第39話 選択
オーナーとGMとFMでは考えることが違う。
もちろんある程度は意見のすりあわせを行うし、自分と同じ考えの人間を、上の立場の人間は下に持ってくる。
ただそれぞれの立場で、やはり目指すものは違うのだ。
基本的にオーナーは収益を、GMは優勝のための編成を、FMは存在する戦力での優勝を。
しかし今はそれとは違う、特別な話し合いが持たれている。
どの記録を優先するのか。
現場のFMと編成のGMの立場は同じである。
目指すべきは優勝だ。
そのために記録が達成できなくても、ベストコンディションでポストシーズンに向かわなければいけない。
ただしオーナーにとっては収益が一番のはずだ。
大介の記録、上杉の記録、球団の記録。
これらを無理に狙うよりも、上手く休ませながら使っていくしかない。
オーナーのコールには選手の直接の指揮権はない。
だがGMやFMにとっての雇い手はコールである。
もしもコールが記録のために、故障中の選手を早く呼び返すようなことなどを言ったら、二人でどうにか説得しよう。
ティバッツとビーンズはそう事前に話し合っていたが、コールの反応は意外なものであった。
他の記録は全て不要。ただ優勝だけを狙うと。
単純に集客だけを考えれば、大介が打って、上杉が抑えるのが、一番盛り上がるところだろう。
だがそれはその二人に、それだけの負担がかかってしまうということだ。
ポストシーズンは全力で戦うことになる。
ある程度流してもいいレギュラーシーズンとは全く違う。
今はただでさえ、スタメンが薄くなっているため、大介には負担がかかっている。
万一にもポストシーズン前に、故障でもしてしまったら大事だ。
もっともそれは大介が、実際に消耗していたらということである。
FMのディバッツに、無理に大介や上杉を使わせるつもりがないので、コールもまた安心した。
大切なのは優勝だ。去年に続く連覇だ。
上杉はどうせ来年は、日本に帰ってしまうのだ。
それにこちらに残ったとしても、その年俸は相当に高いものにせざるをえない。
一年こっきりなので、メトロズが契約で縛ることは出来ないのだ。
今年のオフは投手力を重点的に補強するべきだろう。
マイナーから上がってくるにも、上杉を獲得するため、かなりのプロスペクトを放出してしまった。
ライトマンはクローザーとしての絶対的な支配力は、もう失ってしまっている。
リリーフとして何度も失敗しているわけではないが、クローザーとして働いてもらうには、もうさすがに力不足だろう。
ただ打線も先発も、今年でFAになる戦力がそれなりにいる。
もっとも打線については、ある程度の目星はついている。
それでもどうにか先発は、一人ぐらいスーパーエースと言ってもいいぐらいの選手がほしいが。
ビーンズとしては大介が、比較的安く使えるこの三年は、全てコンテンダーとして優勝を狙っていけると思う。
なので少しばかり無理をしてれも、FAでいい選手を取ってきたいものなのだ。
もっともストーブリーグの話は、全てのポストシーズンのプレイオフが終わってからだ。
今はただ、ポストシーズンに全力を注ぐのみ。
そして九月に入ってから拡大された選手枠から、誰を試していくか。
ここでいい数字を出せる選手がいれば、FAでの補強を最低限にすることが出来る。
やはり自前で育てた選手が、しっかりと結果を残してくれれば嬉しい。
何よりそちらの方が、安く済むのだ。
疲れ知らずの体力お化けである大介に、一つの指示が下された。
盗塁は控えめに、というものである。
スライディングは接触の機会もあり、故障の原因になりやすい。
グリーンライトを持っていて、自分の判断で走ることが許されている大介であるが、これまでよりもさらに慎重に、ということだ。
そうは言われても今年、既に大介の盗塁数は95にまで至っていた。
これだけ走るからこそ、相手も勝負せざるをえない。
だが今は、一時的に打線が弱くなっている。
下手に走ってバッティングの機会を奪わない。
そして自分のバッティングは、常に長打を狙う。
