第50話 剛腕うなる
レギュラーシーズンでは平均で六点以上を取っていたメトロズを、ロースコアに抑える。
それは当たり前のことであるが、勝つためには必要なことだ。
トローリーズはそれに第一戦で成功した。
大介にホームランは打たれたが、塁に出した時にはその後続を断つ。
だが投げた先発の本多は、相当に疲弊していた。
トローリーズの先発の中で本多は、フィッシャーに匹敵するほどの成績を残している。
メトロズとのカードは、おそらく第七戦までもつれ込む。
その時にはもう一度、投げてもらう必要が絶対にあるのだが。
メトロズの打線を封じるのに、ピッチャーはかなり消耗する。
一番から五番までは、特に強力だったり厄介だったりするバッターが揃っている。
メトロズのピッチャーは、ある程度は点が取れるピッチャーだ。
ただしリリーフ陣、特にクローザーは強力すぎる。
殴り合ってどうにかリードして、クローザーにつなげる。
これがメトロズの必勝パターンだ。
もちろん殴りすぎて相手との点差が、圧倒的に開くこともある。
ここで勝ちパターンのリリーフ陣を、上手く休ませてきたのが今季のメトロズだ。
本多によって六回まで大介のホームラン一本に封じられたメトロズは、当然ながら次の試合では雪辱を期している。
ただし二戦目のトローリーズは、エースのリック・フィッシャーを先発させてくる。
カットボールやスライダーなどのカッター系を使うフィッシャー。
それでも勝ち星自体は、メトロズの主戦四人には劣る。
メトロズはどれだけ打線の援護があったのだ、という話である。
ただしGMのビーンズとFMのディバッツは、早くも今年のオフの補強ポイントは話し合っている。
今年のリーグチャンピオンシップの最中であるので、主にビーンズが考えている。
対戦中のトローリーズや、ワールドシリーズで当たるラッキーズやアナハイムにあって、メトロズにないもの。
それはスーパーエースである。
当然のように勝ち星が計算出来るピッチャー。
メトロズにはそれがいない。
ジュニアにはその兆しが見えるし、ある程度計算できるピッチャーなら、ウィッツ、オットー、スタントンの三人がいる。
だが決戦に向けて投げさせる、それこそ防御率が2点台前半のピッチャーが、メトロズにはいないのだ。
今まではそれを、強力な打線の援護でカバーしてきた。
実際に去年は同じような戦力構成で、ワールドチャンピオンに輝いたのだ。
しかしディバッツは散々にピッチングコーチと共に、ビーンズに言ってきたのだ。
スーパーエースがいないと決戦で勝つのは難しいと。
去年のポストシーズン、メトロズの一試合辺りの平均点は、レギュラーシーズンよりも0.8点ほど減った。
ただし平均失点も、0.4点ほど減っている。
ちなみにレギュラーシーズンの得失点を去年と今年で比べると、失点はわずかに悪化しているが、得点がかなり良化している。
去年以上の打撃特化となっていて、それで今年も勝てるだろうと思われていていたのだ。
ポストシーズンは投手力。
短期決戦ではエースの尖った支配力が、打線の統計を上回る。
もちろん打線の破壊力が、エースの防御力を上回ることもある。
どちらになるかは冷静な情報収集と分析、そして実戦から結果として現実となる。
メトロズの打撃が、トローリーズを上回るのか。
それはおそらくこの第二戦目の結果で、神の審判のように明らかになるであろう。
第一戦を落としたメトロズは、楽観的になどなっているはずもない。
二戦目の相手となるフィッシャーは、トローリーズのエース。
それに対してメトロズは、ベテランのウィッツで対抗する。
今大切なのは、トローリーズ側に行きかけている勢いを、とりあえずは止めておくこと。
そのために必要なのは、やはりベテランの経験といったところだろう。
フィッシャーを打てるか。
「まあ打てるだろ」
大介はそう思っている。
本多がどうにかメトロズを抑えたのは、彼なりの研究と集中力によるものだ。
下手にペース配分なども考えず、一気に力を振り絞った。
そしてトローリーズ打線をスタントンが、抑えきることが出来なかった。
スタントンはメトロズの今年の四本の先発主力の中では、一番敗北が多かった。
勝ち星も多かったが、敗北との貯金はジュニアやオットーと同じであったのだ。
それだけ投げたイニングも多かったので、評価が落ちることはない。
ただやはり、負け星も多いということは、安定感はそれだけ微妙ということだ。
先発した試合のすべてに勝敗の星がつくのは、継投が主流の現在のMLBでは、かなり珍しいはずなのだ。
