第27話 期待

 史上最強かどうかはともかく、史上屈指のスラッガーであることは間違いのない大介。

 間もなく行われるオールスター、その前日のホームランダービーでは、当然ながらまたも活躍が期待される。

 そもそもルール的に、大介のバッティング技術が、圧倒的に有利なのだ。

 フライ性でなくライナー性の打球は、着地までの時間がかからない。

 なので次に投げるボールまでの時間も短く、多くのボールを打つことが出来る。


 ちなみに投げてもらうピッチャーは、メトロズから初選出のジュニアを指名した。

 誰かさんを指名したら、それこそ驚くような数を打てるのだろうが、何分ここではまだ馴れ合いたくない。

 義理の兄なのだから、その縁でも別に文句は出ないのだろうが、大介なりの割り切り方だ。

 ただそのオールスターまでには、まだまだ試合が残っている。

 メトロズはオールスターまでに、88試合を消化する。

 そこまでにどれだけの数字を残しておけるか。

 お祭り騒ぎの前に、宿題は進めておきたいと思う、野球に関しては真面目な大介君である。


 ベアーズとの試合は結局、一勝三敗で負け越した。

 打線は五点は取っているのだが、ピッチャーがそれ以上に取られれば仕方がない。

 早く補強を、と思うが色々とまだ都合がつかないのか。

 トレードは下手に若手有望株を出してしまうと、数年はチームの計算が立たなくなってしまう。

 ただ大介はもちろん知らないが、メトロズはしばらく大介をコアに、王朝を築くつもりである。

 そのためにピッチャーを補強するにしても、プロスペクトを放出するのはどうなのか。

 もちろん既に実績のある選手を、FAの大型契約でがんがんと、シーズンオフに補強するなら話は別だ。

 大介にしても今季は3000万ドルとインセンティブだが、それでもここまでの数字を見れば、充分どころか安すぎる。

 やはり三年9000万ドルではなく、五年で二億ドルぐらいは出しておくべきだったとGMのビーンズは思うのだが、さすがにそこまでの金額になると、オーナーのコールがどう考えるかは微妙だ。


