第49話 調子のいいアイツ
第一打席のフォーク三連発は、言わば奇襲のようなもの。
二打席目には通用しないだろうな、と本多は考えていた。
実際のところ、一つボール球を混ぜれば、案外大介もまた引っかかったりするのだ。
大介は野球の配球に関しては、それなりに頭を使う。
だから頭の悪い配球を、頭のいいはずのピッチャーが使うと引っかかる。
直史の棒球ど真ん中に、思考が止まったのと同じようなものだ。
あれは体が反射的に打ちに行って、思考がそれを止めてしまった。
そしてあの一球以外、直史は長らくあんな配球はしてこない。
本多のフォーク攻めについても、ここまで大介はじっくりと軌道を見てきている。
そして自分以外のバッターに対しては、いつもの落差のフォークしか使っていないことに気付いている。
意識がもう、フォークに向かってしまっている。
この時点で既に、本多のほうに有利な舞台になっているのだ。
2-0という数字をどう捉えるか。
ツーラン打てば同点で、スリーラン打てば逆転だな、というのが大介の思考である。
ただここで、先頭打者として打席が回ってきた。
まだノーヒットに抑えられている状態で。
メトロズの強力打線を、ここまでノーヒットに抑えてきたのは、素晴らしいピッチングだと言える。
本多は調子に乗ると止まらないが、完全に調子に乗りかけている。
大介のこの打席の役割は、とりあえずそれを止めること。
そして得点のきっかけを作ることだけだ。
(勝負は次に回すか)
せっかく本多が真剣にやってくれているのに、申し訳のない気はする。
だがチームスポーツなのだから、まずは最低限のことはやらなければいけない。
重要なのは出塁すること。
ボール球には手を出さない。
レギュラーシーズンでは、ボール球でも狙っていった。
そっちの方が得点の期待値は高くなるから。
だがポストシーズンは、一試合の重さが違う。
まだ第一戦とはいえ、ここでメトロズが、まさかとは思うがノーヒットノーランでも食らったら。
大介は慣れているのだ。
(でも他の皆は、去年のエキシビションを思い出すかもな)
なのでじっくりと、単打でもいいから確実に出る。
初球ツーシームが外に外れる。
狙ったなら打てたが、今はしっかりと足を地面に着け、落とすところも狙っていく。
好球必打。
普段の大介が完全に無視している言葉を、この打席では心がけているのだ。
もっとも大介にとっては、自分の打てる球こそが、いい球であるのだが。
低めに外れるフォークも見逃し、ボール球が先行。
バッター有利のカウントとなり、大介も球種をある程度絞っていける。
(まあここで投げるとしたら)
普通のバッター相手であれば、ここで投げたいボールは分かる。
本多のフォークで前の打席、散々に目をそちらに向けていた。
そして今も、低めに外れるフォークを投げた。
だが、だからといってこの布石の張り方から、次のボールを予想するのは簡単すぎて逆に怪しい。
本多が納得した上で、それでも大介には打たれないであろうボール。
(狙うか)
狙ってちゃんと、あのあたりに打つ。
そう考えていた大介に投げられたのは、ストレートだった。
高めのストレート。
しかしこれは、わずかに外れている。
ここまでフォークを散々に投げられていた大介には、目がついていかないホップ成分。
さらに高めに外れているため、レベルスイングで打ってもボールの下を叩く。
そう予想していたのだろう。
少なくともこのボールは、ウイニングショットのつもりではなかったはずだ。
だが大介は打った。
高めにわずかに外れていようと、肩の位置を高く固定し、そこから腰の回転を使う。
高めであるためむしろ、かたの駆動域が狭い。
なのでバットの加速する間合いが取れない。
しかし大介は、体の開くのを少し早くして、その距離を稼ぐ。
バットは撓るように動いて、ボールを叩いた。
「しまったな」
ジャストミートしたつもりであった。
そして外野の間を抜いて、フェンス直撃の打球となると思っていた。
実際のボールは高く上がって、そのままバックスクリーンを直撃した。
「ミスショットか」
首を傾げながら、大介はベースランを始めた。
狙い通りの打球でないのなら、それはミスショットだ。
結果オーライでやっていけば、そこには成長がない。
大介はとても野球を楽しむ野球少年の魂をいまだに持っている。
そしてその魂の中には、野球が上手くなりたいという貪欲さも含まれているのだ。
