第32話 デッドライン

 大介は強いピッチャーと対決するのが好きである。

 抑えられてしまっても、次に対決するときは勝つと、前向きな気分になれるからだ。

 別にアメリカに来るつもりなどはなく、NPBの中で勝負を続けていても良かったのだ。

 ただ上杉が再起不能の故障をしたことで、あまり日本に執着する意味が薄れただけで。

 結局は一年で復帰してきたのだから、あのスキャンダルさえ忘れてしまえれば、日本に残っていた方が、直史との対決も多くなり、良かったのではとさえ思える。


 MLBのピッチャーに対して、期待しすぎたというのはある。

 パワーピッチャーは今でも、NPBよりは確かに多い。

 その年俸の高さを魅力に、世界中から才能が集まってくることも確かだ。

 だが大介の期待していたほど、正面から対決しにくるピッチャーがいない。

 対決がないこともだが、対決してもおおよそは勝ててしまうのも、大介の不満の原因であった。


 日本とアメリカのレベルが、近くなっているのか。

 だがいまだに日本人ピッチャーもバッターも、MLBでは通じなかったりすることが多い。

 ピッチャーに関しては使っているボールの問題もあるが、バッターに関してはどうしてなのか。

 二年目の大介に、そんな質問をしてくる記者もいる。

「単純に日程が詰めすぎて、コンディションを整えられないからだと思う。他人になったことないから分からないけど」

 体力不足。

 大介にとっては、それぐらいだろうとしか思いようがない。


 あとはこの10年で、一気に両リーグの差は縮まったのではないか、とも思う。

 上杉と大介のせいで。

 特に日本では、セとパの力が等しくなったか、逆転したとも思える。

 これも交流戦を除いては、上杉や大介と対決することが、パでは少なかったためだ。


 この二人の出現は、リーグ全体のレベルを底上げした。

 格段にバッターのレベルが上昇し、ピッチャーのレベルが上昇し、さらにお互いに相手を上回ろうという状態。

 そんな状況に、直史が現れたのだ。

 フィジカル全盛の、科学的で合理的なトレーニングが、正面からの対決で試合を決める時代。

 その中で直史は、技術と駆け引きで、打者を手玉に取っていた。

 そして上杉と投げ合って引き分け、大介相手には優勢に勝利する。

 ブランクが長かったはずなのに、いったいこれはどういうことなんだ、という話である。




 今シーズン二度目のダブルヘッダーになったが、セントルイスはメトロズが相手でも、どうにか勝ちを拾いに行きたい。

 確かに強力打線のメトロズであるが、殴り合いで負けることもそれなりにある。

 ただし一試合目は、今季大ブレイク中のジュニア。

 前の試合はロースコアで、勝敗付かずにはなったものの、今季13勝の勝ち頭。

 それも同じく13勝しているスタントンと違い、負け星が少ないため貯金が多くなっている。


 スタントンは去年、素晴らしい成績を残した。

 今年もそれほど数字は悪化していないが、野球はやはり打球の方向で、失点するかどうかが変わっていくものである。

 そう思うたびに、援護の有無を関係なく、勝利していく直史の異常さが際立つのだが。

 もしもあれを標準に考えてしまうのなら、他のピッチャーは可哀想である。

 ただし上杉を除く。


 一試合目の先発のジュニアは、七回までを二失点で抑えた。

 大介はホームランこそ打たなかったものの、フェンス直撃のツーベースで二打点。

 ゾーンを外れてしまっていても、手が届けば打てるという好例だ。

 試合は結局、メトロズがそれほどの苦労もなく逃げ切り。

