第102話 六月の勝者

 メトロズの六月最後の試合は、フィラデルフィアとの対決となった。

 先発した武史は、九回を投げて108球16奪三振、被安打三、そして珍しくもフォアボールを一つ出した。

 一失点したものの、打線が平均よりやや低めの援護をしてくれる。

 それでも六点を取ってくれて、たったの三安打で一点を取られているという、微妙な試合ではあった。


 直史と投げ合って負傷者リスト入りしたが、そこから最短で復帰。

 その復帰初戦は一点を取られたものの、そこからノーヒットノーランを含めた三完封。

 そして最後のこの試合も一点に抑えて、五戦五勝。

 全て完封とまではいかなかったが、全て完投。

 確実に完投してくれるピッチャーなど、このご時勢にそうはいない。

 おかげでチームとしても、ピッチャーを上手く回していけている。


 メトロズは六月も、21勝6敗。

 シーズン開幕から五月の頭まではアナハイムに勝率で上回られたものの、アナハイムはミネソタ戦で躓いたと言える。

 四連戦で直史以外の三戦を落とす。

 だがそれを言うなら、連敗を喫した五月のメトロズとの対戦が、大本になっていたのかもしれない。

 ヒューストンとの対決で、連敗自体は経験している。

 だがメトロズとの試合は、直史が無茶苦茶なことをしてくれなければ、スウィープで負けていたのだ。


 あそこから少し調子は落ちて、ミネソタ戦でとどめをさされたというべきか。

 ヒューストン戦からラッキーズ戦にまたがって初の三連敗。

 だいたい連敗した時は、直史の投げる試合で勝って、その連敗を止めている。


 メトロズはもう、レギュラーシーズンでアナハイムと直接対決することはない。

 だからどれだけ負けを減らせるかで、追いつかれるかどうかが決まる。

 アナハイムに比べれば消化した試合が少なく、厄介なカードも残っている。

 しかし上手くピッチャーを運用すれば、勝てるはずだ。

 先発ローテの平均値が高いメトロズ。

 そして強力打線を封じられるピッチャーはほとんどいない。

 おそらくはオールスター明けぐらいの調子がどうかで、後半戦も決まる。

 

 ただ一つ、選手の故障だけは怖い。

 大介が離脱したら、一気に得点力は落ちる。

 もちろん大介だけが問題はないが、リードオフマンになれて長打も打てる、そして守備力の高い大介は、一番影響力が大きい。

 それでもポストシーズンまでに復帰できれば、問題は少ないだろう。

 せっかく圧倒的に勝率では地区優勝間違いなしのレベルなのだから、無理をせずに万全のメンバーでポストシーズンに挑みたい。

 七月のトレードデッドラインが、判断の基準となる。


 さらなる戦力の増加は必要なのかどうか。

 それは現場としては、リリーフを一枚ほど入れてほしいと思っている。

 だがポストシーズンまで進めば、中途半端な戦力は必要ない。

 来年以降のチーム戦力の維持を考えれば、トレードは難しい。

 去年の上杉を取るために、かなりプロスペクトを放出しているからだ。

 その結果、今年のボストンは強くなっているわけだが。




 大介の個人成績もすさまじいものだ。

 ただ打率は上昇したものの、OPSは下がっている。

 出塁率は変わらないので、純粋に長打率が落ちている。

 初回の先頭打者の時、出塁のためのヒットを重視しているからと言える。

 先頭打者としての役割を、一人で一点を取ることに戻せば、この数字は元に戻るだろう。

 だが打率の0.439というのは、逆の意味でとてつもなくひどい。

 ホームランは80試合で37本と、去年の本数を考えれば、おそらく74本か75本ぐらいになるか。

 だがこの五試合ホームランが出ていないので、やや不調なのではとも言われたりする。

 六月全体の打率は0.446でホームランも12本と、少ないはずもないのだが。


 本塁打率、という数字がある。

 バッターが一本のホームランを打つのに、どれだけの打数が必要であったか、というものだ。

 ドーピングを疑われるバッター、断定されるバッターが多い中、二位にベーブ・ルースがいたりして、同時代での傑出度がいかにすごかったかが分かる。

 ただ大介は、今のところこの本塁打率は、シーズン最高の記録を既に持っている。

 300回以上もフォアボールで歩いているのに、81本もホームランを打っていれば、それは当然のことだろう。

 比較するのも馬鹿らしいほど、大介の本塁打率は圧倒的だ。

 

