第35話 無敗の軍団

 ものすごく、ごく当たり前の話である。

 過去にプロ野球において、シーズンを無敗で終えた球団は存在しない。

 いや、超ドマイナーなリーグならあるのかもしれないが。

 だが、一つ言えることはある。

 今シーズン、リードした状況で上杉がマウンドに登って、負けた試合は一度もない。


 ラッキーズ相手にサブウェイシリーズを四戦全勝したメトロズは、この時点で八連勝。

 次に対戦するのは、ア・リーグ中地区のデトロイトである。

 アウェイゲームではあるが、メトロズの勢いは止まらなかった。

 大介は一試合に一度、あるかどうかの打てる球を、確実にスタンドに運んでいく。

 上杉は確実にセーブ機会で投げて、簡単にアウトを取っていく。

 七試合のうち五試合に投げて、そのうちの三試合が一点差。

 特にデトロイトとの最終戦は、9-8という乱打戦の後に、九回の裏から出てあっさりとスリーアウトを取った。


 本格派ピッチャーは三振を狙うため、ファールで粘られて球数が増える傾向にある。

 だが上杉の場合は、粘ろうにも粘れない。

 追い込んだらそこから、ギアを上げたストレート投げてくるからだ。

 球速は常時100マイルを超えて、しかもそのスピードで手元で動く。

 内野ゴロや内野フライを打たせることも出来るし、ファールを打たせることも出来る。

 そして最後にはフォーシームストレートだ。


 105マイル。

 それでも全盛期には及ばない。

 109マイルを投げていたというのは、嘘ではないのだろう。

 なぜなら直史がMLBに来てから、NPBの時以上の球速を出しているし、本多なども日本時代と変わらない。

 日本人のピッチャーは昔から、確かに野手よりもMLBで通用する場合が多かった。

 しかも特にこの10年ほどは、MLBでも各チームのエース級になっていたりした。

 その中でも上杉は特別だ。

 今のMLB全体を見ても、上杉に及ぶ球速を持つ者はいない。


 ただ、この年のMLBは本当におかしかった。

 大介は二年目で、一年目がビギナーズラックではないことを、完全に証明していた。

 そこから遠く離れた西海岸で、直史が延々とピッチャーの記録を作り続ける。

 量の記録は作れない。

 今の時代に500勝投手など、存在するはずがないのだ。

 だが質の記録は作れる。

 また東海岸でも、質の記録を作り続けるピッチャーが出現した。


 これらの三人は、全てが日本人。

 しかもそのうちの二人は、同じハイスクールのチームメイト。

 アメリカでクレイジーと言われる甲子園において、優勝を果たしたチーム。

 そして上杉もまた、二人より先にプロ入りし、日本のプロ野球を破壊し再生した。


 プロスポーツにおいてはある時点で、一人のスーパースターの登場が、そのスポーツ自体の価値を変えてしまうことがある。

 だが実際にはたった一人の力では、本当にその価値を変えてしまうことなど出来ない。

 どんなスポーツでも、優れたチームメイトがいて、優れたライバルがいる。

 その中で一人、選ばれた者がその中の主役となる。

 現実は筋書きのないドラマだとは言われるが、その中で人々は、主人公を選ぶのだ。

 そして野球の場合は、特にプロ野球の場合は、バッターが選ばれることが多い。

 これが日本の高校野球なら、絶対的にピッチャーが多いのだが。




 デトロイトをスイープしてこれで11連勝。

 FMのディバッツが、今は負ける気がしない、などとフラグをかましてくれているが、それも無理はないだろう。

 連勝が始まってからこっち、メトロズの平均得点は8.9となっている。

 とにかく大介が打つし、大介を歩かせたら走られるし、そして大介以外も打っていく。

 投手陣はさすがにそこまで層が厚いわけではないのだが、クオリティスタートを決める確率はかなり高い。

 なにしろ今季、最少得点が三点と、完全な打撃のチームなのだ。

 完封された試合がないというのは、かなり頭がおかしな打撃偏重とも言える。


 それでもリリーフが打たれて、負けた試合はあったのだ。

 特に七月に入ってからはクローザーのライトマンが二度のセーブ失敗を記録している。

 そこに入れたのが上杉で、さすがに無安打記録は途切れたが、クリーンヒットはまだ一本も打たれていない。

