第31話 ニューヨークの動静
夢にさえならない一時が終わった。
オールスターMVPは上杉が取ったが、チームが勝っていれば取ったのは大介だろう。
この二人の直接対決があれば、果たしてどうなっていたことだろうか。
また直史も初めて本当にホームランを打たれたわけだが、これについて大介はどう思ったか。
「左で投げた相手に勝って、胸を張るような恥さらしではないよ」
そして大介はニューヨークに戻る。
二日間の休みがあるが、それが終わるとアウェイの六連戦。
そろそろ今年のポストシーズンも見据えて、チームのフロントも動いていくだろう。
自分のチームのことは、もちろん見ている大介だ。
しかしそれ以上に、アナハイムの動向は探っている。
ターナーがホームランダービーだけならず、オールスターでも貴重な勝ち越し点を取って、どうやら完全にバッティングでは一段階覚醒したらしい。
そしてアナハイムは、リリーフ陣を二人ほどトレードで補強した。
アナハイムが今一番に気をつけることは、直史の故障だ。
マダックスを何度も記録し、もはやこれは「サトー」と呼ぶべきだなどとも言われているが、本人は無言であるらしい、
対してメトロズは、オットーが戻ってくるほかには、さほどの動きも見せてはいない。
おそらくトレードデッドライン間近で、大きく動くとは思うのだ。
しかしその動きは、大介のような一介の選手に分かることではない。
探ろうと思えば、おそらく分からないでもないのだろうが。
休み明けはフィラデルフィアのアウェイから始まるが、一日の休みを使って、大介はニューヨークの街を歩いた。
ニューヨークは広大だが、それなりに観光は出来る。
一年目はそんな余裕はなかったし、今年も直史たちとの自主トレで、全くそんな暇はなかった。
わずかにツインズたちと共に、ミュージカルを見に行ったりはしたが。
赤ん坊二人は基本的に、家でシッターに預けてお留守番である。
昇馬は連れてきているが、とりあえず大介が抱っこしていればおとなしい。
自分の息子のくせに、父親のことが好きだとは、大介としても意外であった。
ただ自分の場合は、幼少期の家庭環境が特殊であったが。
「それにしてもこいつ、同年代の中でも大きいよな」
「お兄ちゃんのとこはもっと大きいけどね」
「隔世遺伝なのかなあ」
大介は日本人の平均身長よりやや小さく、ツインズは平均だ。
ただ大介の両親は、父親は言うまでもなく、母親もやや大柄である。
佐藤家の血筋を見ても、直史と武史は平均よりもそこそこ高い。ただ武史はともかく、直史は細く見えるが。
しかしそれを言ってしまうと、そもそも大介のスペックが、体格に比して異常なのだ。
本当ならこれだけポンポンとホームランを打つなら、体格だけでも2m近くはあってもおかしくない。
肉体のバネなどは、体重をつけすぎるとかえって限界がある。
十種競技に参加するような体格が、本来はアスリートとしては理想的なのだろう。
もっともあの競技も、他の競技はともかく1500m走は持久力がある程度ものを言うが。
大介がその体格に比して偉大な業績を残すなら、むしろ体重別のスポーツをしていれば良かったのかもしれない。
柔道やボクシングなど、おそらく三階級ぐらい上であっても、問題なく世界チャンピオンになれただろう。
特にボクシングのような、動体視力と反射神経、そして瞬発力が命のスポーツであれば、とんでもないことになったかもしれない。
メイウェザーのような化け物も過去にはいるのだし。
そして後半戦の開始である。
後半戦と言っても実際は、ポストシーズンの期間があるので、レギュラーシーズンはもう半分以上を消化している。
88試合を消化したところで、大介のホームラン数は42本。
去年を上回れるかどうかは、かなり微妙なところである。
それでも後半戦最初のカード、フィラデルフィアとの試合では、それなりに積極的に勝負をしにきてくれた。
「どういうことだ?」
ありがたいことはありがたいのだが、大介としては首を傾げるところだ。
「ポストシーズンを諦めたのかな?」
杉村はそう言って、現状を説明する。
ナ・リーグ東地区はメトロズが完全に独走状態に入っている。
そしてそれを追っているのがアトランタだ。
マイアミとワシントンが弱かったのは確かだが、どうやらフィラデルフィアもチーム解体に舵を切るらしい。
そしてどうせ負けるなら、盛大に負けた方が得だというのが、現在のMLBなのだ。
チームを解体するということは、高年俸の選手の放出を意味する。
マイアミのように安い選手ばかりというわけではなく、フィラデルフィアにはそれなりの高年俸選手がいる。
単純に年俸の高い選手がいなくなれば、それだけ人件費が浮く。
FA権をまだ持っていない、安くていい選手で、そこそこの試合は出来る。