 こういった記録に関してはもう、大介が何歳まで現役を続けられるか、というのが問題になってくる。

 確かに大介は凄まじい記録を残し続けているが、アメリカの人間からすれば、MLBに来るのが遅すぎた。

 せめて七年目でっポスティングをして、MLBにやってきていたら。

 日本人の中のMLBファンとしては、そういう思いが強い。


 現在のMLBのホームラン記録は、762本。

 日米通算であれば、大介の記録はこれを既に更新した。

 ホームランを量産する速さは、メジャーデビューからのスピードを考えれば、間違いなくナンバーワンだ。

 新人王がホームラン王を取った例も、過去にはある。

 だが大介の場合は、新人でシーズン記録を更新してしまったのだ。

 NPBにおいても一年目から記録まであと二本という大介であったが、三年目にこれを更新。

 自分の持つ最多ホームラン記録を、三回塗り替えた。

 過去の自分よりもさらに強くなる。

 これはとても難しいものだとは、言うまでもない。


 もしも大介が35歳までは、今の成績を維持できたとした場合、MLBでのホームラン数は500本は軽く超える。

 だがMLBのみでのホームラン記録を達成するなら、37歳ぐらいまでは今のペースを維持し、そこからやや落ちても二年ほどは現役でいる必要がある。

 なおバリー・ボンズが73本を打ったのは37歳の時であるが、この時期には既に薬物を使用していた。

 なのであまり、それは意識しなくてもいいだろう。


 大介が本当に目指すべきは、ハンク・アーロンの755本であろう。

 だがアーロンはこの数を、23年のMLB生活で残した。

 45歳までのMLB生活。

 大介もそこまでプレイするなら、充分に到達する可能性はあるように思える。

 しかし、時代が違うのだ。


 大きな違いとしては、ピッチャーの球速の違いである。

 現在のように100マイルを投げるピッチャーは、さすがのMLBでもほとんどいなかった。

 奪三振王として有名なノーラン・ライアンのキャリアはある程度かぶっているが、彼の球速でかなり信憑性があるものでも、最速は99マイルであったという。

 つまり単純に、今よりも球速が遅かった時代なのだ。

 そして球速が遅いということは、動体視力がそこまで必要ではないということ。

 このあたり駆け引きやコンビネーションで勝負する直史が、若いバッターに強いということと、ある程度は関係しているかもしれない。

 肉体の成長の曲線と、技術の成長の曲線。

 それが交わるのは、20代の後半から30代の前半。

 あとはもうそのパフォーマンスを、いかに維持するかという自分との戦いになる。




 大介は衰えてもリーグを転々として、可能な限りは現役でいたいと思っている。

 そもそも自分に野球以外のことが出来るとは思えないし、監督やコーチとしての才覚もないだろうと思っている。

 日本に戻ったとしても、現実的にNPBでプレイできるのは、45歳ぐらいまでであろう。

 歴代の強打者、好打者であっても、そのあたりで成績の限界がある。


 このあたり動体視力をそこまで求められない、ピッチャーの方が本質的には、現役を長く続けるのに向いていると思う。

 ただこれはポジションよりも、人間の個体差の方が大きいだろう。

 老化の早い人間というのは、間違いなく存在するし、大介のような代謝機能に優れた人間は、むしろ老化が平均より早い可能性もある。

 逆に神経系の劣化や筋力の衰えが遅く、もっと長くプレイできる可能性もある。

 それはさすがに、実際にその時を迎えてみないと、分からないものであろう。


 ちなみに若さを保つという漢方薬などの中には、薬物検査に引っかかるものもあったりする。

 極端な話カフェインだって、興奮物質ではあるのだ。

 また筋肉などもそうだが、骨や腱、靭帯の劣化もある。

 脆く、硬くなっていく肉体。