ただ今さらそんな話をしても、何も建設的ではない。
おそらくトローリーズとの対戦は、第六戦か第七戦にもつれ込む。
スタントンはもう一度先発で投げる可能性が高い。
六回三失点と最低限の仕事はしたので、それほど悲観するべきこともない。
あとは打線陣が、もう一度本多と対決したとき、ちゃんと打てるかどうかである。
本多もプロで、10年以上飯を食っている人間だ。
特にプロ入り数年間は、まだタイタンズがクライマックスシリーズに出ていた頃。
二年目からは本格的な戦力になっていた本多は、先発のローテも回して、クライマックスシリーズでも投げていた。
タイタンズはなんだかんだ言って、資金力が豊富であるため、選手に一時的な大きな負担をかけることがある。
その中で壊れないように、しっかりと投げてきたのが本多だ。
それでも次の登板までに、今回のようにキレキレに仕上げてこれるかは分からないが。
まずはフィッシャーを打つ。
ただその前に、一回の表のトローリーズを、上手く封じてもらう必要がある。
ベテランのウィッツに、そこは期待といったところだ。
試合の主導権を、どうにか握らないといけない。
ベテランだからと頼られることの多いウィッツだが、去年は故障で三ヶ月も離脱していた。
それ以前にもヘルニアの手術を受けていたり、ベテランらしい苦労はしているのだ。
元々そこまで球速はないため、左のサイドスローから、角度をつけてムービングを投げることで技巧派のイメージが強い。
少なくとも今年は抜群の安定感で、五回を投げて五点以上取られた試合は二試合だけ。
21勝2敗というのは、自分でも出来すぎだと思う。
長めの契約を取れて、それはありがたいものであった。
だがウィッツは技巧派になってから、毎年のようにそのパフォーマンスを上げていった。
そんなに長いキャリアになるとは、思ってもいなかったのだ。
あるいは今の長期契約が切れてから、まだ契約を結べるか。
成長曲線を見れば、明らかにウィッツは晩成。
こんなことなら短い契約で、二度の契約に分けていれば、もっと自分の腕が高く売れただろう。
あと何年投げられるか、というのはウィッツの頭の中では常に考えられている。
その答えの一つは、大介が執着している対戦相手にあると思う。
アナハイムの佐藤直史。
ミラクル、あるいはマジシャンと呼ばれることの多い、超絶技巧のピッチャー。
当然ながらウィッツは、直史の経歴をデータだけではなく、同じチームであった大介からも聞いている。
そして単純に才能とだけも言えない、そのスタイルを知ることになるのだ。
もちろん才能が、ないわけでもない。
ただその一番分かりやすい才能は、壊れない肉体というものだ。
プロ入り三年目ということはあるが、ハイスクールでもカレッジでも、故障らしい故障をしていない。
それでいてまだ子供の頃から、とにかく投げることにこだわっていた。
アメリカでは絶対に指導者がやらせない練習法。
それを自分ひとりで、独学でやってああなったのだ。
そんな基礎の上に積み上げられたのが、高校時代の的確なトレーニング。
二ヶ月ほどで球速を一気にアップし、それからも順当に球速がアップしている。
もっとも球速は副産物で、重要なのは楽に投げる体に作り変えているということだろうが。
MLB標準からすると、あまりにも小さくて軽いのに、あれだけのピッチングが出来るのか。
ただそれは大介の方がより小さいので、侮る理由にはならないが。
マウンドに立つウィッツは、丁寧に組み立ててトローリーズに投げる。
とにかく初回に失点するのが、一番まずい。
15球という平均的な球数で、一回の表を抑える。
七回まで投げれば上等で、無理なら六回まで。
少なくとも九回は、上杉に完全に任せることが出来る。
打線の援護に恵まれただけ。
そう言われているのは知っているし、それを認めないわけではない。
だがそれでも今年のウィッツは、21勝2敗。
ジュニアが売り出し中の若手であるなら、ウィッツは晩成のエース。
去年もポストシーズンは三回先発して、2勝0敗。
今年もサンフランシスコ相手に勝っているので、去年からまだポストシーズンでは負けていないのだ。
ベンチから味方打線の攻撃を見守る。
この試合もおそらく、リードして終盤、特に九回を迎えた方が勝つ。
お互いに上杉とゴンザレスという、圧倒的な支配力を誇るクローザーがいるのだ。
ただ上杉を打てるバッターはいないだろうが、ゴンザレスを打てるバッターはいる。
大介の打席が九回にあり、そして勝負してくるなら、そこで打つことは出来る。