 そもそも大介が、彼らにとっては理解しがたいことだが、短期契約を望んでいるのだ。

 長期契約というのは、選手の信用に対して出すオファーであり、その選手の価値である。

 より高い成績を残せると自負しているにしても、それならオプトアウトの権利をつけて、選手の方から契約を破棄できるようにしておくべきだ。

 それを大介は、長期の高年俸が約束されていると、今以上のプレイをしようというモチベーションがなくなる、と言うのだ。

 四割を打つ三冠王が、今以上のプレイをするとはいったい。




 ベアーズとの試合が終わると、残るはオールスターまでに、二つのカードが残っている。

 今年も絶賛地区最下位のマイアミと、それよりはマシだが負け越しているワシントンだ。

 結局のところナ・リーグ東地区は、去年と同じくメトロズとアトランタが二強なのだ。

 とは言ってもそのメトロズとアトランタの間にも、大きな差があるが。


 去年はメトロズが、リーグ全体を見ても、圧倒的な強さを誇っていた。

 六月が終わった時点で、60勝26敗であった。

 今年も55勝23敗と、それほど落ちているわけではない。日程の関係で、消化している試合が少ないが。

 ただア・リーグのアナハイムがとにかく強すぎるのだ。


 一試合ごとの貢献度ならともかく、シーズンを通しての貢献度なら、一番重要度の高いポジションはキャッチャーとなる。

 次がショートで、ここまではWAR換算でどの基準でも変わらない。

 その次がセカンド、あるいはセンター。ここまではどの評価でもさほど変わらない。


 大介というバッティングと走塁で奇跡的な数字を残し、守備でもショートを守る選手がいるのに、その貢献度はエースピッチャーよりも低いのか。

 野手と投手を比較するのは、ナンセンスだという指摘もある。

 そもそも野手は、攻撃と守備の二つで評価されるのに、投手は守備でしか評価されないからだ。

 自然と野手の方が、評価する項目が多くなる。

 もっとも二刀流などをされると、投手で一気に貢献度を稼げる選手が有利になるが、そもそも二刀流を出来る選手が滅多にいない。


 ただ一試合に限れば、先発ピッチャーの貢献度が全選手の中で一番高い。

 直史の場合は先発すれば、ほぼリリーフまでやって完投してしまうため、ピッチャー三人分の貢献度を稼ぐのだ。

 大介の日本時代の最終年は、ホームラン数の記録を更新するなど、伝説的な一年であった。

 しかしシーズンMVPは直史に取られた。

 それを誰もおかしいと言わなかったわけではないが、主流ではなかった。

 なにしろシーズン中の直接対決では、一度も打てていなかったからだ。


 二年目の直史は大介と上杉がいなかったこともあるが、27勝もした。

 あの事件があって、チームを離脱したことがあったにもかかわらずだ。

 ただ大介としては、レックスが鬼のように強かったのは、直史ではなく樋口のおかげだろうと思っている。

 大介がいなくなって首位打者を取り、また打点も上位五人、ホームランも上位10人に入った。

 そしてキャッチャーとしての役割を、完全に果たしている。

 それでも武史の離脱があって、チームとしてはやや勝ち星を落とした。


 樋口ではなく坂本と組んだ直史が、どれだけの脅威となるのか。

 去年もメトロズにいた選手は、あのエキシビションを経験している。

 あれはあくまでもエキシビションなどと言っていた選手もいたが、今はもう言えない。

 ここまでほぼ全ての試合で、100球以内で完封を果たしている。

 また去年のワールドシリーズで、メトロズと対戦したヒューストンを相手に、ノーヒットノーランをしている。

 年間に二回のノーヒットノーランを達成したピッチャーはいるが、三度以上達成したピッチャーはいない。

 直史はここまでに既に、五回のノーヒッターを達成している。マダックスは九回だ。


 要するに、あれだ。

 メトロズが去年、エキシビションマッチで負けた理由はただ一つ。

 直史が強すぎたのだ。




 オールスターはおそらく、大介は一番から三番までのどこかの打順で、そして直史はア・リーグの先発として投げるだろう。

 なので一度は対決のチャンスがあるはずだ。

 ただ直史はオールスターでは、そこまで傑出したピッチングを見せたりはしない。

 上杉のような九連続三振は、さすがに出来ないと考えているのか。

 それに去年までは、大介と対決する機会はなかったのだ。


 大介もたった一打席で、勝負が決まるとは思わない。

 むしろポストシーズンのために、罠を仕掛けてくるとさえ考えている。

 それでも今の直史の、状態を確認するには充分だ。

 個人的にはむしろ、オールスターよりもホームランダービーでの活躍を期待されていたりする。


 それはともかくまず、目の前のマイアミとワシントンとの試合だ。

 ここでメトロズはマイアミ相手に、負け越してしまった。

 第一戦では安定して投げていたスタントンが崩れて、序盤に大量失点。

 大介もホームランは打ったのだが、最後まで追いつけなかった。

 二戦目はウィッツがクオリティスタートで、そこからリリーフは一点もやらない内容。

 大介も打点を稼いで、連敗は阻止した。

 しかし第三戦ではオットーの代わりに上がってきたワトソンが、だらだらと点を取られる。

 メトロズ打線も打っていったのだが、結局一度もリードできず、そのまま敗北を喫した。


 なおホームラン記録ばかり注目されているような大介であるが、実は盗塁数の方がホームランよりも多い。

 去年は90盗塁して、盗塁王のタイトルも取っているのだ。

 これでも本人は、かなり慎重に走っているのだが。

 ただMLBは試合数の違いもあるが、NPBよりも盗塁王の数がすごいことになっている。

 近年は盗塁の価値が下がっているが、それでも20世紀に遡れば、年間100盗塁以上という記録が何度も達成されている。

 三年連続で100盗塁以上を決めていたりすると、キャッチャーはいったい何をしていたのか、という話になってくる。

 