ワシントンとの三連戦のカードが終わったとき、大介の打点は去年と同じ、200にまで達していた。
だが自分たちの成績とは別に、気になる数字が出てきている。
メトロズが98勝の現在、既にアナハイムは100勝に到達したのだ。
消化した試合数は、日程が調整されて同じになっている。
九月はまだ試合があるが、二勝の差があるのだ。
ただチームの傾向として見ると、アナハイムは比較的、安定した強さを持っている。
メトロズが20連勝したような極端な連勝は、アナハイムには15勝と10勝がある。
その代わりと言ってはなんだが、連敗は少ない。
もちろんメトロズも連敗は少ないが、どちらも全く連敗がないわけでもない。
勝ち星二つの差は、直接対決のカードが一つ残っていれば、逆転できるものだ。
だが直接対決がないというのが、チームの総合力を試されている。
軽い故障でリストに入っていた上位陣も、間もなく戻ってくる。
そこからどれだけ勝ち星を積み重ねていけるか、それが問題となる。
ホームでワシントンと戦い、そこからは遠征でアウェイの九連戦。
去年も後半に多かった、連戦が続いている。
遠征中の連戦は、どうしても移動のために、一日が潰れることはある。
そこで休めるかというと、なかなか微妙なところだ。
移動中の機内で、上杉が弱音とも言えないぐらいの愚痴をこぼした。
「やはりこの移動の多さはたまらんな」
上杉でさえそう言うというか、上杉ならばそう感じるだろう。
NPBにおいて上杉ハ、セの在京球団にいた。
主に対戦する中には、東京の二チームがあった。
それだけ移動の回数は少なく、まして上杉は先発投手であった。
NPBはMLBと違って、ロースターの人数とベンチ入りの人数が違う。
なので極端な話、チームが西に遠征に行っている間、ホームで二軍の練習に混じったりしていたわけである。
大介の場合は、近くても広島、あるいは愛知。
交流戦でも近いのは大阪ぐらいで、そして野手であるためずっとチームには帯同している。
ただこのあたりは直史もだが上杉も、中四日を試していた。
なのでNPBの他のピッチャーよりは、確実にMLBの日程にはついていける方であろう。
それにしても上杉は、NPBのルーキーイヤーにやったとはいえ、よくMLBでもクローザーをしているものである。
チームへの貢献という意識が強い上杉であるが、先発としての意地もあっただろう。
せっかくの機会なのだからと、畿内で特にすることがない間、そのあたりのことを尋ねると上杉は割りとあっさりと答える。
「ワシは客分だからな」
だから便利使いされても、仕方のないことだと考えているらしい。
上杉は間違いなく、便利使いと言うよりも主戦力だが。
MLBで投げるつもりは、本当に来年はないのかと尋ねると、ないときっぱりと言った。
「毎年のようにチームの間をふらふら移動するのは、ワシの性に合わん」
「それなら契約でトレード拒否権を盛り込むとかあると思いますけど」
「チームが動かしたいと思っても、動かせない選手にもなりたくない」
それが上杉の美学であるらしい。
上杉は日本に戻り、スターズで現役を終える。
「新潟に新球団でも出来れば、少しは変わるがな」
もう神奈川は上杉にとって、第二の故郷と言えるのだろう。
MLBで一年を過ごしたのは、治療してくれたボストンへの義理と、そしてそのボストンが戦力として若い選手をほしがったからだ。
メトロズは今年限りと知った上で、上杉を取った。
だから選手として当然全力は尽くすが、特に愛着も湧いていない。
短期間の間にも、上杉にはファンが出来ている。
だがそれは上杉を、日本からずっと、切り離しておくほどのものでもないのだ。
プロとして、どう生きるか。
上杉の考えを聞いて、大介もいささか思うところはある。
大介もまた基本的には、チームをころころと変えたくはない。
アメリカの価値観的には、転職なども何度もして、そのたびにキャリアアップしていくのが、有能な人間なのだという価値観がある。
