第124話 ロスアンゼルス

 ロスアンゼルスに到着したメトロズの人間は、やっぱりまだこちらは暖かいな、と感じる。

 ニューヨークもまだそれほど寒いわけではないのだが、ロスアンゼルスの年間の暖かさはやはり違う。

 もっとも砂漠気候の影響で、夜にはかなり冷え込むこともあるのだが。

 到着したその日には、とりあえずホテルに落ち着く。

 そしてミーティングを行う。


 ニューヨークでの二試合を制したことで、もちろんメトロズは有利にはなった。

 だがここからフランチャイズにて、トローリーズの逆襲が始まるのだ。

 なにしろ第三戦に先発するのは、今年メトロズに負けていない本多。

 ただそこを落としたとしても、残りの二試合に勝って、ワールドシリーズに進めばいい。


 もちろん大介は、そんな甘いことは考えていない。

 そろそろ本多には、分かりやすい形で勝っておきたい。

 自分一人が勝つのではなく、チームとして試合に勝利する形で。

 こちらの先発はウィッツなので、ある程度の点数までに抑えることは期待出来る。

 とりあえず一発ホームランを打って、あとは足でかき回せば、三点ぐらいは取れるだろう。

 ただトローリーズも、ここでピッチャーを酷使してくることは考えられる。

 本多もこういう大舞台には強い。

 生まれつきのエースのような、そこは上杉と似ている気がする。


 連続して地区優勝か、もしくは勝率でポストシーズンに進んでいるトローリーズ。

 だがそれでも今年も、メトロズが勝つのだろう。

 事前予想ではもっと僅差だと思われていた、メトロズとトローリーズ、そしてアナハイムとミネソタ。

 蓋を開けてみれば、勝率上位の2チームが、二連勝しているのだ。


 メトロズはトローリーズを相手に、確実に勝っている。

 やはり初戦を捨てたのは、戦略的な失敗だったのだ。

 もちろん武史にフィッシャーを当ててきても、第二戦のように三点ほどは取られただろう。

 そしてジュニアよりもさらに馬力のある武史は、無失点に抑えたに違いない。

 トローリーズはだから、どちらにしろ博打を打つしかなかった。

 その賭けに負けた結果、こうやって敗北直前にまで追い詰められているわけだが。

 いや、まだ二試合しか負けていないのだから、スウィープではないのか。

 ただここでも負けてしまえば、さすがに中二日でフィッシャーを使うわけにもいかないだろう。

 第三戦を本多で負ければ、トローリーズは終わりだ。

 そしておそらくこんな選択をした首脳陣も、代えられるのではないだろうか。




 油断というほどではないが、メトロズは少し弛緩している。

 もうトローリーズと戦うリーグチャンピオンシップは、これで三年連続なのだ。

 それにホームで連勝し、フィッシャーを打っている。

 大介としてもトローリーズにはそれほど脅威を感じていない。


 ただ、油断をしようにも、考えをちゃんと切り替えている。

 本多との対決を楽しめばいいのだ。

 去年のポストシーズン、そして今年のレギュラーシーズン。

 本多はメトロズ・キラーとして機能している。

 今年22勝4敗という成績を残しているウィッツも、その敗北のうちの一つが、本多との対決のものだ。


 カリフォルニアの空の下で、試合が始まる。

 考えてみればトローリーズに勝てば、またカリフォルニアで今度はアナハイムと対決するわけだ。

 ニューヨークの都市圏とロスアンゼルスの都市圏。

 MLBにとってみれば、人気拡大の大きなチャンスである。

(拡大か……)