 ただそれでも、アナハイムの勝率にはまだまだ及ばない。


 二試合目はゲーリックが序盤から崩れて、リリーフ陣を投入することになる。

 ただ次の日もリリーフを使う予定なので、試合が中盤まで進めば、点差次第ではまた野手を投げさせることがある。

 微妙なところなのだ。

 メトロズの打線であれば、一気に三点ぐらいは取り返せる。

 しかし今のリリーフ陣だと、勝ちパターンを使うべきであるのか。

 そうするとやはり、リリーフ陣に負担がかかりすぎる。

「はいまた来ましたよ~」

 六点差になったところで、また投手経験野手が動員されることになった。

 その中には大介も入っている。


 前回もわざわざ、ショートの守備負担が大きな大介を、ピッチャーでまで使うべきだったのか、という批判は出ていた。

 大介からすると、出来たんだからいいじゃないか、という話になる。

 やはり先発が、失点はしても五回までは投げてくれなければ、リリーフへの負担が大きい。

 防御率四点台後半というのは、先発としても悪い数字だ。

 ならばせめてイニングを食ってくれれば、ローテを回す要員として、それなりの価値はあるのであるが。r


 現在のメトロズのローテは、ジュニア、ウィッツ、スタントン、オットーの四人が、かなり計算出来るピッチャーとなっている。

 ただどのピッチャーも、打線の援護が前提となるピッチャーだ。

 防御率が二点台のピッチャーはいないし、三点台でも半ばほどになる。

 それでも圧倒的に貯金が貯まっていくところが、現在のメトロズの援護の恐ろしいところなのだが。


 ゲーリックはマイナーに落としてもいいのではないか、と大介は考える。

 非情な判断かもしれないが、勝てないピッチャーでローテも守りきれず、五回までも投げられないならどうしようもない。

 マイナーの40人枠に登録しているピッチャーは、他にもまだいるのだ。

 ただそれで本当に大丈夫か、と大介は思う。

 直史から、なんとか一点を取れたとする。

 だがアナハイムに二点以上取られれば、やはり勝てないのだ。

 水面下では、色々と動いているのだろう。

 ただこういったとき、思わせぶりに姿を見せるセイバーが、オールスター後には見かけない。




 戦力を揃えるのは、GMの仕事である。

 それに対して選手は、己の力を発揮するのが仕事だ。

 大介はとにかくホームランを打っていく。

 それが無理だとしても、しっかりと打点を記録する。

 ランナーがいなければ、出塁してかき回す。

 いつもと同じ仕事を、ずっと続けているだけだ。


 ア・リーグの動向も耳に入ってきて、ま~た大記録を作った直史が、なんだか鳥肌の立つようなスピーチを述べていたりする。

 直史は基本的に、嘘は言わない。

 ただ本当のことでも多くは言わないし、自分の感情は隠そうとする。

 私生活ではかなりくだけたところを見せるが、それはもう大介が直史にとって、身内になっているからだ。

 そんな大介にとっても、直史はまあ、建前と体面を、上手く取り繕っている人間だなと思う。

 そしてそれは、偽善的ではあっても善の内に入る。


 大介はセントルイスとの試合で、三試合ホームランが出なかった。

 これで不調扱いされるのだが、もうそれはいい加減にしてほしい。

 大介がホームランを打てないのは、大介のせいではない。

 前にも似たようなことはあったが、15打席で8回も歩かされている。

 しかも無理に打っていったものも、見逃せばフォアボールになったものがほとんどだ。

 ヒット三本で三打点。

 かなり効率のいい点の取り方である。

 