プロ野球選手はまた違ったものであるはずだが、それでもなかなかに一つの球団で終えたスタープレイヤーは少ない。
古くはベーブ・ルースなども、元はボストンでキャリアの序盤を送った。
ただ最初は他のチームにいても、FAで移籍してからは最後まで、ずっとそのチームにいたという選手ならそこそこいる。
それでも戦力均衡のために、どうしても一人の選手に出せる金は限度がある。
大介がこの先もずっとメトロズにいたいと思って、少しぐらいなら安い年俸でもいいなと思うと、今度は逆に問題になる。
トップ選手が安く契約するというのは、その能力に応じた報酬を得るべきだという、アメリカの価値観にまた引っかかるのだ。
そこまでを考えて、だからセイバーは大介を、メトロズに入れたのか、と思った。
メトロズはかなりの金持ち球団であるし、それ以上にオーナーが出せる資金をほぼ一人で決定できる。
大介が必要な戦力だと証明し続ける限り、広告的価値もある大介を、トレードやFAで放出する可能性は低い。
ただキャリアを重ねただけで、高い年俸を得ようとは、大介も考えていない。
安売りするつもりはないが、大型の複数年契約を結ばないことによって、メトロズのチーム編成を変に歪めることはないはずだ。
ただ、将来パフォーマンスが落ちて、それでも想像以上に、安く見られてしまった場合はどうするか。
(その時は日本に帰るか)
他の球団を探すというのではなく、あっさりとその選択が浮かぶのが、大介のMLBに対する愛着の限界だ。
こうやって大介が、将来もおそらくメトロズにい続けることを選択するだろうと、セイバーは考えていたのだろうか。
ならば直史をアナハイムに紹介したのも、いや直史にアナハイムを紹介したのも、ある程度の長期の契約を見込んでのことではないのか。
アナハイムとメトロズは、それなりに金持ちであり、一人のオーナーの権限が大きいことが共通している。
直史は今の契約が終われば、価値の高すぎる選手となる。
もちろん本人は日本に帰るつもりであろうが、もしもアメリカに残るとしたら、その年俸を払えるチームは限られてくる。
それに直史は単純な年俸意外に、住環境などを重視する人間だ。
ならば慣れたアナハイムと、そのまま契約を更新するという可能性は高い。
(いや、あいつを三年以上、こっちに残すルートなんてあるのか?)
大介としては、そこが気になる部分である。
直史は本当に、大学卒業以降はもう、本気の勝負の野球をやるつもりはなかった。
ただ一定レベル以上での野球は楽しみたかったため、有力なクラブチームには所属した。
それも司法試験や実際の仕事が始まり、また瑞希の出産なども含めて、かなりスペックは落ちていたはずだ。
その基準は他の人間とは、かなり違っただけの話だ。
直史を五年間、野球の世界に引きずり込んだのは、大介である。
言い訳をするなら悩むようなら、素直に諦めていた。嘘ではない。
そしてMLBに来る気もなかったし、もしもMLBに途中で行ったらどうするんだという問いにも、その時は追いかけてきてくれと言ったのだ。
直史はレックスとの契約で、わざわざそれを契約の内容に入れていた。
そのためたったの二年で、レックスからアメリカに渡ってきたわけである。
このあたりセイバーの影が見えるが、結果的にはよく働いてくれているのでよし。
大介との五年の約束を拡大解釈し、MLBでも四年間投げてもらうのか。
だがそれは二人の間で、明確に残り三年だという共通認識が生まれている。
大介としては残念だが、家族との親密な生活を犠牲にしてまで、直史がさらにMLBに残る可能性は低い。
これがまだNPBだったら、少しは可能性が残っていたのだろうが。
MLBのピッチャーは完全に投げた翌日でもないかぎりは、ほぼベンチ入りはしておく。
特に遠征は怪我人が出た場合、ローテを変える可能性も出てくるからだ。
それでも直史は何試合かは、ベンチに入っていなかった。
先発ピッチャーだけの特権と言うか、さすがに直史を代走などで使うアナハイムではなかったということだ。
(金で動くかなあ?)