 大介が盗塁をするのは、あくまでも自分との勝負を避けさせないためだ。

 歩かせて二塁、あるいは三塁にまで盗塁される可能性と、勝負して打ち取れる確率。

 この二つを比較してもらうためにこそ、大介は走らなければいけないし、走ったら確実に盗塁を成功させなければいけない。

 ただこちらの方では、記録を作ろうなどとは思っていない。

 結果的に作ってしまっただけで。




 オールスター前の最後のカードは、ワシントンとの試合。

 相変わらずメトロズ打線は強力であるだめ、かなりの試合で二番の大介に五打席目が回ってくる。

 この四連戦こそ、まさにメトロズが打撃のチームであることを、象徴したような試合になった。

 第一戦はゲーリックから点を取られていったものの、それ以上に打線が爆発した。

 七点も取られても、11点取れば勝てるのは当然の理屈である。


 第二戦は6-2、第三戦は8-5と点を取られても打撃で圧倒する。

 そして第四戦は4-5で敗北した。

 スタントンが珍しくも、前の登板に続いて、序盤でそれなりに点を取られたということも関係する。

 だがここで大介が三度も敬遠されたのが、得点が決定的に伸びなかった原因であろう。


 高校野球であるならば、大介の得点力を抑えるのは、ある程度作戦がある。

 大介の前にランナーを出しておいて、大介を敬遠するのだ。

 ランナーは一二塁になるが、それでも期待値的には大介を抑えられる。

 ただし全打席敬遠などをしたら、色々と言われてしまうのは、かつての甲子園の歴史を見ても間違いはない。

 高校野球は興行ではない。

 あくまでも教育の一環であるが、その教育というものは何かを考えれば、敬遠の是非も変わるものだ。


 たとえば勝利を追及するための手段を、教育の一環として考えるなら、全打席敬遠も悪くはない。

 指示はしないだろうが、選択としてセイバーは示すだろう。

 また秦野であれば、夏の甲子園の決勝であれば、やりかねない。

 国立や北村はしないだろう。

 もっともピッチャーが望むなら、それを止めようとはしないだろうが。


 プロ野球は興行である。

 だからこそ、逆に一試合ぐらいは、全打席敬遠というのはあってもいい。

 なぜならそれは、ホームランを打たれるよりも、衝撃的なニュースになるからだ。

 だが毎試合それをやっていては、驚愕は軽蔑に変わるだろう。

 そしてポストシーズンでは、絶対にそんなことは許されない。


 ワシントンが大介に対して、三打席も敬遠したというのも、二打席は勝負したと考えればいいのだ。

 その二打席もボール球先行で、打ったボールが野手の正面に飛んだというものだが。

 長打を捨てれば大介も、そういったボールをぽとんと外野の前に落とせるようになるだろう。

 だが長打力のなくなった大介は、単純にフォアボールで出塁する大介よりも、打点は圧倒的に減るはずだ。


 ともあれこれで、前半戦の試合は終了した。

 言うまでもなくメトロズは地区一位であり、リーグ全体でも一位。

 ただしア・リーグを含めると、二位となってしまう。


 色々な数字を分析していると、なぜアナハイムがそこまで強いか、理由ははっきりとする。

 投手力でメトロズよりも優越しているのであるが、メトロズがここまで一試合しか完封していないのに対し、アナハイムは22試合を完封している。

 直史の15完封を別としても、他の先発からリリーフにつなげて、七試合を完封しているのだ。

 絶対的な完封能力。

 もちろん絶対的な打撃力を誇るメトロズとは、対戦していないとは言える。

 だがその前哨戦的な、去年のエキシビションマッチを考えれば、直史から勝てるほどの点が取れるかは疑問である。

 アナハイムは打撃もそれほど悪くは泣いため、メトロズの投手陣からも三点は取るだろう。

 そして直史は、おそらく二点までならば、メトロズ打線を抑えてしまう。




 オールスターの行われるサンディエゴの飛行機の中で、大介はこれをずっと考えていた。

 先発のピッチャーの中で、もっと強力なカードが絶対に必要だ。

 あるいはリリーフで、確実にリードを守ってくれるような。

 オットーは離脱したが、オールスター明けには戻ってくる。

 ただメトロズの先発は勝ち星に恵まれたピッチャーは多いが、防御率ではそれほど上位の選手はいない。

 だから去年の勝ち頭である、モーニングも放出したのだ。


 投手力は間違いなく、去年よりも落ちたはずである。

 だが勝敗を見てみればどうだろうか。

 去年のオールスター時点では、63勝28敗。今年は60勝28敗。

 そしてアナハイムは65勝24敗。

 平均失点を見てみると、メトロズはむしろ今年の方が、投手力も含めた守備力は上がっているようである。

 