 大介はセイバーの顔を思い浮かべた。

 こういったビジネスの話ならば、彼女に優る人間はいない。


 ただ同時に、これはビジネスだけではないな、とも思っている。

 ツインズも何か、セイバーに関しては追いかけているようなのだ。

 彼女の手配によって、大介と武史はメトロズに、直史と樋口がアナハイムに入っている。

 もちろん直接ではなく、間接的に他の代理人などが入っていたり、既に準備が整っていて、向こうのGMと会えたりしたわけだが。


 上杉をボストンに、そしてそこからトレードでメトロズに。

 他にはアレクに関しても、彼女の紹介で代理人を選んだはずだ。

 織田や井口、本多に関しては、さすがに関係がない気もするが。

(けれど、織田さんは千葉で、井口と本多さんは東京)

 接触する機会は色々ある。

 鬼塚の伝手から、同じチームの織田に会っていてもおかしくない。


 何か黒幕めいた動きをしているようにも感じる。

 ただ誰もが、利益を享受している。

 ただ直史だけは、本来の実力に比べれば、安い年俸にはなっていると思う。

 大介の場合は初回のから、すぐに契約の切り替えがあった。

 直史の場合は三年で引退するということを考えると、そういったことは出来ないと分からないでもないが。


 MLBの大型契約というのはおおよそ、将来性よりも実績をもって評価されることが多い。

 大介の場合も一年目からの活躍で、さっさと契約内容を切り替えた方がいいと、オーナーからして思ったのだろう。

 ただ直史の場合は、セイバーも別の存在として捉えている気がする。

 野球で食べていくという気がないのだ。

 瑞希の父の事務所を継いで、土地に骨を埋める。

 なんとも直史らしいと、大介などは思う。


 メトロズとアナハイムが対決するのは、セイバーによって作られたルートなのだろう。

 問題となるようなことは、今のところ見つかっていない。

 彼女のことだからおそらく、法律や規約に反したことは、一つもやっていないのだろう。

 こういったものは頭のいい人間にとって、逆に利用できるものだからだ。

 ずるいとは思うが法治国家は、人治国家よりはマシだと言われている。

 ただ大介の場合はMLBに来てからは、やたらと周囲に豪勢な人間がいて、金銭の感覚がぶっ飛んでるな、と思うことはある。


 金を使うのは贅沢をするためではない。

 時間と手間を短縮するのが目的だ。

 野球というスポーツの限界が、ここいらにあると大介は思う。

 かかる時間などを考えても、拘束の多いスポーツだ。

 そのあたりのストレス発散のためにも、メジャーリーガーをはじめ北米四大スポーツの選手たちは、莫大な金を払っているのかもしれないが。




 アウェイとなったのでメトロズは、先攻となる。

 一番打者としてバッターボックスに入った大介に、マウンドの本多は対峙する。

 おそらく今年はもう、トローリーズは上には行けない。

 それどころか首脳陣の刷新や、チームの解体さえあるかもしれない。


 地区優勝を果たしてポストシーズンも勝ち進み、リーグチャンピオンシップにまで進出している。

 それなのにチーム解体などあるのか、と大介は不思議になって訊いてみたものだ。

 トローリーズは確かに人気球団で、成績にも人気に伴っている。

 だがかけられた資金を考えれば、ワールドチャンピオンを求めるのも当然なぐらいなのだという。


 なおメトロズもそれなりに金はかけている。

 オーナーが糸目をつけず、補強をさせてはいる。

 ただしGMがそのあたりのバランスは注意している。

 あと武史に関しては、今の年俸からすればやはり安い。

 そもそも大介と武史に関しては、他の選手に比べて突出しすぎているというのが問題なのだが。


 直史はさらにその上だ。

 だが彼はあくまで、野球選手というのは仮の身分だとしか思っていない。

 対決の期間はあと一年。

 そんなことを思っていては、今年も勝てないだろう。

(とりあえず今は、本多さん相手だな)