 プロ野球選手を見れば、だいたい30代の前半から半ばで、衰えがはっきりする選手は多い。

 そこからまだ40代までプレイできるのは、体質もあるのだろう。

 老化の遅い遺伝子というのは、確かに存在するとも言われている。


 果たして自分がどうなのか、もちろん大介は分からない。

 ただ佐藤家の面々は、少なくとも寿命は長いと聞いている。

 白石家と大庭家は、それほど早死にとも長寿とも聞かない。

 それに家系の特徴よりは、個体差の方が大きいだろう。

 大介の場合は、神経系の発達が優れていて、情報処理能力が速い。

 なのでスピードボールには対応できているが、これがあと10年もすればどうなっていくか。


 肉体の衰えを、技術と経験で補っていくしかない。

 戦力になる間は絶対に、引退などしないだろう。

 今はNPBだけではなく、独立リーグも存在する。

 NPBより低いレベルというなら、韓国や台湾も存在する。

 ただその場合、最後の一年は必ずNPBで過ごすという、自分の前言を撤回することになるが。

 それはもう、やりたいことをやるしかないのだ。




 今年のメトロズは、投打の両軸が揃っている。

 武史は圧倒的な内容で、現在12勝0敗。

 他にはジュニア、ウィッツも既に二桁勝利を達成し、先発陣は打撃の援護のおかげで勝ち星が先行している。

 ただ防御率などもちゃんと良化していて、これは坂本のおかげもかなりあるだろう。

 武史などは全てサイン通りに投げているため、打たれても平気な顔をしている。


 坂本としては、アナハイム時代よりも、やや打撃成績は落ちている。

 それでも五番を打っているのは、やはり長打力と勝負強さが魅力だからだ。

 坂本のキャッチャーとしての目から見ると、メトロズはまだ成長途中のピッチャーが多い。

 そしてその成長途中のピッチャーの中に、武史は入る。

 今年で29歳になり、むしろもう完成形であろうという武史。

 だが坂本からすれば、肉体的な要素とは別に、成長の余地があるのだ。


 MLBのピッチャーというのは、日本のピッチャーよりもずっと、自分のボールにこだわりを持っている。

 その変なこだわりのせいで、メジャーに昇格できないという選手を何人も見てきた。

 だがそこでこだわったために、メジャーで活躍するという選手もたくさんいる。

 問題はモチベーションの問題なのだろう。

 105マイルを投げるという規格外の存在なのに、自分で考えるということをほとんどしない。

 もっとも高校や大学時代の成績を見れば、それでも充分に打線を封じる力はある。


 今年のアナハイムの試合を見るに、樋口の方が自分よりも、総合的にはいいキャッチャーだと認めざるをえない。

 ただバッテリーというのは、相性があるのだ。

 武史は大学時代とプロ時代、九年間を樋口とバッテリーを組んでいる。

 これは意外というわけでもなく、直史が組んだ年数よりも多い。


 単純に球種としては、スプリットの練習はしている。

 それなりに落ちる球にはなっているが、完全な決め球としてはまだまだ課題が多い。

 だが変化球の練習よりも、自分で組み立てを考えた方がいいのではないか。

 坂本はそう考えている。

 メトロズと坂本の契約は七年。

 武史はとりあえず五年であるが、トレードの多いMLBにおいては、坂本が放出されることは充分に考えられる。

 それだけ高い契約を結んでいるし、坂本の場合はトレードの制限がある契約を結んでいない。

 色々なチームを体験するというのも、面白いだろうと考えているからだ。


 武史はトレードの制限があるが、オプションが契約に存在する。

 そこで事実上、三年目で契約が切れる可能性はあった。

 ただ大介との契約をどうするか、そのあたりの兼ね合いで、他の選手の契約も変わってくる。