大介に打たれた本多は、後悔はしないが反省はした。
外した高めの球を、まさかあんなふうに打たれるとは。
大介の打球のデータを分析したら、むしろ高めのボールは打率こそ高くても、フェンス直撃などでホームランには至っていない場合の方が多いはずであったりする。
ただこういう大舞台で、大介は強いのだ。
それをまさか、日本で散々日本シリーズを見ていた本多が、忘れていてはいけないものであったのだ。
ホームランを打たれたら、だいたいピッチャーとバッターの勝負は、バッターの勝ちと言っていいだろう。
一打席目は抑えたが、ここで一点差になるホームランは、打たれてはいけなかった。
そして一つの勝負は終わったが、次の勝負はまた始まるし、試合の決着はついていない。
野球は負けるスポーツだ。
甲子園で学んだのだ。トーナメントで最後まで勝ち進んだ者のみが、敗北を知らなくて済むと。
そしてプロに入ってからは、一度や二度の敗北で、落ち込んでいる暇などはない。
大介の後にも、メトロズは強力なバッターが控えている。
スコアボードには1の数字が映っているが、試合はまだ2-1のトローリーズリード。
(あと二打席は回ってくるわけか)
それまでに本多は交代するだろうし、そもそも勝負させてもらえるとも限らないが。
敗北は勝利への糧。
本多は続く三人を、冷静に処理していくのであった。
仕方のないことなのかもしれないが、本多の球数は増えていた。
しかしその分、ランナーもあまり出していない。
メトロズの一巡目をノーヒットで抑えたのは、たいしたものである。
だが結局は、大介に打たれてしまった。
あの破壊神は、いったいどうやったら止まるのか。
もちろん長いシーズンの中で、大介とちゃんと勝負して、打ち取っている者はいる。
三振数18というのは少ないが、ちゃんと勝負して勝っているピッチャーもいるのだ。
本多にしても一打席目は、ちゃんと打ち取ることが出来た。
三番以降も恐ろしいチームであるのに、本多はしっかりと打ち取ってくれた。
トローリーズベンチとしては、これ以上は求めない。
六回の表には先発スタントンから、三点目を奪ったトローリーズ。
その裏に大介の三打席目が回ってくる。
大介の前にランナーが出たら、本多を交代させる。
そして大介は敬遠だ。
ツーアウトからなら大介が塁に出ても、どうにか無失点で切り抜けることが出来るだろう。
楽観的な考えであるが、トローリーズにも絶対的なクローザー、ゴンザレスがいる。
本多はバッター二人をアウトにしたら、大介と勝負していい。
今日はここまで大介のホームランを別にしたら、フォアボールの一個の本多なのだ。
球数は増えているが、それでもしっかりと抑えている。
この六回をどうにか抑えたら、七回からは勝ちパターンのリリーフが待っている。
ただ大介の四打席目は回ってくる。
そこで勝負をするのかどうか、トローリーズベンチは迷っている。
期待値だけで考えたら、敬遠するしか選択肢はないのだが。
(この回までだな)
ブルペンの準備がされているからではなく、本多は自分で自分の余力を測っている。
おそらく大介との三度目の勝負以降、もう投げ続けるだけの集中力が続かない。
本多は間違いなく優れたピッチャーであるが、NPBでは下位打線に一発を食らうことも多かった。
それは集中力を上手く分散して使わないと、とても九回まではもたないからだ。
本多もまた、高校時代からの影響もあるが、基本的には完投をしたいピッチャーだ。
MLBのレベルになれば、さすがによほどの貧打のチーム以外は、なかなか息を入れて下位打線でも投げることは難しい。
ましてやメトロズ相手には、球数もかなり嵩んでいた。
気力を振り絞って、アウト二つをもぎ取る。
そして大介との、三度目の対決が回ってきた。
左バッターの大介に、この場面なら左殺しを投入してくることもあるかな、とは考えた。
ただそれをすると大介も、出塁ということを考えたかもしれない。
今日の本多は出来すぎであるが、元々これぐらいのスペックは持っていたのだ。
ランナーのいないツーアウトで、大介はもちろん長打を狙う。
続くクリーンナップは強大であるが、それでも三割打てればいい方なのだ。
ここで打てたら、一点差に縮まる。
そしてもう一打席、確実に大介には回ってくるのだ。
そこでまで勝負してもらえることは、さすがにないだろう。
だが敬遠されたとしたら、そこから足を使って、クリーンナップに帰してもらうことは出来るだろう。
果たしてどういう組み立てで来るか。