 アナハイムとメトロズの平均失点を比べると、アナハイムが3.4に対しメトロズが4.2となっている。

 平均得点はメトロズが6.3という超強力打線に比べて、アナハイムは4.9となっている。

 得点と失点の差を考えると、メトロズは2.1でアナハイムは1.5となる。

 すると普通なら、より得失点差の大きなメトロズの方が、成績は良くなるはずなのだ。

 それなのに実際は、アナハイムの方が勝率はいい。

 つまり接戦に強いということになるのか。


 このあたりセイバーの限界と言うか、統計ではあえて排除される部分になる。

 得点圏打率というものを、オカルトと言ってしまうセイバー使いもいる。

 だが実際のところ大介は、日本時代からポストシーズンの方が、成績は向上しているのだ。

 対戦する相手が、上杉や直史であったりするのに、だ。


 ヒリヒリとした場面で、相手を抑えてくれるエース。

 千載一遇のチャンスで、間違いなく打ってくれるバッター。

 そういった要素を排除して、統計的に考えたのがセイバー・メトリクスの本質のはずだ。

 だからこそセイバーを本格的に導入した2000年代のオークランドは、ポストシーズンまでは勝ち進んだものの、最後のワールドチャンピオンには届かなかった。

 レギュラーシーズンは、セイバーで勝てるのだ。

 だが短期決戦にセイバーは向かない。それは白富東で最初に監督として野球部を強豪化した、セイバーも言っていたことだ。


 なおこのあたりの分析は、メトロズ球団が行ったものではない。

 ツインズが勝手に分析したものであり、実はセイバーともつながっているらしい。

「あの人、たぶんオールスターには来るよな」

 アメリカに来てからこっち、かなり会うこともある。

 何やら暗躍しているが、その全容は大介には見えるものではない。


 そもそも統計的に見れば、直史は100%の確率で勝利しているのだから、ポストシーズンで三試合に投げれば、残りの四試合のうちの一試合を勝つだけで、アナハイムは優勝できる。

 そんなものは統計にするには、母数が足りなさ過ぎると言われるかもしれない。

 だが日本時代と、そして大学時代の試合まで含めればどうか。

 監督の采配ミスでもない限り、100%引き分け以上には出来る。


 メトロズの投手陣は、アナハイム打線と当たったことはないが、おそらく無失点で抑えることは難しいだろう。

 あちらにはそれこそ、ここぞという時に打つ坂本などがいる。

 今のままでは、メトロズはアナハイムに、ワールドシリーズで勝つことは出来ない。

 ただ直史が故障でもすれば、逆に一気にメトロズの勝率が100%近くになるだろうが。


 一人のエースの時代から、ピッチャーのローテーション制の時代へ。

 そして完投する時代から、分業体制へ。

 ピッチャー一人の価値というのは、本当にどんどん下がっている。特にレギュラーシーズンにおいては。

 野球はチームスポーツなのだ。

 ところがそれを、たった一人で100年前に戻そうというピッチャーがいる。

 ずっと近くで見ていたが、近くにいた頃は分からなかったものだ。

 それが敵として対戦すると、その巨大さが良く分かる。


 一つのチームのエースとして、君臨するというレベルではない。

 あるいは歴史を変えるのか、それとも歴史の流れの中に、一つだけ逆行する孤高の存在なのか。

 大介は自分が怪物と言われることには、もう慣れている。

 実際に実績が、それを裏付けている。

 直史もまた成績を残しているが、これはそう単純なものではない。

 間違いなく人間のはずで、普通に会えば普通に話す。

 なのにマウンドの上では、人間ではない存在になる。


 訳が分からない。

 何をどうしたら、こんなことが可能になるのか。

 ピッチャーとしてはかじった程度の大介では、どういう理屈なのか分からない。

 ただ上杉という偉大な存在とも、はっきり違うと感じる。

 むしろこれは、歴史において唯一無二の存在ではないのか。

 統計的に存在するはずのないもの、として直史は存在している。

 名状しがたき存在だ。


 ホームランダービーの後、またオールスターの後にでも、話す機会はあるだろう。

 思えば映像で見ることはあっても、実際に会うのは久しぶりだ。

 その時間の間に、尋常ではない存在になったのか。

 そんな想像もするが、そんなことはないだろうな、という確信もある。


 直史は直史だ。それ以外の何者でもない。

 ただの、とんでもないピッチャーだ。

(勝てるのかな?)

 勝ち筋がいまだに見えない。

 ただそれでも、やがて対決の時はやってくるのだ。



  第一章 了

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