もっともドラフトを考えれば、他にも負けていい理由が存在する。
タンキングと呼ばれるのがそれだ。
今でこそ制度が変わったが、かつてのMLBでは翌年のドラフト指名権は、勝率の低いチームからいい選手を指名できるという、完全ウェーバー制を取っていた。
そのため注目のドラフト候補がいた場合、あえて負けていって勝率を落とし、その選手を指名するとうい手段があったのだ。
そうやって数年最低勝率を維持すれば、一位指名を連続して取ることが出来る。
この選手を上手く育てて、五年ほど後のチームの未来図を考える。
なお低いドラフト順位から入った選手が成長した場合、これまた他球団の抱えているプロスペクトとトレードし、より同じ年代でいい選手が揃うようにする。
これは一見すると合理的かもしれないが、案外上手く成功はしない。
それでもポストシーズンに進出するぐらいは、一気に勝ち星を増やすことが出来たりはする。
また戦力の補強に走る金持ち球団は、ぜいたく税というものを払ってでも、FAでいい選手を取ってくる。
このぜいたく税は、全球団に配分される。
つまりまともにスタジアムに観客が入らなくても、どうにか球団運営が出来てしまうのだ。
このチーム解体に、フィラデルフィアも入った。
おそらく七月の末までに、ア・リーグの中でもフィラデルフィアとの対戦が終わったか、あるいはないチームとの、トレードを仕掛けていくだろう。
「それで、いつになったらうちは、リリーフを強化するんだろうな」
杉村に通訳してもらいながらも、既にある程度は自分で話すことが出来る。
大介は勉強は苦手だったが、本質的には頭は悪くないし、感覚的に憶えることは得意だったからだ。
去年の優勝チームから、ピッチャーはオフに多く放出された。
日本的な感覚の大介からすると、勝ち頭であったモーニングと再契約しないというのは、かなり驚いたものであった。
ただ今年、他に移籍したピッチャーは、モーニングに限らずほとんど成績を落としている。
モーニングは先発のローテを回しているが、チームのエースと言えるほどのものではない。
その中では終盤にクローザーを務めたランドルフは、今年も他の球団で、かなりの数字を残している。
なんであれを残しておかなかったんだ、と大介などは思うのだが、それは簡単な話である。
他の球団からの提示条件の方が、メトロズのものより良かったからである。
正確には、ほとんど年俸は変わらなかった。
だが違ったのは、その契約期間だ。
正確な金額は不明だが、33歳のランドルフに対して、メトロズは二年で3000万ドル程度の提案をしたらしい。
だが他に、三年4000万ドルや、四年4800万ドルに、インセンティブもつけた契約をして、それでランドルフは納得したのだ。
一年当たりの金額ならば、確かにメトロズの方が高い。
だが33歳のランドルフを、長期間持つという選択が取れなかった。
ランドルフとしても一年当たりの金額では安くても、期間が長く長期的に見れば、インセンティブでよく見えるという契約を選んだというわけだ。
もっともこのあたりはランドルフ本人より、代理人の判断の方が大きいだろうが。
出来ればセットアッパーとクローザー、一枚ぐらいずつを取ってほしい。
だが強力なクローザーを取れるなら、去年のようにライトマンをセットアッパーに持っていくことが出来る。
大介としてはほっておいても上がる自分の年俸に関してよりも、確実にワールドシリーズに勝ち進めるチーム作りをしてほしい。
直史と対決する機会は、もうあまり残されていないのだ。
クラブハウスで話せるような話題でもなく、連れ立ってレストランの個室に、それなりに話す数人で集まる。
食事をしながら話すわけだが、こういうことはベテランの方が詳しい。
「どこから誰を、誰と引き換えに取ってくるかが問題だろうな」
去年のトレードデッドライン近くに移籍してきて、今年と来年の契約を残す、37歳のシュレンプ。
正直なところ単年契約を提案してくると思っていたので、二年契約に即座に頷いたものだ。
ただ今年も立派にバッティングで貢献し、あまり年齢を感じさせない。
「今年を逃すとちょっと、来年は厳しいだろうからなあ」
シュミットがそう言って、それはまさにその通りなのだ。
今年でシュミットはFA権を手に入れるため、来年からは年俸が跳ね上がる。
メトロズは確かに金持ちの球団であるが、シュミットにそこまでの金額を払えるのか。
そもそも大介に払っている金額が、実績に対してはまだ安すぎる。
もっとも二年目で故障のリスクを考えれば、三年9000万ドルというのは、充分な金額とも言える。
この場にいるのは、メトロズの打線陣。
一番から五番を打つ選手であり、おそらくここでのトレードで動くことはないだろうと言われている。