 奪三振率が、いくらクローザーとはいえ20近いというのは、もはやギャグであろう。

 本人はちゃんと、ある程度は打たせるつもりで投げているのだが。


 ここまで極端になってくると、大介のバッティングもまた、かなり極端になってくる。

 出塁かホームランか。

 元々鬼のように高かった長打率が、本当に鬼である。

 ヒットを打てば単打は三分の一程度しかない。

 ホームランが一番多く、その次が単打。

 しかし八月に入ってからは、ホームラン七本に単打三本。

 二塁打と三塁打はないという、あまりにも歪な打撃になっている。

 ヒットを打てば七割がホームランになっていると言えば、その頭のおかしさが分かるだろうか。

 もっともちゃんと野手の正面に飛んで、アウトになっている打球もある。

 さすがにボール球は、狙って野手のいないところに打つのが難しい。

 

 デトロイトを蹂躙した後は、ニューヨークに戻って他地区のチームを迎撃する。

 まずはナ・リーグ西地区のアリゾナ。

 今年はこれが初対決だが、よりにもよって完全に体勢が整ったメトロズと対戦するのは、はっきり言って運がない。

 

 メトロズ打線は、現在リーグナンバーワンの攻撃力を誇っている。

 あるいはMLB史上を見ても、屈指の攻撃力と言っていいかもしれない。

 大介が出塁すること、そして長打を打つこと。

 この二つが攻撃の起点となっている。


 これまでの強打者相手には、とても誉められたことではないが、ビーンボール攻撃というものが存在した。

 だが大介にそれをするピッチャーは、もういない。

 たとえ監督からサインが出ても、そんなものに従いたくはない。

 実際に監督も、内角を攻めろとは指示を出しても、当てていいとは絶対に思わない。

 ただでさえ当てにいってもバットで防がれてしまうし、次の打席で報復打球を狙ってくる。

 その一年目を、しっかりと教訓にしているのだ。


 味方のピッチャーを使い潰すつもりなら、それでもビーンボール攻勢をしていっただろう。

 たとえ当てなくても、ユニフォームにかすらせて歩かせるのでも、別に悪くはない。

 ただ、大介には圧倒的な足がある。

 こと走塁の足の速さに関しては、MLBには現在優る者はいない。


 体重の軽さと瞬発力。

 トップスピードに入る速さと、そしてスライディングの技術。

 大介はとにかく歩かされることが多いだけに、それだけ走塁の技術も磨いている。

 ホームランよりも多い盗塁数。

 その成功率は、30盗塁以上をしている選手の中では、今年の現時点ではトップである。




 114試合を経過した時点で、大介のホームランは60本に到達した。

 例年であれば既に、これでホームラン王が決定している数字である。

 二位の選手がまだ40本に達していないことを考えれば、これはあまりにも驚異的なペースだ。

 盗塁も76個を記録。

 昨年の70-90を塗り替える勢いだ。

 下手な怪我でもしない限りは、必ず去年の記録を塗り替える。

 そもそもその去年の記録が、あの事件によって146試合しか出場していないものだったのだが。


 ここまで大介は、シーズンフル出場を果たしている。

 夏場の暑さもあってか、少しはベンチスタートでもいいだろうに、暑さを増していくに従って、暑がりながらも大介のパフォーマンスは落ちない。

 ホテルでビュッフェで食べるときなどは、他の大食漢のメジャーリーガーの、倍ほども食っている。

 だからこそあれだけ、動くことが出来るのだ。


 人間としての、肉体の強度が違う。

 筋肉がどうとか骨格がどうとかではなく、内臓などが生まれつき、スポーツをするための造りになっているのだ。

 怪我をしても治りが早いのは、その一環でもある。

 とにかく生物として、戦って生き抜く力が突出しているのだ。


 アリゾナの次はサンディエゴと、これまた地元での対決となる。

 ここでの大介は、やや精彩さを欠いた。

 とは言っても、ホームランが打てなかっただけである。

 八月に入ってからも、大介の打率は四割を維持しているし、出塁率も六割を維持している。

 半世紀以上なかった四割を、大介が二年連続で記録しそうなことに、疑問を抱いている人間はそれほどいない。

 