上杉なら絶対に、金では動かないだろう。
だが直史はごくわずかだが、金で動く可能性もある。
もっとも一年で4000万ドルだか5000万ドルだかを稼げば、それでいいと引退してしまうだろう。
あるいはセイバーには、直史をとどめるための秘策でもあるのか。
(駄目だ、分からん)
そう大介は結論付ける。
大介は勘違いしていた。
セイバーは確かに多くの謀略を頭の中に巡らせているが、基本的にはマネーゲームが得意なだけの人間である。
作戦はいくつも考えて、そのなかでどれだけのものが実際に実行されたか。
16球団構想にしても、実はまだ諦めてはおらず、準備自体はしているのだ。
直史をプロ野球界に引きずりこめたのは、完全な運である。いや、直史たちにとっての不運と言うべきか。
そして直史がちゃんと、大介を追ってMLBに来てくれるかどうかというのも、運頼みではあったのだ。
確かにセイバーは直史がまだアメリカに残り、大介と勝負してくれることを望んでいる。
なんなら金持ちのラッキーズにでも行って、サブウェイシリーズとワールドシリーズの両方で対決してくれたら、ニューヨークはすごいことになるだろうな、などとも考えている。
しかし直史を確実に、アメリカに残しておく手段などは存在しない。
大介の考えたように、ある程度は金で動くのが直史だ。
ただ3000万ドルにインセンティブを加えては、彼の人生においてはもう、充分な金銭を得たことになるだろう。
直史は野球が好きだが、人生を捧げてしまえるほどには好きではない。
娘のために、自分の五年間を売ったのだ。
その五年間に、全く手を抜かないところは、確かに直史らしいところだが。
上杉が来てくれたのは幸運ではあった。
セイバーの計画の中では上杉は、16球団構想においてならば大きな影響を与えてくれるはずだったのだ。
武史がMLB挑戦に前向きなのは、嫁のほうを攻略すれば、どうにかなると思っていた。
そして嫁の方の攻略は成功すると確信したのは、自分にとってはとても痛い出来事があったからだ。
まさかイリヤが、こんな形で消えるとは思っていなかった。
イリヤは芸能界や音楽業界と、MLBを結ぶための架け橋であった。
もちろん既に業界の中には、イリヤの影響でMLBはおろかNPBにまで、興味を示している人間はいる。
特にケイティと織田のつながりは、こうまで深いものになるとは思わなかった。
政治的な話であれば、政治家家系の上杉と、こういったつながりが出来るとも思っていなかった。
怪我の治療に関して、上杉はセイバーに恩義を感じている。
とは言ってもMLBにずっといるような、そんなものだとは思っていないのは分かっていた。
上杉は日本人なのだ。
直史もその傾向は強いが、上杉はそれ以上に、自分が日本人であるという意識が強い。
直史は上杉に比べると、まだどちらかというと郷土愛が強い人間だと分かる。
ならばなぜ、セイバーは直史をこの先も、所有できる資金力があるチームに紹介したのか。
それはもう、可能性の話である。
直史が万一にも気が変わったとき、スムーズに契約を締結できる。
そのためにアナハイムというチームとつなげたのだ。
奇跡的に直史が考えを変える可能性。
セイバーはそれは、もう自分の力の及ぶところではないと考えている。
だが万が一のことが起こっても、準備が出来ていなければ、その機会を失ってしまう。
セイバーがアナハイムを選んだのは、万が一の時のためであって、高い確率を期待してのものではない。
ポストシーズンを含め残り二ヶ月。
その先の二年間。
セイバーが確実に考えているのは、この間だけである。
ただし彼女は、アメリカ式にも日本式にも祈りはした。
どうか直史がもう少し、MLBでプレイしてくれますように、と。
彼女の願いがかなえられるかどうか。
それは実のところ、神でさえも知らないことなのかもしれない。
×××
※ 本日群雄伝投下し、限定ノート昨夜投下しています。
群雄伝は先行公開版から少しだけ加筆や修正があります。
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