 100試合が終わったところで、ホームランの数は47本。

 去年の100試合消化時点では、54本のホームランを打っていた。

 ペースは明らかに遅くなっているが、それを批難するわけにもいかないだろう。

 去年は100試合が終了した時点で、113個のフォアボールで歩いていた。

 しかし今年は既に、181個のフォアボールで歩いている。


 間違いなく大介は、去年よりもレベルアップしているのだ。

 対戦の機会がないので、ホームランなどの数字は伸びないだけで。

 打率も去年の最終的な0.409よりも高い、0.416となっている。

 去年も終盤は特に多かったが、今年はかなりシーズン序盤から、逃げる相手チームに対して、それがあちらのホームのスタジアムでも、ブーイングが飛んだりする。


 それでもメトロズは、圧倒的に強い。

 それをさらに上回る勝率を誇るのが、アナハイムなのであるが。

 リーグが違い、地区も東西に分かれているので、レギュラーシーズンでの対決がない。

 直接対決となれば、果たしてどちらが勝つのか。


 直史と大介の対決は、ワールドシリーズに到達しないと実現しない。

 それを理解していくと、ファンの願いは一つになっていく。

 どうか故障せずに、ポストシーズンを迎えられるようにと。

 そして勝ち進み、投打の極み同士の対戦が成されること。

 日本時代の直史と大介の対戦成績は、さすがにこの頃にはアメリカでも良く知られるようになってきている。

 打神とさえ言われる大介が、ほぼほぼ完全に封じられているのだ。

 どうせならラッキーズにでも来てくれれば良かったのに、と思うMLB全体のファンは多い。

 そしたらサブウェイシリーズで、年間数試合はレギュラーシーズンで対戦があるし、ワールドシリーズでもリーグ代表同士、ニューヨークでの対決となるからだ。

 もしこれが成立していたら、ニューヨークは熱狂に包まれていたであろう。




 今年のメトロズは本当に、圧倒的なまでに強い。

 地区優勝は決まりであろうし、ナ・リーグにおいても勝率はトップだ。

 ただ純粋な勝敗だけを言うと、シカゴ・ベアーズには負け越していたりする。

 ピッチャーの弱いところが当たってのことなので、純粋に戦力で負けているとは言えない。

 だが他に、トローリーズ相手にも、ほぼ互角の戦績となっている。


 そしてもう一つだけ、懸念点はある。

 それはナ・リーグ東地区二位の、アトランタとの直接対決の成績だ。

 全体としての勝率は、圧倒的にメトロズが高い。

 ただ直接対決であると、4勝9敗と大きく負け越しているのだ。


 これもまた、ピッチャーのローテの弱いところが、多くは当たっているからだ。

 それでもここまで強いメトロズが、ここまで苦戦している。

 9点も取っていながら、10点を取られて負けた試合もある。

 それはクローザーのライトマンが打たれて負けた試合であったりする。


 勝敗のスコアを見る限り、ハイスコアかロースコアで、大きく変化するわけでもない。

 接戦に弱いわけでもないし、常に大量点差で負けているということでもない。

 本当に純粋に、巡り会わせが悪かったと言えるのだ。

 それでも苦手意識がついてしまえば、あまりよくない印象をポストシーズンまで引きずってしまうかもしれない。


 九月には六試合が組まれているので、そこで全勝すれば10勝9敗となる。

 そのためにもやはり、投手陣の補強は必要になるだろう。

 しかし七月も終わるというのに、本当にまだ動きがない。

 あるいは難航しているのか、と大介は不安に思う。

 そうは言っても七月の最後のカード、コロラドとの四連戦。

 大介としてはホームのこの四試合で、全力でホームランを狙っていく。

 コロラドの場合はあちらのホームフィールドの方が、標高が高いこともあって、バッター有利ではあるのだが。




 コロラドもまた、チームはもう今年は、ポストシーズンは難しい位置にある。

 ただコアの選手はいるので、チーム解体に走るというほどのことでもない。

 するとどういうことになるか。

 真正面から普通に、強力なメトロズと対戦して、負け星を稼いでいく。

 おかしな話であるが、そうやって勝率の順位を落としていけば、少なくとも大介から逃げているという悪評は避けられる。

 それでも普通に何度かフォアボールで出塁することはあるが。


 負けておいたほうがドラフトの指名順位が高くなるため、わざととしか思えないような負け方を、するチームもある。

 ただコロラド・マウンテンズは、そんな試合はしなかった。

 初戦からしっかりと、攻撃でも全力で来る。

 だが運の悪いことにと言うべきか、メトロズはこの四試合、勝ちパターンのピッチャー四人が、全員揃って先発していたのだ。

 負けた方がいいチームにとっては、むしろいい訳がついてありがたかったのかもしれないが。