 それよりも世間の目は、メトロズの連勝記録に移ってきている。

 これまでのメトロズは、ライトマンがクローザーをしてはいたが、絶対的な守護神とまでは言えなかった。

 それでも充分に標準以上の成績は残していたのだが、上杉がきてからは違う。

 八月の13試合で、上杉は一点差の試合七試合に登板。

 その全てでセーブを記録し、メトロズの逆転負けを防いでいる。


 上杉が来る前からの連勝を合わせると、サンディエゴとのカードが終わった時点で17連勝。

 そろそろMLBの連勝記録に、手が届くのではと思われてきても仕方がない。

 先発のローテが、全てエースクラスで固められているわけではない。

 投手王国と言うなら、アナハイムの方がずっと、防御率などは上だ。

 そのアナハイムにしても、強力なピッチャーは三枚まで。

 やはり野球は、点を取らないと勝てないスポーツなのだ。

 特にMLBの場合は、試合に引き分けがない。

 なのでやはり打たないと勝てない。


 そうは言うがこの連勝は、ライトマンがセットアッパーに入って少し楽が出来るようになって、リリーフが安定したというのも大きい。

 去年のランドルフと同じことを、上杉がやっていると言える。

 そして8月13日のゲームをアナハイムが落としたことにより、ついにメトロズはその勝率を、完全にアナハイムと同じところに並んだのである。




 共に84勝33敗。

 もちろん残っている試合も、45試合で同じである。

 ちなみにMLBは完全に順位が確定していると、残り試合が没収される場合もあるが、当然ながら勝率が同じであれば、そんなことはありえない。

 直接対決がない両チームだからこそ、殴り合って立っている、ということは出来ない。

 目の前の試合を確実に勝利して、そして勝率で上を行く。

 