 メトロズのオーナーは現在、優勝できる可能性があるなら、補強には金をかけるという方針だ。

 だが主力が故障でもして優勝は無理だと思ったら、コアの選手と若手を除いて、チームを解体する可能性はある。


 実家が金持ちで商売をしていた坂本には、球団の選手の入れ替えも、なかなか見ていて面白いと感じるのだ。

 トレードがコロコロあるため、選手の人気では球団の人気が定着しない。

 ただ坂本から見るに、メトロズはおそらく大介のことは、手放さないだろう。

 実力もそうだがそのキャラクター性が、MLBのバッターの中でも突出している。


 ア・リーグのブリアンも、今年から完全に覚醒して、三冠王を狙える位置にいる。

 だが大介などは、三冠王は取って当たり前と認識されているのだ。

 怪我もなく全試合に出場し、ホームランを連発する。

 その姿は完全に、今の一般的な好打者とは、一線を画すものだ。

 坂本としては既にチャンピオンリングは取ったため、優勝のためにプレイしようという意識は薄い。

 だがチームを強くして、自分の年俸も上げる。

 そして引退後にも色々と仕事をしたいと、坂本もまたキャリアプランはしっかりとしている。

 面白そうならなんでもやる、というのが彼にとっての最大の方針であるが。




 メトロズの首脳陣、そしてフロントは、現在の勝率トップでありながら、全く油断はしていない。

 去年も歴史を更新する117勝を達成しながら、ワールドシリーズではアナハイムに負けたのだ。

 もちろん悔しかったが、それでもいい試合であった、とは思っている。

 前年に優勝していたから、というのも理由としてはあるだろう。

 だがアナハイムとの対戦は、本当に歴史に残るものであった。

 ただ、役割としては互角ではなく、明らかにアナハイム側にスポットが当たっていたと思う。

 一人のピッチャーに三勝されて、しかも完封されれば仕方がない。


 メトロズは大介を保持し、武史も保持し続ける。

 ただ他の選手をどうしていくかは、かなり難しい問題である。

 シュミットが今年のFAで、かなりの高額年俸選手になることは確定している。

 それに対して充分なオファーを出せるかどうか。


 また大介との契約も、二年後には見直さなければいけない。

 インセンティブの項目での増額が多くて、そこで年俸のぜいたく税の上限に達する可能性がある。

 とりあえずペレスとシュレンプは、今年で手放す必要があるだろう。

 二人はキャリアと年齢の割には、成績は維持できている。

 だが、だからこそ年俸も高くなるため、放出する可能性は高い。

 キャリアも晩年になるであろうシュレンプは、安く契約出来るかもしれないが。

 それでも現在の活躍からすれば、あまり安くも出来ないだろう。


 あとは次代の投手陣が育ってきていることを考えると、ウィッツを保持したままにするのは難しく、またオットーやスタントンも、出来れば売り飛ばして戦力の入れ替えをしたい。

 ただそのあたりのことは、全てオフの話になる。

 今考えることは、七月までにどう補強をして、後半戦とポストシーズンに入るかだ。

 もちろんメトロズは今年も、ワールドチャンピオンを目指している。

 そのためにしっかりと、クローザーの契約をした。

 ここからさらに強化するには、リリーフが一枚ほしいと言われている。

 だが去年上杉を取るために、プロスペクトを放出した。

 そのためトレードに使える駒が、少なくなっているというのが現実である。


 アナハイムに勝率で差をつけ、ポストシーズンはほぼ確定と見ていい。

 だがここからどういった事故が起こるか、分からないのがシーズンである。

 メトロズのフロントと、ベンチの意見の交流は活発だ。

 今年こそアナハイムに勝とうという意識は、全員に共有されていた。

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