ポストシーズンの試合、もしも敬遠するとしたら、それはもうMLBではない。
大介が規格外であろうと、申告敬遠など出来ないだろう。
いや、冷徹に勝負に徹するのか。
それもまたMLBのポストシーズンの、シビアな一面であるかもしれない。
そんなことを考えていたら、カーペンターは凡退し、そして大介がヒットを打っていた。
右中間を破ったボールはフェンスでスピンがかかって変にバウンドし、そして大介は俊足で三塁に達する。
ホームランよりもよほど珍しいスリーベース。
これで一死三塁のチャンスである。
続く三番のシュミットは、確実にフライを打っていった。
やや角度がついてしまったが、それでもセンターが深くまでバックする。
キャッチしたのはフェンス際で、そこから大介はタッチアップ。
余裕でホームを踏んで、まずは一点先制。
(一点じゃ足りないな)
ウィッツは冷静に状況を判断する。自分を過信したりはしない。
ハイスコアのゲーム展開にならないと、メトロズが勝てる可能性は低い。
なんだかんだと言いながら、ウィッツは三回までは無失点に抑えた。
だがそこから、失点していく。
重要なのはビッグイニングを作らせないこと。
トローリーズにいくら打てるバッターが多くても、メトロズほどではない。
そしていいバッターも、打率はせいぜい三割といったところ。
四割を打って、ヒットの40%がホームランとなる大介とは違う。
そんな大介は二打席目、ランナーがいるところで歩かされた。
ただシュミットも今度はクリーンヒットを打つ。
六回までを終えて5-3でメトロズのリード。
勝つならばもっと点を取り合う、ハイスコアゲームにするべきであった。
だがロースコアとも言えない、普通の展開である。
七回が終わった時点では5-4と一点差に詰め寄られていた。
大介はまたも敬遠される。
今日の大介は二打数一安打で、五打席目は回ってこないかもしれない。
九回の表をリードして終われば、それでメトロズの勝利となる。
すると当然ながらもう、五打席目は回ってこないわけだ。
メトロズベンチもこの一点差の場面、どうすればいいかは分かっていた。
八回の表、ピッチャーはバニングからライトマンではなく、一気にクローザーの上杉へ。
回またぎで投げさせる負担は、確かに問題になるだろう。
だが明日は移動日なので、一日の間隔が必ず空くことになる。
ならば二イニングを任せる。その判断に、上杉は当然のように頷いた。
サンフランシスコとの対戦も、最初の一戦だけであとは登板の機会がなかった。
上杉は試合に飢えている。
故障から一年のリハビリをこなして、ようやくマウンドに戻ってきた。
登板数自体は、当然ながら先発の時よりも多い。
だが投げたイニングや球数は、それに匹敵するはずもい。
奪三振率では、完全にクローザーの中でも突出している。
ちゃんと準備をした上で、このマウンドにも立っている。
トローリーズはこれを恐れていた。
今季無失点の、パーフェクトクローザー。
実際にはヒットは打たれているので、パーフェクトではないのだが。
ただ、一年を通じて無敗のクローザーはいたが、無失点のクローザーはいなかった。
なので最も完璧に近い、とは言ってもいいだろう。
クローザーとしてなげても、ほとんどの試合は三人で終わらせてしまう。
リーグをまたいで移籍しているので、セーブ王にはならないのだが、なんらかの表彰を受けることは確実だろう。
終盤までに、リードして九回を迎える。
トローリーズが普段は得意としていて、昨日もこれで勝った展開だ。
だが上杉の投げるボールに比べれば、まだゴンザレスのボールは打たれる可能性がある。
メトロズには大介がいるのだから。
大介がNPB時代、先発のポジションであったとは言え、上杉からホームランを打っている記録は、すぐに引き出せたものだ。
八回の表が、三者三振で終わる。
これはもう、試合も終わったな、とお互いのベンチだけではなく、球場全体が分かっていた。
105マイルを記録している上杉であるが、一球だけは106マイルが出ていた。
それでも日本時代に比べれば、MAXは落ちているのだが。
いくらなんでも109マイルはないだろう、と多くの人間が思う。
だが日本時代は109マイルは少ないながらも、108マイルまではバンバンと出していたのだ。
そしてそんな上杉が先発しても、スターズは時々負けていた。
上杉の使い方が下手だったとも言えるし、選手層が薄かったとも言える。
全体的に弱いのを、上杉のカリスマ性で無理やり引き上げていた。
それがNPBにおけるスターズであり、今年もレギュラーシーズンは最下位に終わっていた。