 ここまで圧倒的に勝っていると、両方のチームに記録の更新の期待がかかってくる。

 年間116勝という絶対的な記録だ。

 ちなみにアナハイムのほうも、今季10連勝をいうのはしている。

 ただやはり今から見ると、ボストン戦の四連敗が痛かった。


 戦力的なことを考えれば、四連敗はするはずもなかったのだ。

 だが直史の投げた試合で勝てなかったことにより、チーム全体のムードが悪くなった。

 その後は直史がまたチームのムードを変えて、9勝2敗といい感じである。

 それでもメトロズの17連勝には、成績が霞んでしまう。


 二つのチームが、一気に116勝という記録を更新するなど、ありえるのだろうか。

 実際のところ、戦力分析をすれば、それもまたあってもおかしくはない。

 メトロズは上杉という絶対の守護神を手に入れたことにより、リリーフ陣全体と、そして先発陣までが、余裕をもって投げられるようになった。

 そして打撃の破壊力は、間違いなくリーグナンバーワンである。


 アナハイムはとにかく、直史が負けない。

 勝てなかった試合はついに出たが、その次もパーフェクトをしている。

 やや調子が落ちたと言っても、失点をせずに普通に勝ってしまう。

 あとは打線では、ターナーの急激な成長が大きかっただろうか。

 一人のピッチャーの影響で、他の全てのピッチャーの負担が軽減しているのは、メトロズだけの現象ではない。


 ただ打撃力には、それなりの差があるとは思っている。

 得点力は、メトロズの方が上だ。それは大介が打つことと、大介との勝負をある程度強制させる、後続のバッターがいることが理由だ。

 だいたい毎試合後打席目が回ってきてしまう今のメトロズは、間違いなく破壊力ではナンバーワンなのだ。大事なことなので二度言った。




 8月14日の試合は両者が勝利し、そして8月15日の試合。

 メトロズは敵地アリゾナでの試合となり、アナハイムは本拠地での試合となる。

 そしてアナハイムの先発は直史だ。

 二つのスタジアムは広いアメリカの中では、それなりに近いところになる。

 アリゾナ州とカリフォルニア州はお隣さんなのだ。


 直史の試合は基本的に、平均よりもかなり早く終わる。

 なので開始時間が同じであっても、終わるのは向こうの方が先であろう。

 前の登板で直史は、珍しくも完投をしなかった。

 その前の試合で全力でパーフェクトをした結果、やや肉体の疲労が回復していなかったと言っていた。

 それでも無失点で七回まで抑えるのだから、ふざけたものである。


 大介は直史に勝てていない。

 プロでほんの数試合だし、野球はチームスポーツではあるが、それでも勝負に勝てていない。

 そしてほんのわずかの機会であるが、上杉も直史には勝てていない。

 日本代表で紅白試合などをやったときなどは、試合としては勝てていたこともある。

 だが投球内容では互角までが精一杯。


 そろそろ敗北を教えてやらなければいけない。

 もっとも直史としては、それはあの春の大阪光陰戦で、もう充分だと言いたいところだろうが。

「今日は勝つな」

「あいつは調子が悪くても、悪いなりになんとかしてしまいますから」

 シアトルはそれなりにいいチームだ。

 ブンブン振り回すのが主流の現在のMLBの中では、それなりに巧打者が揃っている。

 特に織田などは千葉マリンズにいたことや、ワールドカップなどをチームメイトとして過ごしたので、ある程度は手の内も分かっているはずだ。

 分かっていても打てるとは限らないが。


 大介は直史の、一応の弱点も分かっている。

「体力なんですよね」

 真夏の甲子園で15回をパーフェクトに抑え、翌日も完封した直史であるが、それでも体力である。

 あれは準決勝を岩崎が投げてくれたので、体力を温存できたのが大きい。

 甲子園での直史の成績を見てみれば、その実績に比べると、勝ち星の数が意外なほど少ない。

 それは同学年に岩崎がいて、下級生に武史や淳などがいた、そういった理由による。

 短期決戦には強いのだ。

 だがプロの長いシーズンを戦い抜くには、かなり体力を温存した投げ方をしなければいけない。

 シーズン序盤のパーフェクトは、おそらく自分の力量を比較するためのもの。

 二度目のパーフェクトは連敗を止めるためにやや無理をした。

 そして三度目のパーフェクトも、連敗を止めるための無理を、かなり本格的に行っている。


 そこまで計算して投げているのか、と上杉でさえ驚く。

「あいつのやっている野球は、ワシらの野球とは何か、違う基準でやっとる気がするな」

「見えているものが違うというか、セイバーさんとは色々話してましたからね」

 ジンやセイバーと一緒に、理詰めで投球を考えていた。

 ただし理詰めで考えると、状況が悪い事態においては、それに対応することが難しい。

 大阪光陰戦で負けたのは、確かに天候の運の悪さもあっただろう。

 だがそれでも、ヒットなどは打たれていたのだ。


「今日の試合も勝つと思うか?」

「無援護以外なら勝つでしょうね。ひょっとしたら失点はするかもしれませんが」

 直史はそういうところがある。

 試合に勝てるならば、とにかく味方の取ってくれた点以下に、相手を封じてしまえばいい。

 そんなことを言いながら、実際にはほとんどまともに点を取られたことはないのだが。


 ボストン戦で勝ち星がつかなかったのは、あくまでも首脳陣が下げたからだ。

 大介はあれを、失敗だったと思っている。

 直史は本来なら、130球ぐらいまでは、余裕で投げとおすことが出来る。

 一方のボストンは、上杉にあまり長いイニングを投げさせることが不可能であった。

 なので持久戦を覚悟すれば、上杉が先に降板して勝てたはずなのだ。


 そして最初に勝っていれば、その後の勢いも違っただろう。

 そのあたりの判断は、今から思えば間違いなのだ。

 後からどうこう言うのは、間違っているのは承知のうえでの話だが。

「さて、では行くかな」

「うす」

 アリゾナとの三連戦のカード、メトロズの先発はオットーである。

 その投手力とメトロズの打線、そしてアリゾナの戦力から計算すれば、おそらく上杉の出番はない。

 ただそうは思っていても、いざとなるとリリーフが崩れたり、頼れる先発でも時には崩れたりする。

 全く崩れない直史がおかしいのだ。

 もちろん上杉もおかしいのだが。

(そういや真田も崩れないピッチャーだったよな)

 今の日本で、武史などと投手タイトルを争っている真田。

 手の大きさの関係から、MLBでは球が合わないと、WBCの時には代表から外されていた。


 逆に言えばMLBの球がもう少しまともなら、真田は充分に通用すると思うのだ。

 左打者であのスライダーをまともに打てる者を、大介はいまだに見たことがない。

 セットアッパーかクローザーを上手く回せば、MLBでも充分にやっていけると思う。

 ただ先発としての適性は、やってみないと分からないが。


 アリゾナの暑いグラウンドに、今日も白球が飛び交う。

 大介はそこでまた、全力でプレイをするのだ。

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