 しかし後から考えれば、この試合はやはり、大介との勝負は避けておいた方が良かったのかもしれない。

 大介はこの四試合の全てで、ホームランを打った。

 四打席しっかり勝負してくれれば、一発を打てるのが大介である。

 おかげでと言うべきかどうか、残り二ヶ月を残したところで、ホームラン数は50本を突破する。

 このペースで打てるなら、おそらく最終的なホームラン数は、78~80本ほどになるか。

 いくらなんでも更新出来ないだろうと言われている、自分のホームラン記録を更新する可能性がある。


 それとコロラドは、あまりにも打たれすぎた。

 四試合全部で二桁得点を許し、大介以外からもホームランを何本も打たれた。

 このピッチャーに対する精神的なダメージは大きく、おそらく残るシーズン、ピッチャーは不調に陥るだろう。

 それでもフロント陣としては、年俸の増加などを考えなくて、良かったのかもしれないが。


 ただMLBにおいて球団のサラリーを圧迫するのは、そういった年俸を毎年更改するメンバーではない。

 主にFAで入っている、大型契約の選手が年俸を圧迫するのだ。

 FA権を持っていない選手など、年俸調停で高くなっても、せいぜいが500万ドル。

 FAで戦力として確保するなら、ほとんど最低レベルの年俸である。

 もっともこれでも、一時期よりは高くなったのだ。

 だいたいメジャーの選手といっても、三年目までは80万ドル前後の年俸で推移する。




 ともあれこれで、七月の全試合も終了した。

 七月の大介の成績である。

 打率 0.413 出塁率 0.636 長打率 1.038 OPS 1.673

 打率は四ヶ月連続で、四割を維持。

 完善にアベレージヒッターのように、全く調子の波がない。

 いや数字だけを見るなら、四割打っていた先月が、一番調子は悪かったのだろうが。


 それにしても少ないチャンスで、確実に長打を打っているため、長打率がえらいことになっている。

 OPSにしても記録を更新して、さすがに四月のおかしな数字には及ばないものの、異次元であることに変わりはない。

「まだ七月が終わったところなのに、シーズンが終わったみたいな数字になってるね」

「否定はしない」

 杉村からも呆れられた。

 ホームラン51本、打点151、盗塁67、四球186

 このあたりの数字は普通に、シーズン通算記録でおかしくない。

 これを104試合が終了した時点で記録している、大介がおかしいのだ。


 サトーをナ・リーグ東地区に持ってくるか、シライシをア・リーグ西地区に持っていくかしたら、少しはおとなしい成績になるのではないか。

 そんなことが冗談のように語られるが、それは全く持って正しいだろう。

 この二人が対戦しないということが、特に直史がノーヒッターを記録する上で、かなり楽になっているのだとは言える。

 直史に勝つとしたら、メトロズの打線しかない。

 そんな世間の意見に、大介はあまり同調しない。


 メトロズがアナハイムと対戦すれば、そのカードが三試合であれば、全敗というのはおそらく避けられるだろう。

 ただし直史の投げる試合に、勝てるとは思えないのが大介だ。

 もちろん完封を許さず、一点ぐらいは取る自信は、メトロズ打線の一員として存在する。

 だが二点以上取れるかどうかは、かなり怪しいところだ。


 確かにメトロズは、アナハイムよりも打力は高い。

 しかしアナハイムもターナーの覚醒を代表するように、打線の調子はいいチームだ。

 これを一点以下に抑えるのは、ほとんど無理ではないか。

 実際にアナハイムは、無得点で負けた試合が一度もない。

 一点しか取れなかった試合は四つあるが、そのうちの二試合は勝利している。

 直史が完封したので。


 他人のことは言えないが、まったくとんでもないチームだと思う。

 本当に他人のことと言えないのは、その勝率からも明らかであるが。

 ただメトロズの七月の成績は、16勝10敗。

 六月までに比べると、かなり勝率は落ちている。

 少し調子を落としたところに、オールスターで休みが入ったのは、良かったことと言えるかもしれない。

 ここから残りのレギュラーシーズンと、ポストシーズンを戦っていく。

 去年の同時期より勝率は落ちているが、それでも全体的には圧倒的な数字だ。


 ただし、トレードデッドラインは七月の末日。

 それまでにはまだ、戦力の入れ替えがある。

 メトロズとしてはピッチャーはほしいが、今の好調な打線から誰かを出すつもりはない。

 そんな前提があった上で、またトレードは成立する。


 残り二ヶ月のレギュラーシーズン。

 そしてその後の、ポストシーズン。

 ワールドシリーズへの行方は、まだまだ誰にも分かっていないのであった。

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