かろうじて可能性があるとしたら、オフにはFAになるシュミットか。
メトロズとしてはどうせFAになってしまうのだから、これまた今年後半のみのクローザーと、引き換えには出来る選手だ。
もしもシュミットを出すとしたら、取ってくるクローザーも相当に強力なものにするのか。
ただそれはシュミットのような三番バッターを必要とするチームとなるが。
やはり契約のことを考えれば、シュミットもまずないのだろう。
向こうも完全にクローザーを出すからには、こちらかもクローザーかクローザーに使えるセットアッパーを出すことになるだろう。
あるいは完全に再建期のチームからであるなら、野手や投手のプロスペクトを、そこそこに使える選手とセットで出すか。
そんなやり取りもあったわけだが、なかなか話は出てこない。
MLBのトレードというのは、本当に突然にやってくるもので、極端な話ダブルヘッダーで試合をしたら、二試合目には味方が敵になっていたとか、そんなことさえありうるのだ。
なお大介の場合は、全球団へのトレード拒否権があるため、この話を心配しなくてもいい。
ただ目の前の試合に集中し、一つ一つ勝利を重ねていけばいいのだ。
なおオールスター明けに、故障していたオットーが戻ってきた。
フィラデルフィアを相手に、六回三失点で勝ち投手となる。
この日は大介もホームランを打って、味方は九点も取っていた。
そしてオットーがいない間、便宜的に先発を務めることが多かった、ワトソンがリリーフに移動する。
先発の五枚全部を、エースクラスで揃えることは出来ない。
そもそも打線が強力であれば、揃える必要がない。
今のメトロズは、とにかく上位打線で点が取れる。
なので先発には、どんどんと勝ち星がついていく。
大介もある程度勝負されれば、やはりポンポンと打っていく。
打率はわずかずつ下がっているが、それでもシーズンを通じてまだ四割台。
去年のルーキーイヤーがフロックでないことを、完全に示している。
フィラデルフィアに三連勝した後は、シカゴ・ベアーズに二勝一敗。
そしてマイアミのホームにおいて、またも三連戦のカードとなる。
今年も最下位を疾走しているマイアミであるが、それでも大介に対しては打たれたくないらしく、フォアボールの数が増える。
あちらのホームゲームなのにも関わらず、盛大なブーイングを受けたりするものだが。
普段は一万人も入らないスタジアムが、満員になっているのだから、それはメトロズという対戦カードのおかげなのだろう。
大介は三試合で15回も打席が回ってきたのに、歩かされたのが八回。
そして五回は申告敬遠だ。
ただそんなことをしてでも意地汚く勝ちにいったおかげか、スイープは食らわずに一勝はすることが出来た。
今年も100敗ペースではあるが、現場はそれなりに頑張っているのだ。
四月の成績が今年も圧倒的であったため、大介は自分自身のホームラン記録の更新を求められる。
去年はあの事件で欠場した試合が多く、それでも74本を打っていたので、それも当たり前なのかもしれない。
だが去年の同じ時期に比べて、大介のフォアボールはもう40以上は多い。
これだけ勝負の機会に差があれば、そもそも公正でないとさえ言えるだろう。
OPSは去年よりも上がっている。
去年も最終的に1.6を超えたOPSだったのだが、今年は今のところ1.66となっている。
このあたりはあまりにも数字が偏っているだけに、逆に一試合あたりの成績で、数字は激しく動く。
ただ七月の試合をまだ残しながらも、ホームランは47本。
今日も打つかな、とフランチャイズに戻ってきたホームゲームで、今年二度目の雨天順延である。
大介はアナハイムの試合の結果も見ているので、向こうは雨天順延がないのを知っている。
やはり西海岸というのは、あまり雨がないものなのか。
海に面していれば、それなりに雨もありそうなものだが、と大介は考えたりする。
この一日目の雨天順延を、二日目にはダブルヘッダーで行うことになる。
七月も下旬になれば、おおよそ今年の各地区の覇権も見えてくる。
とりあえず自分たちのナ・リーグ東地区は、メトロズが圧勝している。
同じナ・リーグであれば、中地区はセントルイスとミルウォーキーがいい争いをしており、西地区はトローリーズが首位を走り、サンフランシスコがそれを追いかけている。
おそらく今年のリーグチャンピオンシップも、去年と同じくトローリーズとの対戦になるのではないか。
ただ主力が一人でも抜けたら、そこで勢いが止まる可能性もある。
チームスポーツではあるが、確かに一人のスーパースターの影響は大きい。
それが野球というスポーツなのだ。
ア・リーグに目を移すと、西地区はもうアナハイムが圧勝であろう。