ストレート、ツーシーム、フォーク。
フォークは二段階の変化があると、ちゃんと意識しておいた方がいい。
スイングスピードを意識して、しっかりと叩く。
それでまたスタンドへ運ぶ。
ツーアウトからなら、長打を狙っていくしかないのだ。
いや、そろそろ本多もガス欠を起こす頃だろうか。
今日の球数からして、かなり消耗しているのは確かだろう。
トローリーズは当然のことだが、まだまだ先を見据えている。
この取れそうな試合を確実に取るのは必要だが、かといって本多に無理をさせるわけにもいかない。
チーム一のエースはやはりフィッシャーだろうが、本多は実質二番手。
この対決がもつれればもう一回、そしてワールドシリーズに進出すれば二回、今年は投げてもらわなければ困る。
なのでこの大介との対決で、潰してしまうわけにはいかない。
確実に次の試合も、投げてもらわないといけないのだ。
初球、本多の投げたボールに、大介は反応しなかった。
高めに外れたストレートは、さらに球威を増していた。
打たれても打ちとっても、今日はここまで。
そう考える本多は、全力を大介にぶつけてくる。
今の球を打っていれば、外野フライで終わっていた。
大介としては基本的に、ゾーンの中を打っていく。
普段ならそうでもないが、ポストシーズンは一打席の価値も上がる。
大介としては確実に打っておきたい。
ホームラン以外ならOKという、本多に有利な状況。
だが全力を出して投げても、ホームランを打ってくるのが大介である。
どの球種を主体にして投げるか、組み立ては既にベンチで決めてある。
日本時代から本多の決め球は決まっている。
MLBに移籍してから効果的なツーシームより、まずはフォークを。
大介に対しては、これをメインで勝負する。
二球目のフォークを、大介は振りに行った。
だがこれは違うと、スイングはそのままボールの上を通り過ぎる。
あの普段よりも落差のあるフォーク。
下手に合わせていっても、センター前にポトンと落とすのが精一杯。
あるいはピッチャー返しとなるか。
これで平行カウントだが、本多はまだゾーンに投げてきていない。
ストレートとフォークを使って、ツーシームはまだ投げていない。
そう思っていると、ゾーンから外れたツーシームを投げてきた。
大介は余裕で見逃して、またもボール先行となる。
フォークをメインに組み立ててくるのか、と大介は予想する。
結局のところ今日の第一打席も、一番信頼しているフォークを投げてきていたのだ。
フォークを上手く活かすために、他の球種を使っていく。
大介から見ても、悪くはないと思える。
次のボールも、おそらくはフォーク。
それを読んだ大介であるが、どちらのフォークを投げてくるかが問題だ。
どちらにも対応していくのがいいのか。
だがそれだと打球は、スタンドまでは届かないだろう。
息の詰まるような投打の対決。
観衆はその一瞬のために、目を皿のようにして舞台を見つめる。
本多は溜めたフォームから、一気に投げてくる。
(フォーク!)
そして大介はトップを、固定した位置から膝や腰で調整する。
スイングはゴルフスイングに近い。
ゾーンから低く外れたボールを、ジャストミートした。
これは、本当ならさっきの打席で打ちたかった打球だ。
ノーアウトからとツーアウトからでは、狙う結果は違うのだ。
打球は左中間を切り裂き、フェンスを直撃。
元々深く守っていた守備は、そこそこ素早く打球を処理する。
大介はそれでも、余裕のスタンディングダブルであった。
(ミスったな)
この場面こそ、ホームランが必要であったのに。
続くシュミットの前に、トローリーズはピッチャー交代。
そして大介はホームに帰ることはなかった。
総合的に見て今日の本多との対決は、大介の判定負けと言ってよかったかもしれない。
終盤のリリーフ同士の対決は、勝っているときのリリーフ陣を使うトローリーズが、優勢に試合を進める。
なんなら投げようかとすら思う上杉であるが、ブルペンまでは行くが肩を作るところまではいかない。
四点目を入れるトローリーズに対して、メトロズもまた一点は返す。
そしていよいよ八回には、大介の四打席目が回ってきた。
二死ランナーなしで、点差は二点。
ホームランを打たれても、まだリードしているという状況だ。
ここで大介が打ったとしても、同点にまで至らなければ、上杉を使うこともないだろう。
そして九回の裏には、トローリーズもゴンザレスを投入してくるはずだ。