上杉の帰還を、スターズは待っている。
だがその前に上杉は、とりあえずこのチームも優勝させておきたい。
甲子園で一度も優勝できなかった、五季連続でチームを甲子園ベスト4まで勝ち上らせたピッチャー。
彼は優勝という言葉に飢えている。
八回の裏、メトロズの追加点はなし。
一点差のままで九回の表、上杉がマウンドに立つ。
インロー、高めのボール球、インハイ、そしてアウトロー。
ボール球を振らなかったと言うよりは、目がついていかなかったのか。
アウトローの球はまだ目はついていったが、完全に手が出なかった。
スイングしてもバットがボールに当たることさえなく、三振を奪う。
インハイからのアウトローで、上杉のボールは打てなくなる。
体の近くに170km/hを投げられて、次に踏み込めるはずもない。
失投を待って打つしかないのだろうが、上杉はコントロールもいい。
少なくともストレートであれば、狙ったコースに投げ込むことが出来る。
ストレートにとにかく強いバッターが、代打で出てくる。
普段から170km/hのストレートを、マシンで打っているからだ。
だが上杉のストレートは、マシンで再現できるようなものではない。
空振りが続いて、三球目にようやく当てることが出来た。
そこにツーシームを投げ込んで、内野ゴロにしとめる。
怪物が二人もいる、反則のようなチーム。
その強みをようやく、この第二戦では見せられている。
大介自身は打点がつかなかったものの、ホームベースを踏むこと二度。
一点差のゲームにおいて、その重要度は言うまでもない。
大介が二塁にいるなら、普通の単打でもホームまで一気に帰って来れたりする。
フィッシャーから盗塁を決めて、得点圏には進んだのだ。
上杉はもう、最後のバッターに強力なストレートを投げ込む。
それを受けるキャッチャーとしては、メジャーのスピードボールに慣れていても、恐怖でしかない。
バッターはどうにかスイングして空振りしていくが、出来れば前に飛ばしてあっさりとアウトになってほしい。
上杉のストレートというのは、それほどに危険なのだ。
アウトローに決まったストレートに、手が出ずに見逃しの三振。
ゲームセット。5-4でメトロズは第二戦を勝利する。
勝ち投手はウィッツに付き、そしてインタビューは主に上杉にやってくる。
クローザーとして九回だけではなく、八回までも投げた。
ただ元々は先発の上杉は、複数イニングを投げても集中が途切れることはない。
これで一勝一敗で、ロスアンゼルスに移動することになる。
同じタイミングで逆に、アナハイムはニューヨークへとやってくる。
あちらはメトロズと違い、二連勝で敵地に乗り込んでくる。
ニューヨークはニューヨークでも、ラッキーズとの対戦であるので、メトロズファンには関係ないが。
単純な野球ファンであれば、そちらにも観戦に行きたいであろう。
怪物はアナハイムにもいる。
もっとも第一戦で投げているので、ニューヨークでの対戦では、投げない可能性の方が大きいが。
今年のニューヨークはどうやら、MLBの神様に愛されているらしかった。
もしもメトロズととラッキーズとの対戦が実現すれば、それはサブウェイワールドシリーズともなる。
だが、大介はそれはないだろうと思っている。
ラッキーズのエースに直史が投げ勝ち、そしてそこから流れはアナハイムのものとなっている。
直史に完全に封じられたラッキーズが、普段通りの力を出せるかどうか。
プロなら切り替えていけと言われるのかもしれないが、大介は直史に陵辱される敵打線というのを、散々に見てきた。
高校時代はまだマシであったが、大学以降はひどかった。
そしてまたプロ入りしてからは、大介のいたライガース相手でも、パーフェクトを達成している。
直史と対戦するなら、魂を削っていかなければいけない。
それぐらいの覚悟がないと、あのボールは打てないのだ。
直史に実際に言わせれば、そんなこともなく合理と読みと運でどうにかなるのだが。
(まずはトローリーズに勝つことだ)
本拠地トロールスタジアムは、大介も好きな球場である。
カリフォルニアの陽光は、大介を明るい気分にさせるのだ。
ポストシーズンが進むごとに、選手たちは何かを削っていく。
レギュラーシーズンとは、かかる負荷が全く違う。
その中で大介は、またそろそろ打っていかないとな、と思っていた。
21打席で17出塁。
まだまだその力は、全力では発揮されていない。
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