ヒューストンもポストシーズンにまでは進出するだろうが、とにかくあアナハイムは投手陣が成績を良くしている。
打線ではメトロズの方が上だろうが、ポストシーズンではピッチャーの力が左右する。
中地区はブラックソックス、東地区はラッキーズと、これも去年とあまり変わらない。
ただ去年のア・リーグ覇者のヒューストンは、完全にアナハイムに食われている。
分業制が確立しているMLBにおいて、一人のピッチャーの影響がどの程度のものなのか。
レギュラーシーズンではその支配力は、限定的なもののはずであった。
だが直史は明らかに、自分の成績を残すだけではなく、他の投手陣の負担を軽減している。
その結果がアナハイムの、圧倒的な勝率に結びついているのだろう。
アナハイムは今季序盤は先発ローテに入っていたマクヘイルが、一度マイナーに落ちてから、リリーフとしてメジャーに再昇格し、影響力を強めている。
信頼できるセットアッパーが二枚はいないと、今は苦しい時代だ。
アナハイムはピアースがセーブ数を伸ばしているので、ここもまたストロングポイントだろう。
こういったリリーフ陣を、直史は休ませているというわけだ。
そんなアナハイムは、七月の終盤に、ボストンと四連戦がある。
前の対戦では上杉に、簡単に捻られてしまっていた。
だがクローザーは、勝っている試合でしか出てこないのだ。
上杉を、そもそも使わせない。
それこそがアナハイムがボストンに勝つ方法なのだろう。
ふと大介は、来年以降のメトロズは、どういうチーム作りをするのだろうと気になった。
自分を三年9000万ドルでつなぎとめたのだから、この間にはポストシーズン、そしてワールドチャンピオンを目指すつもりなのだろう。
ただメトロズは去年、シュレンプとランドルフを獲得するにあたって、トレードでプロスペクトをそれなりに出している。
もしも今年もリリーフを手に入れるなら、それなりの代償を払わなければいけない。
そこまでプロスペクトを放出するなら、マイナーでの育成がしっかりとしているか、FAで強力な選手を取らないといけない。
だがそこまで、ピッチャーをそろえる金があるのだろうか。
一応は、スーパースターを持ってくる当てはあるのだろう。
NPBに視線を移してみれば、セでは武史と真田に阿部が、パでは蓮池が無双している。
ただし真田の場合は、MLBのボールが合わないことは、以前から言われていた。
武史に阿部、そして蓮池だが、蓮池は前からMLB志向は口にしていた。
蓮池は高卒七年目なので、おそらく来年はMLBにポスティングするのではないか。
埼玉はかなり、FAなどで選手の流出が多い球団だ。
阿部はまだ年齢的にMLBに来るメリットが少なく、あとは武史が問題である。
武史に、MLB志向はあるのかないのか。
はっきり言って、欠片もないと思う。
ただレックスは今、金原に佐竹、そして樋口といったあたりに、かなりの高年俸を払っている。
あとは地味に外国人選手も活躍して、その資金繰りには問題が出ているはずだ。
樋口は今年が大卒七年目なので、国内FA権は発生する、と思ったら発生しない。
一年目にかなり、二軍の期間が長かったからだ。
今年は首位打者に出塁率でトップ、そして打点も二位と、完全にナンバーワンキャッチャーになっている。
(蓮池は確かニューヨークかロスアンゼルスに行きたいって言ってたはずだよな)
先発で蓮池を複数年契約で取れれば、しばらくはローテの一枚は安定するような気がする。
(でも取りたいのはタケだよなあ)
MLBの過酷なシーズンでも、武史は順応できると思うのだ。
武史には、確かにMLBに対する憧れなどはない。
だが逆にNPBに対しても、そんなに思い入れはないはずだ。
投手不利の神宮で、真田と投げ合っている武史。
真田は投手有利の甲子園で活躍している。
そもそも武史は105マイルを投げるので、MLBとしても直史より大きく注目しているだろう。
あるいは金で動くのではないだろうか。
武史はとてつもなく俗物なので、嫁から上手く誘導すれば、ポスティングを希望したりするかもしれない。
そして契約の内容によっては、レックスが手放す可能性もあるのではないか。
(まあそりゃあ来年のことであって、とりあえずは今年の話だよなあ)
七月下旬に入って、まだフロントは動かない。
だが去年も七月の末日に、色々なチームで動いたことを、大介は知っている。
どうにも慣れないMLBの選手異動だが、これはさすがに大介がとやかく言うことではない。
目指すは二年連続の優勝だ。
そのために大介は、今日も打点を積み重ねるのである。
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