この回の攻撃で、追いつく必要がある。
ただトローリーズも勝ちパターンのセットアッパーを使っているので、二点はきついかもしれない。
まだツーアウトでなければ、引っ掻き回すことも出来た。
だがここから二点を奪うのは、かなり厳しいことだ。
ホームランを打ってとりあえず一点差にするか。
その辺りの判断がつく前に、大介に申告敬遠が発動である。
酷い話だ。
今日は四打席でヒット二本と敬遠一つ。
ポストシーズンに入ってからは、17打数の14出塁。
ヒットを6本打っていて、そのうちの3本がホームランなどというものだ。
だが問題なのは、17打席で8つもフォアボールが出ているということ。
そしてこれで、申告敬遠が7つめ。
ポストシーズンになれば、力と力の対決だなどと言ったのは誰だったのか。
それでも本多は三打席勝負したし、唯一真っ当な勝負相手と言ってもいいだろう。
もっともその結果はヒット二本で、しかもホームランも打たれているというものだが。
三番のシュミットがまたフォアボールを選び、これでツーアウトながら一二塁。
だが得点が入らない気がするのは、どうしてだろうか。
大介はセカンドベース上から、三塁をうかがっていた。
しかし四番のペレスは、外野への大飛球でスリーアウト。
距離はあったのだが、フライ性のボールでは、外野に追いつかれたらアウトになるのも当然だ。
九回の表、トローリーズに追加点はなし。
上杉の出番は回ってこない。
そして九回の裏には、トローリーズはゴンザレスを投入。
102マイルのストレートに、ムービング系とチェンジアップ。
キャッチャーの構えたコマンドにしっかりと投げてくるこれを、先頭打者のシュレンプはライト前にヒット。
メトロズはまだ終わっていない。
それでもやはり、六番以降のメトロズは、かなり打力は落ちる。
代打まで駆使したものの、それでも点にまでは結びつかない。
上杉に比べればまだ打てる。
そうは思うのだが、ゴンザレスもまた優れたクローザーだ。
三者凡退でゲームセット。
まず試合はトローリーズが先取した。
今日の試合のトローリーズの勝因は、やはり先発本多の好投によるものが多いだろう。
大介にホームランとツーベースを打たれたものの、そこで崩れるということがなかった。
トローリーズベンチとしても、かなり計算通りの継投が行えたはずだ。
ただメトロズの強力打線の中でも、大介だけは抑えることは出来なかったが。
メトロズの敗因は、先発のスタントンに求めるべきだろうか。
そうは言っても六回を三失点なのだから、クオリティスタートは出来ている。
敗因はやはり、本多の出来が良すぎたということが言えるだろう。
大介以外で点を取っていないので、トローリーズはしっかりとリードした優位を最後まで確保した。
それ以外には特に敗因と言えるものはない。
いくら調子がいいからといって、先発から一点しか取れなかった、メトロズ打線はやはり責められるべきだろう。
大介を抑える手段である、大介以外を抑える。
それをトローリーズは達成したのだ。
ただそれはあくまでも、本多の調子が良かったから言えることだ。
今年のメトロズはレギュラーシーズン、全ての試合で三点以上を取っていた。
やはり強力打線を抑えるピッチャーがいれば、メトロズには勝てる。
アナハイム首脳陣などは、間違いなくそれを確信しただろう。
明日の第二戦は、メトロズがウィッツで、トローリーズがフィッシャーという対戦。
レギュラーシーズンでは本多よりも安定して投げていたフィッシャーは、トローリーズのエース。
ウィッツと比べると勝ち星では劣るが、他の指標ではおおよそ上回る。
これをメトロズの打線が打てるかどうかが、試合の行方を左右するだろう。
もしも二連敗したら、ロスアンゼルスへ飛んでそこからあちらのホームで戦うことになる。
大介はあのスタジアムは好きだが、MLBでも最大の収容人数を誇るスタジアム。
そこであちらの応援の中、精神的に不利な状況で二勝以上はしないといけなくなる。
大介はレギュラーシーズン中は、敵地でも声援を受けることがあった。
だがポストシーズンはそうはいかない。
(ワールドシリーズに進めなかったら洒落にならないぞ)
そう思う大介であるが、ピッチャーではない大介に、あちらの打線を完全に抑えることなど、出来るはずもないのであった。
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