 大介個人としてはともかく、メトロズは負けっぱなしの本多。

 ここでどうにかしておかなければ、将来的にも悪い影響を与えられるだろう。


 本多と言えばフォークであるが、どこでそれを使ってくるのか。

 そう思っていたら、初球はストレートがど真ん中にきた。

 表示された数字は102マイル。

 初回からこんな数字かと、大介も驚く。


 本多は大介のことを甘く見ていないはずだ。

 100マイルオーバーでも、簡単に打ってくるのが大介。

 分かっているはずの本多が、初球からこんな勝負をしてきた。

 いや、初球だからこそと言うべきか。

(一番打者としての感覚が抜け切っていなかったな)

 全てホームラン狙いだと、大介は思っていたはずなのに。


 おそらく本多は、今日はシビアに攻めてくる。

 本来のスタイルの本多と、チームが二連敗している状態の本多では、事情が違うからだ。

 ただしこの初回の打席、初球から大胆な配球で来た。

 これはおそらくキャッチャーではなく、本多の意思だ。

 意地でも抑えるという、本多のプライド。

 これを打ち砕けば、それで試合は終了だろう。


 メトロズの方も特に強力なピッチャーは、今日のウィッツまでだ。

 もちろんオットーとスタントンも、立派にローテを守ってきた先発だ。

 だが大きな貯金が出来ているのは、やはり打線の援護が大きい。

 10個以上の貯金が出来ているのは、打線と守備の力による。

 様々なセイバーの指標からも、そういうことが分かるのだ。


 第四戦はお互いに、ピッチャーの実力はほどほどとなると言えよう。

 おそらく第五戦まで、メトロズはピッチャーを温存する。

 勝負をかけるのは、第六戦まで。

 第七戦にはもつれこませまいと考えているだろう。

 実はこの大介の予想は正しい。

 だがとりあえず、今のこの対決には関係ない。


 第一打席の大介は、フォークを掬い上げてセンターフライ。

 先攻のメトロズながら、普段の最高の先取点のパターンに持ち込めなかった。




 メトロズは第一戦で、武史を使っていた。

 中四日で使うなら、第五戦で使うことになる。

 ワールドシリーズでの先発についても、考えていかなければいけない。

 ただこれに関しては、メトロズ首脳陣は色々と考えることがあった。


 武史を、直史に当てるのか。

 また当てるとしたら、どういう状況になるのか。

 メトロズとしては正直なところ、単純に武史を当てるのは避けたい。

 アナハイムの打線を考えると、一点ぐらいは取られてもおかしくないからだ。

 対してメトロズの打線が、直史から点を取れるのか。

 そろそろ取れそうな気もするが、これまでは取れていないのは確かなのだ。


 もしも武史を、第六戦に使ったらどうなるか。

 ワールドシリーズの第一戦まで、中二日しか休んでいる暇がない。

 そんな状態であれば、さすがに第一戦を外す理由にはなる。

 ただ第五戦で勝負が決まってしまうと、四日間で次に投げることになる。

 中四日ならば、投げさせないのは不自然だ。


 つまり他からの批難もなく、武史を確実に使うためには、第六戦まで長引いた方がいい。

 この三戦目は負けてもいいし、四戦目と五戦目は、どちらか片方を勝てばいい。

 そして武史は、温存するように見せて第六戦に投げさせて勝つ。

 ピッチャーの調子がいつもいつも完全とは限らないが、そういったことをメトロズ首脳陣は考えている。

 トローリーズの首脳陣と似たようなものである。


 メトロズの先発ピッチャーは、武史、ジュニア、ウィッツが勝ち星を取りにいくためのもの。

 明日の第四戦はオットー。そこまでは決まっている。

 その試合は負けてもいいと、単に星の取り合いならば言えるだろう。

 だがもしもこの試合に負けて、明日の試合も負けたとしたら。

 勢いがトローリーズに戻るのではないか。


 この試合はなんとしても勝つ。

 フィッシャーと本多の二人を攻略して勝てば、それだけメトロズの実力があると示せる。

 そして第四戦と第五戦、オットーとスタントン。

