズ首脳陣は、首がつながったのかもしれない。
そして次の第五戦、トローリーズは最初から短い継投をしてくる。
レギュラーシーズンのリリーフデーのように、何人ものピッチャーを投入。
こちらはこの試合、スタントンが投げている。
大介は勝負を避けられてしまう。
無理に打ってもいいが、それでも単打までにしかならない。
ランナーが三塁にいればともかく、それ以外は素直に歩いた方がいい。
こんな状況なので、大介には打点がつかない。
そして殴り合いのハイスコアゲームで、トローリーズは第五戦にも勝利したのであった。
メトロズ首脳陣の、予定通りである。
第六戦はニューヨークに戻って、武史を先発させる。
中六日で投げる武史は、完全に回復している。
そもそも第一戦でも終盤は降りたので、あまり消耗していなかったのだが。
第六戦で投げれば、ワールドシリーズの第一戦に投げるには、少し間隔が短い。
つまり初戦で直史に当てない、理由が出来てしまう。
この第六戦、トローリーズも中三日で、本多を投入してきた。
それなりに回復している本多との対決こそ、ようやくポストシーズンらしい試合になるはずだ。
戦力差を比べれば、メトロズが勝利するはず。
そんな第六戦が、ニューヨークで始まるのだ。
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