 この二人ならば打たれても仕方がないな、とは言える。


 先に三勝していれば、トローリーズは死に物狂いで残りの試合を取りにくるだろう。

 その二試合でたっぷり消耗してもらって、第一戦も途中までしか投げなかった武史を、第六戦で投入。

 第六戦も途中で下げられるぐらいに点差をつければ、丁度いいぐらいの消耗と言えるのではないか。

 ワールドシリーズの第二戦に投げるなら、中三日で投げることになる。

 球数を抑え目にしておけば、おかしなほどではない。

 ただそう完全に都合よく進ませるには、この第三戦を勝たなければいけない。

 初回の攻撃で点を入れられなかったメトロズには、厳しい展開になるかもしれない。




 このポストシーズン、メトロズの首脳陣は、ウィッツを信用しきれない理由がある。

 それはレギュラーシーズン中の、素晴らしい成績とは無関係のところである。

 今年でウィッツは契約最終年なのだ。

 つまり来年の契約を、どこかのチームと結ぶ必要がある。


 そのために重要なのは、ポストシーズンで故障しないこと。

 既にワールドチャンピオンの栄光は、手にしているウィッツ。

 自分の利益を最大化するためには、ここで壊れるほど全力で投げるわけにはいかない。

 ジュニアはまだ若いので、あまりこういったことは関係ない。

 だがオットーとスタントンも、来年でFAになる。

 つまり来年成績をしっかり残さなければ、FAになってからの大型契約が結べなくなるのだ。


 そのあたりの都合については、大介は坂本かツインズから知らされることが多い。

 野球はある意味、個人技の集合。

 MLBで特にそう言えるのは、契約の制度がNPBとは大きく違うためだ。

 オットーとスタントンに、今年のオフに先に契約を持ちかければどうか。

 FA前に提示する契約というのも、あるにはあるのだ。

 ただ二人の成績が、打線の援護と内野、特に大介の守備力によるものだと思えば、それほどいい条件は出せない。

 実際にFAになってみれば、各種セイバーの数値から見て、そう大きな契約は結べないと思うのだが。


 オットーはこの三年、11勝5敗、19勝4敗、18勝5敗。

 スタントンは18勝5敗、21勝6敗、16勝3敗。

 二人ともとんでもないエースに見えるだろう。

 だがメトロズは優勝の年、20勝2敗であったモーニングと、大型契約を結ばなかったのだ。

 単純な数字と、もっと細かい数字では、選手の評価が全く違う。

 メトロズとしては他の平均レベルのピッチャーでも、メトロズ打線の中にいれば、同じぐらいの数字が出せると、分析班が計算している。

 このあたりは大介としても、実は納得していたりする。

 武史が26勝0敗などという数字を残したので。


 フロントの思惑はどうであれ、選手たちは試合でプレイするのが重要だ。

 ただこの日の先発のウィッツは、やはり契約最終年というのは頭にあった。

 もっとも彼の考えていたのは、全く逆方向のこと。

 怪我で14試合しか投げられなかった二年前、ウィッツは肩身が狭かった。

 そこから復活して去年と今年、完全に先発の柱の一本とはなった。

 だが肉体のほうは、かなり悲鳴を上げていることもある。

 35歳のウィッツは、資産運用に成功している。

 ここで引退ということも、考えてはいるのだ。


 有終の美を飾って、メトロズを引退する。

 そのためには全力で、ワールドチャンピオンを取りにいく。

 もちろんまだ投げられるとは思うし、来年もメトロズではないにしろ、どこかのチームで拾ってもらうことは出来るだろう。

 だが壊れてもどうにかなる。

 それぐらいのつもりで、ウィッツは投げているのだ。


 とにかく負けるのが嫌いな本多と、このポストシーズンで完全燃焼するつもりのウィッツ。

 序盤は両者無得点で、試合の方は推移する。

 だが三回の表、ツーアウトから大介の二打席目。

 ここはもう、一発を狙うしかない場面である。

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